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迷宮世界のダイダロス  作者: MUMU
第六章 戴盆縫手の熱界
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第六章 5





ゼウスとの邂逅から一週間後、日本時間の08時。アラバマ州はUTC-6が標準時、つまり日本より14時間進んでいるので、今は前日の18時ということになる。私たちはイカロの住処にてダイダロスの前に集まる。


画面に表示されるのは。




―――戴盆縫手たいぼんほうしゅ熱界ねっかい―――




「熱界……火あぶりになるとかだったらヤだなあ」

「行者の火渡りも特訓しておくべきでしたわ」


そんなことを言いつつ私と亜里亜はTジャックを咥え、全感覚を異なる世界に投入する。


目が覚めたとき、そこは大通りの只中。


周囲には高層ビルと路肩に停まった黄色いタクシー、碁盤目状に前後左右に伸びる道と、遠く霧にかすむ高層ビル群。なんだか見覚えのあるビルが多い。


ホテルのような建物からは星条旗が突き出され、通りにはファーストフード店やジムが並び、公園のような場所には椅子とテーブルがあり、チェスの台が置かれている。

気温は高い、30度近くありそうだ。


「ここ……ニューヨークね」


街並みでそう察したわけではない。その理由は真正面にどんと構える巨大なシルエット。


全体としては三角形に近い円形、スタンドはコバルトブルーでありフィールドは目にも鮮やかなディープ・グリーンで、左右のファールゾーンが少し深くなっている。ホームベースとピッチャーマウンドが陽光を反射し、輝くような白さを見せていた。


どこかで聞いた話では、その建築費はなんと15億ドル。

世界で最も有名なスタジアムの一つが、私たちの前に文字通り立ちはだかっていた。


「でっかいわね、例の怪獣ぐらいありそう」

「もっと大きいですわよ。例の怪獣は2016年の映画だと118.5メートル。このスタジアムは中堅部分の深さが124メートル、建物の大きさも含むから200メートル近くありますわ」

「亜里亜そういうのどこで覚えるの?」


だがまあ、謎めいた名前については分かった。

戴盆とは頭に盆を乗せること、この場合は帽子を被ることの比喩。縫手とは縫われたものを身につけた手。昔のヒット曲でそんな形容を見たことがある。この場合はミットを身に付けること。

つまり、野球というわけだ。


「うん、外か、たまに出ると紫外線が目にきついね」


私たちは声に反応して身構える。油断はしない。いきなり攻撃されても不思議はないのだ。


「ゼウス、あなた一人なの?」

「誘ったのはこちらだ、そっちは二人で来るといい」


ゼウスは囚人服ではなく、軽快なランニングウェア姿になっていた。

私たちはというと亜里亜はいつものように黒のゴスロリ、私もいつもと同じ、シルバーのラインが入ったロングタイツ、濃い灰色のインナーシャツに白の軽めのジャケットという姿になっている。


「ところで、この迷宮のゴールはどこかな、目の前のあのスタジアムかな」


ゼウスは手足を軽く動かして言う。やり慣れてそうな柔軟ではあるけどやはりアスリートには見えない。ただ痩身なだけだ。


「一つ聞きたいんだけど、あなたは私たちを試しているの? それとも懐柔したいの?」

「両方かな、目的としてはケイローンを止めたい。そのために君たちには適度な演算力が必要だし」


視界の端で、何かが立ち上がり。


「ここで為すすべなく僕に負けるなら、別にそれだけのことだよ。公平なもんだろ?」


瞬間、私は何かに反応して身を引く。その前をよぎる白い光条。


があん、と金属のひしゃげる凄い音が響く。見ればイエローキャブのドアに野球の硬球がめりこみ、摩擦熱で煙を上げながら表面でスピンしている。


「な、何なの??」


――ゼウスの攻撃?


いや、違う、彼も驚いた様子でボールの来た方を見ていた。


その視線の先にあるのはバズーカのような砲身を持ち、手のひらサイズのボルトで地面に固定されたピッチングマシンだ。しかし、今の速度は……。


『ミズナさん、今の硬球、時速450キロを超えています』

「……マジで?」


ピッチングマシンの投げられる最速、それは技術力の証明のためのあくなき戦いだ。もはや野球の練習に無関係なほどの速度となっても続けられていた。

2010年代後半、あるテレビ番組で紹介されたマシンは初速400キロ、ミットに届いた時点で380キロオーバーを叩き出した。それが私の知る最速。あのマシンはそれを超えている。


プロの投手が投げる150キロの硬球でも、直撃すれば厚さ30センチの氷柱を粉砕するという。威力が速度の2乗に比例するとすれば、時速450キロのストレートはその9倍、氷柱どころかコンクリートでも粉砕するだろう。


「なるほど、あれを打ち返してスタンドインさせろってことかな」


ゼウスが言い、その腕にすでにサポーターとバットが出現している。亜里亜はというと飛び跳ねつつ空に訴える。


「イカロさまー、バットお願いしますわー、超々ジュラルミン鋼で肉厚なやつ、重さで言うと1100グラムぐらいのですわー」


がらん、とすぐにそれが落ちてくる。


「ゴスロリのお嬢さんは金属バットか、僕はカーボン樹脂製のバットでいくよ、計算したが密度を高めておけば耐えられるだろう」

「二人とも普通にやるのねコレ」


亜里亜はさっそく素振りをして気合い十分だ。大人の姿での素振りは初めて見たけど、やはり手足が長くなった分だけ堂に入っている。1100グラムといえばかなり重めなのに、スイングが崩れていない。

ゼウスはひらひらと手を振る。


「お先にどうぞ」

「紳士ですのね、ありがたくお先に失礼しますわ」


亜里亜が動くと、どこからともなく無人のタクシーがやって来てマシンの射線上に停まる。おおよそだが、あのタクシーの前に立てば18メートル半ぐらい。つまりピッチャーとバッターの距離ということか。一球ごとにタクシーを中破させるとは豪華な球宴である。


……いや、というか亜里亜、当たり前に打席に立ったけど時速450キロとか、そんなものゴリラにだって打てるわけが。


ぎり、と音がする。

亜里亜のゴスロリ服の袖がすぼまり、腕のラインに沿って密着する。腕全体をロープで締め上げるようなぎりぎりという音。布地が異様に張り詰めて見える。全身がぶるぶると震え、そして肩幅のスタンスで構えてバットを思いきり振りかぶる。


ピッチングマシンが駆動。硬球がライフル弾なみの運動エネルギーを付与され、きりもみ回転しつつ射出。空気を引き裂きながら走る。


「にあっ!」


妙な掛け声ながらもスイングスピードは電光石火。バットの真芯でとらえられた弾は極小の時間の中で三日月型に潰れ、反動をプラスされた速度でかっ飛ぶ。


「うそっ!?」


まさかのジャストミート。というか何今の、ゴスロリ服が体に巻き付いたように見えたけど!?


「ふっふっふ、服に仕込んだ人工筋肉ですわ。私のやりたい動きを察知して0.004秒でそれに追随しますのよ。イカロ様と二人三脚で開発しましたの」


いつの間にそんなものを……。


打球を目で追う。それは飛距離にして1キロに迫ると思われるウルトラ特大弾。仰角30度で伸びる打球はまったく減衰する気配を見せず、ものの見事に150メートル上空、屹立したスタジアムのスタンドど真ん中に突き刺さる。


「やりましたわイカロさまー! あなたの亜里亜がやりましたわー!」

「ほう、こりゃお見事、まさか一発とはね」


立ち上がった状態でスタジアムが鳴動する。バックスクリーンに「Congratulations!!」の表示が流れ、水平に打ち出された花火が少し下降しつつぽんぽんと花を咲かせる。


「……」


ん、これで終わり?


いや、そんなはずはない。確かに困難な課題だったけど、始まって数分で終わる仕様というのは構造としておかしい。それにこれでは迷宮じゃなくてただのゲームだ。

では、何かしらこれを迷宮たらしめる仕掛けが。


ごご、と地響きがして、私は体勢を低くする。

スタジアムを震源とするような地鳴り。その三角形に近い丸形のフォルムがぐらりと揺らいで見えて、そして私たちから見て右側に大きくかしぐ。


「な……!」


そして屋台を、街灯を、車両を踏み潰しながらニューヨークの大通りを転がり始める。怪獣の歩みも生ぬるく見えるほどの圧倒的質量。往来を挟んだビルを削り、コンクリートの路面を落ち葉のように踏み割りながら転がる。


「! イカロ! ドローンで球場を追って! まさかと思うけど、あのホームベースに何かないか確認を!」


どひゅ、と風を切ってドローンが打ち出される。観測用ドローンはツバメのような速さで球場に追い付き、私も駆け出す。まさか、この迷宮のゴールって。


『ミズナさん、ありました、ホームベース上に赤い文字で「GOAL」と書いてあります。おそらくあれがパスワードの書かれたゴールプレートです』


やっぱりか!

これが野球ならば、ボールを打ってスタンドインさせただけでは不十分、まだ本塁までの「安全進塁権」を得ただけだ。得点が成立するのはベース全て回り、ホームベースを踏んだとき。

つまり、あの状態の球場に乗り込み、塁を回れというのか!


「亜里亜! あなたは何か飛べる乗り物で、ってあれ?」


亜里亜が来てない。振り返ればスタート地点のあたり、黄色いタクシーのそばに倒れて悶絶していた。


「う、腕が折れてましたわ……今になって急激に痛みが……」


……人工筋肉といっても完璧ではないらしい。


「えーと……無理はしないようにね。先に行ってるから」


切り傷なら多少は復元できるが、骨折はまだ難しい。亜里亜はここでリタイアだろう。私が走らねば。

私はニューヨークのアベニューを疾走、アパートメントの向こうに見える球場はひどくゆっくりと回転しているが、実際には自転車ほどの速度が出ており……。


その私の頭上を。閃光が駆け抜ける。


「!?」


それは時速500キロを超える白い弾丸。衝撃のあまり縫い目がちぎれて中身のゴム繊維をこぼしつつ、凄まじい勢いで飛んで球場に追い付き、やはりスタンドに突き刺さる。


「なっ……」


振り返ってももう点にしか見えないが、まさか、ゼウスが。


「あの細腕で、いったいどんな手を……」


というか、多分もうスタンドインさせる意味はないだろうに律儀なことだ。私はそちらに背を向けて速度を上げる。


『ミズナさん、スタジアムを転倒させる手はどうでしょうか。あるいは、何か巨大な質量を転がる先に置き、回転を止める方法もありえるかと』

「やめた方がいいわ。あれは自然な丸みで転がってるというより、迷宮の仕組みとしてベクトルを与えられて転がっている。簡単には止められないと思う。それに向こう側に倒して回転を止めた場合、ゼウスはドローンを使って直接ゴールに行くはず。亜里亜が戦線離脱している状態で、乗り物の勝負になることは避けたいわ」


それに質量にして何万トンあるのか分からない相手だ。倒すといってもコインのように簡単にはいかない。粉々にしてしまってはゴールが不可能になる。


『どうしますか。ドローンを使って客席部分まで行く手もありそうですが』

「イカロ、ドル出せる? たしかこのスタジアムって入場料すごく高いのよね、内野席で60ドルぐらいからだっけ」

『ミズナさん?』

「せっかくだもの、ちゃんと料金払って入りましょ、こないだのアメリカ行きでは観光できなかったからね」


私は角を曲がり、スタジアムの回転を見極めつつ走る。

スタジアムの建物部分は非破壊設定になっているのか、この狂気の回転にあっても破壊されていない。


私はそのデスローラーの前に立ち、片手を腰に当てる。

狙い通り、真上から降り注ぐ入場ゲートが、私の全身をすっぽりと飲み込んだ。














Tips ピッチングマシン

ピッチングマシンの種類は大きく分けて四つ、カタパルト式、ホイール式、アーム式、エアー式である。一般的なものはホイール式とアーム式であり、精度を保ちつつの限界は250km/h程度と言われていた。2010年代後半になって国内メーカーがエアー式のマシンを開発し、初速400km/hを達成している。

エアー式は耐久性や安全性などに優れ、次世代のピッチングマシンとして注目されている。



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