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stage05









 まだ学生であるエメリナは、夏季休暇中も勉強をしている。それでも、社交シーズンであるので外出することもある。しかし、基本引きこもりである彼女は、屋敷でおとなしく本を読んでいることが多い。今日もそうだ。

 何やら隣で姉のマルシアが薬の調合を始めた。さすがにエメリナは顔を上げる。


「それ、危なくない? 大丈夫なやつ?」


 爆発しない? と確認する。マルシアはからりと笑って「大丈夫よ!」と言っているが、前科があるのであまり信用できない。何故この家にはこうも変人が多いのだろう。

「ちなみに何作ってるの?」

「咳止めよ」

 そう答えられて、エメリナはふーん、とうなずくにとどめた。マルシアは完全に理系だが、エメリナは残念ながら文系である。頭の中身は母に似たのだろう。


 と言うか、なぜこの時期に咳止めなのかわからないが、大学の実験か何かだろうか。よく見れば、レポートを書いているような気がするし。


「そう言えば、エメリナ」

「んー?」

 物語も佳境に入っていたエメリナは、姉に生返事をする。マルシアも気にせず紙に何やら書き込みながら言った。

「ガルソン侯爵の次男、縁切られて放り出されるんだってさ」

「へえ……」

「んで、子爵家の子は国軍に放り込まれて国境警備」

「お、おお……」

 たぶんサントスから聞いたのだと思う。姉と婚約者はとても仲がいいのだ。

「むしろ、ガルソン侯爵家の次男の方を軍に放り込むべきだったのでは……?」

 放り出しただけなら、また何かするかもしれない。自由になる、と言うことだからだ。軍に身を置けば、その身は常に監視されることになる。たぶん、身分の差でこうなったのだと思うけど。


「叔父様、もっと押し切ればよかったのに」


 被害に遭ったベロニカの父、エリベルトはコンテスティ侯爵だ。同じ侯爵家で、叔父は法務長官。もっと厳しい処罰を下せたと思うのだが。

「お母様曰く、いくら法務長官でも一事件に強い発言権は持てないそうよ。それに、今回は娘が被害者の一人だからね。あまり関われなかったらしいわ」

「な、なるほどー」

 姉の口ぶりからすると、母にも話を聞いていたようだ。どのタイミングで聞いたのかは不明だが。

「……お姉様」

「なあに?」

「お母様って、頭いいよね」

「天然だけどね」

 誰にも否定できないレベルで天然だと思う。しかも頭がいいので、なんというか、笑ったままとどめを刺しに来るというか。父もそんな感じだが、父はわざとだ。

「よく考えたら、お母様がそのまま放置するわけないね」

「だね」

 妹と姉の間で合意が整った。おそらく、ガルソン侯爵家の次男は大丈夫だ。母が何とかしていると思う。母にとっても、可愛い姪が被害に遭ったのだ。


 そちらは忘れることにして、エメリナは本に戻る。どこまで読んだか思い出しながら、また物語に潜っていった。
















 その翌日である。前の日、父も母もなかなか帰ってこなかったので先に寝ていた姉妹は、兄も含めて一日ぶりに両親の顔を見た。


「おはよう。昨日は遅かったのね」


 マルシアが声をかけると、そうだね、と母が微笑んだ。父と兄がじっと母を眺めている。何だろう。

「エメリナ」

「あ、はい」

 クロワッサンをちぎっていたエメリナは、顔をあげて母を見た。母はちょっと困ったような表情をしていて、そんな顔は珍しいな、とぼんやり思った。

「来週、エンシーナ公爵家でガーデンパーティーが開かれるのだけど、参加しない?」

「しない」

「……言うと思った」

 返答を予想していたらしい母は息を吐いた。ため息と言う感じではないが、そもそも母がそんなことを言いだすことが珍しい。母は、自分が若いころ結婚する気皆無であったこともあって、子供たちにそういうことをうるさく言わないのだ。

「エンシーナ公爵家ってことは、娘さんのお相手探しでしょ。引き立て役……なのはまあいいけど、自分が一番じゃないと気にいらない! っていう態度が……」

「エメリナ、よく見てるね」

 父が相変わらず腹の底が読めない笑みを浮かべている。エメリナはむすっとして言った。


「というか、お母様がそういうこと言う時点で怪しさ満点」

「慣れないことはするものではないね」


 母は失礼な娘の言葉に怒るでもなく、肩をすくめた。そして、事実を話すことに決めたようだ。なんと言うか、この家では駆け引きしようものなら結局どこかで全員が真実に気づく、みたいなパターンが多いので、なら最初から話そう、となることが多いのだ。

「エンシーナ公爵家が大量の武器を仕入れているという情報があってね」

「防衛強化、とかなら別に不自然ではないのでは?」

 マルシアが小首を傾げて言った。貴族が自分たちの領地の防衛のために軍備を整えるのはよくある話だ。父も母も、アルレオラ伯爵領に関しては同じように気を配っていた。

「……まあ、それならいいんだけど、どうもお金の流れが不自然でね」

「母上、資金関係に厳しいな……」

「別に私だから厳しいわけではないよ」

 財務長官に就任したときに国内の金の流れを総ざらいし、不審点をすべてあぶりだして切り捨てたという伝説のある母は、宮廷内では守銭奴のイメージらしい。本人いわく、いらないところを切り捨てて必要なところに流しているだけ、とのことだが、それは結局同じことではないだろうか。

「……私に調べて来いって?」

「可愛い娘にそんなこと言わないよ。ただ、私たちは怪しまれて中に入れないから」

 エメリナはじっと母を見つめた。母は腹黒いと言うよりは天然の気が強いので、本当にエメリナを利用しようと思っているわけではないのだろう。


「……お母様、今『たち』って言ったわよ」


 マルシアが気になったところを指摘してくる。彼女は婚約者がいるので免除されたのだろうが、話の内容的には気になるようだ。

 マルシアの指摘から、エメリナは昨日、両親の帰りが遅かったことを思い出した。ヘラルドも同じころに帰ってきたようだ。と言うことは。

「王太子殿下?」

 何故かエメリナを気にいっている、王位継承権第一位の王子を思い出した。ヘラルドも絡んでいるのなら、たぶん、王太子の方だ。国王の方ではなく。


「……あの方はお前を部下にしたいと言ってはばからないからな……」


 ヘラルドが遠い目をした。父が「血は争えないね」としれっとちゃちゃを入れる。たまに入る父のツッコミが面白い。父の天然は確信犯であるとエメリナは思っている。

 正確には、「側に置きたい」と言っているらしいが、いろいろと誤解を招くために「部下にしたい」で落ち着いたらしい。母本人が知っているかわからないが、側近に女性がいるのは何かと都合が良いらしい。男では気づかないようなところに気付いてくれたり。まあ、母もエメリナも、一般的な女性の範疇に入るのか微妙だが。


「エメリナは、大学を出た後にどうするか決めてる?」


 父が尋ねた。法史学を学んでいるエメリナは、もう大学三回生。順調に行けば、再来年には卒業する。身の振り方を考えるころだ。ちなみに、来年には卒業するマルシアは、大学で研究員になるらしい。サントスと結婚すればいいじゃん、と思うのだが、それは卒業後、少し落ち着いてから、とのことだった。

 エメリナの中には、それらの選択肢はない。研究者になるつもりはないし、結婚の予定もない。そもそも、婚約者も恋人も好きな人すらいない。このまま家にいる、と言っても父と母は何も言わないだろうが、沈黙の方が怖い。


 仕事をしないにしても、何もしないのもな、と思うのだ。できれば引きこもる系のことをしたいけど。やっぱり研究者になればいいの?

「……エメリナ。お前は頭がいいね。できることがたくさんある。未来もある。お前には、たくさんの選択肢がある。しかし、知らなければその選択肢は見えてこない。多くの知識、経験を得ることはいいことだと思うよ。……まあ、今回は危ないところもあるかもしれないから、無理にとは言わないけど」

 爵位を継ぐ以外選択肢のなかった母からの言葉は重い。女性の進出が進んでいる今、エメリナの選択肢は確かにたくさんあるのだ。

「……お母様、自分で官僚になることにしたんじゃないの?」

「そうだね」

 うなずいて、母は微笑んだ。少なくともそこだけは、彼女が自分で選んだはずだ。他の職にはつきにくかっただろうけど。

「……知識に、経験か……」

 知識は、大学にいれば大体入ってくる。後は経験。エメリナは出不精だ。

「……フィル、失言」

「……申し訳ない」

 今日も、父と母の会話が面白い。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


アルレオラ家は変人揃い。


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