異世界考察・宗教
はじめましての人は、はじめまして。
クリントン大西と申します。
わたしの事などはどうでもよくて、宗教ですよ。
ま、異世界宗教です。
「いわゆる異世界ハイファンタジーっていったら”西洋風”なんだから、それはフツーにキリスト教ベースとかで、ええんちゃう?」
と一瞬なりますが、よくよく眺めると、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教──いわゆる”アブラハムの宗教”に代表されるような一神教を、異世界創作モノで出すってケース、意外に少なめです。
だいたいは、ギリシア神話的、北欧神話的、あるいは八百万の神のような多神教フォーマットを採用する場合が、ほとんどではないでしょうか。
なんせ多神教だと、死ぬほど俗物な……
いわば”人格的な”神様が、出しやすいですからね。
異世界転生時にチュートリアルかます女神とかね。
なにかと使い勝手もいいですし。
一神教にしちゃうと、どうしても非人格的な、万物超越的な、人類には理解不能な……もう見てるだけで全知全能感あふれるように描かなければならず、
(´・ω・`;)「……いや、そんなん無理やろ」
と我に返った末の、汎用多神教路線、採用。
もしくは「神? なにそれうまいの?」路線採用ではないのかな、と。
めんどくさい事は、ぼかしとくに限ります。
大人の社会の常識です。
我々よりずっと賢い政治家とかもやってるので、間違いありません。
かのスタンリー・キューブリックでさえ、
( ゜д゜;)「頑張ってみたけど……うん。無理やわ」
だったのですから。
撤退選択からの無難多神教チョイス。
もしくは最初から宗教ムッシングでも、なんら恥じることはないのです。
……その辺を百も承知で、古今東西の神話エッセンスを盛り込んだ、ラヴ・クラフトもびっくりの超絶・本格・完全オリジナル神話体系を立ち上げてみるのだぜ!──というのも一つのチャレンジとして”多少”興味深いのですが……
実はその辺の『挑戦』は、一九六〇年代〜一九八〇年代あたりまでのSFに連なる小説、マンガ、アニメなどで、かなり徹底的にやり尽くされておりまして。いまさら新たな鉱脈を発掘するとなると、これは相当な覚悟を要する、イバラの道となることが強く想定されます。
正直、その無限の頑張りを作品の娯楽力を高める方向に使ったほうが、きっと誰もが幸せな展開になるのかな、とか。
──とは申せ、創作とはつねに、新世界への挑戦。
たとえば光瀬龍先生の『百億の昼と千億の夜』とか、アルフレッド・ベスターの『虎よ、虎よ!』などを読んでなお、
(´ω`)「ぷひっ、楽勝やわ。ワイの考えた最強の神話体系で、そのふざけた幻想を以下略!」
ぐらいの自信が残るのであれば、きっとあなたは歴史級の天才ですので、そのまま突っ切ったほうが良いかも分かりません。
『魔王おじさん50』という連載小説を、なろうで連載中です。
( ゜д゜)「ちなみにまだ、神とかその辺の設定はフワッフワです」
(´ω`)「最初から変に固めると、あとで爆死するからね……」
( ゜д゜)「経験に裏付けされた、必殺のいいわけ!」