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stage11








 背の高いクルスを見つけるのはそう難しくはなかった。そもそも、ここはアルレオラ伯爵家なので、エメリナがよく知っている場所だ。探しやすい。ホールから出た廊下で追いついた。


「クルス様!」


 はしたないとは言われない程度の大きな声で、エメリナはクルスを呼び止めた。呼び止められた彼は、一瞬驚いた表情をしたが、すぐにいつものまじめそうな表情に戻る。

「どうしたんですか、エメリナ嬢」

「どう……と言うほどのことではないんですけど」

 エメリナもベロニカに押されて何となくやってきただけなので、用事を考えていなかった。

「もしかして、クルス様、他に私に何か話があったんじゃないかな、と思いまして」

 追いかけてきてしまいました、と正直に告げると彼はびくっとした。ちょっと隠すのが下手すぎやしないだろうか。

 クルスは迷うように視線をさまよわせた後、エメリナを見て口を開いた。


「その……一緒にオペラを見に行かないかと思っただけなんだ」


 今度はエメリナが驚いた。それから噴き出した。

「な、なんだ!?」

「いえ、先ほどいとこのベロニカとも同じ話をしていたので」

 同じことを言われたので、びっくりしたのだ。

「そ、そうなのか。迷惑だったな……」

 先に誘われていたと聞いて、クルスがあわてたように言った。エメリナもあわてて言う。

「え、いえいえ。迷惑と言うわけでは」

 しゅんとしたのが目に見えてわかり、エメリナはちょっと面白くなる。成人した男性で、まじめなのはわかるのだが、何だろう。可愛い。


 エメリナの顔がゆるんでいることに気付いたクルスがちょっと引き気味に「なんだ?」と尋ねた。エメリナは頑張って表情を引き締める。

「ちょっと可愛いなぁと思っていただけです。どこかへご用ですか? ここまで来たら案内しますけど」

「エメリナ嬢……正直にもほどがある……」

 うなだれるクルス。何か変なことを言っただろうか、と悩むエメリナ。その妙な構図にツッコミが入った。


「ねー。何してんの君ら」


 聞き覚えのある声。エメリナもクルスもびくっとした。ちょっと能天気そうなその声は父方の従兄のハビエルのものだ。父の生家であるマルチェナ伯爵家も、招待されているからいるのは当然だが。


「……あ! もしかして邪魔した!? 悪い、すぐに退散するから!」


 あわてたようにホールの方へ戻っていくハビエルに、エメリナもクルスも手を伸ばして引き留めようとした。

「待ちなさい!」

「待てこの馬鹿!」

 さりげなくクルスの罵倒がひどい気がしたが、それよりもハビエルを捕まえないとあることないこと言いふらされる! いや、彼には悪気はないのだろうが、絶対に兄と姉には伝わる……!


 ハビエルの後を追おうとしたエメリナであるが、今は普段とは違う夜会用のドレスを着ていたことを忘れていた。当然だが裾を踏んでつんのめった。同じくハビエルを追おうとしていたクルスが急遽目標を変更してエメリナがこける前に腹のあたりを抱えて支えた。その衝撃にエメリナは一瞬息が詰まる。しかし、無残にこけるのは免れた。

「あ、ありがとうございます……」

「いや、こけなくてよかったが……足首は大丈夫か?」

「た、たぶん……?」

 以前ひねった右足首を見る。今のところ異状はなさそうだ。痛くもないし。しかし、クルスの心配もわかる。エメリナが普通に歩けるようになってからまだそれほど経っていないし、一度ひねるとひねり癖が付くこともある、と父が言っていた。

「一応、レジェス先生に見てもらおう。呼んでくる」

「わっ」

 体が宙に浮いてエメリナはあわてて近くのものにしがみついた。もちろん抱え上げたクルスにしがみつくことになるわけで。

「クルス様……意外と力持ちですよね」

 エメリナは身長がある分重いだろうに、抱き上げられるのは二回目だ。地味にショックなんだが、などと言いながら、彼はエメリナを休憩用の部屋に残して本当に父を連れて来た。


「うん。大丈夫そうだけど、エメリナはあまり無茶をしないこと」


 穏やかに父に言われてエメリナは「はい」と素直にうなずいた。クルスも「良かった」と安堵の息をついている。父はエメリナの頭を軽く撫でると、微笑みながら言った。

「ハビエルがさっき騒いでたけど、君たち、仲良しだねぇ」

「……」

 何だろう。部屋の気温が一気に下がった気がする。父の背後に吹雪が見えるのは気のせいだろうか……穏やかに見せかけて、こういうところが食えないのだ、と母も言っていた。クルスは押され気味である。

「……な、仲が悪いよりはいいんじゃないかしら」

 エメリナはやっとのことでそう絞り出した。しかし、空気は和むことはなかった。
















「どうしよう。父上怖い」

「今更何言ってるの。私たちの両親は怒らせると二人とも怖いでしょ」


 刺繍をしていたマルシアがしれっと言った。この屋敷で開かれた夜会の次の日の午後のことである。しれっとベロニカもいて、同じように刺繍をしている。エメリナだけはレース編みだ。何故かエメリナは刺繍が下手なのである。レース編みができるので、不器用なわけではないと思うのだが。

「うちのお父様とお母様は一気に爆発する感じだけど、伯母様と伯父様は静かに怒るタイプよね」

 ベロニカはそう言って笑った後、尋ねた。

「伯母様はクルス様とのことについて、何も聞いてこなかったの?」

「放任主義ここに極まれり」

「違うわよ。お母様は自分で娘の相手を見極めて、駄目だと判断したら強制的に切ってくるわよ」

 マルシアがツッコミを入れた。何それ怖い。確かに母は、何も言わない方が恐ろしい、と言うタイプではある。

「じゃあ、サントス様は大丈夫だったんだ」

「可もなく不可もないもの」


 マルシア、自分の婚約者に対してひどい……。


 マルシアの評価はともかく、サントスは人間的に出来た人だ。少々変人ではあるが、聡明かつ温厚で気遣いのできる人だ。うーん、何気に母の眼は厳しいのかもしれない……。

「……いや、そもそもハビエルが言っていたようなことは何もないから」

 ふと我に返ってエメリナはそう否定した。この話が昨日、エメリナとクルスが一緒にいたところをハビエルが目撃したことに起因することを思い出したのだ。マルシアが「そうなの?」と首をかしげる。

「でも、少なくともクルス様の方はエメリナに気がある感じだったわよ」

 だから行けって言ったのよ、とベロニカ。マルシアがまた「そうなの?」と首をかしげる。

「そう? ただまじめなだけのような気がするけど」

「エメ、その鈍さは確実にお母様譲りよ」

 マルシアが少し呆れたように言った。この姉にしては珍しいので、本当にそう思っているのだろう。

「少なくとも助けてもらったのだから、何かお礼をすればいいのじゃないかしら」

「エメリナ、もう少し刺繍が得意ならイニシャル入りのハンカチとか王道なんだけどねぇ」

 マルシアの意見に、ベロニカが言った。確かに、レース編みは男性への贈り物には向かない。

「うん……そうね。何か考えてみる……」

 こけそうなところを助けてもらったし、従兄があらぬ噂を立ててしまった。それに、この夏、いろいろとお世話になったのだし、それくらいしてもいい気がする。


 うーん、と首をひねった時、クルスがオペラを見に行かないか、と言っていたことを思い出した。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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