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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
幕間02:ノエル外伝:僧侶は廃城を巡る
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外伝三十一話:竜魂憑依


 改めて竜の祖の声を聴いた時、わたしは母に聞かされた御伽噺おとぎばなしの事を思い出していた。

 幼い頃、眠る前に毎日聞かされていた、たわいもない御伽噺おとぎばなし


”遥か昔、この世界は漆黒の闇に塗りつぶされていました。

 何もない虚無の空間の中に、ある存在がぽっかりと浮かび上がります。

 それは創造神と呼ばれるものでした。

 創造神は闇の最中にあっては何も見えなくてつまらないと思い、光を発する球体を作りました。今、私達が太陽と呼んでいるものです。

 光を生み出し、周囲は明るくなりました。


 でもその空間には自分以外何も居ない事に、神様は嘆き悲しみました。

 自分の寂しさを紛らわせる為に、創造神は自分以外の神様を三体作りました。

 仲間を作った創造神は、しばらくはその三体と共に暮らしていましたが、やがて光と空間しかない世界に退屈を覚えました。

 

 光の他にも様々なものを作ろうと協力していった結果、今の世の中が出来上がりました。

 大まかな部分を作った所で大分満足したのか、後は三体の神様に任せて眠りにつきました。

 他の三体の神様は創造神の言いつけ通り、この世界を更に作り上げていきました。

 やがて二体は作るという行為に飽きたのか、他の一体に任せて創造神の下へと帰りました。

 残った一体の神は最後の総仕上げとして、私達が住む星を作り上げました。

 星を作り生命たちを作ったあと、この星を平和に保つための存在を神は遣わしました。

 自分に似た姿のものを。

 それが竜の祖と呼ばれるものです。

 

 竜の祖は神様の力を頂き、はじめはただ一体で地上を見守っていましたが、一体ではやはり全てを見通すのは難儀な事だと感じました。

 なので地上に生まれた一つの種族に目を付け、彼らと共に地上を守る事にしました。

 それが私達エルフの先祖、ハイエルフです。

 竜の祖はハイエルフたちに自分の力の一部を貸し与え、ハイエルフはそれにより竜の祖を崇め奉ります。

 ハイエルフが崇める事によって竜の祖の力は更に高まり、地上の安寧は保たれていました。


 しかし、その平穏も破られようとする時が訪れます。

 異界より魔族と呼ばれる者達が突如地上に現れ、支配しようと乗り出したのです。

 竜の祖とハイエルフたちは魔族と対抗しましたが、魔族の圧倒的な数に対してこちらは数が少なすぎました。

 元より長命のハイエルフに加え、竜の祖はほぼ永遠と思われるほどの命の長さでしたので、数を積極的に増やそうとは考えて居なかったのです。

 竜の祖とハイエルフたちは確かに強かったのですが、数で勝る魔族たちに徐々に押され始めていました。


 竜の祖とハイエルフたちは考えた末に、自分たちも数を増やすしかないと結論づけます。

 竜の祖は六体の竜を生み出し、それぞれに力を分け与えました。

 その結果、火、水、風、土、光、闇の力を持った竜が生まれます。

 竜たちは更に交わる事によって数を増やしました。

 ハイエルフは他種族の一つと交わりを結び、その子孫が私達エルフとなりました。

 そうして数を増やした事で、古の魔族との戦いはやがて勢いを盛り返し、魔族を異界へと追い返す事に成功したのです。


 しかし、戦いの傷跡もまた大きいものとなりました。

 ハイエルフたちはほとんどその数を失い、ただ一人だけが生き残りました。

 竜の祖は力を分け与えた上に、最前線に立ち続けた為にその体はぼろぼろに傷つきました。

 傷を癒す為、やむなく自らの次元空間に戻り眠りに着きました。

 やがて、必ずこの地上に戻って来ると言葉を残し、あとは力を分け与えた竜たちに託して。

 戦いのあと、しばらくは一人残されたハイエルフが長となってエルフを導き、竜を崇めていたのですが、やがてハイエルフの長老も長い長い時を経てついに死んでしまいました。

 するとエルフの中には、ハイエルフでもないのに地上の平和を保つための努力をする必要があるのか、と疑問に思う者も出始めました。

 その意見に賛同する者も多く、やがてエルフは自分の使命を忘れていきます。

 自分の使命を忘れたエルフは、竜への信仰も徐々に無くしていきました。

 竜たちも地上の平和を保つという使命を忘れたエルフに失望します。

 信仰されることで力を得ていたからこそ、また友と一緒に地上を守っていたからこそエルフたちの下に竜は留まっていました。

 しかし、今ではその理由は全て失われたのです。

 故に、竜たちもエルフの下を離れました。


 我らと共に歩む事も忘れたのであれば其方らは友に非ず、という言葉を残して。


 エルフは共に歩む友人を失ってしまったのです……。”


 わたしが寝息を立てそうなときに、母は言葉を続ける。


「ノエル、それでも私は信じて居るわ。竜の祖は決してエルフたちを見捨てはしないと。そして私達が竜の巫女である限り、竜との繋がりは保たれているのだから」


 竜とのつながり。

 竜の巫女。

 無邪気に信じて居た幼い頃。


 でもわたしがある時長老にその事を聞くと、そんなものは存在しないと強く言い聞かされた。

 すべてはただの御伽噺であると。

 あれを信じるのは愚か者の証拠なのだと。

 母よりも長老の言う事の方が正しいのだと諭された。

 そして後に、母はエルフたちから疎まれていたと知る事になる。

 その娘であるわたしも。

 その血ゆえに。

 



 御伽噺は、御伽噺なんかじゃなかった。

 全部本当の事だった!

 わたしはエルフの国に今すぐ戻って、声を大にして叫びまわりたい衝動に駆られた。

 

 竜はわたしたちと繋がっていた。

 竜の巫女は存在した。

 しかもそれはわたしだ。

 わたしはハーフエルフであり、竜の巫女でもある。

 何かの冗談かと笑ってしまいたい。

 でも本当の事なんだ。

 本当の!


 長老に言ってやりたかった。

 貴方はどうして真実を隠していたのか。

 母が怖かったのか。わたしが怖かったのか。

 どのような気持ちで御伽噺を否定したのか、知りたかった。


 でも今は、それよりもすべきことがある。

 徐々に意識は覚醒し、現実へと引き戻されていく。



 

 目を開くと、高笑いを上げながら吹雪を巻き起こしているマクダリナの姿が見えた。

 皆、凍り付いて凍死しそうになっている。

 わたしも勿論例外じゃない。

 しかし、何をするにもまずはこの縛めを解かないといけない。

 

 だからわたしは、吼えた。

 

 竜が天に叫び声を轟かせるように、彼らの姿を思い浮かべて。


 轟、轟、轟。


 三回、立て続けに吼える。

 

「な、何っ」


 咆哮は触手を引きちぎり、縛めを解いた。

 吹き荒れていた吹雪そのものも一瞬で吹き飛ばし、残されていた壁すらも咆哮で吹き飛び、領主の間は太陽の光を遮るものは何も無くなった。

 マクダリナもまた、咆哮の勢いに押されて吹き飛び、領主の間の扉に叩きつけられる。

 触手のコントロールを失い、アーダルの縛めも解かれた。

 扉にたたきつけられたマクダリナは、口から血を流しながらもこちらを睨みつける。

 しかし、その眼にはわずかに怯えの色を感じ取れた。


「一体なんなの、それは」


 わたしはその言葉には答えない。

 まず宗一郎の下に駆け寄る。

 心臓を突かれた宗一郎は、既に事切れていた。

 だからまず、わたしは祈る。


――今はその身を隠している我が友、竜の祖よ。今一度貴方を友と信ずるならば、その力を、慈悲を我らに示し給え――


 大地に跪き、天に祈り、胸に手を当てもう片方の手を天に掲げ、わたしは願う。


――蘇生リザレクション――

 

 奇蹟の名をわたしは請う。

 しかしいつもの聖句ではない。

 わたしの血筋を信じるならば、今はこの相手に願うべきなのだ。


 その思惑通り、天から一筋の光が降りてきて宗一郎の青ざめた体を照らす。

 胸の傷が塞がり、宗一郎がむくりと起きだして周囲を見回している。

 

「……地獄の淵を見たかと思ったが、どうやらまだ生きさせて貰えるらしいな」


 瞬間、わたしの目からは涙が零れ落ちそうになる。

 成功するという気持ちはあったけど、絶対というものはない。

 宗一郎、と叫びたくなった。

 でもぐっとこらえる。

 まだ終わりじゃない。

 目の前の敵を倒すまでは。


ディバイン(女神の)ブレス(息吹)


 柔らかな陽光に似た光がパーティ全員を包み込み、その体を癒していく。

 寒さに凍えていたムラクとアーダルの体温も上がり、元気を取り戻した。

 

「貴方は一体何者なのよ!」


 マクダリナが悲鳴じみた声を上げた。


「わたしが何者かなんて、どうでもいいでしょう」


 再びわたしは咆哮を上げる。

 城全体が揺れ響き、空気がびりびりと震える。

 わたしの呼び声に応え、天からひとつの姿が降りてくる。


 それは竜の形をしており、しかし実体ではなく白い半透明の魂のように見えた。

 人を遥かに超える程の大きさ。

 岩の如きウロコを纏った皮膚。

 手足には何物を切り裂くかのような鋭い爪。

 巨体を支える体躯の背中には二対の羽が付いている。

 その巨体以上に羽も大きく、一振り羽ばたけば嵐を巻き起こすだろう。

 二対の角が額から生え、牙はどのような相手であろうとも噛み潰すほど尖っている。

 

 竜はわたしを背後から包むように、敵を睨みつけるように立つ。

 

「わたしの声に応えてくれて感謝します。竜の祖よ」

『畏まらずともよい。我とハイエルフはいつも共に在った。その血筋であり、竜の巫女の呼び掛けには応えるのが我らが友誼の契りであろう』

「ならば改めてお願いするわ。貴方の力、一部といわず全部を貸して欲しいの」

『其方の体に多大な負担が掛かる。命に関わるかも知れぬぞ』

「あいつはわたしの宗一郎を一度殺した。報いは受けさせてやらなきゃ気が済まないわ」


 わたしが言うと、竜の祖はしばらく黙り込んだかと思えば、途端に口を大きく開けて天を仰いだ。

 どうやら、これは笑っているらしい。


『これは驚いた。今までの竜の巫女は大人しく慎み深い者ばかりだったが、其方はどうやらそうではないようだ』

「あいにく、わたしは純粋なエルフでもないし、竜の巫女が昔どうだったかなんて知った事じゃないからね。慎み深さなんて無縁よ。でもこの目で貴方を見て、体で感じた。貴方の存在を今この瞬間から、本当に信じる」

『結構な事だ。これからの竜の巫女はそうであらねばならぬ。竜が如く雄大に、気高くある心意気こそが肝要なり』


 竜の祖がわたしの中に入り込む。

 まるでそれが当たり前だったかのように、わたしと竜は意外な程に馴染んでいた。

 かつてのハイエルフたちは、竜の力の一部を借り受けて戦いに臨んでいた。

 全てを借りたならばどうなるだろう。

 想像もつかない事だ。


 わたしの体に力が溢れてくる。

 金色のオーラが体から立ち上り、全てを見通せるような心持ちになってきた。

 縛っていた髪の毛のひもが弾け飛び、肩まで伸びていた髪がふわふわと舞っている。

 巡っているオーラで動いているのだろう。

 呼吸を一つ、深くお腹から吸って吐く。

 深い呼吸を行う度にオーラの巡りが早くなってくる。

 研ぎ澄まされていく意識。

 集中せよ。没頭せよ。

 自らの巡るオーラを、マナを、手に取るように感じ取りなさい。

 

 やがて、迸るばかりであったオーラは突如わたしの周囲を巡るだけに留まり、しかしそれは極めて早く循環している。

 竜の祖とわたしの状態が、融合し安定したのだ。


『これぞ竜魂憑依(ポゼッション)なり』


 わたしは不敵に笑い、マクダリナを睨みつけた。

 覚悟なさい、氷の魔女。

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