stage03
現在社交シーズンである。宮廷に官職のある父と母は大きな夜会には必ず出かけるし、王太子の護衛である兄も王太子のいる夜会には必ず参加している。マルシアは婚約者のサントスと一緒にいる絶好の機会なので、参加率は高い。
エメリナは特に参加しなくても良いのではないかと遠い目になる。兄が仕事でなければ兄と一緒に行くが、そうでなければエメリナは両親と共に出席となる。両親のことは好きだが、わざわざそうまでして行くのもなぁと思うのだ。
年ごろの娘として、きれいなドレスを着てきれいに装うのは好きだ。地味だと言われるエメリナだが、不細工ではないので着飾ればそれなりに見られるようになる。ただ、周りに美人が多いだけだ。
エメリナくらいの年の娘なら、積極的に社交界に出て結婚相手を探すものだ。しかし、彼女にはそんな気もない。両親が縁談を持ってくることもなく、母も「嫌なら無理にすることはないよ」と言っている。母自身、父と出会わなければ結婚しなかっただろうと言っていた。
それに甘えて不参加を決め込もうと思っていたエメリナだが、いつものように従姉妹が誘いにやってきた。
「エメリナ。一緒にバルレート侯爵家の夜会に行きましょ」
ニコニコと誘ってきたのはベロニカだ。今日もかわいい。可愛い上に性格美人である。何で未だに恋人の一人もいないのだろう。父親のコンテスティ侯爵が愛しい妻に似た娘をかわいがり過ぎているからかもしれない。
「ええ~。面倒くさい」
一応反論してみるが、だいたい押し切られる。ベロニカも両親と共に参加する側の人間なので、仲間がいたほうがいいのだ。夜会に出ればだいたい知り合いに遭遇するものだが、親しいものがいるかどうかで過ごす気分が違う。
「そんなこと言わずに行きましょ。バルレート侯爵は美食家だから、おいしいもの食べられるわよ」
その言葉に釣られたわけではないが、エメリナはベロニカと共に出席することになった。両親にそれを伝えると、父は、「お前も押しに弱いね」と笑っていたので、母も押しに弱いようだ。
明るめの茶髪にグレーの瞳をしたエメリナは、その顔立ちに特徴がないのも手伝って、だいたいのドレスは似合う。派手すぎるものは駄目だが、着る服を選ばないので楽だ。
しかしそれは逆に言うと、彼女を魅力的に見せるドレスを選ぶのが難しいということもさす。母譲りの金髪碧眼のマルシアは青のドレスを着ていることが多いし、ベロニカは緑のドレスを着ていることが多い。この二人とともにいることが多いエメリナは、自然、その系統の色を避けようとするのだが、赤系統のドレスを着ると、なんだか派手なのだ。
「と言うわけで、今日はブルーグレーにしてみました」
にっこりと侍女に言われ、エメリナは半笑いになる。青みのあるグレーのドレスだ。光沢があるので、字面ほど地味ではない。
眼の色と同じなので、わりと似合っている。化粧をしても何となく地味なのは、元の顔が地味なので仕方がない。それでも、一緒に馬車に乗った父は「きれいだよ」と言ってくれた。その顔はエメリナとよく似ている。父だとダンディに見えるのになぁ。
「エメリナ。無理して参加する必要はないんだよ?」
心配そうにそう言ったのは母だ。エメリナが子供のころに比べれば容色は衰えているが、それでも美人だ。理知的な容姿の母が、エメリナはうらやましい。
「うん。お父様とお母様も一緒だし、ベロニカもいるし」
入場から退出くらいまでなら耐えて見せる! 母は心配そうにしながらもうなずいた。父も母も、子供たちの主体性に重きを置くので、自分で決めたことが道義と公共の秩序に反していない限りは止めない。
「エメリナは面白いね。フィルとそっくりだ」
「そう? どちらかと言うと、カリナに似ていると思うのだけど」
カリナとは、母の妹、エメリナの叔母、ベロニカの母だ。さっぱりした性格のはきはきした女性である。エメリナも両親のどちらに似たのか首をかしげるので、母の意見に賛成だ。
「いや、よく似てるよ。斜め上な行動をするところとか、生真面目なところとか、ちょっと抜けているところとかね」
優しげな顔に笑みを浮かべて言われて、エメリナは母と顔を見合わせた。
「……性格じゃなくて顔が似たほうが良かった」
「エメリナ、それ、父にも母にも失礼じゃない?」
冷静に母がツッコミを入れてきた。周囲の人には、父と同じようにエメリナの性格は母に似ていると言う人が多い。実際、その気はあるのだろうし、否定はしきれない。
なんだかんだで両親と気楽なやり取りをしているうちに本日の夜会会場、バルレート侯爵家に到着した。父と母と並んで多くの明かりがたかれた会場に入る。
一種の有名人である母が一緒なので、注目を集めているのがわかる。この国で女性の有爵者は何人かいるが、珍しいのは事実だ。その女性有爵者の中でも、母はとくに有名だろう。男性であれば伯爵位であるなら問題なく宰相の座につけただろう、と言われるほどの人なのだ。
父も母もそう言うことはあまり気にしない人なので、注目されていようが平常通りだ。そして、エメリナも気にする方ではない……と思いたいのだが、ひそひそとかわされている会話が耳に入る。いわく、エメリナはパッとしないだとか、美人な母親に似なくてかわいそうだとかだ。母ではないが、それは父に失礼ではなかろうか?
両親と一緒にいると、様々な人に話しかけられる。少々辟易してきたころ、エメリナはベロニカと合流した。
「ふふっ。伯母様は相変わらずの人気ものね」
「お母様をおだてても仕方がないんだけどね」
母はそんな事でその人を覚えたりはしない。いや、悪い意味でおぼえるかもしれないが。母は記憶力は確かに良い。
「そういうところ、伯母様とエメリナは似ているわよね」
なんだかついさっき聞いたことのあるような言葉に、エメリナは目をしばたたかせる。
「そう? どこが?」
「その、他人の評価になびかないようなところ」
「……ベロニカ。私の荒れ具合を知ってるでしょ」
他人の評価を聞いた後のエメリナの怒りようのことだ。ベロニカも悪態をつくエメリナの姿を知っている。
「まあそうだけど。でも、だからと言ってそれでエメリナの中で言われたことに寄り添うわけじゃないでしょ。こびない、って言えばいいのかな。そう言うところ、ちょっとうらやましいわ」
むしろ、自分はベロニカがうらやましいのだが、と思ってしまうのだが。彼女のような性格美人になりたい。
「……ベロニカも別にこびないでしょう? 私はあなたの性根の優しいところが好きだわ」
「あら、ありがと」
人は自分にないものをうらやむものだと父が言っていた。そう思うと、ベロニカが言いたいこともわかる気がする。うらやむものに釣られず、ぶれない、と言うことだろう。
お喋りに興じていると、ベロニカに声がかかった。少し前から、ベロニカに気があるそぶりをしている侯爵家の男性だ。優しいそぶりを見せているが。
「……」
エメリナを眺めて鼻で笑うようなしぐさをした。慣れているが、馬鹿にされていい気分のする人なんていないだろう。ベロニカも迷惑そうにしていたが、一曲だけ、と言われてついていかざるを得なかった。
エメリナは周囲を見渡す。どこかに両親か兄か姉がいるはずだ。もしくは叔母夫婦でもよい。ベロニカに何かある前に保護してもらわなければ。母ならより良い。
しかし、見つけたのは兄だった。
「なんだ、お兄様か」
「兄に向かってひどいな」
「お母様の方がよかったんだけど……ねえ、ベロニカが連れて行かれちゃったんだけど」
「は? 会場の外にか?」
「ううん。そこで踊って……あ、あれ!?」
ダンスフロアを見渡すが、ベロニカの姿がない。彼女は小柄なので見落としたのかと思ったが、エメリナより背の高いヘラルドが探してもいなかった。
「……エメリナ。ベロニカは誰に連れて行かれたんだ?」
「えっと、ガルソン侯爵家の次男の……」
「エウリコか」
「そいつ!」
エメリナがきっぱりと言うと、ヘラルドは顔をしかめた。
「厄介だな……エメ、お前は叔母上と母上たちに伝えて来い。俺はベロニカを探してくるから。事情は父上が詳しいから聞いとけ」
「了解!」
兄と別れて、エメリナはまず母を探しに行った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
エメリナは母親似。