1章 4
入学したてのおかげか、授業とは名ばかりのオリエンテーションで午前中の日程が終了し、昼休みとなった。
周りは家から持ってきた弁当や通学途中に買ったコンビニ弁当を取り出し、SMESを弄りながら食べたり、早くも仲良くなった者同士や同じ中学の者同士で教室で昼食を食べていた。
中には既に学校食堂に向かって、既に教室にいない者もいる。
今日は僕も学食に行くつもりだ。
母さんが作りたいと、ごねたが丁重に拒否させて貰った。
初日だからと、いう理由で変なところに力を入れて、桜デンプンでご飯の上にハートマークを書いたり、僕の予想もつかない物をモチーフにしてキャラ弁を作ったりとか本気でしかねない。
というか、絶対にやるだろう。
それで『ママ凄いでしょう!』『茜ちゃん喜んでくれた?』とか家に帰ったら真っ先に聞いてくるに違いない。
まるで褒めて褒めてと飛びかかってくる大型犬のように。
「茜姫、恒例行事といえ朝から大変だったな?」
その声に反応して振り向いたと同時に、何かが飛んできたから慌ててブツをキャッチする。
キャッチした物は小さいサイズの缶ジュースだった。
「いきなり投げないでよ。清尊危ないだろ。
もし僕がキャッチどころか反応出来なかったらどうする。」
「ほら、それは姫の事を信頼してるって訳で、な。」
「しょうがないなぁ。」
取り敢えず注意をしたが、悪気ないおどけた態度の友人も暖簾に腕押し状態で堪えた様子はなし、つまりいつも通り。
まぁ、いいか、僕も別に怒っている訳じゃないし。
「茜、今日は弁当か?」
「いや、学食にいく予定だけど。」
「はぁ?!なんで?
おばさんが弁当作らなかっ、いや、それはないな。」
「だから僕が断った。」
「何でよ。おばさんの作ったメシは激ウマじゃないか。
確か昔は調理師を目指してたんだっけ?」
「分かるだろ?本気を出した母さんの弁当箱を学校で開けたくない。」
そういうとは少し友人苦い顔した。
多分、あの時の惨状を思い出しんだろう。
「ハート満載の弁当か~、確かに味はともかく人前では遠慮したい。」
「分かってくれた?」
「あぁ、充分な。」
何故ならこいつは去年母さんに弁当を作って貰った事がある。
そして、その日昼休みに弁当箱の蓋を開けたのだ。
当時付き合っていた彼女の前で。
中身はハート満載の可愛らしい弁当、浮気していると誤解されるには十分過ぎる程の物的証拠だ。
しかも、当時付き合っていたは話をあまり聞かない思い込みの激しいヒステリックな女の子だったらしく、言い訳すら言わせて貰えず、泣かれ、喚かれ、その場で破局。
昼休み前は、彼女を連れて楽しそうに教室を出ていったのに、昼休みが終わって帰ってきた時は両頬に大きな紅葉をつけて軽く項垂れていた。
『振られけど、メシは旨かった。』
全ての事情を聴いた後、そう呟いたこいつを見て、本気で母さんが余計な事してすまないと心の中で謝った。
自分から母さんに頼んだとはいえ、当時のこいつは母さんに怒ってもよかったと今でも思っている。
「了解、じゃあ信に席取っとけ、って連絡するわ。
多分あいつ今日も弁当なくて学食いるだろうし。」
そういえば説明してなかった。
こいつの名前は伊藤清尊で小学生の時からの幼なじみだ。
スラッとした高身長に甘いマスクをしている。
こいつはモテる、物凄くモテる。
見た目格好良さで人を惹き付けるだけではなく、勉強も運動も高い実力を持っている。
完璧なスペックに加えて、コミュニケーション能力も高く、直ぐに誰とでも友達になれるため、僕の知らない友達もかなりいる。
盛り上げ上手で、細かい気配りが出来るけど、楽しむ時は子供のようにはしゃいで、その上悪戯好き。
そんな性格のギャップに世の女の子達は女心を刺激されるのかな?
そうこうしているうちに、食堂についた。
出遅れたせいもあって、食堂はごった返っていた。
券売機や受け取りカウンターには行列になっていて、席もほとんど埋まっていて人の多さに酔ってしまいそうだ。
正直人混みは苦手なんだよね、身長が小さいから直ぐに人混みに流されて迷子になってしまう。
小学生に間違えられて、迷子センターに強制連行からの迷子のご案内放送という羞恥プレーのコンボに何度SAN値を削られた事か。
「おーい!茜、清尊!こっちだ!」
奥の方から僕と清尊を呼ぶ声が聞こえてきた。
声のする方に行くと、がたいがいいというか少し太った大男がいた。
これが信、木下信春で清尊と同じで小学生の幼なじみだ。
贅肉という名の脂肪が目立つが、不細工とか不潔とかではなく大福様のような手を拝みたくなるような優しい容姿をしている。
「悪いな、信。
席を取って貰ってよ、新入生が一人で数人掛けの席を占領してたんだ、上級生の視線がさぞうざたかったか?」
「まぁ、確かに何一人で占領しているんだ?という視線は何度も向けられたけど、二人のためにも譲る訳にはいかないしね。
気付いてないフリを貫いたよ。」
「ありがとう信、けどさぁ、これは何?」
机の上には既に料理が配膳されていた、しかも三人分。
麻婆豆腐定食、カツ丼、ビーフシチューが置かれている。
「信、あの糞長い行列に並ばんでいいのは正直ありがたいがよ、そこはせめて俺達の意見を聞いて注文しろよな。」
「そうだよ。信、清尊の言うようになんで勝手にするかな。」
「そこは心配いらないぞ?
昨日この学食のメニューの半分を制覇した結果、俺のオススメのチョイスしたから是非とも食ってくれ。」
昨日一日で学食のメニューの半数を食べるなんて、相変わらずの大食漢、さすがは浜波のグラトニーモンスターという異名で、浜波中の飲食店、特に大食い早食いチャレンジをしている店を震え上がらせているだけの事はある。
「信のチョイスなら間違いはないけどよ。取り敢えず食おうぜ茜。」
「そうしようか、それと信、これ代金。」
僕と清尊は信にお金を払うと、信はお金を受け取ると麻婆豆腐定食を僕の前に、カツ丼を清尊の前に置いた。
つまり、これかオススメであると。
「いただきます。」
「おお、旨そうだな。」
「旨そうじゃなくて、旨いぞ。」
れんげで麻婆豆腐を掬って口に運ぶ。
まず感じたのは辛い、凄く辛い、額だけじゃなくて全身から汗が吹き出てくる。
けど圧倒的な辛味の中で強く深い旨味が主張してくる。
そして白米をかきこむ。
白米をかきこんだところで、少し薄れてきた辛味が物足りなくなり、再び麻婆豆腐が欲しくなり口に運ぶ。
そしてまたやってくる圧倒的な辛味と旨味の二重奏。
最高に美味しい、これは病みつきになる。
清尊の方を見ると、一心不乱にカツ丼を貪るようにかきこんでいる。
僕も清尊も麻婆豆腐とカツ丼の味に虜になり、器が空になるまで無我夢中で食べ続けた。
「いや~、旨かった。満足満足。」
「そうだね。ただの学食だからって少し甘くみていたかもしれないね。これ絶対に有名人気店レベルだよ。」
「そりゃあ、こんだけ混むのも納得だわな。」
「調べたけど、十数代前の生徒会長が相当の食道楽だったらしくて、当時閑古鳥が鳴いていた学食を憂いて、学食の改革を独断で断行したって話みたいだよ。」
「どこにでも物好きっているもんだな。」
清尊の言う通り物好きなのは認めるとして、食道楽って、信は人の事は言えないだろう。
食べるだけじゃ飽き足らず、店で食べたものを再現しようと思うところまでいってしまった奴に、その会長さんも言われたくない。
今だってさっきまでビーフシチューを食べていたのに、今はホイコーローを食べていたし、ビーフシチュー以外にも空になった器が他にも4つもある。
どれだけ食べる?そして信の胃袋は牛みたいに複数あるか、強力な浄化装置でもついているのか。
「会長で思い出しけど、茜は会長と知り合いなのか?」
僕が清尊から貰ったジュースを飲みながら一服していると、信がそう尋ねてきた。
「それが分からないんだよ、いや、憶えてないって言った方が正しいかな、どうやら昔会った事があるみたいみたいなんだよ。」
「へぇー、そうなんだ。」
いつまで思い出せないのは霧切会長に失礼だよな。
早めに思い出さないといけな……ハッ!!
「もしかして二人共今日の朝の見てた?」
「「もちろん見てた。」」
「なんで助けてくれなかったんだよ!?」
「面倒臭そうだったし。」
「入学当初から先生に目をつけられたくない。」
「友達なのに完全に切り捨てにかかった!」
「「悪いと思うが、俺達も自分の身が一番可愛い。」」
「むしろ清々しい。」
本当にやばかったら、助けてくれるのが分かっているけど、なんか納得いかない。
昔からだよね、危険性が弱い事はほとんどがスルーするのは。
男の子からの告白とか、男性からのナンパとか、女の子から着せ替え人形されるとか、他にも色々あるけど酷い目にあった事何度もある。
「けどさ、茜、本当に昔の知り合いなら俺達と会う以前の知り合いって事になるよな?」
「という事は小学生になる前、保育園に通っている時になるなぁ。」
「うん、そうとしか考えられないけど、本当に身に憶えがなくて、何かとっかかりが欲しいよ。」
「霧切先生にヒントくれなかったのか?」
「それっぽいのはないも。」
うーん、と三人で考えるが答えが出そうにない。
やっぱり霧切会長に直接聞くのが速いけど、本人に貴女と僕の関係って何でしたっけ?なんて聞くのは不謹慎というか、心がないというか、僕なら知っている人に君誰?なんて聞かれたら、最悪無表情になって、ツゥーと一筋の涙を流すしてまうかもしれない。
「可愛いじゃん、新入生、先輩として色々教えてあげちゃおうか?」
「マジで可愛い、つーかこの娘、野郎の服着てんの?」
「ちなみに拒否権はないから。」
まさにDQNの見本みたいな三人組の先輩がちょっかいをかけてきた。
こういう面倒があるから人が多いところに行くのは嫌いなんだ。
「いや、結構です。」
「学校以外にもいいとこいっぱい知っているし、俺と遊ぼうぜ。」
「おいおい、抜け駆けすんなよ。」
「こんな可愛い娘ちゃんはそうそういねぇんだから、独り占めしようすんなよ。」
「せっかくだし、男もんの服じゃなくて、色気のある可愛いの着て貰おうぜ。」
「いや、だから結構です。」
「そうつれない事言わずにさぁ、俺等についておいでよ。」
DQN先輩が僕の腕を無理矢理掴んで連れていこうとする。
そこでとうとう我慢出来なくなった二人が先輩達の止めに入る。
「先輩、少し空気読めてないんじゃないんスか?」
「俺達が先にメシに食っているんで遠慮してくれますか?」
二人の乱入に先輩達は明らか不機嫌に顔になった。
せっかくいいところで邪魔が入ったと、筋違いな勘違いをして、まるで顔の近くで飛び回る羽虫のように二人を見る。
「後輩の分際で俺等に楯突いんてじゃねぇーよ。」
「少し顔がいいからって、生意気なんだよ。」
「デブは黙って出荷されろや。」
「年功序列って知ってる?クソガキは大人に従うのは一般常識なんだよ。」
「「あ?」」
あ、やばい二人がキレた。
「大した経験もないのに、よくもまぁこんなデカいをとれるなんて、俺ならとてもじゃないけど、恥ずかして恥ずかして真似出来ないわ。さすが先輩、尊敬出来ないスよ。」
「清尊に同意だね。
少し大きな声を出せばビビると思っている時点で頭が悪い。
先輩達偏差値低いじゃないんですか?」
「ナンパなんかやっている暇があったら、勉強したらどうッスか?」
「まぁ、今さら勉強しても遅いでしょうけど。」
「「「あ?」」」
先輩もキレた。マジでやばい。
「ナマ言ってんじゃねーぞ!クソガキ共!」
「痛ぇ目見ねぇと分かんないようだな!ただで済ませねぇぞ!」
「今さら謝っても許して貰えると思うなよ!」
「上等だ!喧嘩は数じゃないと教えてやんよ。」
「デブが弱いと思ったら、大間違いだ!」
このままじゃあ、殴り合いなってお互いに血を見るまで終わらない。
周りの人達もさすがにただの言い合いじゃないと気がついて、ザワザワし始めた。
お互いに臨戦態勢になって、闘争心や緊張感で空気がジリジリする。
長い睨み合いに先に焦れた先輩達が、殴りかかろうと腕を振りかぶろうと、拳を振り上げた。
見ていた女子生徒から悲鳴が上がった、その瞬間。
「双方、そこまで!!
これ以上の暴挙は私が許しません!」
その声に清尊、信、先輩達に僕を含めたこの状況を見守っていた全員が動きを止めて、声の主に注目した。
声の主は浜波第一高校の生徒会長、霧切絹恵だった。
「何が原因でこうなったのかは分からないけど、学内での暴力行為は禁止されているわ。
今なら未遂だったから、今回の件は私の中で閉まっておくから解散ししなさい。」
「はぁ?会長さん、それは無理だね。
ついこの前まで中坊だったガキにコケにされてんだ!このまま引き下がれるか!!」
「くだらないプライドね。その程度でカッカする方が器が小さいわよ。」
「知るかよ!そのガキをぶん殴らないと気がすまねぇ!」
「どけやコラァァァ!クソアマ!!」
先輩達が狙いを霧切会長に変えた。
そして先輩の一人が霧切会長に殴りかかったのを見て、一瞬で相手の懐に入り込んだ。
突然自分の前に現れた事に怯んだ相手は、体制を崩してよろめいた。
「なっ!」
霧切会長はよろめいた足を足払いして先輩を転ばせた。
転ばされた先輩は咄嗟の事で、受け身をとれる事が出来ずに、かなり派手に頭を床にぶつけてしまい、頭を抱えて床をゴロゴロ転がっていた。
「会長、てめぇ!お前は暴力行為はいいのかよ!」
「生徒会執行部と風紀委員には指導のためなら、怪我を負わせないレベルでの実力行使も許されているのよ。知らなかった?」
転ばされた先輩はやっと痛みが引いたのか、他の先輩の肩を借りてやっと膝をつきながら立ち上がった。
「分かったなら、大人しく教室に帰りなさい。」
「ちっ!お前等ずらかんぞ。」
「ああ、こんなん割に合わねぇよ。」
「覚えていろよ、ガキ共。」
先輩達は割り方テンプレの捨て台詞を吐いて学食を出ていった。
出ていったのを確認すると、霧切会長はパンパンと手を叩いた。
「さぁ、皆くだらない見せ物はおしまいよ。
乱暴な事は起きないから安心して、もう戻りなさい。」
その声に『さすが会長。』『会長に楯突くとかバカな奴だよな。』『クールな感じが堪らない。』『会長があんなに強いなんて、格好いい。』とか霧切会長を称えるような言葉がちらほら聞こえてくる。
そして彼女が少し言い含めただけで、皆安心したように、いつも通りの昼休みに戻っていくなんて、本当に人望あるだ。
「本当に君はトラブルメーカーね。」
「そう言い方はないのでないですか?否定は出来ませんけど。」
本当に酷い言い様だ、と思うけど自分でも行ったように否定出来ないよね。今回のトラブルの火付け役は言い訳の余地もないくらい僕だ。
「君達も友達を守るためとはいえ、暴力に訴えかけるのは減点よ。
いくら正しい事でも正しくない事をすれば、帳消しされてしまう。
それに君達が佐倉君のために処罰されたら、一番傷付くのは佐倉君よ。それが分かっている?」
清尊と信はバツが悪い顔をした。
自分達が間違えていたと気が付いて、とんでもない事した、茜に悪いかったと二人の顔にそう書いていた。
「すんません、考えが足りてなかったです。」
「次からもっと考えて行動します。」
「分かれば、それでいいの。
やるなとは言わないけど、もっと方法を考えなさい。」
やってもいいんだ、つまりやるなら証拠を残すなって事を言ってるのかな。
実は結構過激的な人なの霧切会長?
「それじゃあ、三人共午後の授業に遅れないようにね。」
そう言うと彼女は踵を返すと、僕たちの前から去っていった。
僕はあんな凄い人と幼なじみって本当なのかな?