stage08
結局、エンシーナ公爵家は大量の武器を仕入れ、その一部を国外に流していたそうだ。その対価として金と例の薬を仕入れていたわけで、不正所得である、と財務省が乗りだしてきた。これが母。
さらに、国内で製造した武器を他国に流した、と言うことで、機密保持法違反である、と法務省も乗りだしてきた。これが叔父。
ほかにも、外務省や産業省など、様々な部署が乗りだしてきたらしく、混とんとしてきたが、宰相……ではなく、母がうまく取りまとめて宰相にエンシーナ公爵家の沙汰を突きつけたらしい。
母、本当に何者なの。
そうして、事が落ち着いた頃、エメリナの捻挫はだいぶ良くなった。父に「もう普通に歩いても大丈夫」と許可をもらう。
「でも、あまりヒールの高い靴はやめた方がいいね」
「そもそも、履かないわ」
父の忠告にエメリナはそう答えた。成人男性の身長に迫る勢いの長身であるエメリナは、あまりかかとの高い靴を好まない。みんなが履いているようなハイヒールを履くと、文字通り頭一つ抜けてしまうのだ。母もマルシアも女性にしては背が高いが、ハイヒールを履いて男性の身長を越す、ということはない。
「……せめてもうちょっと背が低ければ……」
「あはは。エメ、僕に迫る勢いだもんね」
「……ごめん」
しゅん、としてエメリナが肩を落とすと、父は彼女の頭をそっとなでた。
「こっちこそごめんね。からかいすぎたね」
よしよし、と小さいころのように父に頭を撫でられ、エメリナの気分も浮上する。
「エメリナはすらっとしてかっこいいから大丈夫だよ」
「それって、女の子に求める要素なの……」
「いや、僕の嫁さん、かっこいいでしょ」
「……否定できない!」
つまり、そう言うところに惹かれる男性もいるということだ。確かに、母は可愛いとか女性らしいというよりも、颯爽としてかっこいい、と言った方がしっくりくる。父はそういう母に惹かれたのだ。
まあ、母はエメリナと違って美人だし、天然が入っていてたまに抜けているけど。そのギャップがいいのだ、と語る父に、エメリナは少し引いた。まあ、仲が良いようで何より。
「無理はしない方がいいけど、足を気にしすぎて動かないのも体に悪いから、散歩くらいはしたらいいよ。夜会に行ってもいいけど、ダンスはやめた方がいいだろうね」
「わかった。……お父様、最近ますます何の専門医なのかわからないよねぇ」
「強いて言えば内科かな。まあ、総合診療医だよ」
「知ってる」
この国ではまだまだ珍しい、広範囲の容体を見る医者だ。それだけ父も頭がいいのだ。
「また足が痛くなったらすぐに言うんだよ」
「はーい」
気のない返事をした末っ子に父は苦笑し、その頭をもう一度なでた。
△
そんな父との会話があった数日後のことである。アルレオラ伯爵邸を、珍しい人が訪ねてきた。
「あら、こんにちは」
「……こんにちは、エメリナ嬢」
クルスだった。訪問の手土産らしい花束を渡される。
「あ、ありがとうございます」
とりあえず受け取る。クルスが何を思っていたとしても、花に罪はないし、見事な花束であった。
「……」
「……」
クルスは口数の多い方ではないし、エメリナも必要がなければそんなにしゃべらない。沈黙が下りる。
「あ、良ければお茶でも」
さすがに立ったままは失礼だ。一応、応接室には通したが、何故か立ったままだった……。
「……いや、すぐに用は終わる。……が、君は座ってくれ」
エメリナが足を痛めていたことを思い出したらしいクルスが言った。遠慮なくエメリナが座ると、クルスも向かい側に腰かけた。
「その……良ければ明日、一緒に出掛けないか」
「へ? 明日ですか? とくに予定はないですし、構いませんが……クルス様と?」
「……私とだ。王立公園に移動動物園が来るらしいから、行かないか?」
動物園は、珍しい。移動するので小動物が多いらしいが、エメリナとて多少興味はあった。基本的に、もふもふとした生き物は好きだ。
「そう……ですね。クルス様となら行ってもいいかもしれません」
一人なら絶対に行かないけど。この場合、一人でなければ兄や姉と二人でも行っただろう。
「そ、そうか……では、明日迎えに来る」
あからさまにほっとしたような表情を浮かべる彼に、この人宮廷で生き残れるだろうか、と余計な心配をするエメリナである。
「お仕事の方は大丈夫なんですか?」
母が出勤日なのでそう尋ねたのだが、クルスに「休みだ」と言われて、そりゃあ休日くらいあるか、とエメリナは一人でうなずく。両親の休みが同じ日に設定されていることが多いので、みんな同じ日が休みだと錯覚していた。
「えっと、じゃあ、遠慮なく同行させてもらいます」
そう言うとクルスは「ああ」とうなずいた。心なしか口角が上がっていた気がする……。
夕食時に家族に明日出かけることを伝えると、兄が後からこっそりささやいてきた。
「ホントに誘いに来たんだな。怪我させたの、気にしてるようだったから誘ってみればっていってみたんだよな」
「お兄様の入れ知恵だったのね……」
「入れ知恵言うな」
移動動物園は、ご婦人がたの中では好き嫌いが別れる。エメリナは好きな方だが、苦手だ、と言う人も多い。従姉のベロニカなどはあまり好きではないはずだ。
そこを誘って来たのだから、誰かが言ったのだろうとは思っていたのだ。まあ、兄か従兄のハビエルのどちらかなのはわかっていたけど。父は面白がって教えないだろうし、母にはクルスの性格上聞けないだろう。消去法だ。
「私、別にクルス様のせいで怪我をしたとは思ってないんだけど」
「まあ、クルスはちょっとまじめすぎるからな。別に害があるわけじゃないし、気のすむまで付き合ってやれよ」
「うん。わかった」
ただ出かけるだけだし、大丈夫かな。そう思ったエメリナ、見込みが甘い。
「せっかくだから、かわいくしていきましょう」
そう言って、その日、姉のマルシアがエメリナの衣装係を買って出てくれた。
夏にふさわしい淡い紫のワンピース。安っぽ過ぎず、上品だがそれほど高価ではない。腕を通すのはショールではなくボレロで、足元はヒールの低い靴。これはいつもだけど。
背の高いエメリナが着る服は、どうしても落ち着いた印象のものになる。これで顔立ちが可愛らしければ、可愛らしいデザインでもいいのかもしれないが、残念ながら顔立ちも普通なのでシンプルなものが一番似合う状態だ。まあ、着る色をあまり苦労したことがない、と言うところが利点ではある。
約束の時間通りに、クルスも迎えに来た。彼も外歩きに向いたカジュアルだがハイセンスな格好をしていた。意味が分からないかもしれないが、言葉のままである。カジュアルなハイセンスな服を着ている。
「おはようございます、クルス様。今日も服が良くお似合いです」
「おはよう、エメリナ嬢。君も、珍しい格好だが、いいと思う」
こういうところでクルスは嘘をつかない。付き合いは短いが、彼の性格上、嘘はつかないだろう。なら、少なくとも悪くはないということだ。エメリナは微笑む。
「ありがとうございます」
行きましょう、とエメリナが言うと、クルスの方がついてきた。
移動動物園が来ているのは近くの公園だった。馬車で近くまで移動し、歩く。公園の側にも乗降場所はあるが、混んでいると思ったのだ。
エメリナは、家族でこの公園によく遊びに来る。ピクニックのような感じか。たまに、父が絵を描きに来ているそうだけど。
そんな憩いの場では、今日は動物たちが遊びまわっていた。柵の内側で、だけど。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。