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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
第二部:盗賊の迷宮編
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第九話:老人と侍、そして盗賊

 老人は音もなく、大気と同化しているが如くそこに佇んでいる。

 俺は刀を仕舞い、頭を下げて礼を言う。


「これはご老体。貴方のおかげで暗殺教団の刺客を撃退出来ましたよ」

「ほう、それは何より。お主ならばできると思っていたがの」

「それで一つ聞きたいのですが、貴方は一体ここで何をしておられるのですか?」


 迷宮に住まう老人など、酔狂の極みだ。俺は当然の疑問を聞いた。

 ぼろきれをまとった老人は、胸まで伸びる長い髭を撫でつけながら目を細めた。


「儂は、一言で言えばこの迷宮の管理をしておる」

「管理とは、迷宮の主なのですか?」

「主ではない。それは最下層におる。儂は迷宮が荒れないように魔物の行動を見ていたり、冒険者たちを見ておる。最近は骨のある冒険者が居らんから、地下六階にすら来れないようじゃがの」

「……最下層は地下七階と聞いていますが」

「ほっほ。それを儂の口から聞いてどうする? 迷宮は地下七階よりも深いかもしれんぞ。冒険者たるもの、人の話を信じずに自分の目で見た物を信じた方が良いのではないかな」


 確かにその通りだ。

 噂では地下七階、と聞いては居る。

 だが誰も到達したことはない。

 では誰が最初に地下七階と言い始めたのだろう?

 地下六階にすら到達している冒険者は、俺以外には居ないと言うのに。

 暗殺教団の連中は地下六階まで来ているが、さて。


「貴方の言う通りだ。地下六階から先の領域については、自分の目できちんと見て確かめなくてはならない」

「その意気じゃよ、異国の若人よ」

「それではもう一つ聞きたいのですが、この迷宮は何時からあったのですか?」

「儂も詳しい事はわからんよ。少なくとも儂が若い時、そうじゃの……数百年前からあるかの」


 数百年!

 老人はエルフでもない(耳がとがっていない)と言うのに、どうやってその年数を生きながらえて来たのか不思議でならなかった。

 

「もう一つ質問を。貴方が主でないとするなら、誰が主なのですか?」


 老人は髭を撫でつけ、遠くを見つめる目をした。


「一言で言えば、鬼神じゃな」

「鬼神、ですか?」


 イマイチよくわからない。


「お主の国の宗教の教えか何かにあったじゃろ。何の鬼神かは忘れたがの。あれに近い。元は人間だったと思うんじゃが、戦いを繰り返すうちに怨みと憎しみを背負いすぎたんじゃろう。こちらに来た時には既に狂気のただ中におった」

「こっちに来たという事は、元はこの国の人ではないという事ですか?」

「うむ。ついでに言うと、この迷宮の最初の主は魔術師であったと聞いておる。しかしある時現れたその鬼神が、魔術師を一撃で倒して迷宮にこもっておる」

「何故、その鬼とやらはここに来たのですか?」

「皆目わからん。見た所、お主と同じようないで立ちをしておるし、案外お主の言葉なら一瞬でも正気に戻るかもな」


 先日言った似ているってそう言う事なのか?

 俺と同じようないで立ち、つまり元は俺の国の人間という事になる。

 しかし数百年も違えば言葉も文化も違ってくる。言葉が通じるのか、疑問だった。


 俺が背負っている袋を見て、老人は言う。


「お主はまだやるべきことがあるように見えるがの。こんな老人と長話していていいのかね?」


 俺個人としてはまだまだ聞きたいことがあったのだが、そう言われると仕方ない。

 

「ええ。ゼフと言う男を寺院まで送り届けたいのですが……」

「また送ってやろうか」

「是非ともお願いしたい。貴方に頼みに行こうか、地道に上がっていこうか迷っていたところなんです」

「素直な若者は好きじゃよ。ではの」


 老人が口の中でもごもごと詠唱すると、あっという間におれは迷宮入口前に立っていた。

 これから俺はゼフを寺院に預けようと思う。今の時期でも一週間は保管してくれる。

 その間にゼフの持っている宝、とやらを見つけられれば蘇らせる希望が出てくる。

 しかし、俺は盗賊技能なんぞ持っては居ない。

 それでもやってみるしかない。何処にあるかも知らないが。


「ぎゃああああっ!」


 けたたましい悲鳴がこだまする。

 

「なんだ?」


 初心冒険者が魔物にでも襲われたか?

 いったん俺は外に出て、冒険者の管理をしているギルド関係者にゼフの遺体を預けた。

 ギルドは冒険者の出入りをここでも管理して、数がどれくらい減ったかを把握している。


 再び入り、悲鳴のした方向へと駆けた。

 冒険者の中には苦境に遭っている冒険者を見殺しにする奴らも多いが、俺はなるべく助けるようにしている。同じ迷宮を攻略している同士だからな。とはいえ、助けた所で悪態を吐かれる事もあるが。

 俺は自分の周囲で人がむざむざと死ぬのを素通りしたくない。

 俺が関わる事で少しでも死を免れる者が居るのなら、出来る限りはしてやりたいのだ。


 悲鳴が再度聞こえた。

 あまり猶予は無さそうだ。

 駆け巡り、各所の部屋を蹴破る。蹴破る。蹴破る。

 四つ目の部屋の扉を蹴破って中に入ると、悲鳴の主が誰であったかをようやく知る。

 

 冒険者の集団が追い剥ぎ(ハイウェイマン)に襲われていたのだ。

 

「なんだ、おめえ!」

「邪魔すんじゃねえよ、これから良い所だってのによ」


 追い剥ぎたちは俺の方を振り向いて、下卑た笑い声をあげる。

 襲われていた冒険者たちは、もはやほぼ全滅の様相を呈していた。

 戦士三人は首から血を流して床に倒れており、僧侶は腹部を貫かれて壁にもたれていた。

 魔術師は心臓を一突きされて既に事切れている。

 残っているのは盗賊ただ一人。

 彼は一人残ってなお、短剣を握って追い剥ぎたちを睨みつけていた。

 握った短剣は震えている。


 そして追い剥ぎたちは六人居る。

 冒険者崩れとは違い、強盗を生業としているだけに流石に手強い。

 奴らは獲物を見つけたらそれとなく後をつけ、自分たちの根城としている部屋に入った所で後ろから入り込み閉じ込め、一斉に囲んで襲い掛かるのが常套手段だ。

 奇襲を受けた初心冒険者たちは驚いているうちに、次々とやられていく。


「貴様らは人の皮を被った獣、いや魔物だな。斬り捨てる」

「やれるもんならやってみな……?」


 言葉を発した奴から、俺は斬っていく。

 巻き藁を斬るかのように、袈裟斬りにすると胴体と下半身が離れ離れになり、血が吹き上がる。

 

「ひとつ」


 ついで右隣の男を斬る。今度は首を刎ねる。


「ふたつ」


 そして左隣の男は両腕と両足を斬り飛ばし、動けなくした。

 出血でそのうち死ぬだろう。


「みっつ」


 追い剥ぎたちは俺が一拍で三人を斬り捨てたのを目の当たりにし、震え上がって我先にと逃げていった。

 俺は打刀を仕舞い、部屋の惨状を改めて確認する。


「これは酷いな……」


 最初に後衛組からやられたのだろう。

 追い剥ぎたちは冒険者から強奪した、それなりに良い武器を持っている事が多い。

 後衛組の支援と火力を封じてしまえば、経験のない戦士など恐るるに足らず。

 あっという間に殺されてしまったのだろう。

 盗賊の彼が生き延びているのは、単に運が良かったのか、戦闘能力が低いから後に残していても問題ないと見られていたのだ。

 

「おい、大丈夫か」


 まだ短剣を構えて震えている盗賊に俺は声を掛ける。

 

「う、うわああああああ!!」


 盗賊は俺に向かって体当たりを仕掛けるかのように短剣で突撃してきた。

 錯乱している。

 

「とりあえず、おちつけ」


 俺は体当たりを横に翻って躱し、足を引っかけて転ばせる。

 盗賊はずっこけてその勢いで壁に顔をぶつける。

 痛そうだ。


「うわちちち……あれ?」


 そのおかげで正気に戻ったようだ。


「大丈夫か?」

「あ、はい、ええ……なんとか」


 短剣を鞘に仕舞い、盗賊は改めて周囲を見回す。

 

「助けていただきありがとうございます。貴方には礼を言っても言い足りないくらいです」

「気にするな。俺のお節介だ」

「助けてもらって申し訳ないんですが、彼らの遺体を運ぶのを手伝ってもらえませんか。僕一人だと手に余るので」

「いいだろう」


 俺は予備の遺体袋を取り出し、彼らをしまい込む。


「随分と手際が良いんですね」

「俺の今の仕事だからな」

「……という事は、貴方は死体回収業をしているサムライさんですか?」

「そうだ」


 こんな新人にまで知られるとは、俺の仕事も随分と有名になったもんだ。

 

「僕はアーダル=ゼハードと言います」

「アーダル=ゼハード……。もしやお主、ゼフの親族か何かか?」

「ゼフは僕の父親ですが……それがどうかしたんですか?」


 何と言う事だ。ここに彼の息子までやってこようとは。

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