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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第一章 赤鏡伽藍の迷宮
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第一章 7



問いかけに答える代わりに、そのゴスロリライダーはアクセルを全開にする。ほぼ直線的な迷宮を、こちらに向かって一直線に駆ける。


「ちょっとちょっと!」


私は右方の壁へと跳ぶ、壁面でグリップを効かせてベクトルを上へ、三角跳びの要領で真上に体を持ち上げ、その直下をバイクが抜ける。


黒の乗り手は一瞬だけ私を振り返り、鋭く地面に片足を打ち付け、十字路部分でアクセルターンによって回転する。なるほど、十字路なら回転半径を確保できるのか。

砂埃を蹴立てて再度疾走。急加速を加えて前輪を見事に持ち上げ、右側の壁に当てて後輪からの押し上げによってさらに車体を起こし、頭の高さで通路を横断するように車体をひねる。高速回転する前輪のフックが私の眉間をかすめ、沈める体が車体の下をすり抜ける。見切りがあと2センチ甘かったらアバターが削られていた。


私は腹筋で体を起こして前方に疾走。フリルライダーは方向転換する場所を探してか、それとも回り込む気なのか、後方でエンジン音が遠ざかる。角を鋭く曲がるタイヤの音。私は前方へ向かう。一歩で数メートルを飛びつつジグザグに進む。

排気音が接近と離脱を繰り返しながら追いすがる。


(……あいつは何? 敵キャラ? この世界に配置されたNPC?)


その考えは否定する。あれはフルフェイスの奥から明らかに私を見ていた。メット越しでも目が合った感覚は残っている。そこには確かに何らかの感情が見えたのだ。


(じゃあ、別の走破者)


いても不思議ではない。おそらくあのバイク・フーの使い手は私たちよりも前に迷宮の謎を解いていた。

そしてゴール地点で後から来る者を待ち受け、威嚇を加えようというわけか。もちろん拡張世界で私を轢き殺しても肉体に影響はないが、味わいたい経験ではない。


なんとかやり過ごしてゴール地点だけ確認する事も考えた。

だが無理だろう。パスワードがすぐに確認できるか分からない。おそらく10桁以上はあるはず、書き写す手間もいる。ゴール地点が袋小路だったら目も当てられない。


エンジン音が右方から回り込む気配。


私はスピードを緩めず進む。そして出会い頭。相手のバイクは姿を現す直前、ブレーキをロック状態まで締めて重心を前に、後輪を持ち上げつつ、乗り手は腰を浮かせて前輪の一点でバランスをとり、車体全体を強引に振り回す。これは、BMXで言うところのマックサークル? 大型バイクでやってのけるとは。

迷宮の幅いっぱいまでスイングさせた後輪、それが破滅的な勢いのままに曲がり角の奥に叩き込まれる。


「ちいっ!」


下も上も通れない絶妙な高さでの後輪ブロー。特別仕様なのだろうが、およそ大型バイクでやる技ではない。

だがそれより私が早かった。曲がり角から出現した瞬間にハンドルの中央に手をかけ跳躍。前輪で地面をえぐりながら回転するバイクを飛び越える。手首にひねりを効かせつつ体勢を整え、足を真っ直ぐ太陽に向けるような縦回転。バイクの後輪がけたたましい音を立てて迷宮の壁に激突し、バイクが制動を失って弾かれるように転倒する。


「あうっ!」


ゴスロリライダーが地面に投げ出され、勢いによってそのまま数メートル滑ってうめく。私たちの背後でバイクが消滅し、ゴスロリは空中に手を伸ばして何か図形を描くような仕草を。


「やめなさい!!」


その背中に膝を押し当て、フリルつきの袖に包まれた腕を地面に押さえつける。拡張世界に物体を呼び寄せるのにどんな行為が必要なのか知らないが、ともかく押さえつけておくしかないだろう。それにしてもかなり豊満な肉体だ。やってることは荒っぽいのに、私よりずっと女性らしい体つきをしている。


「くそっ! 離しなさい!! T-35戦車で轢き殺してくれますわ!!」


お嬢様言葉でそう叫びつつ足元でもがく。体の芯を膝で押さえてるから動けはしないが、その手の先ではエンジン付きのスケボーやらインラインスケートやら、なぜかむき出しのエンジンや鉄下駄、ゲイラカイトなんかが生まれては消えている。これはあれだ、青いネコ型ロボットが焦った時にやるやつだ。


「というか地面が熱っっっついですわああああ!! 焼ける焼ける! 火傷しますわああああ!!」

「そりゃ年がら年中、直射日光浴びてる地面だからね……。大丈夫よ、アバターなんだし、このゴスロリ服が守ってくれるわ、短時間ならね」


ちょっと気の毒だけど、何か聞き出すなら今のうちだろう。


「あなたは誰なの。NPCじゃないわよね。私と同じものを探してるのかしら」

「ふん! 天塩創一の遺産なんかどーでもいいのですわ! 私はあなただけ排除できればいいのです! 身に覚えがないとは言わせませんわ!」


…………


え、私? 私への恨みなの?


「なるべく恨みを買わないように生きてるけど……というより、この拡張世界に来てることは誰にも言ってないのに」

「とぼけたことを! その天然ぶりでイカロ様をたらしこんだのですわね! さかりのついたメス猫ですわ! 血気盛んな思春期の乱れですわ!」

「はあ!?」


イカロを!?

なにこれ、イカロ関係のことなの? というか痴情のもつれとかそういう事?? マジで?


「い、イカロは小学生よ!?」

「水魚の交わりですわ! 檻に入れられたパンダの(つが)いですわ! パスタとオリーブオイルの絡みですわ!」


というかこの子なに言ってるのマジで。なんかめちゃくちゃ暴れてるし、半分は地面が熱いからだろうけど。


「ええいっ! 明日きっちりカタをつけてやりますわっ! 放課後に第三音楽室でお待ちなさいっ!」


体が沈む。

音もなくゴスロリ女のアバターが消え、私の膝が落下して地面へと向かう。瞬時に身を屈めて両手をついて着地する。


「……ったくもう」


どうやらゴスロリはログアウトしたようだ。

そしてここはゴール地点のすぐ近く、とりあえず真っ先にパスワードを確認しておくべきだろう。


それはすぐに見つかった。壁面に金属製のプレートが埋め込まれている。数センチほど窪んだ形で埋め込まれているため、このプレートを空撮で見つけることはほぼ不可能だろう。




走破者に喝采を




シンプルな一文だ。その下には32桁のランダムな文字列が彫られている、これがパスワードだろう。

いくらなんでも過剰と思える長さだが、将来的なコンピュータの進化まで考慮してるのだろうか。私は持っていたペンでそれをアバターの袖に書き込む。

このプレート1枚のために半径1天文単位の空間を造り、迷宮を造り、太陽と太陽系全体を改造したのか。暇人というか、行動力のお化けと言うか、この迷宮を維持しているサーバーマシンの演算力がさすがにもったいない。


私は上空を見上げる。


どこまでも蒼穹の広がる球体の空間、中央に太陽が座し、その他には月も水星もない世界……。


「…………」


いま、何かが消えた(・・・・・・)


おそらくはドローン。空撮用か、あるいは妨害電波を出していたものか。


『ミズナさん、聞こえますか』


そして通信が復活する。イカロの声だ。


「イカロ、ゴール地点のプレートを見つけたわ、パスワードは私のアバターに書き込んだから、これでログアウトする」

『本当ですか、よかった、しかしなぜ急に通信が……』

「……」


妨害電波を出していたのはイカロではないか、私は一瞬そんなことを考えた。

だがそれは否定する。イカロの声に偽りは感じられないし、私を騙し討ちする理由もない。あまりにも荒唐無稽。ミステリーなら出てきた人間を片っ端から疑っている状態だ、建設的ではない。


「イカロ、ひとつ教えて、ユーザーがログアウトした場合、その人物が拡張世界で生み出した物体はどうなるの?」

『世界の設定によりますが、天塩創一の迷宮ではほとんどの場合、ログアウトと同時に消滅します。また、ログインしていない状態で物体は出現させられません。今は全ての物体はミズナさんのアバターに紐付けされています』

「そう……わかったわ、じゃあログアウトするから」

『はい』


そして、この直径16光分の球体は、そこに刻まれた無限とも言える広さの迷宮は。

その全ての役目を終え、電子の世界で眠りについた。







「それは亜理亜ですね、彼女がログインしていたとは、まったく困った人です」


ゴスロリ女について話すと、イカロは重々しい、あるいは気だるいような顔でそう言う。


「えっ呼び捨てなの? なんかすごくフランクな感じ……」

「? 何か言いましたか?」

「いえ別に、それよりアバターとはいえ殺されかけたわ、あんなイレギュラーな人がいるなら教えておいてほしい」

「すいません。彼女にはログインできないと思っていたんです。どうやら僕が操作するのをこっそり見ていたようですね。別のダイダロスからアクセスしたのでしょう」

「アクセスするのを見てた?」

「はい、彼女は以前、僕のパートナーとして迷宮に潜っていただいてた方です。少し前にパートナーは解消すると告げたのですが」


なるほど、イカロが声をかけたのは私が最初ではなかったわけだ。


「亜理亜は、あらゆる乗り物に精通したエキスパートです。車やバイクはもちろん、飛行機やヘリ、重機に戦車まで、エンジンがついているなら乗りこなせないものはありません」

「そうね、機械の知識もあるみたい。大型バイクをBMXの技ができるように改造してたし」

「なぜミズナさんを襲うような真似を……やはり天塩創一の遺産でしょうか、パートナー解消時にかなりの額を渡したのですが」


…………ん?

あれ、痴情のもつれじゃなかったの? イカロはまるでそんなこと想像もついてない感じだけど。


「ねえ、あなたとその亜理亜の関係って何だったの?」

「関係……ただの知り合いです、あるいは元パートナー……」

「……なんでパートナー解消したの?」

「それは……」


イカロは何かを言いかけて、それがうまく説明としてまとまらないようだった、言いよどんでから深く俯く。


「……亜理亜は明日、第三音楽室で待つと言ったのですね。彼女に会っていただければ分かると思います。僕も同席しますので、僕から改めてパートナー解消を告げますよ」

「……そう」


何か妙だ。

ボタンがいくつかかけ違ったままのような居心地の悪さ。

別にイカロに私を騙そうとか、言いたくないことがあるという後ろめたさは感じない。それが逆に意味不明な感覚として胃の中でうごめく。


そして、ゴール地点で上空に感じた「何か」の気配。


あれについてはイカロにも言っていない。万が一、あれがイカロの仕組んだことだとすれば、気づかないフリをしておく方がいいだろう。


ともかく、私も今日は疲れた。寮に帰ったら熱いシャワーを浴びて眠ろう。


予感があった。

あの迷宮は確かに広大で、常軌を逸していたけども、あれすらもまだ序の口という予感だ。

あれは単なる気付きのゲーム、迷宮というよりパズルに近い。確かにお遊びではないと思わせる規模はあったが、あの迷宮は本来、私向きとは言いがたいのだ。


「……」


迷宮より、人間関係の方がよほど悩ましい。

特に脈絡も連想もなく、ふとそんな冗談が浮かび、そして言葉にならないまま、脳のどこかで溶けて消えた。


















Tips  パスワードの強度



パスワードはその長さと、その文字列がランダムであるかによって大まかな強度が決まる

32桁のランダムな文字列であれば、たとえ人類の生み出しうる最大限度の演算リソースを用いても総当たりでの突破は(現実的な期間では)不可能と言える。

またパスワードの設定の際、その文字列がアトランダムであるかを判定できるツールも存在し、これによって8文字程度の短いパスでも十分な強度を得られる。



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