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stage02









 アルレオラ伯爵家の次女エメリナは、普段、王立大学で法史学を学んでいる学生である。年は十八歳で、次の秋から三回生になる予定だ。

 昔ほどではないが、今でも大学まで行く貴族女性は珍しい。それだけ、頭が良いということだ。遺伝なのか、エメリナの家族は総じて頭がいい。


 母である女伯爵カンタレスフィロメナは宮廷の高級官僚で、財務卿を務めている。大学で政策学を修め、飛び級したほどであるが、飛びぬけて優秀だったわけではないらしい。しかし、現在では宮廷の影の支配者と呼ばれている。

 父は宮廷医レジェスである。母が爵位を継いでいることから、父は婿である。基本的に、医者と言うのは頭がいいものだが、父もその例に漏れない。恐ろしいのは、両親ともに自分はそれほど頭が良い方ではない、と思っていることだ。

 兄ヘラルドも脳筋の多い騎士の中では頭脳派になるし、姉に至ってはエメリナと同じ大学に在学中で、薬学を学んでいる。

 と言う家の中で育ったので、エメリナはこれが普通だと思っていた。だから、察してくれるものだと話を進めてしまうし、物言いがきつい。これは性格も大いに影響しているが。

 自覚のあるエメリナだが、生まれ持った性格は直すのが難しい。


 その日、エメリナは屋敷で一人だった。両親と兄は宮殿に出仕してしまったし、マルシアは恋人兼婚約者の男性と出かけてしまったのだ。マルシアには、「一緒に行く?」と誘われたが、デートを邪魔するほど野暮ではない。

 少しさみしい気もするが、一人なら一人で本を読もうと、エメリナは積読本を崩しにかかっていた。お茶とお菓子を用意し、つまみながら本を読んでいると声がかかった。

「お嬢様。ヘラルド様がお戻りなのですが……」

「え、早くない?」

 まだ昼過ぎである。兄は近衛の一人であるが、戻ってくるには早すぎるのではないだろうか。声をかけてきた侍女は戸惑いながら言う。

「その、ご友人もご一緒で……」

「友人って、いとこのハビエル?」

「も、ですが……その」

 だけじゃないのか。確かに、父方のいとこにあたるハビエルが来ること自体は珍しくない。彼は近衛ではなく軍に所属しているが、大枠としては兄と同じ職場だし、年も近いのであの二人は仲がいい。

 侍女のあわて具合から見て、珍しい人でも来たらしい。


「お、王太子殿下がおいでなのです……」

「……一応、挨拶に行きましょうか」


 とはいえ、エメリナはばっちり部屋着だった。なので、とりあえず人に会っても良い程度の恰好をして、応接室を訪れた。

 確かにそこには兄とハビエルと王太子がいた。正確にはもう一人いたけど。初めて会う人で、兄たちより少し年下に見える。しかしひとまず、王太子に挨拶だ。

「お久しぶりですわ、殿下。ご壮健そうで何よりです。妃殿下はいかがお過ごしですか?」

「久しぶりだね、エメリナ。フランシスカも元気だよ。君たち姉妹に会いたいって騒いでたから、代わりに僕が来てしまったよ」

 謎理論を展開されたが、エメリナは「そうでしたか」と微笑む。

「あいにくと、姉は出かけているのですが……」

「何!? どこへ行ったんだ?」

 突如口を挟んできたのはヘラルドである。エメリナは顔を兄に向けた。

「サントス様とデートよ。昨日言ってたわよ」

 夕食のときに。もしかしたらヘラルドはいなかったかもしれないけど。思い返しても夕食の席に兄がいなかった気がするので、もしかしたら兄は聞いていないかもしれない。


「サントス……やはり一度仕合うべきか」


 などとヘラルドが真顔で言い始めたので、エメリナは兄が上の妹の婚約者に夜襲をかける前にツッコミを入れた。


「お兄様、お兄様と戦って勝てる優男なんて、お父様くらいよ。サントス様が可哀そうだからやめて」


 サントスは学者で、おっとりした性格の男性だ。大男であるヘラルドに勝てるはずがない。

「っていうか、そんなことをしようとしたら、お父様に肩の骨外されるわよ」

「……」

 よし勝った。両親が目の前にいたら怖くて使えない戦法であるが、これが一番効くのだ。父レジェスは兄より顔半分ほど小さい痩身の人物であるが、「嵌めてあげるから肩外すね」と笑顔で言うような恐ろしい人だ。

「叔父上がなぁ。優しい人じゃん」

「見た目だけね」

「お前はこの家の家長夫婦の恐ろしさを知らないんだ」

 順に、ハビエル、エメリナ、ヘラルドの発言である。会話を面白そうに聞いていた王太子が口を開く。

「アルレオラ家はいつも愉快で楽しそうだね。僕も、今日も女伯爵カンタレスに予算締めにあってしまったよ」

 笑って言うことではないと思うのだが。すると、ずっと黙っていた青年が口を開いた。

「殿下のは単純に計算が甘いだけです。財務卿が正しい」

 恐れずに言いたいことを言えるのはいいことだ。上司はそれくらいで罰しないということだし、部下も自由に発言できる雰囲気があるということであるから。しかし。


「……申し訳ありません。失礼を承知でお訊ねするのですが、どちら様ですか?」


 見たことがある顔のような気もするが、やっぱりこの生真面目そうな青年は初めて会う気がする。栗毛に意志の強そうな緑の瞳。何となく秀麗な顔立ちのすらりとした青年だ。

「エメリナは初めてかな。デル・レイ侯爵家のクルスだよ。二十歳だから、君より二つほど年上かな」

 と、王太子が簡単に紹介した。デル・レイ侯爵家か。宰相のティト・デル・レイ侯爵の息子だろう。宰相と母が友人なので、小さいころに会っていても不思議ではないが、少なくともエメリナは覚えていなかった。

「初めまして。エメリナ・アルレオラと申します」

「……クルス・デル・レイだ」

 エメリナも大概であるが、クルスも愛想がない。王太子が「ちょっと愛想がないけど許してあげて」と苦笑を浮かべていた。

「二人、意外と気が合うかもな。二人とも頭が良くてまじめだし」

 ハビエルが根拠もなく言った。いや、エメリナは別に真面目ではない。それでも一応、「仲良くしてくださいね」と微笑む。クルスからは顔をしかめられたが。

「こういうことに関しては女性の方が大人だなぁ。クルスも少しは愛想を学んでおけ」

「……殿下のおそばにいるためには必要ですか」

「お前がいたいのは私ではなく、女伯爵カンタレスアルレオラの側だろ」

 なんと奇特なことに、クルスは母を尊敬しているらしかった。自分の父親を尊敬した方がいいと思うのだが。

「ないよりはあった方がいいな」

 しれっと王太子が言った。悩むクルスを見て、本当にまじめなのだな、とエメリナは思った。

 王太子は本当にエメリナとマルシアの姉妹に会いに来ただけらしい。最後に「フランシスカに伝言はある?」と聞いてきたので、またお茶に誘ってください、と伝えるように頼んだ。

「じゃ、俺たちは母上が帰ってくる前に宮殿に戻る!」

「今頃、宰相が探してるだろうから、女伯爵カンタレスに見つかればお説教だ」

 ヘラルドも王太子も力強く、あるいは爽やかに逃げ台詞を言い、ハビエルが「叔母上の説教は攻める口調じゃないのが怖いよな」とそこは同意するらしい。嵐のような来訪だったが、最後にちゃんと挨拶をした人はいた。

「エメリナ嬢、突然お邪魔して申し訳ありませんでした。失礼いたします」

「あ、いえ。ご丁寧にどうも」

 まじめだなぁ。王太子が突然来てうちの両親に見つからないうちにそそくさ帰っていくのはいつものことなのに。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


本日最後の投稿でした。


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