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stage06








 行くと決めたくせに、雨が降らないかな、とちょっと祈っていたが、ガーデンパーティーの日は快晴だった。


「……なんで私なのかしらって思ったけど、相手がいない人が対象なら、殿下は来られないものね……」

「というか、女性でこういうことを頼める人なんてめったにいないからなぁ」


 笑いながらそう言ったのはいとこのハビエルだ。マルシアは婚約者がいるし、ヘラルドはここに来られなかった王太子の護衛中だ。ついでに好きな人がいるとかで、免除されたらしい。これは後になってから王太子妃に聞いたことだが。

「そんだけお前が期待されてるってこと。いいなあ。頭いいもんな、お前」

「そんなこと言われてもね……」

 母親と言う本物の天才が近くにいる身としては、何とも言い難い。


 ひとまず、主催者であるエンシーナ公爵家の皆様に挨拶に行く。絶賛求婚者募集中である例の気位の高い娘、アナスタシアはハビエルのことは歯牙にもかけず、エメリナのことは全身を検分するように眺め、扇の裏で鼻で笑った。エメリナもハビエルも、そこまで気にするタイプではないが、ここまであからさまに馬鹿にされるとちょっと嫌になってくる。

「俺、ちらっとも見られなかった」

「うん……そうだね。伯爵家は眼中にないってことかしら」

「まあ公爵令嬢だもんな……お前はめっちゃみられてたな」

「見られた挙句、敵じゃない、っていう判断がなされたみたいね」

 うんまあ、大輪の花のようなアナスタシアに比べたら、エメリナはその辺の雑草だろう。わかっているから否定はできないが、あからさまに鼻で笑うことはないと思うんだ。


 ガーデンパーティーなので、ダンスや音楽と言うよりも、庭の鑑賞や出し物がメインになる。エメリナもハビエルと共に人形劇を眺めていたのだが、どうやら次のイベントが始まるらしい。庭にある生垣の迷路に入り、宝物を探してくる、といういわゆる宝探しだ。

 一人ずつ、迷路に入るそうだ。迷子になるほど複雑な道ではないので、だいたいの人が抜けられると思うが、一応、迷子者を保護するために使用人も中を回るそうだ。アナスタシアは高慢なところがあるが、家自体の配慮はしっかりしている。


 でも、王太子が気にしている家だものなぁと思う。父も母も無理に行くようには言わなかったが、結局、母の一言に背中を押されてエメリナはこのガーデンパーティーに出席することにした。

 迷路に入る。記憶力には自信があるので、迷子になることはないだろう。だから、ただ進んで、宝物を見つければよい。箱に入っているらしいので、目立つだろう。見つけられなければ、それはそれでよい。迷路を抜けることはできるのだから。

 生垣越しにきゃあきゃあとはしゃいだ声が聞こえる。それを無視し、エメリナは迷路を進む。一人なので、早めに抜けてしまいたい。


 迷路の抜け方は、父直伝である。父は雑学が多い気がする。母は天然がきついが正統派の頭脳をしている気がするが、父はなんかねじ曲がっている気がする。腕のいい医者ではあるけど。


「あ」


 宝箱を発見した。エメリナはしゃがみ込んでその小さな宝箱を手に取った。留め具を外して中身を見る。中に入っていたのは髪飾りだった。青い宝石が付いている。

 というか、重さと中身が釣り合っていない気がする。そう思い、エメリナはカバーの下をのぞき……そっと元に戻した。猛烈に、母に会いたい。会いたいというか、用がある。

 とりあえずハビエルを探そう。一応、お国に勤めているし。彼も迷路は難なくぬけられるだろうから、ゴール付近で会えるだろう。


 と、思ったのだが、その前に別の人に会った。クルスだ。


「……いたんですか」

「……君こそ」


 お互いにこの手のイベントには参加しなさそうなので、驚いてしまったのだ。しかし、まあ、エメリナにとってはクルスに出会えたことは僥倖である。

「ちょうどよかったです。ちょっとこれ見てくれません?」

「いきなり何なんだ」

 ちょっとなれなれしかったかな、とは思ったが、気にせずに行く。クルスは母のことを尊敬しているし、エメリナはその娘だから、たぶん大丈夫。

 エメリナはクルスにカバーを外してその下を見せる。クルスも沈黙した。エメリナは先ほどと同じくカバーを戻し、クルスにその宝箱ごと押し付けた。クルスは嫌そうに顔をしかめている。

「いらん」

「私だって要りません。というか、職務と性格的に放っておけないですよね、クルス様は」

 ちっとクルスが舌打ちした。

「頭のいい娘だな、君は。王太子殿下の命令でここに来たのか」

「結果的に、そうなりますね」

 直接言われたわけではないけど。そう言うクルスも、王太子に言われてきたのだろうなぁ。

「なら、エンシーナ公爵家の話を聞いているな」

「まあ、さわりだけなら」

 大まかな話だけなら母から聞いている。クルスはそれで、自分の同士だと判断したらしい。

「密輸品目に加えないとな……劇薬だ」

「上手に処方すれば媚薬になるって父が言ってましたけど」

「レジェス先生は娘に何を教えているんだろうな」

 正確にはエメリナに言ったのではなく、マルシアに言ったのだが……結局一緒か。クルスのツッコミに行きつく。


 某界隈で流行っている、理性を奪う系の劇薬だった。こんなところに隠すなんて……と思ったが、装飾品を隠すために箱を探して、その箱の中にたまたま薬が入っていたのかもしれない。


「ひとまず、公爵に話を聞こう」


 まじめに手順を踏もうとするクルスに、エメリナは待ったをかけるべく腕をつかんだ。


「そんなことしても正直に話すわけないじゃないですか。先に王太子殿下か、私たちの親に話すべきです」


 クルスの父は宰相、エメリナの母は財務長官だ。この二人に先に話しておいた方が、話がスムーズに通るだろう。つてがあるのなら、わざわざ正式な手続きを踏む必要はないのではないだろうか。

「しかしそれは……その、ずるくないか?」

「ずるいも何も、逃がさないようにするのが先決だと思うのですけど」

 駄目だ、クルスはまじめすぎる。いや、エメリナが不真面目だと言うわけではなく、クルスがまじめすぎて融通の利かないタイプだということだ。


 もめていると、巡回中らしいエンシーナ公爵家の使用人がやってきた。男女のいさかいの声が聞こえれば、それは気になるだろう。

「どうかなさいましたか」

 使用人が顔を見せた。先に言っておくと、この二人は頭脳派であり、肉体派ではない。ちょっとした不幸が重なったといえるだろう。

 動揺したクルスが、エメリナの腕を引っ張った。エメリナはと言うと、クルスが宝箱を持っていることに気付かれないように一歩踏み出そうとしていた。それがクルスに引っ張られ、バランスを崩す。


 たぶん、これがヘラルドならエメリナを支えられただろう。しかし、腕をつかんでいたのはクルスだった。エメリナは盛大に体勢を崩し、その場に倒れ込んだ。


「エメリナ嬢!」

「大丈夫ですか!」

 クルスと使用人が驚いてエメリナの側に膝をついた。クルスが顔をゆがめて謝罪した。

「すまない……」

「あ、いえ。私も不注意でした」

 クルスが手を貸してくれて、立ち上がろうとするが、足元がぐらついた。どうやら足首を痛めてしまったようで、倒れそうになり、あわててクルスにしがみついた。

「す、すみません」

「いや……足を痛めたのか?」

「……そうみたいです……」

 腰を支えてくれていたクルスの手が背中に回り、もう片方の腕はひざ裏に回ってそのまま抱き上げられた。

「わっ!」

「すまないが、彼女を休ませる場所を貸してもらいたい」

「あ、そうですよね!」

 使用人がクルスの言葉にうなずき、迷路を抜けようとする。ここからなら、ゴールの方が近いだろうか。


 エメリナはと言うと、抱き上げられて不安定な姿勢で、クルスにしがみついていた。え、これいいの? まじめなクルス的にありなの、と思いつつも飛び降りることなど怖くてできない。

 そっと腹の上に宝箱が乗せられた。しれっと持っていくつもりなのだろうか。……いや、単に怪我人であるエメリナを優先しただけの可能性が高いか……。

 部屋を一つ貸してもらい、靴を脱いでみる。右の足首が見事に腫れていた。クルスがハビエルを呼んでくるように頼んでいる。同行者を聞かれたので、エメリナが答えたのだ。

「……医者を呼んだ方がいいか」

 足首を冷やしているエメリナにクルスが尋ねた。エメリナは顔を上げる。

「呼ぶなら、父にしてください」

 ここぞとばかりにエメリナは訴えた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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