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stage04










「ガルソン侯爵家の次男? ああ、確か、たびたび女性問題、傷害問題を起こしてるよね」

 父がしれっとそう言うので、エメリナはざっと蒼ざめたが、ベロニカの父であるコンテスティ侯爵は頭に来たようだ。


「そいつにベロニカが!? 確かにベロニカは可愛いが!」


 訴えてやる! と言いだしたコンテスティ侯爵であるが、母が止めた。


「落ち着きなよ。法務長官の君が言ったらシャレにならないでしょ」

「なら私がつぶしてくるわ」

「待とうか、カリナ」

 父は暴走しそうな叔母を止めた。コンテスティ侯爵夫妻は喧嘩っ早い。

「お姉様とお義兄様は落ち着きすぎよ」

 叔母が食い下がるが、母は冷静だった。

「目的を見失うな。しなければならないのはベロニカを見つけて保護すること。ヘラルドが探しているのでしょ」

「あ、うん」

 突然母に話を振られて、面食らいながらエメリナはうなずいた。っていうか、これは何の作戦を実行中なの。

「ならじきに見つかるね。エリベルト、逃げないようにガルソン侯爵を捕まえてきなよ。ばれないように引き留めるんだよ」

「私も行くわ」

 俄然張り切って叔母が立候補した。というか、母の提案が怖い。


「ちょっと待ってお父様。お母様が怖い」

「基本的にフィルはあんな感じだよ。ガルソン侯爵家の次男なんて、彼女の相手にもならない」


 そう言う父は、これは、惚気ている……の、だろうか。

「そもそもこの逃げ場のない宮殿で手を出そうなんて、考えが浅いにもほどがあるよね」

「……まあ、確かに私なら後日もっと状況を整えてからにするけど……」

 エメリナがつぶやくと、父が次女の肩をたたいた。

「エメリナ、発想が母上と同じだよ」

「……!」

 愕然とした。そうか……。エメリナはふらふらと両親から離れる。

「御花摘みに行ってくる」

「ついていこうか」

 母が言ったが、それはちょっと恥ずかしいので断った。ベロニカを保護してくれ。


 母が動いたのでベロニカも無事だろうと、エメリナは安心してお手洗いに向かった。

 お手洗いから出ると、何やら騒ぎ声が聞こえてきた。興味を持って覗き込むと、どうやらガルソン侯爵の次男が捕まったようで、と言うことはベロニカも保護されたのだろう。安心した。


「おい」


 肩をつかまれて後ろへ引っ張られた。驚いたエメリナは口を開きかけるが、その口をふさがれる。


「静かに」


 この状況にエメリナは怯えたが、よく考えれば聞いたことがあるような声のような気もする。エメリナは視線をあげて顔を確認した。良かった。知っている人だ。エメリナの力が抜けたのがわかったのだろう。その人は力を緩めてエメリナを解放した。

「何をしているんだ、エメリナ嬢」

「それはこちらのセリフですが……クルス様」

 宰相の息子クルスは、生真面目そうな顔をゆがめた。生真面目そうなのはエメリナの母と似ているが、母はどちらかと言うとクールだ。クルスは、わりと顔に出ている。


「私は、ガルソン侯爵の次男の連れを監視中だ」


 クルスが答えた。てっきり教えてくれないと思ったのだが、しれっと教えてくれた。ヘラルドの妹だからだろうか。……母の娘だからかもしれないけど。

 と、思ったが違うようだ。

「ガルソン侯爵の次男の共犯だ。エメリナ嬢も他人事ではないだろう。気をつけろ」

 普通に心配してくれたようだった。まあ、エメリナがこうしたことの被害者になる可能性はいろんな意味で低そうであるが、善意で言ってくれているとわかったので、素直にうなずいた。

「ありがとうございます。でも、そうですよね……協力者くらいいますよね」

 自分のアリバイを作るための共犯者が。エメリナは一人で納得した。クルスが驚いた表情でエメリナを見ていたが、彼女は気づかなかった。

「……戻ります」

「待て、一人で戻るつもりか」

 再び肩をつかまれてエメリナはむっとする。

「なんでですか」

「協力者がまだ見つかっていないんだぞ」

 送っていく、と。つまりは、エメリナが一人になることを心配してくれているようだ。愛想はないが、結構いい人である。

「大丈夫ですよ。クルス様はまだ仕事中でしょ」

「君の危機管理能力はどうなっているんだ?」

 危機管理については父に厳しく……というか、辛く言われているが、それとこれとは別問題だ。

「私は平気です」

「根拠がない」

 即答された。エメリナは眉をひそめる。


「いや、私を見てそういう事件に巻き込まれると思いますか」


 不細工ではないが、美人と言うほどではない。女がエメリナしかいないのならともかく、あまたいる花の中ではかすんで見えよう。わざわざ選ぶ理由もない。

「そういう慢心が危険なんだ」

「……」

 こいつ、否定も肯定もしなかった。確かに事実だけど!

 内心腹立たしく思いながらも、エメリナはクルスと一緒にいることを選んだ。彼の言うことが正しいと判断したためだ。そのことにクルスは少し驚いた表情をした。エメリナは気が強そうなので、勝手に行ってしまうと思ったのだろう。そこまで短慮ではない。後で絶対母に怒られるし。

 結果的にクルスの監視に付き合っていたエメリナは、あ、と声をあげた。クルスに睨まれる。しかし、宮廷の影の支配者の娘は動じなかった。


「静かにしろ」

「いや、だって、あれ」


 エメリナが指さした方を、クルスも見た。暗い窓の外を人影が通り抜けた。クルスとエメリナはほぼ同時に駆け出す。窓を開けてクルスがその人影を追った。エメリナもさらにその後を追う。長身の彼女は靴のヒールは低めだが、ドレスと言うものは走りにくいものだ。それでも、エメリナはほどほどに運動神経が良かった。

 しかし、追いつく前に追っていた人物が地面にたたきのめされた。ちょうど、かがり火がたかれている辺りで、叩きのめした人物の顔が見えた。


「お、お父様……」


 父だった。騎士を多く輩出しているマルチェナ伯爵家の出身である父は、医者でありながら武術にもたけていた。すでに五十を越えているとはいえ、にこやかに関節技を決める父。そして怖い。

 というか、何故ここに。母と会場にいるのでは、そんな疑問が頭をよぎる。それが聞こえたわけでもないだろうに、父は爽やかに言った。

「いや、我が妻ながら読みが正確で恐ろしいね」

 私は父も恐ろしいが。とは、さすがに口に出さなかった。

「レジェス先生、ありがとうございます」

「いや、礼なら妻に言って」

 そもそも、娘が迷惑をかけたようだしね、と父はクルスに微笑んだ。今日もダンディである。怖いけど。

 父に捕まったのは某子爵家の次男坊だった。立場が弱いうえに自身もそういう性格だったのだろう。ガルソン侯爵家の次男の使い走りのようなことをしていたらしい。時には、自分も混ざることがあったようだ、と叔父が憤っていた。

 ベロニカはと言うと、「怖かったー!」とエメリナに抱き着いてきたが、思ったよりも元気そうで拍子抜けした。ヘラルドも力が抜けた様子で苦笑を浮かべていた。


「ご協力、ありがとうございました」


 クルスが高揚したように母に礼を言っているのが見えた。母は「生真面目だね」とクルスを見て苦笑している。本当に母のことを尊敬しているのだな……とエメリナは遠い目になる。

「お嬢様も連れまわしてしまいました」

「別に振り回されたわけじゃ」

 思わずエメリナが口をはさむが、誰も聞いていない……いや、父は聞いていたが、無駄だよ、とばかりに肩をたたかれた。父よ、怖いけど大好きだ。怖いけど。

「ああ、この子は私よりもしっかりしているから、大丈夫だと思ってついて行ったのでしょ」

 母よ、私のことをそんなふうに思っていたのか……とエメリナは母を見た。クルスは「しっかり……?」と眉をひそめてエメリナを見た。こっちもよけいなお世話である。思わず睨んだ。

「……仲良くね」

 母よりはこういう面でフォローが期待できる父だが、かけられた言葉はありきたりだった。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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