stage14
夏休みも終わりが近づいてきた。今シーズン最後の夜会はデル・レイ侯爵家で開かれるらしい。これは明らかに作為的である。シーズン開幕を告げる夜会は宮殿で開かれるし、終了を告げる夜会は力のある貴族家で開かれることが多い。
と言うことで、デル・レイ侯爵家で最後の夜会が開かれるのは順当らしい。今回は王太子や国王夫妻もいらっしゃるらしい。王太子妃フランシスカは、現在妊娠中のため外出は控えるらしい。
と言うわけで、王太子にはエスコートする相手がいない。だからか、エメリナのエスコートを申し出てきたのだが、思いっきり顔をしかめてしまった。これはエメリナは悪くないと思う。いや、嫌そうな顔をしたのは悪かったと思うが、王太子の愛人だと思われるようなことは勘弁してほしい。エメリナでは美貌が足りないが、心無いことを言う人は多いものだ。
それに、理由はそれだけではない。先約があったのもある。先に、主催者側であるクルスにエスコートさせてくれと言われていたのだ。一人だと格好がつかないし、いつも頼んでいた従妹は結婚してしまったらしい。いろいろと言い訳のようなことを言われたが、別にそこまで言われなくても、クルスがエメリナで構わないというのであれば手を貸すのが友情と言うものだ。
そう言うと、友人、とクルスは感慨深げにつぶやいていた。
「ええっと、今日はよろしくお願いします」
「いや、こちらこそ……無理を言ったのに、ありがとう」
こんな時は少し横柄な態度でもおかしくないと思うのだが、相変わらずの生真面目な言葉にエメリナはくすくすと笑った。クルスが顔をそむけたのを見て、エメリナはあわてて謝った。
「すみません。気を悪くしましたか」
「いや、そうじゃない。その……君が、きれいだから……」
照れてしまった、と本当に恥ずかしそうに言われて、エメリナは目をしばたたかせた。
「今のはいいと思います。ばっちりです。例えお世辞でも、きれいだと言われて喜ばない女性はいません」
エメリナがクルスに及第点を出した。クルスがうなだれる。その様子を可愛いな、と思ってしまったエメリナは、ぶしつけだと思いながらも彼の頭を撫でた。こいつ、美形なだけに飽きたらず髪の毛さらさらだ。
「……私が、きれいだと思ったのは君だ……。その淡い緑のドレス、良く似合っていると思う」
「あ、ありがとうございます……」
さすがに名指しで褒められて、エメリナもはにかみながら礼を言うしかなかった。さすがに、淡い緑のドレスはクルスの瞳の色に合わせたのだと気付かれてはいないようだが。
「クルス様、エメリナお嬢様、そろそろお時間です」
使用人が呼びに来て、二人ははっと我に返った。なんだかんだ言って、クルスだけではなくエメリナもまじめなのである。与えられた役割はきちんと果たす。
エメリナは一般の成人男性と同じくらい長身である。しかし、クルスはそんな彼女よりさらに長身で、エメリナがかかとの低い靴を履いていることを差し引いても、男女として不自然ではないくらいの身長差があった。ひょろっとしているからわかりづらいが、兄と同じくらい身長があるのではないだろうか。
つまり、彼の隣にいる限り、エメリナはそれほど長身が気にならない。クルスのことは、常に見上げなければならないから。
ただ、美形の彼には不釣り合いな普通すぎる顔立ちであることが気になったが、この夜会が終われば、みんなにこれ以降会うことはめったにない。次の社交界シーズンになるころには、そんな噂話はなくなってしまっているだろうと踏んだ。
というわけで、エメリナにしてはすんなりとこの要請を受けたわけである。まあ、ヘラルドからお前もいつも兄だって文句言ってるじゃん、というツッコミが入ったのも否定しない。
そんな感じの結構不純な感じなのだが、デル・レイ侯爵家には何やらとても喜ばれてしまって、ちょっと後ろめたい気もする。宰相のデル・レイ侯爵だけは、同僚の女伯爵アルレオラの娘だということで微妙な表情をしていたけれど。
兄や父、従兄など、家族や親せきでない人にエスコートされるのは初めてだ。まあ、今回はデル・レイ侯爵家主催の夜会だから、裏から入ることになったが。
いつも親戚のお嬢さんを連れているクルスが、別の女性を連れていることで、それなりに注目を浴びた。と言うか、二人とも背が高いのである程度目立つのは仕方がない。クルスはともかく、エメリナが大きすぎるのである。
「どなたかと思えば、エメリナさまじゃないの。宰相閣下と女伯爵は友人だものね」
クルスがいてもお構いなしに、挨拶に来た令嬢が言った。誰かと言えば、エンシーナ公爵家のアナスタシアである。機密情報を流出させたとして、家は処分を受けたが、おとり潰しにはなっていない。ただし、国王、宰相、宮廷の影の支配者財務長官に睨まれていることは確かで、その恨みをわかりやすい形でエメリナに返しているのかもしれない。
つまり、親が友人同士だから、そのコネでエスコートしてもらっているのだろう、と言うことだ。何故これが嫌味になるのかはよくわからないが、典型的な捨て台詞である。親のコネでエスコート役が決まるのはよくあることだ。
「だったらなんですか。親のコネでないエスコート役なんて、それこそ恋人同士くらいでしょう?」
くっとアナスタシアをエスコートしてきた男性が噴き出すのを我慢するように顔をしかめた。そのことが、余計にアナスタシアを攻撃的にする。
「と言うことは、エメリナ様はお母様の助けなしにエスコート役を決めることができなかったんですのね。不思議ですわ。すらりとしていて素敵なのに」
完全に嫌味だなーと思った。エメリナがすらりとしているのは事実だ。だって背が高いから。さらに言うなら、体に凹凸が少ないのも事実だ。たぶんこの辺は母の血だと思う。母もかなり華奢だ。
「そう言えば、アナスタシア様はご結婚がお決まりだそうで。しかも、相手から望まれたとお聞きしましたので、うらやましい限りです」
本当は真正面から叩き潰してやりたいが、今はデル・レイ侯爵家側の人間で、彼らに迷惑をかけるわけにはいかない。
公爵家から降格にはならなかったが、その名には瑕疵がついてしまった。国王はともかく、宰相や財務長官に睨まれている状態でエンシーナ公爵家側に有利な縁談など望めない。
そんな中で縁談を望んでくる相手……何か裏があるとしか思えない。
というか、単純に彼女の縁談相手は彼女の父親ほどの年齢だった。それだけならともかく、すでに子供がいて妻とは離婚している。というか、離婚を繰り返して若い妻を娶っているような伯爵である。同じ伯爵でもうちの母とはえらい違いだ。
プライドの高いアナスタシアには耐えがたいだろう。公爵家の身分は魅力的であるが、それ以上に宰相と財務長官が怖いのである。……まあ、エメリナとクルスの親の話だけど。
そのことをアナスタシアは思い出したのか、最後にエメリナを睨むと連れと共に身を翻した。
「……なんだったんだ、彼女は」
眉をひそめてそういうクルスは、本当にアナスタシアが何をしたかったのかわからなかったらしい。いや、エメリナにも説明しろと言われても難しいけど。
「クルス様はそのままでいいと思います」
「? どういうことだ?」
首をかしげるクルスに、エメリナは微笑んで「あまりよい気持ちではないので」と答えた。それでもまじめなクルスは納得しないようなので、エメリナも首をかしげて言った。
「簡単に言うと、嫌がらせでしょうか」
「今のが?」
「……」
うーん、この人、やっぱりまじめすぎてずれてる気がする、と思ったエメリナだった。
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