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another stage01

今日はクルス視点。










 一方の王都、宮廷内である。室内を支配する重苦しい空気に、部屋の主である王太子は苦情を呈した。


「クルス、明るくしろとは言わない。お前が明るかったら怖いからね。しかし、そのどんよりした空気を醸し出すのはやめてくれ。やめられないなら出て行け」


 はっきりと言われ、クルスは自身の主である王太子を見た。

「……どんよりしていますか、私」

「ああ。正直面倒くさい」

 王太子にきっぱり言われ、自分でもはっきりわかるくらいぐさりと心に何かか刺さるのがわかった。王太子はこれは駄目だ、と判断したのか、自分より年下の側近に向き直った。

「珍しいな、お前が。どうした? エメリナに振られたか?」

「どうしてそこでエメリナ嬢が出てくるんですか……」

「どうしてって、お前、エメリナが好きなんだろう」

 クルスは膝から崩れ落ちた。そうか……外から見てわかるほどなのか……。


「お前、ちょっとわかりやす過ぎだよ」


 王太子が呆れたように言った。頬杖をついて床に崩れ落ちた部下を見守り、王太子は「とりあえず」と口を開いた。


「クルス、お前、女伯爵カンタレス夫妻に抹殺されないようにね。お前がいなくなったらはかどらない! 僕の仕事が!!」


 負担が増える! と王太子は本気でそう思っているようだ。そうは言っても、クルスが来るまである程度自分だけで処理していたはずなのだが。

「抹殺されるようなことをした覚えはありません……それに、私がここに来る前は、殿下は一人で仕事をなさっていたのでは……?」

 思わずツッコミを入れてしまう。とりあえず、足に力を入れて立ち上がったクルスは、来客用のソファの背もたれに手をついて体を支えた。ショックの余波でまだふらつく。

「それはそれ、これはこれ。お前が来てから任される仕事も増えたし。やっぱり優秀だよ、クルスは。まじめすぎるけど」

「あ、ありがとうございます」

 褒められているのか貶されているのかわからないが、一応礼を言っておいた。相手は王太子殿下なので。

「そんなお前がエメリナにねぇ。いや、僕としては俄然応援するよ? エメリナがクルスの奥さんになって、ついでに僕の仕事を手伝ってくれるとよりうれしいよね」

「……」

 もはやクルスはなんと言っていいのかわからなかった。確かに、エメリナは話していると頭のいい子なのだな、と思わせた。しかし、王太子の要求はどうなのだろう。エメリナに官僚になる意志がなければ難しいのではないだろうか。


「で、それはともかく、お前、エメリナに何したの? ヘラルドが来る前に吐いちゃいな」


 王太子がさくっというので、クルスは頬をひきつらせながら言った。

「……何もしてません」

「は?」

「だから! 何もしてません!」

 だから自己嫌悪に陥っているのだ。開き直って叫んだクルスに、王太子は腹を抱えて笑った。


「お、お前ねぇ! ヘタレにもほどがあるよ!!」


 あまり感情的になることがないと言われるクルスだが、さすがにイラッとした。相手は主君なので耐えたが。それに、まぎれもない事実でもある。

「まあ、好きな子相手に臆病になっちゃう気持ちはわかるよ」

「……殿下もそうだったんですか」

 この王太子夫妻は恋愛結婚である。この頃では珍しくないが、王太子ほどの身分の高い人になると珍しいのは確かだ。

「まあね。せっかく仲良くなれたのに、これでこじれたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、会えなくなったら、とか余計なこと考えちゃうんだよなぁ。あと、向こうが自分のこと何とも思ってなかったら軽く死ねる、みたいな」

「……」

 とても心当たりがある。クルスの場合はさらに、好意を抱いていることを伝えて彼女の勉学に差し障ったらどうしようとか、そう言うことも考えてしまった。彼は基本的にまじめなのである。


「今から考えると、そんなことで悩んでたのかって笑い話だけどね」


 と、王太子は笑い飛ばした。フランシスカにも馬鹿ねぇって笑われるんだよ、と言う王太子は幸せそうで、何故かクルスを打ちのめした。

「失礼します……って、何やってるんだクルス」

 王太子の執務室に入ってきたのは、エメリナの兄ヘラルドだった。近衛騎士で王太子の護衛を主として行っているので、当然であるが。この二人は同い年らしい。

「クルス、殿下に何か心無いことでも言われたのか?」

「ちょっとヘラルド。お前、幼馴染だからって遠慮なさすぎ」

 王太子がツッコミを入れたが、咎める気はないようだ。ソファに手をついてうなだれていたクルスは何とか自立した。

「お疲れ様です、ヘラルドさん」

「ああ……というか、いつもの切れ具合は本当にどうした……うちの妹と離れてさみしいのか?」

「……さみしい……んでしょうか」

「え、マジで? ホントにそうなの?」

 考え込んだクルスに、ヘラルドがあわてたように言った。王太子が笑う。

「ヘラルド、クルスは真面目なんだから、余計なこと言わない」

「いや、殿下も余計なことを言ったと思われるんですけどね」

 やっぱりこの幼馴染コンビのやり取りは気安い。


「お前、やっぱりうちの末っ子のこと好きなのか」

「!?」

「まあ、父上に締め上げられないように気をつけろよ」

「!? 何故レジェス先生?」


 ヘラルドの上の妹マルシアの婚約者に決闘を申し込んだのは父親ではなく、この兄の方だったと思ったのだが。そう言うと、ヘラルドは「まあそうなんだけど」とうなずく。

「俺よりも父上は怖いぞ」

「いやっ、まあ……頭のいい人だなぁとは思いますが」

 そして、ちょっと過保護である気がしたのも思い出す。彼の前でエメリナと話していると、部屋の気温が数度下がった気もした。

「あんまりエメリナを悲しませると、お前、本当に締め上げられるぞ」

 というヘラルドは、実際に締め上げられたことがあるらしい。温厚そうな人ほど怒らせると怖いというが、本当のようだ。

「あんまり脅さないでよ、ヘラルド。はかどらないだろ、僕の仕事が!」

 さっきから同じところで止まってるんだよ! と王太子が訴える。どうやらクルスの復活待ちだったらしい……。

「もうクルスがいないと、処理速度が半分以下だよ」

「殿下とクルスの二人になると、足し算じゃなくて掛け算って感じですからね」

 苦笑してヘラルドが言うと、王太子は「エメリナも貸してくれたら、二乗になる気がする」と言った。

「エメリナはものじゃありませんから、自分で交渉してください。しかし、エメリナが来れば、クルスの仕事速度が上がるんだろうか」

 いつもよりだいぶ遅いがそれでもてきぱきと書類を片づけていくクルスを見て、ヘラルドが首をかしげた。

「それとも挙動不審になって滞るのかってところだね」

「……殿下、さっきからひどいです……」


 なんというか、心にグサッとくる言葉を言ってくださる。クルスも挙動不審で滞る気がしていた。


「実際のところどうなの、ヘラルド。エメリナって読みにくいんだよね」

「あの子のポーカーフェイスは両親譲りですからね……まあ、クルスが押せば行けるんじゃないか」

「何それ適当」

 他人事なので、王太子は楽しそうだ。ヘラルドもヘラルドで投げやりである。彼はシスコンのきらいがあるのでもう少し何か言われると思ったのだが。

「押すって……どうすれば……」

 これまで必要最低限しか人とかかわってこなかったので、こんなところに弊害が。面白がりながらも、王太子とヘラルドはあれこれと助言をくれた。

 とりあえず、手紙を出してみようと思った。ヘラルド曰く、エメリナが自分から行動することはなさそうなので。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


王太子、思ったより面白い感じになってしまった…。

次は不思議な生き物、アルレオラ女伯爵視点。


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