外伝三十三話:冒険のおわり、そして新たな始まり
マクダリナとの戦いはようやく終わりを告げた。
依頼のドラゴンゾンビも討伐し、寄生体が世に広がるのも防げた。
緊張の糸が解けて行くのがわかる。
脱力し、ほっと息を吐いた。
その瞬間、わたしの体から力がへなへなと抜けていってしまった。
「あ、あれ?」
石の床の上に倒れてしまい、全く動けない。
意識ははっきりしているのに、わたしの体は首から下が全くわたしの意思をうけつけてくれない。
これでは糸の切れたマリオネットだ。
次いでわたしの体から、竜の祖の魂が抜けていく。
『竜魂憑依がちょうど終わったようだ。其方は初めてだというのに、よくぞここまで同調を保てたものだ』
「他の巫女はここまで長く憑依を保てなかったって訳?」
『その通りだ。そもそも、最初の憑依は儀式を行った後、わずか数秒のみ行う。体を慣れさせなければ、思わぬ暴走や死亡に繋がる故』
力を全部貸せってわりと勢いで言っちゃったけど、もしかして危なかった?
『死ぬぞと言っただろう、全く。しかし其方は思いの外、肉体的にも精神的にも強いようだ。間違いなく竜の巫女としての素質は高い』
「雑種だからね。純血種より強いのは当然よ」
それよりも、わたしはずっと気に掛かっているものがあった。
目だけでその遺体の方を見る。
無惨にも砕け散ってしまったルード。
わたし達を守ってくれた、正真正銘の騎士。
「ルードのお墓、作ってやらないと」
わたしの言葉に誰もが頷いた。
城の何処に埋葬してあげようか。
皆と相談しないと。
「ひとまずは、一旦帰って体を休めよう。後始末はそれからだ」
「わかってるよ、宗一郎」
「それでノエル。全く動けないのか」
「かろうじて首から上は動くかなって感じ」
「困ったな。転移屋が来るのは明日だが、流石に城の中までは入ってきてはくれぬ」
「大丈夫じゃないですか。城の主を倒した事ですし、魔物の出現はほとんどなくなるでしょうし」
アーダルが言うと、宗一郎は忘れていたかのように頭を掻いた。
「そうだったな。今のうちに外に出るとしようか」
宗一郎は倒れているムラクの顔を平手で軽く叩いて起こす。
「う、うん」
「起きろ。終わったぞ」
「え、あ、嘘?」
ムラクは頭を振って立ち上がり、倒れているマクダリナの姿を確認する。
近づき、座り込んでマクダリナの頬を撫でた。
「君とは短い付き合いだったけど、こんな形で別れたくは無かったよ」
「全ては寄生体とやらのせいだろう。マクダリナのような者を増やさぬよう、急いでサルヴィに戻らねばならぬ」
「僕の仲間はどうなります?」
「明日、ひとまず俺たちが帰った後に回収する」
そこでアーダルがあっと声を上げた。
「転移屋の黒ずくめのカイムスさん、一度に四人しかテレポートできないんですよね」
「そうか、そうだったな……。うっかり失念していた」
宗一郎が天を仰ぐ。
「何か問題ですか?」
ムラクがきょとんとしているので、わたしが答える。
「カイムスを含めて四人なのよ。この状況だと、誰か一人残らないといけないわ」
誰かが一人。
自然と視線が集まるのは、この人しかいない。
この中で一番迷宮を歩き通し、一人でも無事に何度も迷宮から帰って来た侍。
「やむを得ないな」
宗一郎は溜息を吐き、わたしを背負って歩き出した。
他の仲間たちはその後に続いていく。
ふと、頭の中に一つの思い付きが生まれた。
「あ、ちょっとお願いがあるんだけど」
「……なんだ?」
翌日。
わたしは寺院に収容されて体調の回復を待つ事になった。
寺院からようやく解放されたのに、また寺院に逆戻りなんてついてないな。
でも生きているだけまだよかった。
サルヴィに戻ってみたら、想像していたような混乱には陥っては居なかった。
街にあの寄生体が現れたとか、寄生された人が暴れているとか言った情報はない。
驚くほどいつもと変わらない。
街の人々の喧噪で賑わうサルヴィの街だ。
わたし達が一旦サルヴィに戻った翌日、宗一郎はルードの埋葬とムラクの仲間たちの回収と蘇生を行った。
まず城地下に居た、ガーストカとルッペルは熱による損傷が激しく、蘇生は無理だと判断された。
次いで寄生されていたハヴィエルとマクダリナは、彼らもまた蘇生は不可能だった。
カナン大僧正によると、蘇生の奇蹟をまるで受け付けなかったと。
どうも寄生された事で体の組織が変質してしまったのが原因らしい。
これが一番恐ろしいとわたしは思った。
寄生体に一度寄生されて死んだら、もはや二度と生き返れないのだ。
寄生体を綺麗に取り除く方法は、今の所見当たらない。
取りつかれたら、終わり。
背筋がぞっとする。
結果、一人だけが蘇る事に成功した。
「……オレをこの世に引き戻してくれて感謝する」
黒い肌の戦士、アバシが仏頂面で言う。
わたし達は今、全員がわたしが寝ている部屋に集まっていた。
今回は流石に狭苦しい安い部屋ではなく、広い部屋を取ってもらっているのでぎゅうぎゅう詰めになる事はない。
普通なら蘇ったら喜ぶのが人情だろうけど、アバシには何か不満があるのだろうか。
「しかし、費用の負担までしてもらうのは、これは我が誇りが許さない。施しを受けるつもりはない」
「親切は素直に受けておいた方がいいと思うがな」
宗一郎の言葉に、アバシはかたくなに首を振る。
「いや。受けた恩は必ず返す。必ずだ」
「迷宮に潜って稼ぐか?」
「一度、故郷に戻る。オレの故郷には青く輝く宝石が良く取れる。異国の者たちがこぞって高く買い取ってくれる」
そう言って、アバシは首に提げていたネックレスを掲げた。
大振りの青い宝石の中に、六条の光の筋のようなものが走っている。
これだけ大きくて純度が高いものは中々ない。
宝石が産出する国か。
そういえば隣国のシルベリア王国も貴金属が産出するって言ってたっけ。
全てが落ち着いたら、旅行して宝石や貴金属のアクセサリーを見に行く旅も悪くないかもしれない。
「帰る時、ボクも一緒についていきます。一人では寂しいでしょうから」
「別にオレはお前についてこいとは言ってないぞ。一人でも帰れる」
「それはそうだけど、ボクらは友人でしょ。人の好意は無下にしない事だよ」
「……勝手にすればいい」
まんざらでもない笑みを浮かべて、一足先にアバシは部屋を後にした。
「アバシとは付き合いは長いのか?」
「それなりに。師匠の所を出て放浪していた時、最初にお世話になったのがアバシの所の部族でした。彼らはボクに親切にしてくれて、狩りやサバイバルの知識を教えてくれました」
そのおかげで、長く旅を続けられていますとムラクは言う。
「そうか。気が向いたらいつでもサルヴィに来てくれ。必ずや力になろう」
「はい。皆さんもお元気で」
そうしてムラクはアバシの後を追い、去って行った。
「……それで貴方、まだ居るのね」
わたしはベッドの傍らにちょこんと立っている、ミニサイズの竜の祖を見た。
あの後てっきり天上に帰るのかと思いきや、まだ下界に残っている。
『其方に大切な物を渡さねばならなかったからな。バタバタしていて中々機会をうかがえなかったのだから仕方あるまい』
そう言いながら竜が口の中から渡してくれたのは、エメラルドに似た光沢を持った一つの石だった。
涙のような形をしており、それは日光を通すとより透明度の高い翠色の輝きが増す。
『竜涙石だ。かつての竜の巫女は必ずこれを身に着けていた。これがあれば我らはいつでも其方の呼び声に応えよう。しかし、かつてのハイエルフはこのような物がなくとも意思疎通が出来たものだがな』
血が薄くなった故か、信仰がだいぶ失われた為かと竜はぼやいた。
「流石に四六時中繋がってるのはご勘弁願うわ。一人の時間は必要だし」
竜はわたしの言葉にまたも大笑いをしだした。
なんだろう。よっぽどツボにはまったのかしら。
『其方は本当に面白い。しかし、呼び出す際は気を付ける事だ。憑依の後は必ず多大な負荷が其方に掛かるのを忘れてはならぬ』
「肝に銘じておくわ」
言葉を残した後、竜の祖はゆっくりと天上に上って消えていった。
結局、わたしが動けるようになったのは一週間過ぎた後だった。
竜の祖で一週間だと、他の竜ならどうなるのか試してみたい気持ちはある。
とはいえ、迷宮で探索中に気軽に憑依は出来るものじゃないな。
パーティが全滅の危機とかじゃないと、流石に使う気が起きない。
わたしが動けなくなることを考えると、最低でも一人は仲間が生き残ってもらわないと、魔法陣を張って安全を確保する事も出来ない。
迷宮を脱出できるアイテムを持つか、テレポートを習得した魔術師が欲しい所だ。
荷物をまとめていると、宗一郎が迎えに来た。
お土産を持って。
「ノエル、君の所望しているものができたぞ」
彼が渡してくれたのは、メイス。
ただのメイスではなく、持ち手から先端の部分まで、全て竜骨で作られている。
竜の骨は特別な効果は何もないけれど、軽くてしかも丈夫と来ている。
下手な金属よりも硬く、それでいて粘り強い。
あのドラゴンゾンビの遺骸の、前腕の一部分を少しだけもらってブリガンドさんに加工してもらったのだ。
竜の巫女となったわたしの、新たな武器が欲しかった。
竜骨はうってつけだ。
あのドラゴンゾンビとなっていた竜の魂も、わたしの役に立つのであれば本望だと言っていたし、存分に振るいたい。
「じゃあ、行きましょうか」
「ああ、いや、その前に君に会わせたい人が居るんだ」
「会わせたい人?」
その時、部屋のドアが開いた。
入って来た人は、いかにも正統派の美形だった。
金髪の青い瞳で、端正な顔立ちをしている。
街を歩けば道行く女性の視線は彼に釘付けになるはず。
でもレオンには及ばないかな。
身なりは立派で、いわゆる騎士の格好をしている。
鎧も具足もちゃんと手入れされていて、腰に提げている剣も立派な装飾がなされている。
マントまで着けていて、その姿は君主のようにも思えた。
どこかの身分のある人に違いない。
そんな人が冒険者をやっているなんて、珍しいにも程がある。
そんな事を考えていたら、にこりと彼は笑った。
「君がノエルかい。宗一郎の伴侶と聞いたが」
「まだ伴侶ではないけど、将来的にはそうなりたいわね」
「結構。我は旧き神の化身である。大いなるものとも呼ぶ者もいるがね」
……?
今、こいつは何て言った?
旧き神の化身?
それは迷宮地下四階に潜む、旧き神々の住処とか言う怪しげな宗教の神じゃないのか。
神を名乗るだなんて頭がいかれているのか、あるいは本当にそう信じて居るのか。
どちらにせよ、まともじゃなかった。
わたしの頭に疑問符が次々と立ち並ぶ中、この頭がたわけた男は続ける。
「実は、我の信徒が隕石に乗ってやってきたものたちに根こそぎ攫われてしまってね。不本意ではあるのだが、君達に力を貸してほしいのだよ」
わたしは宗一郎の方を見やる。
宗一郎は苦笑いをするばかりで、ゆっくりと首を振った。
全く、冒険者稼業という物は何が起こるかわからなくて本当に楽しいわ。
本当に、ね!
<ノエル外伝、終わり>




