1章 5
朝からなんだかんだ色々あって踏んだり蹴ったりで、凄く疲れた。
やっと一日の授業が終わって、放課後になってくれた。
「えーと佐倉君、また明日ね。」
「うん、バイバイ葉山さん。」
今、僕に帰りの挨拶をしたのは、葉山愛莉さん。
彼女は僕の隣の席に座る事になった娘だ。
眼鏡にみつあみおさげ、由緒正しいというか、ほぼ絶滅危惧種となりつつある委員長スタイルとは実に珍しい女の子だ。
まだ2日目で、よく分かっていないけど、性格は真面目で礼儀正しく物知りで、なんというか率直に言うと僕は結構好みだ。
あんな素敵な女の子とお付き合い出来たら、凄く楽しい学生生活を送れるんだろうと、想像してしまうのはご愛嬌という事で一つ。
さて、僕も早く帰ろうかな。
「茜、どこか遊びに行こうぜ。」
「なら、ついこないだ新しい喫茶店が開いたみたいなんだが、評判がいいみたいだから行ってみないか?」
「おい、信、昼間あれだけ食っておいて、まだ食うつもりかよ。」
後ろを振り向くと、清尊と信が遊びに誘いやってきた。
そういえば卒業から入学の準備やらなんやらで、少しゴタゴタしていたから二人と遊びに行けなかったなぁ。
久しぶりに二人と遊びにいくか。
「うん、いいよ。
でも、その喫茶店に行くのはいいけど、少し時間を空けて欲しいな。
まだお腹空いていないし。」
「茜は燃費がいいから仕方がないか、なら茜、清尊どこに行くか?」
「んー、そうだな、ゲーセンでも行くか?」
「「異議無し。」」
「ほんじゃま行くか。
茜、今日こそリズムゲー勝たせてもらうぜ。」
「無理じゃない?清尊そんなにリズム感良くないじゃん。」
「清尊はこの分格ゲーの腕が化け物レベルだからな。
俺なんて茜や清尊みたいに得意なゲームがないから正直羨ましいよ。」
鞄に荷物を全部入れて、二人と一緒に教室を後にする。
さぁてと、今日も楽しく激しくリズムを刻みますか。
「じゃあ、気をつけて帰れよ。」
「わかっているよ。」
ゲーセンで遊び尽くして、喫茶店に寄った後解散となった。
久しぶりのゲーセンだったせいか、清尊から格ゲーで一回だけ勝ちを拾う事が出来た。
といっても十回戦やりあった中のたった一回だけ、それでもかなりの大金星だ。
だって清尊のスティック捌きは変態的だもん。
大体、世界的有名格ゲーコンテンツのランキングハイランカーに本気で勝ち越す事が出来ると思う?
長年の経験で清尊が何をしてくるかは大体想像つくんだけど、向こうの動きに対応しきれずに、途中までは善戦出来ても最終的にボコボコされる。
けど、その分僕の得意フィールドであるリズムゲーでは決して負ける事はありえない。
絶対者の如く圧倒的な実力差を二人に見せ付けてやった。
余りにも圧倒的過ぎて、テンションが上がってしまって『フハハハハハハッ!!』と、いつものしないような高笑いをするキャラになってしまって、プレイ終了後かなり注目されていて、急に恥ずかしくなって赤面して、その場からこそこそ逃げてしまった。
「いぃや、分かってない。
お前どんだけ変質者につけられたり、襲われたり、拉致られそうになったりしたか忘れたのかよ。」
「間一髪の場面で俺達が助けた事も、何度もあったよな?」
「う、それはそうだけど。」
この見た目のせいで、変質者からの被害を結構受けている。
もう変質者に遭遇しても、またか、と気持ちになり、凶器を持っているとか死の危険を感じないと、身構えるとか、恐怖で動けなくなるとかもうしなくなるくらい遭遇し過ぎている。
「だから監視カメラの多い表通りをなるべく通っているし。」
「防犯ブザーは?」
「最新式を母さんに持たせられているよ。」
「まぁ、一応は安心か。でも茜だからな。」
「警察もマークするくらいの変質者ホイホイだからな。」
「実際に茜に目をつけた奴はもれなく全員御用になっちまったから、変質者ホイホイっていうのは正しい例えだな。」
「人を誘蛾灯みたいに言わないでくれる?」
「はは、わりぃわりぃ」
「今度何か奢るから許してくれ、でも高過ぎるものはダメな。」
「しょうがないな。」
馬鹿話をしながら帰っていると、別れ道にやって来た。
清尊と信にまた明日と、手を振って別れて、二人とは別の道に別れて帰り道を歩いていく。
僕と二人は家が離れてていて、清尊と信の家は隣同士で、ここからは一人で帰らないといけない。
別に夜だから怖いとか、幽霊が怖いとかじゃない。
だってここからの道は人通りの少ないカメラが極端に少なくなる裏道を通って帰らないといけない。
大体この道で、実に半分以上の割合で変質者に遭遇している。
それに早く帰らないと、母さんが心配してしまう、いや既にしている。
SMESに母さんからの着信とメールが結構の数が入っている。
相変わらず子供扱いして、と思いつつ母さんが心配してくれる事が嬉しく思ってしまう辺り、僕は母さんの事が大好きなんだろうな。
もうすぐ帰ると、母さんにメールを送ると、絵文字満載で嬉しさを表現したメールが返ってきた。
それにしても、もう春とはいえ夜はまだまだ冷える。
そう、冷えるとは、さすがに寒すぎる。
体の外から来る寒気で冷えているような感覚ではなくて、体の中に直接冷たい何かが入り込んでくるような感じで、いくら体を擦っても、カイロでも暖かくならない。
むしろ一歩ずつ前に進むたびに、体の底から広がる不可解な寒気は収まるどころか強くなってきている。
怖くなって、さらに歩を早めようとした時、僕の耳に変な音が聞こえてきた。
水分を多く含んだ湿ったような音。
近づくたびに、その音は大きくなり、良く聞くと『クチャ、クチャ』とまるで何か咀嚼しているような音だった。
どうしよう、咀嚼音らしき音が響いてきているのは、僕の進行方向からだ。
冷や汗が止まらず、息が荒くなって心臓が痛くなる。
それ以上先に進みたくない、取り返しのつかない事になると、本能がガンガン告げている。
でもこの音の正体を何か確かめないで、正体の分からない物に苛まされ続ける事も避けたい。
僕の怖いという思いから生んだ妄想だとして安心したい、という気持ちも強い。
そしてとうとう音の発生源のところまで来てしまった。
そこにはいたのは、黒い獣の影だった。
全身に覆われた針のように鋭い黒い体毛に、鋼鉄さえも簡単に引き裂いてしまいそうな大きな爪を携えた足が前と後ろに二本ずつに、柔らかさの欠片も感じない鈍器のような尻尾、僕知っている動物に当て嵌めるのなら狼に一番近い化け物が何かに覆い被さっている。
直ぐ近くまで来た僕には一切反応を示さず、何かを一心不乱に貪り喰らっている。
狼のような化け物が態勢を少し変えた瞬間、貪り喰らっているものの姿がチラッと見える。
それはズタズタになった肉塊だった。
「ッ!!!!」
余りの光景に悲鳴を上げるのを、なんとか堪える
もし気が付かれたら、次は僕が無惨な姿に成り果ててしまう。
次から次へと込み上げてくる強烈な吐き気を堪えながら、少しの音も立てずに慎重にゆっくりと後退りして行く。
もう少しで化け物の姿が見えなくなる辺りで、気が付かれなかったことに安心して緊張の途切れてしまった僕はとんでもない失態をおかしてしまった。
ポケットに入っていたメダルゲームに使う銀色のメダルが、ポケットから零れ落ちた。
キィン、と鳴り響く鉄の反響音に化け物の耳がピクリと反応した。
『しまった!!不味い、気付かれた!!』
そう思うと同時に化け物がこちらに振り向いた。
その顔の輪郭は確かに狼に似ている。
でも違う、あれは狼じゃない、化け物だ。
だって目も鼻も無く全て真っ黒で、ダガーナイフのような牙を並ばせた異常なくらい大きく裂けた口から唾液を大量に滴らせている。
「ヴオオオオォォオアォォオアアァァァアア!!!!」
完全に僕の存在を捕らえた化け物は、この世の物とは思えない唸り声に体も精神を麻痺して、座り込んだまま動けなくなった。
「カッ、ハァア!」
声が出ない、助けを呼べない。
呼んだところで一体誰が助けてくれるって言うんだ。
動けない僕に大口を空けて化け物が迫り来る。
荒々しい吐息が耳に直接響いた事に総毛立ち顔を上げると、化け物の牙から滴り落ちる唾液が顔を濡らす。
美味しそうなご馳走に出会ったように、嬉しそうに口を歪ませる。
さらに口を人間一人丸呑み出来るくらい大きく裂けさせた。
その牙が僕の髪に触れた時、僕は死を覚悟した。