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another stage02

今日はフィロメナ視点。











 クルスとエメリナの文通が滞りなく続いている頃、宰相室を訪れた財務卿は学友である宰相につかまっていた。


「財務卿。ちょっといいか」

「何?」


 座れ、と示され財務卿フィロメナ・アルレオラ女伯爵はソファに腰かけた。

「何か不備でも?」

「ない。あるわけないだろう。お前、私ができないと不可をだしても、お前ができると許可を出せば八割がたできると言われているのを知らないのか」

「……聞いたことはあるけど、そんなことはないと思うのだけどね」

 フィロメナは眼鏡のブリッジを押し上げて言った。宰相ティト・デル・レイ侯爵は眉をひそめる。

「逆に、私ができると言ってもお前ができないと言えばほぼ百パーセントできないらしいぞ」

「なるほど」

「そこはうなずくんだな。さすがは締り屋」

「締り屋ではない」

 人聞きの悪いことは言わないでほしい。大学時代からの学友は遠慮がない。フィロメナの方にもないが。

 二人は大学時代の学友になるが、年齢はフィロメナの方がひとつばかり下である。まあ、これくらいの年になれば、もうほとんど同い年と言っていいほどの年の差だが。


「そこで聞くんだが、私の息子とお前の末っ子、うまくいくと思うか」

「……いや、それを私に聞かれても。レジェスに聞いてもらった方が」


 これまで四人の妹を嫁がせ、今では三人の子を持つ母であるフィロメナだが、その辺の采配は夫のレジェスに伺いながら行ってきた。どうも、フィロメナは人の感情の機微に左右されるようなことは苦手だった。

「私が不可を出してもお前が可と言えば八割できる。私が可と言ってもお前が不可と言えばだいたいできない。逆に言うと、二人の意見が一致すればそのように進むということだろう?」

「面白い理論だね」

 フィロメナはため息をついて言った。


「まあ、うまくいけばいいと思うよ。けれど、エメリナは気が強い割に自己評価が低いからね。そちらの息子さんによると思うけど」


 子供たちに放任主義と言われるフィロメナだが、それなりにちゃんと子供たちの性格を把握していた。放任主義と言っても育児放棄をしていたわけではなく、貴族にしてはむしろちゃんと世話をしていた方だろう。妹たちの面倒も見ていたので、年季が入っている。その結果が子供たちの自主性に任せる、と言うことなのだ。

「うちの息子かぁ……駄目だな」

「……そう決めつけることないのでは?」

 フィロメナはティトの息子、クルスの顔を思い浮かべながら一応友人の息子にフォローを入れた。

「いや、あいつのヘタレ具合をなめるな」

「別に舐めてないけど……」

 正当な評価なのかもしれないが、子供に対して結構な辛口である。フィロメナは財務卿として彼と仕事でかかわることがあるが、コミュニケーションは普通にとれていると思う。滑らかに説明してくれる。

「仕事についてはな……お前にあこがれてるらしいからな」

「どうしてそうなったんだろうね……うれしくはあるけれど」

 友人の息子の尊敬するようなまなざしを思い出し、フィロメナは目を細める。

「私くらいの年になると、可愛らしくはあるけどね」

「もともとそう言うところはあったけど、より図太くなったなフィロメナ」

「褒められたと思っておくよ」

 話を戻して。


「お前と親戚になるのはちょっと気が引けるが、うちの息子が気にする……というより、会話が成立する女性は珍しいんだよ。子供が一人のうちにとっては死活問題なんだ」


 侯爵家で、しかも宰相家のことである。下手な女性を息子の嫁にはできないが、伯爵家とはいえ、フィロメナの娘であるエメリナは身分も教養もしっかりしている。ティトとしては都合が良いと思ったのだろう。彼自身の心情は別にして。

「……しかし、私とティトが手を出そうものなら、余計にこじれる気がするね。と言うか、絶対にやめろって言われるだろうね」

「……そうだな」

 フィロメナはレジェスにやんわりと止められるだろうし、ティトも奥方に叱られるだろう。

「もし、ティトからエメリナ宛ての縁談を持ってこられても私は受けつけない」

「……そうか」

 そうだな、とティトもうなずき、現在この国をまわしている二人はそれぞれの仕事に戻っていった。
















 件の一方であるクルスがフィロメナのところに要求書を持ってきた。王太子が主導する新事業の提案書も兼ねていた。議会でも話は聞いていたので、初めて目にするわけではない。

 事業が通っても、フィロメナが許可を出さなければ予算が下りない。だから彼女は『宮廷の影の支配者』などと言われているのだ。結果論ではあるが、ティトの言うとおり、彼女の許可なく無理に進めた事業はとん挫することが多く、彼女が不可能と言えば不可能なのだ、という風潮ができてしまった。


「うん、計画書としてはよくできている。意義もあると思う」


 フィロメナがそう言うと、クルスの目が輝いた。提案は王太子だろうが、実用レベルまで内容を詰めたのは彼なのだろう。ひいき目なしに見ても、彼は優秀だと思う。

「心情としては、私も賛成。けれど、実際の平民の参加は見込まれる? よい事業を行っても、効果がなければ意味がないからね」

「……そう、ですね。ご指摘はごもっともです」

 少し落ち込んだ様子を見せながらも、クルスは素直に認めた。厳しいようだが、ある程度見通しが立たなければ、財務卿として許可できないのである。これだから、フィロメナは締り屋などと呼ばれるのだが。

 もっとも、福祉政策としてはフィロメナも王太子の案に賛成だ。しかし、国の金庫を預かる者としては、もう少し詳細な情報を提示してほしいところである。

 まあつまり、効果を確認できればフィロメナは金を出す、と言うことだ。彼と王太子なら明日にでもまた許可をもらいに来るだろう。


女伯爵カンタレス、手厳しいですね」


 部下に言われて、フィロメナは肩をすくめた。

「彼らの行う事業は、国の顔の一面も持つからね。できれば、大失敗と言うことにはさせたくないんだ」

「失敗から学ぶこともあると思いますが」

「ああ。だけど、その失敗をするのは今ここではないよ」

 落ち着き払ってフィロメナは言った。彼の言うことも尤もであるが、国民に対して大々的に周知する事業での失敗はちょっといただけないなあと思うのだ。あと、規模的に失敗すると今年度の予算が足りなくなる。

「頼んでおいた試算はできてる?」

「王太子殿下の福祉事業のやつですよね」

 できています、との答えに、優秀な部下を持てて仕事が楽だなぁと思った。

「言うことは厳しいですけど、態度としては甘いですよね、女伯爵カンタレスは」

「そう?」

 フィロメナは首をかしげたが、夫に聞いたところ、自覚はないだけでやはり子供たちに甘いらしい。

 そんな彼女は、その子供たちに微妙に怖がられていることを知らない。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


次、本編に戻ってかつ最終話です。


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