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【完結】侍は迷宮を歩く  作者: DRtanuki
幕間02:ノエル外伝:僧侶は廃城を巡る
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外伝十一話:山羊頭の騎士との戦い

 山羊頭の騎士はツヴァイハンダーを構えながら、間合いを測っている。

 次はどのような一撃を繰り出してくるのだろう。

 人の背丈の二倍もあれば、その破壊力は何倍にもなりうる。

 オーガや巨人系の魔物はその一撃で大地を抉り、石の壁をものともせずに吹き飛ばす。

 ならばこの悪魔も同じくらいの力を備えているはず。

 

 そう考えるならば、わたしが次に唱える奇蹟はこれだ。


プロテクション(物理防御力上昇)


 奇蹟の名を唱えると、仲間全体に淡い黄色の光が宿った。

 穏やかに柔らかく明滅している光は、神の力によって物理的な攻撃に対してのシールドとなる。

 何度か重ね掛けするとより強力な防壁が出来るけど、ひとまず様子見で一回でどうかな。

 そしてムラクも何かを唱えていた。


ダークネス・ヘイズ(闇の煙霧)


 ムラクの両手から生まれた闇の霧は、徐々に山羊頭の騎士の周辺に集まり始める。

 どうやら敵の視界を塞ぐような錬金術みたい。


 騎士が錬金術の意図に気づくや否や、素早く剣を振るって今度は自分を中心に立ち上る風を巻き起こした。

 風は瞬く間に闇の霧を巻き上げ、辺りに散らしていく。

 闇の粒子は壁や天井の隙間に吸い込まれて消えていった。

 

「あちゃあ、だめか」


 ムラクの術とこの騎士は相性が悪いのかもしれない。

 風を自在に操れるという事は、霧も雨雲も強い風を起こして避けられてしまう。

 

「なら、アシッドバレット(酸の弾丸)でどうだ!」


 酸の弾丸が数発、素早く真っすぐ山羊頭の騎士へと向かっていく。

 騎士はそれを避けようともせずに左手を前にかざした。


「カアッ」


 騎士の一喝と共に、凄まじい炎の壁が突如わたしたちと騎士の間に燃え盛った。

 瞬く間に酸の弾丸は蒸発し、酸の鼻を突くような匂いが辺りに立ち込める。

 炎の熱は冷えていた城の中の空間を瞬間的に熱し、わたしの皮膚には汗の玉が浮かび上がる。


「風だけじゃなく、火も使いこなすのか」

「思ったよりも厄介ですね」

「だったら、この奇蹟を使うわ」


 ――我らが主よ。大いなるその御手を用いて我らを守り給え。脆弱たる我らを包み込み、あらゆる苦しみから逃れさせ給え――


 ――ディバイン(女神の)エンブレイス(抱擁)――


 祈ったわたしを中心に柔らかな緑色の光が展開し、わたしたちパーティの周辺の領域を包み込む。

 炎や吹雪、さらにはブレス攻撃を軽減する力場を展開する奇蹟は、そこらの僧侶が使えるような代物じゃない。

 僧侶の中でも更に信仰を深めた者でなければ、この奇蹟を見出す事は叶わないと言われている。

 それほどまでに効果が高く、重要な奇蹟でもある。


「十分な加護を得た。やるぞアーダル」

「はい!」


 宗一郎とアーダルは二人で組んで山羊頭の騎士へ向かっていく。

 わたしは前に立っているとはいえ、実質的に後ろで支援をしているのと何も変わらない。

 かといって、ここで自分もあの騎士に向かっていくのは足手まといになるどころか、良い的にしかならない。

 歯がゆかった。


「ノエルさん、こわい顔をしていますよ」


 ムラクがわたしを見上げて言った。

 確かに言われて気づいたのだけど、いつの間にか歯を食いしばっていた。

 

「あら、そうかしら? そんな事はないわ」


 わたしは頬に手を当ててぐっと力の入っていた顎を緩める。

 良くない気持ちがまた出てきてしまった。

 わたしは冷静に戦いを見ていなければならない。

 敵がどう動いて、誰を攻撃し、傷を負ったのは誰か。

 的確に見極めなきゃ仲間が死んでしまう。

 ひいてはパーティの全滅に繋がってしまう。

 わたしの判断一つで誰かが生き延び、誰かが死んでしまうのだから、余計な気を起こしている場合なんかじゃない。

 しっかりしろ、わたし。

 顔をパンと叩き、わたしは気合を入れ直す。


 宗一郎が野太刀で騎士に斬りかかっていく。

 あれは居合の型とか言ったかしら。

 爆発的な加速で突っ込みながら刀を鞘から抜く事で殺傷力を上げるとか言っていたような。

 騎士は目にも止まらぬ居合斬りを見て、ツヴァイハンダーでしっかり受け流していた。

 

「むうっ」


 居合斬りを受け流され、宗一郎の体は前のめりになる。

 そこを騎士は前蹴りで蹴り飛ばそうとしていた所で、突然悲鳴を上げて顔を手で押さえて苦しみ出した。


「ガアアッ」


 顔から何かを抜いて床に投げ捨てると、それは忍者が使うと言われる投擲武器のクナイだった。

 クナイには電撃がまとわれていて、それが顔に刺さったのであれば相当な衝撃が加わったはず。

 アーダルは宗一郎の背後からぬるっと飛び上がり、クナイを投げつけていた。

 騎士は宗一郎が一番手強いと見て注意を払ってはいたけど、アーダルにまでは気が回らなかったらしい。


 そしてアーダルはハンドアクスと脇差を鞘の中に仕舞い、両手に紫色のオーラを纏う。

 地下の闘技場で見た、あの忍者が使う独特の気功術。

 素早いステップでアーダルは騎士の懐にまで潜り込み、手刀を旨に叩き込もうと突きを繰り出した。

 騎士は上半身をのけぞらせて回避する。

 オーラを纏った手刀は漆黒の鎧を紙を引き裂くように簡単にバラバラにしていく。

 鎧の破片が床に散らばり、浅黒く光沢のある皮膚に傷を付けていた。


「でも、浅い」


 山羊頭の騎士の胸から深い紫色の血が流れ落ちる。

 血を見て騎士は目を大きく見開き、歯ぎしりを立てた。

 即座にツヴァイハンダーを下から斬り上げるけど、アーダルは既に攻撃が浅い事を見切ってバック転で距離を取っている。

 その間に宗一郎が飛び上がっていた。

 

「奥義・四の太刀、兜割」


 高く飛び上がり、相手を脳天から真っ二つにしようという荒技。

 でも騎士は流石にこの大技をまともに受けようとはせずにバックステップで距離を取った。

 宗一郎は刀を振り下ろさずに着地し、騎士に詰めようと走りかかる。

 その時、山羊頭の騎士が吼えた。


「コオオオオオオッ」


 左手を天へと振り上げると、その手のひらから幾つもの炎が生まれた。


「カアッ」


 勢いよく左手を振り下ろすと、火球はまるで踊り子のようにゆらゆらと不規則に踊りながらこちらへ向かってくる。


フレイムウィスプ(炎の妖精)!」


 その火球の速度は意外にも速い。

 真っすぐ向かってくるわけじゃなく、揺れながら時折気まぐれに曲がったりしてくるものだから、普通のファイアボールよりも性質が悪い。


「噴!」


 それでも宗一郎は火球を刀で斬り払い、アーダルは壁を背にして火球が当たろうかという瞬間にしゃがみ、背後の壁にぶつけさせることで火球を躱す。

 でも炎の熱気は完全に失われるわけじゃない。

 幾らか服は焦げ、皮膚を焼いて火傷を負う。

 わたしの方はと言えば、完全に反応が遅れてしまって小盾で受けざるを得なかった。

 ディバイン(女神の)エンブレイス(抱擁)を掛けていてもなお、この火球の熱量はすさまじかった。

 直撃を受けた盾は溶けてしまい、その熱はわたしの左腕に伝わってくる。


「くうっ」


 服は焼けて焦げ付いてしまい、左腕は火傷してしまった。

 

「うわあっ!」


 背後でムラクの叫び声が聞こえた。

 

「ムラク! 大丈夫!?」


 ムラクの方へ駆け寄ると、胸から上が炎の熱で焼け焦げていた。

 あの綺麗に整えられていた髭もチリチリに焦げてしまっている。

 仰向けに倒れたままピクリとも動かない。

 火球を躱しきる事が出来なくて直撃を受けたのは、ムラクも同じだった。

 人の焼ける匂いが立ち込めている。

 この火傷は不味い。すぐに治療しなければ命に関わる。


グレートヒール(大回復)!」


 ムラクの胸に両手をかざして奇蹟を唱えると、焦げた皮膚周辺に光が集まっていく。

 光はみるみるうちに焼けた肉体を修復し、綺麗な元の状態へと戻っていく。

 でも、流石に髭とか服は元には戻らない。

 ムラクは昏倒したまま目覚めない。

 倒れた時に後頭部を打ったのかもしれない。

 今の戦いには復帰できないだろう。

 わたしの左腕にもミディアムヒール(中回復)を掛けて火傷を治し、溶けて使い物にならなくなった盾は捨ててモーニングスターを両手で握る。


 宗一郎とアーダルは攻めているけど、まだ騎士に致命傷を与えられていない。


 なんかもたついてるな、宗一郎。

 こんな敵、本気でやれば一刀両断できるでしょ。


 その時、アーダルが苦悶の顔色を浮かべた。


「くうっ」

 

 騎士がぐるっと横に一回転しながらの薙ぎ払いを、アーダルはまともに受けてしまった。

 なんとかオーラを纏った腕でガードはしているけど、衝撃までは殺しきれなくてわたしの遥か後方にまで吹き飛ばされていく。


「アーダル!」


 宗一郎が叫んだ瞬間、騎士は左手から炎を生み出した。

 一瞬だけ気を取られたのが、命取りになる。

 山羊頭の騎士はしゃがみこんで炎を地面に叩き込んだ。

 すると、猛烈な炎の柱が次々と騎士周辺に巻き上がる。

 それはファイアーストーム(炎の嵐)と呼ばれる魔術。

 いくら熟練の侍と言えども、広範囲に展開される魔術を避けるのは難しい。


「ぐおっ」


 体中に火傷を負って、流石の宗一郎も今はうずくまるしかない。

 前衛二人が一時的に動けなくなったのを見た騎士は、油断せず次の標的を定める。

 つまりわたしだ。

 おあつらえ向きに、わたしと山羊頭の騎士の周りには誰も居ない。

 アーダルとムラクはわたしの後方に、宗一郎は前の方に居る。

 騎士は猛然と迫りくる。

 それに対し、私はひざまずいて手を組んだ。

 奇蹟を捧げる為の姿勢である。

 

 山羊頭の騎士は命乞いをするのかと思ったのか、笑みを顔に作っていた。

 人間が命乞いをするのを無下にしてやるのは、きっと悪魔にとってはたまらない愉悦なのかもしれない。

 悪魔は人を弄ぶ存在であるがゆえに。

 ならば悪魔を祓うものもまた、我らが人間、神の僕たる僧侶だ。


 ――天におわす我らが神よ。目の前に立ち塞がる神敵を打ち砕く力を、其の怒りを以て我らが使徒に与え給え――


 ――ラース()オブ()ディバイン(憤怒)――


 騎士が剣を振り下ろさんとした瞬間、わたしを中心に輝かしい光が発された。

 光は衝撃と轟音を共にもたらし、更に光芒が山羊頭の騎士の体を貫いて吹き飛ばす。

 吹き飛んだ騎士は壁に体を叩きつけ、ずるりと床に尻餅をつけて座り込んだ姿勢になったまま、動かなかった。

 騎士は体中の至る所に穴が貫通していて、深紫色の血を流して床を染めた。


 ラース()オブ()ディバイン(憤怒)は自分を中心に神の光を借りて爆裂させる奇蹟なんだけど、敵味方の区別をしない。

 だから周りに味方が居る状態では使えない。

 この奇蹟は自分一人が前に立っている時、多数の敵を相手にしている時こそが最善の使い道だと教えられている。

 今回はおあつらえ向きに一対一の状況になった。

 敵が油断していたのもあったけど、まともに食らわせればグレーターデーモンや巨人の類であろうとも致命傷を与えられるくらい強烈だ。

 でも、流石に神の力を借りるだけあってマナの消費もかなり大きい。

 他にも奇蹟を連発したし、少し疲れちゃった。

 

 わたしは山羊頭の騎士に近づいてモーニングスターで頭を殴ってみたけど、立ち上がる様子はない。

 確実に死んだ、かな。


「勝利を確信して笑ったのが敗因ね」


 最後に立っているのがどちらかが分かるまで油断するなって、宗一郎も言ってたような気がする。

 全くその通りだわ。


「はやく怪我した皆を治してあげないと」


 疲れてるけど、まだ仲間は傷ついたままだ。

 わたしはまず、宗一郎の下へと駆け寄っていった。


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