stage15
主催者側のクルスと一緒にいるので、エメリナはよく声をかけられた。たぶん、アルレオラ伯爵家での夜会の時より声をかけられている。どれだけやる気がなかったのか……と言う話である。
パートナーを引き受けた以上、最後までちゃんとこなすつもりであるが、クルスの隣にいるとなんだこいつ、とばかりに睨まれることが多い。ご令嬢やその親からは反感を持って品定めするように見られるし、ご令息には面白そうに眺められる。
エメリナに鈍感と言わしめるクルスでも、さすがにこの妙な緊張感に気付いたようだ。
「なんか……すまない」
「あ、いえ、大丈夫です」
値踏みするんじゃなくてはっきり言え、とは思うが、傷つくほどエメリナは軟ではない。
「……すまない。私も、親戚以外の女性をパートナーにするのは初めてで、うまく対処できずに不快な思いをさせている」
と、相変わらず生真面目にそう言ってくるクルスに、エメリナは少し和んだ。
「そんなに真面目に言わなくても。私がのっぽでひょろくて冴えないのは事実ですし」
こういう場に出ると、一度は言われるので気にするほどではないと思う。これくらいを気にしていたらきりはないし、否定できる材料もない。エメリナの背が高いのは事実だ……。しつこい、と言われようが、そこにこだわるエメリナだった。
「確かに背は高いが……私より低いからいいんじゃないか」
クルスがちょっとずれたことを言う。いや、確かにエメリナはクルスを見上げているけど。
「そ、それに、冴えなくはない、と思う」
何故かつっかえながらクルスは言った。あまりにもどもっているので、エメリナの頭を貫くのに少し時間がかかり。
「ありがとうございます。私も、クルス様のそういうまじめなところ、悪くないと思います」
「……」
クルスは顔を逸らした。耳が赤くなっている。照れているのだろう。ちょっとからかってしまった自覚はあるが、エメリナは本当にそう思っている。
「女性からこういうことを言うのはあまりよくないってわかってますけど、今シーズン最後ですし……良ければ一曲おつきあい願えませんか」
挨拶もだいたい終わっている。一曲くらいなら問題なかろう。まじめなクルスだが、女性から男性を誘うというイレギュラー、というより少々はしたないとみられる行為を咎めたりはしなかった。
「だが、足首は大丈夫なのか?」
「激しい動きをしなければ踊っても大丈夫、と父にお墨付きをもらいました」
最初から最後まで、エメリナの主治医は父だった。彼女が足首をひねったのも、もうひと月半も前の話だ。回復の様子を見せるためにも、エメリナはクルスにダンスを申し込んだのだ。
それに、今の曲はワルツだ。ゆったりとした曲調なので、気を付けて踊れば大丈夫だろう。そもそも、十日後には大学に戻るので、怪我などしていられない。エメリナと姉マルシアが通い、そして目の前のクルスも卒業した王立大学は全寮制なのである。そもそも王都から離れたところにあるので、通えないだけだが。
「そうか……では、一曲お相手願えますか」
通常通り男性の方から申し込んだクルスに、エメリナは「はい」とうなずいてその手を取った。ダンスフロアでは、何組かの男女が踊っていて、その中に従妹のベロニカを見つけた。
「あれ、エメリナ嬢の従妹じゃないか」
「そうですね。法務卿の娘でもありますよ」
一応補足を入れたが、クルスも知っているだろう。彼は一つうなずいた。
「ちなみにクルス様、一緒にいる男性が誰かわかります?」
彼に聞かなくても、父辺りに聞いたら即答で返ってきそうだが、エメリナは最初に挨拶をして以来、両親を発見できていなかった。
クルスはエメリナの言葉を受けてくるりと踊りながら自然に体の位置を入れ替える。そして、ベロニカの相手を見て言った。
「おそらく、セルベラ公爵の甥だな。私はあまりかかわりがないが、宮廷詩人見習いだ」
「詩人ですか……私には理解の及ばない範囲ですね」
「奇遇だな。私もだ」
恋愛小説などなら読むが、詩にまで昇華されてしまうと、良くわからない。エメリナも母と同じで冷静にツッコミを入れてしまうタイプだ。
「……ベロニカを見て創作意欲でも掻き立てられたんでしょうか……」
少なくともベロニカは、詩人と言う職種の人に会って好奇心が押さえきれなかったのだと思う。
「ああ……まあ、確かに彼女は美人だな」
「……そうですね」
何だろう。その言葉をクルスが発したとき、胸のあたりがちくっと痛んだ。
それに気づかないふりをしてエメリナは微笑む。
「たまに私も見とれますもん。従姉妹ですけど」
嘘ではない。ベロニカはそれくらい美人なのである。うらやましいことに……。
とりあえず、ベロニカに害をなすような人ではなさそうなので放っておくことにした。
ワルツが終わり、ダンスの輪から抜ける。夜会も終盤に差し掛かっている。クルスがちらりとエメリナの足元を気にした。
「足は大丈夫か」
「はい。平気です」
「そうか」
クルスが少し表情を和らげてエメリナを見るので、彼女もつられて表情を緩めた。
「今日は引き受けてくれて助かった。ありがとう」
「いえ。私もお兄様以外の人と初めてご一緒できて、新鮮でした」
良い経験になるだろうと両親も送り出してくれたのだ。兄と姉はにやにやしていたけど。
「いつ大学に戻るんだ?」
「十日後です。クルス様は、うちのお兄様をよろしくお願いしますね」
「ああ……私の方が助けられていると思うが」
そう言ったクルスにエメリナは声をあげて笑った。そんな彼女にクルスは向き直った。
「エメリナ嬢」
「はい?」
見上げたクルスが緊張しているのがわかった。何だろう、としばらく待っていると。
「いや、その……道中気を付けて」
「はい」
こくっとうなずいたエメリナだが、何故かクルスが気落ちしているように見えた。
△
「お姉様はさ、サントス様のことが好きなのよね」
「そうね」
「どういう風に好きなの?」
「……あなたはいきなりどうしたの」
マルシアは妹を本当に不思議そうに眺めた。うん、エメリナ自身も何を言っているのかと思っている。
「その……私、クルス様のことが好きなのかしら、って思って、答えあわせを」
「そういうところが理屈っぽいって言われるのよ」
少し呆れたようにマルシアが言った。エメリナはむくれて見せる。姉しかいないので甘えたものだ。
大学へ向かう馬車の中である。四年制の大学で、マルシアは最終学年、エメリナは三回生となる。これを三年で卒業したのが我らがお母様ことアルレオラ女伯爵であるが、彼女はそれほど頭が良かったわけではない、と言っている。いわく、ちょっと勉強の仕方を知っていただけだそうだ。
それはともかく、エメリナの疑問である。
「うーん、私はサントスのことが好きよ。愛してるわ。あのちょっとずれたところが可愛いのよね」
「う、うん」
サントスはマルシアの鋭い言葉を笑って受け流せるような人だ。頭はいいがすこし天然のきらいがあるのは自身も認めるところである。
「エメは天然じゃなくて鈍感なのよね」
「……そうなのかしら」
「そうよ。そんな疑問が出てくる時点で、あなたはクルス様のことが好きなのよ」
「……うん」
きっぱりと断言したマルシアは、妹が考え込み始めたのを見て口を閉じた。エメリナがクルスを好きだと仮定すると、いろいろと彼女の感情にも納得できる部分が出てくるのだ。
「……うー……」
うなって頭を抱えた妹を見て、マルシアはくすくすと笑い、その頭を撫でた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
あと3話くらいで完結です。ちなみに次はクルス視点。




