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stage07








 エメリナの父は総合内科診療医であるが、外科も見られなくはない。この時間なら宮殿にいるだろうし、若い女性なら、医者に見せるくらいならせめて父親に、と思うのは自然だろう。……たぶん。少なくとも、異性であっても家族だし。

 あとで聞くと、エンシーナ公爵家は父を呼ぶことを渋ったらしい。父はこんなんでも、宮廷医だ。国内での医師としての腕は上から数えたほうが早いし、通常なら歓迎されるだろう。それなのに渋ったのは、彼の妻が宮廷を影から支配していると言われる女伯爵カンタレスフィロメナだからだろう。


「お転婆だね、エメリナ」

「むう」


 足をひねった娘に、父は笑ってそう言った。おおらかだが、これが狙っているのか素なのかよくわからない……。

「はい。もういいよ。一週間くらいは、あんまり右足に負荷をかけないように。抱っこして帰ろうか?」

「いや……それはいいかな」

 ちょっと間抜けな気がするし。父は見た目よりも力があるので、たぶん、クルスに抱きかかえられた時よりは安定感があると思うけど。


「あ、あとお父様。これ見て」


 ちゃっかり持ってきていた迷路で見つけた宝箱を開き、カバーの下から小さな瓶を取り出す。父は片目を細めてちょっと複雑な表情をした。

「これは……うん。このうちにはあるかもしれないね」

「それってどういう偏見なの」

 とにかく、エメリナたちが察したもので間違いないようだ。使い方によっては毒になるもの。問題は、この薬は国内で作ることができないということ。

「どこから密輸してるんだろう……」

「まあ、フィルがこういう流れを追うのは得意だから聞いてみようか」

 と言って、彼はさりげなく薬を自分の診療鞄に入れた。エメリナはそれを見とがめて尋ねた。


「持って行っていいの? ばれた時に責められない?」


 相手は格上の公爵家だ。いくら母が宮廷の影の支配者とは言えども、貴族界の中では中の上に入るかどうか程度なのだ。問題にならないだろうか。


「間違えて持って行ってしまいました、ですまそう」

「お父様、確信犯じゃん!」


 何となくまかり通りそうなのが何とも言えなかった。エメリナの両親は天然が入っていると思われているから。

「……まあいいや」

 先に話を通すべきでは、とクルスに言ったのはエメリナ自身だ。思いがけない方向から、母に話が行くだけだ。

「こっちの髪飾りは返してきた方がいいね」

「そうね……」

 エンシーナ公爵家のものなのだ。さすがに盗るようなまねはしない。

 一緒に入っていたものが無くなっていたとしても、父が言うように責めづらい。一口に違法だとは言えないが、こんなもん手に入れて何をしようとしていたの? ということになる。


 ひとまずエメリナはやってきたハビエルと一緒に宝箱を返しに行き、見つけた景品にと紅茶をもらった。この紅茶も父に調べてもらおう……茶葉がいい匂いだったけど。

「エメリナ嬢……その、申し訳なかった」

 帰る前にハビエルに支えられたエメリナに、クルスが近づいてきて言った。エメリナが何か言う前にハビエルが言った。

「ホントに責任とってよ~」

 叔母上、怒ると怖いんだぜ、絶対零度の微笑み。とハビエルがわかるようなわからないようなことを言っている。離れたところで父が腹を抱えて笑っているのが見える。父、ホントに地獄耳。母に漏れることはないだろうけど。


 ハビエルの言いように、クルスはうっと詰まったようだ。母を尊敬しているクルスとはいえ、少し怖いらしい。

「いや、この状況で怒られるのは私だから! 二人とも、気にしないでいいから!」

 思わず気軽な口調になってしまったが、焦ってエメリナは言った。だって、アナスタシアがめっちゃこっち見てる! 今の口調で睨まれるようになったけど! どうやら、クルスは彼女の視界には入っているらしい。身分は侯爵子息だが、父親は宰相だ。不思議なことではないだろう。狙いの一人であっただろうクルスが、自分の敵ではないと判断したエメリナに気を遣っているのが見て取れて、面白くないのだ。


 ああ、とにかく帰りたい……やっぱり来なければよかった、と思ったエメリナはたぶん、悪くない。
















「うん。いい感じに引っ掻き回してくれたね、エメリナ」

「それってたぶん、ほめてませんよね」


 いやいや、ほめてるんだよ、とうそぶく王太子にエメリナは思わず白い目を向けたが、自分は悪くないと思っている。

 まだ痛む足を引きずってやってきたのは宮殿である。王太子が母に「自分がいないときに来るのはやめてもらえません?」とちくっと言われたらしいので、エメリナが赴いたのだ。本当にこんな口調だったかはわからない。裏を返すと、母がいる時ならいいということだが、母が屋敷にいると、逆に王太子はよりつかない。いや、それが多分正しいんだけど。


「いやいや。おかげでいろいろ見えて来たよ。女伯爵カンタレスは脱税を見つけて財務省はバタバタしてるし」

「前後の文脈のつながりが良くわからないのですが」


 たぶん関係あることだとは思うのだが。エンシーナ公爵家の脱税が見つかったのだろうか。

「……あ、でも、武器の所持には税金がかかりますもんね」

 正確には独自に軍備を整えることに課税されているのだが、似たようなものだ。財務長官たる母はその手の取り立てに厳しい。国法を守る者には優しいが、守らない者には厳しいのが母である。

 もちろん、実際に処理をしているのは母ではないだろうが、きっと例外は認めないだろう。部下の人たち、頑張って。

「さすがにエメリナは話が分かるな。ちなみに、回収したという薬はどうだった?」

「はい。まあ、一般的に見られるものと同じですわね。問題は、この薬は国内で入手困難だということですが。個人で手に入れられるのは、父くらいのものでしょう」

 王太子の問いに流れるように答えたのはエメリナに同行していたマルシアだ。エメリナの足がまだ治らないので、一緒に来てくれたのである。


「君たちの両親は何者なんだという話だが……まあ、こちらで調べてもそんなものだな。アルレオラ姉妹は優秀だ」


 そう言う王太子の後ろで、ヘラルドが「俺は?」と言うような顔をしているが、その場にいる全員が無視した。

 とにかく、状況は報告した。エメリナは本当にちょっかいをかけただけだが、あとのことはこの王太子や母たちが何とかしてくれる。

「……いや、その、足は大丈夫か」

 帰りがけにいきなり尋ねられ、エメリナはきょとんとクルスを見上げた。それから、ああ、とうなずく。

「順調に回復中です。まだ体重をかけちゃだめって言われてますけど」

「そうか……ならよかった」

 少しほっとしたようにクルスは言った。エメリナの怪我は自分のせいだと、責任感を感じていたクルスは、数日たっても責任を感じているらしい。しばらくすると、ケロッとするような人も多いのに、まじめだ……。

「そんなに心配いただかなくても、怪我は治ります」

「……だが、しなくてもよかったはずの怪我だ」

 苦しげに眉根を寄せてクルスは言った。本当にまじめだし、ちょっと感受性が強いのかもしれない。家系のせいかはわからないが、そのあたりは少々淡白なエメリナは小首をかしげる。

「物事にもしもはありませんが……もし、あの時怪我をしなければ、私は別の方面から追い込まれていたかもしれません。ちょっと首を突っ込み過ぎましたし」

 あの時、父を呼ぶことができてよかったと今では思っている。エメリナ一人なら立場は弱いが、宮廷医の父がいれば、彼女はその庇護下にいることができる。父の威を借りるようで複雑ではあるが、自衛も大事。

 納得いかないような表情のクルスにエメリナは言った。


「じゃあ、次は助けてください」

「あ、ああ」


 驚いたように目を見開き、クルスはうなずいた。

「……クルスが女性と意思疎通ができている場面を初めて見た」

 王太子がつぶやくように言った。言われたクルスが眉をひそめて王太子を見る。

「私だって会話くらいします」

「いつもかみ合ってないだろ」

 と、半笑いで言ったのはヘラルドだ。ちなみに、ハビエルはいない。基本的に軍所属の彼は、外出などの時にしか同行しないのだ。

「うちの妹は頭がいいからな。クルスには話しやすいんだろ」

「ヘラルドさんはもうちょっと頭を使うべきです。せっかく頭がいいのに」

「あ、それは私もクルス様に同意」

 ここぞとばかりにエメリナも主張するが、マルシアはくすっと笑って、

「いいじゃない。お兄様の阿呆……とぼけた言葉は何となく和むわ」

「お前、今、兄のこと阿呆って言ったよな」

 マルシア、さりげなく毒舌である。

「お前たち兄妹、仲いいよな……クルス、たぶん、ヘラルドに勝てないと、エメリナをもらえないんじゃないか?」

「何の話ですか」

 王太子が茶化すように言った言葉に、クルスが生真面目そうに眉をひそめる。王太子は肩をすくめ、マルシアとエメリナの姉妹に微笑んだ。


「引き留めて悪かったな。またフランシスカに会いに来てくれ」


 それはもちろん。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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