1章 7
きぃ姉は9年前まで、僕の隣に住んでいたお姉ちゃんだ。
すぐ隣に住んでいたためか、当時は佐倉家と霧切家は家族ぐるみの付き合いしていたらしい。
らしいと、言ったのは幼かったせいで、その頃の記憶は相当あやふやだったからだ。
後から母さんに聞いて、当時の写真が残っていたびっくりした。
「あらら、まぁ、まぁ、久しぶりね、絹ちゃん。
凄い美人さんになっちゃって。
最高よ!茜ちゃんと二人で並んだら、可愛いと綺麗の最強コンビの結成ね。さあ、二人とも芸能界に殴り込みよ。」
「お久しぶりです。麗おばさん。
長い間ご挨拶出来ずに申し訳ございませんでした。」
「もぉう、絹ちゃんったら、おばさんじゃなくて麗さんって呼んで、もしくはママが一番オススメ。」
「分かりました、麗さん。」
きぃ姉は母さんとのやり取りに疲れた様子で、短い時間でぐったりしている。
元々きぃ姉は、僕を家まで送り届けてくれるために、家までついてきたのだけどか、きぃ姉の事を憶えていた母さんは大喜びで捕獲してしまった。
母さんに絡まれてしまった事が、運のつきだと諦めて貰おう。
「絹ちゃん、今日はもう遅いから泊まっていきなさい。」
「でも、ご迷惑では?」
「そんな事ないわよ、ね?茜ちゃん。」
有無を言わせない母さんの笑顔の威圧に逆らう事が出来ずに、首を縦に拘束で振った。
きぃ姉はここには味方がいない事を理解して、諦めのオーラを醸し出しながら、母さんの提案を呑んだ。
「さぁてと、お泊まり決まりね。
じゃあ、湊ちゃんに絹ちゃんを一晩借りるねって連絡しなきゃ。」
「いえ、私だけが日本に帰国してますので、今はマンションの一室を借りて、そこに生活してますから連絡は不要です。」
そこまで言ってきぃ姉がしまったと、いう顔をした。
その言葉に母さんは、パァと顔を明るくした。
「そうなの!?
絹ちゃんの事だから防犯システムがしっかりしたところに住んでいるんでしょうけど、それでも年頃の女の子の一人暮らしは危ないから、一緒にこの家に住みましょう♪」
「はいぃぃ!?な、何言ってるんだよ!母さん」
「何って、絹ちゃんにこの家に住んで!ってお願いしてるの。
それに、絹ちゃんは小さい頃から知っているし、おしめも替えたし、お風呂にも入れた事もあるのよ。
つまり、絹ちゃんは私の娘同然!
茜ちゃんは絹ちゃんが我が家に来てくれるのは嬉しくなぁい?」
「嬉しいとか、嬉しくないの前に、きぃ…絹姉さんの都合もあるんだからさ、そんな簡単に言ったらダメだよ。」
「それもそうよね。
ママ、絹ちゃんに久しぶりに会えて、ちょ~とはしゃいじゃったわね。」
そうだね、母さん少し落ち着いて。
少し反省した様子を見せた母さんは、絹姉さんに両手を合わせて謝った。
「いえ、気にしないでください。
娘同然と言われて、私も嬉しかったですから。」
「やっぱり、家に住む?」
「か、あ、さ、ん?」
「いやん♪茜ちゃん怒った顔も可愛い♪」
ダメだ、こりゃと顔をしながら絹姉さんは深いため息をついた。
その後、絹姉さんと母さんと三人で晩御飯を食べた。
絹姉さんは、料理の美味しさに目を輝かせて口元が緩んでいた。
本人は必死に隠そうとして、何でもないような表情をして、急がず慌てず行儀よく食事を続けていたけど、食べ物を口に運んだ直後は一瞬だけ幸せオーラが顔を覗かせている。
きっと尻尾があったら、千切れそうな勢いで、ブンブン振っているんだろうな。
でも、確かに母さんの作った料理は美味しいけど、ここまで過剰反応するなんて、普段はそんなにいい物食べてないのかな?
母さんも絹姉さんのそんな態度をニコニコ笑ってご満悦だ。
「茜ちゃん、絹ちゃん」
食事が終わった後、お茶を飲みながら、一休みしていると何かの冊子を持ってきて机の上に広げた。
その内容は、写真に貼り付けられて、タイトルとコメントが書かれている、すなわち、これは我が家のアルバムだ。
母さんの開いたページには、見た目が幼い二人の女の子が多く写っているページだった。
一人は小さい頃の僕、もう一人の黒髪ショートカットの女の子は小さい頃の絹姉さんだ。
一緒にご飯を食べているところ、一緒お昼寝をしているところ、泣いている僕の頭を絹姉さんが撫でているところなど、色々の思い出が写真として残っている。
「こう見るとあの頃を、鮮明に思い出せますね。懐かしい気分にさせられます。」
「僕なんて今日の今日まで全然憶えてなかったし。」
「ママなんて、昨日の事のように憶えているわ。
絹ちゃんは、『私はお姉ちゃんだから、あーくんの事は任せて!』
って言って、茜ちゃんの隣を離れようとしなかったわよね。」
「弟か、妹が欲しいと思ってましたから。」
「それで、あの頃の茜ちゃんはママよりも絹ちゃんになついていて、きぃ姉は?きぃ姉は?って聞いていきて、正直ママ絹ちゃんにジェラシーだったんだから。」
「え、そうだったの?」
「そうよ!あまりに仲良すぎて、湊ちゃんなんて許嫁にしようか、なんて言い出すし!
ママはまだ茜ちゃんにそういうのは早い、まだまだママが甘やかすんだから。」
僕も許嫁とか婚約者とかは早いという意見には同意するけど、母さんは母さんで一刻も早く子離れして欲しいんだけど。
僕ぐらいの歳なら彼氏彼女は当たり前にいる。
というか数十年前に、結婚年齢が引き下げられて、中学校を卒業をした満十五歳の男女は婚姻を認められるようになった。
極々少数だけど、僕の学年にも夫なり妻なりがいて、家庭を持っている人だっている。
結婚は気が早いけど、彼女は欲しい。
「僕はいつになったら、女の子と付き合っていいの?」
「大丈夫、ママがちゃんと素敵な人を見つけてあげるから。
あ、そうだ!絹ちゃん、茜ちゃんと結婚する?
絹ちゃんなら茜ちゃんのお嫁さんになる事を、ママが手放しで認めてあげる!」
「ぶっ!!ゴホッゴホッ。」
アルバムを見ていた絹姉さんは、母さんのお嫁さん発言に、おもいっきり吹き出した後に咳き込んだ。
「う、麗さん、いきなり何言い出すんですか!」
「あれ?絹ちゃんは茜ちゃんの事嫌い?」
「そういう問題じゃありません!」
「もう、そんなにカリカリしちゃ、お肌に悪いわね。」
「誰のせいだと思っているんですか!」
「ほ~ら、絹ちゃん、これでも見て落ち着いて。」
母さんは懐から複数枚の写真を取り出して、絹姉さんの前に掲げた。
その写真に、絹姉さんは目を釘付けになって、夢中になっている。
「母さん、何を見せたの?」
「ママの自慢の逸品、一番のお気に入りなのよ。」
絹姉さんの後ろに回って、夢中になって見ている物を覗くと、全て僕の写真だった。
メイド服を着た僕、お姫様の格好した僕、ケーキ作りでクリームを顔につけた僕、あどけない顔で寝ている僕、気持ち良さそうにお風呂に入っている僕、などど僕にとって恥ずかしい写真のオンパレードだ。
「か、回収!!強制回収!!」
絹姉さんの姉さんに手の中にある写真を奪い取り、細切れになるまでビリビリに破いた。
こんな物は世に残してはいけない。これが流失したら、普通に死ねる。
「あぁ、勿体ない。」
「大丈夫よ、ネガはちゃんと残っているから、いくらでも複製は出来るわよ。」
「後でこっそり貰えますか?」
「じゃあ、後でママの部屋に来てちょうだい。」
「二人とも、本人の前で内緒話をしないでくれるかな?」
母さんはいつも通りだからいいとして、まさか絹姉さんがこんなに悪ノリをするタイプとは思わなかった。
なんかどっと疲れてしまい、心からため息をついた後に顔を上げると、母さんが別の写真を取り出して絹姉さんに見せていた。
「ねぇねぇ、絹ちゃん、こんな写真もあるんだけど。」
「まだあるんですか!?是非見せてください。」
「二人とも、いい加減してよ~!! 」