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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第九章 蛇蔽う白霧の籬
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第九章 7



部屋に入った時、亜里亜が冷蔵庫をバタンと閉じて駆け寄ってくる。


「遅いですわ! ヘリを迎えによこすと言ったでしょう!」

「いや目立つからちょっと……はいこれお土産、漁港で買ったマアジの干物」

「こんなダサいのゴスロリ着てる時に食べろといいますの! しかもこれからロールケーキ食べようと思ってましたのよ! しょうがないですわねタケナカ、ほうじ茶!」

「はいただいま」


タケナカはと言うと例によってゴシック仕様の黒エプロンを装備して台所にいた。三ノ須の中で集まることのできる部屋は何ヶ所かあるが、どこであっても食料や台所は完備されている。いざとなれば部屋自体をシェルターとするためだ。


「で……タケナカ、ケイローンが負けたって話だけど」

「はい、情報を集めて動画にまとめてますんで、これからお見せしますよ」


タケナカは洗い物をしていたようだが、手早く切り上げて乾燥機に食器を突っ込み、この部屋のダイダロスを起動させる。


「うわアジの干物めっちゃうまいですわ! 塩気がほうじ茶でほぐれていく快感が格別ですわ!」

「お茶漬けにもなるわよ」


画面に表示されるのはケイローン、それにプルートゥの顔だ。それらが四角で囲まれてアイコンとなり、移動して模式図の一つに組み込まれる。


「それじゃ整理しましょう。現状、ソロまたは数人で組んでいる走破者が何人か残ってますが、大きな派閥としては二つです。ノー・クラート派と、ケイローン派ですね」


ノー・クラートによる全世界への攻撃から、まだ100時間も経っていない。走破者たちは再編成され、何人かは演算力を失って戦いから離脱した。追いきれていないが、全員が安全とも言い難い。社会的な身分を失ったり、あるいは物理的な襲撃を受けた人間もいたかも知れない。


「さて、存在する演算力、つまり天塩氏により集約され利用可能な演算力の総数はおおよそサーバーマシン400万台分と言われています。このうち、ケイローンとプルートゥを含む一派が所持していたのは60万台分と推測されていました」


60万……二大派閥という割に、総数から見れば15パーセント、そんなものなの?


「それが奪われたの?」

「そうですね、ケイローンは勤めていた新華基因研究所なる施設を辞職し、失踪したようです。その後の足取りが追えません」

「おかしいでしょ? 迷宮で負けた時、奪われるのは「所持している演算力の半分」か、「迷宮で使用した分」だったはずよ。とんでもなく浪費しない限り、一度か二度負けた程度じゃ……」

「そのことですけど、いろいろな方面から情報を集め、可能な限りの予想を立ててみました」


アイコンの間に線が引かれ、それがトーナメント表のような図を構成する。

ケイローンのすぐ下にプルートゥが、そしてプルートゥの下には4つの線が伸びる。


「野良の走破者の間ではそれなりに情報がやり取りされています。ケイローンとプルートゥの一派、ここに所属した走破者は4人だそうです。小計6人、彼らはまず適当な迷宮を使い、ケイローンの所有する演算力を分配していたようです」


かつてはゼウスが私にやったことだ。徒党を組んでノー・クラートと戦うためには、一人ずつがそれなりに演算力を保有する必要がある。誰かがナビゲーター役になって物資を出すという方法もあるが。あれは割と例外的な手法な気がする。

……まあ何というか有り体に言えば、私のように極端に不器用な走破者のための戦い方だ。


「さてミズナさん、この6人で演算力を分ける場合、どのように配分されると思いますか?」

「え? 全員が等分すれば……」


……いや、違う。

演算力は最低でも半分しか譲渡できないのだ。十数回も繰り返すならともかく、互いの陣営が緊張感で満たされている現状、一度ケイローンに演算力を集めたあと、半々で分割していくはずだ。


「えーっと、まずケイローンとプルートゥが30万ずつ。そこからプルートゥだけで四人に分割するべきかしら? そうなると……ええっと」

「75000が3人、32500が二人という分配になりそうです。実際にはやり取りもスムーズにはいきませんし、数千程度の誤差がありますが」


計算に詰まったのを見てタケナカが答えを示してくれる。日本人らしい空気の読み方だ。


「それならケイローンは30万前後持ってるはずよ。そうそう演算力が尽きるはずは……」

「いいえ、どうやらケイローンは自分自身では1万弱しか持っていなかったようです。残りは自分のメンバーに分け与えていたとか」

「……?」


1万弱……演算力で身を守れるギリギリと言われる数だ。世界最大の富豪であるノー・クラートを相手にする以上、いくらあっても不足ということはないだろうに。


「目的は二つ考えられますわ」


ハンカチで口の周りを拭いつつ、亜里亜が割って入る。干物とほうじ茶の臭いで部屋全体が和風テイストに。


「一つは自分自身は司令塔となり、走破は他人に任せる場合ですわ。演算力喪失のルールがある以上、迷宮には潜らなければなりませんけどね」


確かに。プルートゥという優秀な走破者がいるし、考えてみればアレイオンもいる。彼は自分自身で走るタイプではないのか。


「もう一つは、最終的な演算力の総取りを、自分以外の誰かに託そうとしていた場合ですわ」

「託す……なるほど、自分の仲間が演算力を総取りできれば、ケイローンの計画についても止める者はいなくなる……」


ケイローンはすでに桃の遺伝子を変異させ、世界に変化をもたらそうとしている。私たちがそれをギリギリで食い止めているのは、私たちも演算力の使い手だからだ。

彼らの一派によって演算力が総取りされるなら、彼らの一派全員の願いが叶う可能性もある。ケイローンが一線を退いたとしても問題はないのか。


「……でも、敗北を織り込んで動くとは思えないわ。やはり敗北はイレギュラーな出来事のはず。いったい誰があいつらを倒したの」

「これを」


タケナカが動画ファイルを開く。いくつか同時に展開するそれは、様々な角度から捉えられた迷宮の画面だ。岩場のような荒れ地が広がっている。


「ここ数日、24時間体制で迷宮の中にドローンを飛ばしています。環境によってはすぐに活動停止しますが、今回はそれなりに撮れていました」


その中央付近では6人の人間が何か話し合っている。画面がクローズアップすれば、馬をひいたケイローンと、腰に刀を差したプルートゥ、それと背格好も人種も様々な人物だ。仲間の走破者だろう。


「ここは「倒載旱地とうさいかんち魔天まてん」。倒載とは武器を逆向きにして積むことで、不戦の誓いを指します。旱地とは荒れ果てて干上がった土地のことでしょう。人間の武力の放棄と、天に対する敗北(・・・・・・・)を暗示する迷宮のようです。まあ簡単に言いますと、戦艦とかが雨のように降ってくる迷宮です」

「死ぬほどざっくり言ってくれるわね……」


スタート地点とおぼしきエリアは矢印型の建物になっている。矢印の示す方に向かえという意味だろう。典型的な生存と走破の迷宮だ。スタート地点を出れば迷宮のギミックが動き出すのだろうか。


ケイローンたちのそばに誰かがログインしてくる。


「! あれは」


その異形、見間違うはずもない。

仕立てのいいスーツに身を包んではいるものの、その上半身ははちきれんばかりの筋肉の塊。大柄な体を支える脚は太く長く、背筋のゴツさは大岩のようで背中が丸まって見える。

太い首に支えられた、その上には牛の首。

黒曜石のような黒一色の瞳を持ち、突き出した鼻の先は濡れるように黒く、反り返って天を突く真綿色の角。顔を覆う体毛が、乾いた風にざわめく。


「ミノタウロス……」


正体不明、経歴不明、彼がいつから迷宮にいたのか誰も知らないという。

その身体能力はゴールドメダリストを超越し、あらゆる迷宮を力でねじ伏せるような怪物……。


「この戦いにおいて、ミノタウロスは六人の走破者、さらにアレイオンという馬の走破者も下して勝利しました」


複数の角度から撮影された動画が展開される。私たちはしばしそれに見入り。


「……」


動画は終わる。

私は感想のひとつも言えない。誰もが静まり返っている。


「……この戦いについては、後でちゃんと検討するけど」


はっきりと言えることが一つ。彼はさらに強くなっている。

むろん、演算力を駆使して何らかの肉体強化を施しているのは分かる。

しかしあの戦いぶりはもはや人間の域ではない。肉体だけではない、精神も……。


タケナカが頃合いを読んで発言する。


「ミノタウロスは、この戦いで少なくとも30万の演算力を手にいれました。個人ではトップクラスでしょう」

「相手にとって不足ありませんわ!」


そう勢い込むのは亜里亜だ。


「あんな牛頭の変態なんかバイクで抜き去ってやりますわ! 荒ぶる牛の舞踏ですわ! 荒野に消えた暴れ牛ですわ!」

「……そうね」


戦いは間近だ。

拡張世界でも、現実でも。

そして私は、一つのことを考えておかねばならない。


最終的に、誰が演算力を手にするのか。


魔法の杖を束ね、真なる魔法使いとして世界に君臨するのは誰か。

それは地を駆け、風を読み、あらゆる迷宮を走破できる者でなければならない。


「タケナカ、ともかくイカロ奪還の計画はできてるの。48時間……いえ、今からだとおよそ44時間後、電子戦が可能なダイダロスを使ってイージス艦をハックする。私をニュージーランド沖、ノー・クラートのいる豪華客船に運ぶ手段を検討して」

「分かりました」

「亜里亜、あなたは拡張世界でノー・クラートの気を引いて、多少なりと対処を遅らせられるかも」

「イカロ様の救出なら私が行きますわ!」

「ダメよ、警備の人間と戦闘になるかも知れない、私じゃなきゃダメ」

「うー、抜け駆けは許しませんわよ!」

「よく分かんないけど違うから」


本当は、考えるまでもない。


この戦いに、終わりがあるとして。

最後に立っているべきは。


「タケナカ! さっそく特訓ですわ! まず牧場に行きますわ! それからビフテキ400グラムですわ!」

「はい、確か三ノ須の近くに畜産科の牧場が……」







それは、あなたよ、亜里亜……。
















Tips 三ノ須の内外への交通手段。


三ノ須学園は都市圏を離れた郊外にあり、内外への出入りは七つのゲートと、三つのヘリポートで行う。ヘリポートは高等学部裏手に一つ、付属病院に一つ、学生用マンションの屋上に一つある。

七つのゲートのうち車両の出入りできるものは六つ、残りの一つは通常使われていない徒歩専用の通用口であり、学内での大規模テロなどを想定したもの。

ここまでが九章となります。次の投稿には少し間が空くかもしれません。

なんとか最後まで走破したいと思っていますので、どうかもうしばらくお付き合いください。

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