1章 2
「茜ちゃんー!朝よ!起きてご飯食べちゃいなさい。」
居間にいる母さんの目覚ましの声で、僕は半覚醒状態からエンジンをかけ始めて、むくりとベッドから半身を起き上がらせた。
「はぁ~~、学校行きたくない。」
我ながら起床してからの第一声が随分とネガティブなのは、どうしたものかと思うが、残念ながら偽らざる本音なんだから仕方ない。
それでも行かなければいけない。
両親に学費を払って貰っているしね。
ちゃんとした教育を受けて欲しいという、親の愛情が分からない程子供じゃないし、僕の将来にも期待してくれているのも知っている。
親の愛情と期待に応えたいと思うくらいには、両親の事は尊敬しているし、大好きだ。
「あ~か~ね~ちゃ~ん」
「聞こえるよ、母さん
顔洗ったら、そっち行くから」
はいはい、という母さんの返事を聞こえ来た。
ゆっくりと残り半分をベッドから引き摺りだして、その足で洗面台のある部屋まで、寝惚け眼でフラフラしながら向かう。
洗面台の前まで着いて、蛇口をひねり冷水でバシャバシャ顔を洗うと、やっと目が覚めてきた。
濡れた顔をタオルで拭いて、顔を上げると鏡には当たり前だけど、僕の顔が写し出されいる。
かなり整った可愛らしい顔、流れるような髪、どこからどう見ても女の子にしか見てない。
「これが自分の顔じゃなかったら、素直に可愛いと思えるんだけどなぁ、贅沢な悩みなのかなぁ。」
誰に言った訳でもないし、返事がかえってくる訳でもなし、ただの独り言。
さてと、そろそろ机につかないと、母さんが待ちくたびれてここまでやってくる。
我が佐倉家では、ご飯は皆で、が一番強いルールだ。
母さんは律儀に僕を待ち続けてくれているから急いで、母さんのいる居間に向かおう。
「おはよう、茜ちゃん。
よく眠れた?そして今日も可愛い!ママ嬉しい。」
「おはよう、母さん。学校に行かないといけないと思うと気が重いよ。それと可愛い禁止。」
「もぉ!茜ちゃん、ママの事はママって呼んで、って言ってるでしょ?昔はママって呼んでくれたのに。
今日のコンソメスープだけど、パンとご飯どっちにする?」
「いつの話をしてるの?高校生になって、ママはさすがに恥ずかしいよ。ご飯で。」
「ご飯ね~、ちょっと待っててね。」
母さんは朝食の仕上げをするために、台所に小走りで消えていくのを見送り椅子に座った。
軽いウェーブのかかった長い髪が楽しそうにフリフリ揺れているのが、台所からチラチラ見える。
母さんはすごく子煩悩で世話好きだから、僕の世話を焼くのが嬉しいんだろう。
佐倉麗それが母さんの名前だ。
名は体を表すとは、よくいったもので非常におっとりマイペースな人で、いつも笑顔で怒っている所を見た事はない。
涙もろいから、よくテレビドラマをみて泣いてるけど。
性格も体も母性溢れる感じで、老若男女分け隔てなく優しく暖かく接している事と、小走りするだけで揺れる大きな乳房をしている事で、近所では浜波の聖母様と呼ばれている。
「あらあら、うふふ。」なんて台詞を素で言う人なんて、僕は母さん以外に見た事がない。
「茜ちゃん、ママの愛情ご飯が出来ましたよ。さぁ食べましょう。」
母さんの明るい事とともに、机の上朝食が並べられていく。
今日のメニューは、白米(母さんは食パン)、スクランブルエッグ、カリカリウインナー、コンソメスープ、ヨーグルト。
控えめに言っても、パーフェクトだ。
「いただきます。」
「どうぞ召し上がれ。」
4月なんてまだまだ寒いとりあえず暖まりたいし、スープから食べよう。
ずずっ、と口に含むとコンソメの強い味と風味の中に優しい野菜の甘味が、口一杯に平がる。
美味しい。それに暖まる。やっぱり母さんの料理は美味しい。
一気にスープを食べ干して、ふぅ、と息をつくと視線を感じるから、顔を上げると、案の定母さんがニコニコ顔でこちらを見ていた。
「美味しかった?おかわりいる?」
「美味しかった。おかわり、半分くらいでいいよ。」
。
器を渡すと、すぐに近くに持ってきておいた鍋からスープをよそって僕の前に置いてくれたのち、母さんも朝食に手をつけ始める。
特に喋る事なく、母さんと朝食を食べていると、ふいに母さんがはなしを振った来た。
「茜ちゃん、どうしたの?
あまり顔色がよくないけど、風邪でもひいた?熱ある?
今日は休んで、ママがあーんから添い寝までしっかり看病しなくて大丈夫?」
さすが母さん、僕が気分が優れない事に気がつくなんて。
休む程じゃないし、ここでちゃんと拒否しておかないと、本当におはようからおはようまで、付きっきりの看病をやりかねない。
「体調なら大丈夫だよ。
入学して二日目で学校休みたくないし、ちゃんと行くよ。」
「それならなにか心配事でもあるの?」
「いや、だってさ、またこの時期が来てしまった。しかもだよ、学校替わったから、より増えそうで。」
なにが?みたいな態度をとらないでくれるかな?母さん。
原因の一端は母さんにもあるんだから。
未だに僕が何に頭を痛めているのか、分かってない母さんに軽くイラッとする。
はっきり言わないと分かんないかな、はっきり言いたくないんだよこっち、見たくない現実を直視しないといけないから。
「だから、男の子からのお付き合いの告白が増える時期だから憂鬱なんだよ!」
「あらあら、そうなのね。仕方ないわよ、茜ちゃん可愛いから。」
「その褒め言葉は嬉しくない!それに男の子だよ」
「……そうよね、茜ちゃんは男の子だもね。」
「何今の間!?」
「ママ嬉しいわ、皆が茜ちゃんにメロメロなんて。
でも、そうよね、こんなに可愛いかったら、放っておかれるなんて絶対ないものね。」
正直放っといて欲しいよ。
昔と比べて、同性愛が当たり前の世の中になったとはいえ、僕は普通に女の子が好きだ。
女の子にしか見えない容姿と声のせいで、多くの男の子からは恋愛対象に、女の子からは女友達みたいな感覚で対応される。
素で男の子だと忘れられて、女の子にトイレに誘われた時は泣きそうになった。
「だいたい僕が女の子に間違えられる原因の一つは名前だよ。
茜って、どう考えても女の子の名前だよね?
もっと男の子らしい名前つけてくれなかったの!」
「ん~、それは元々ママは女の子が欲しくて、いえ女の子が産まれてくると決めてつけて、女の子の名前しか考えてなかったの。」
「考えたなかったって、」
「でも、結果オーライね。
茜ちゃんがこんなに可愛く育ってくれただもの。
やっぱり女の子らしい名前をつけたから可愛い育ったのかしら?」
「だとしたら、男の子らしい名前をつけて貰って、格好良くなりたかったよ。今からでもいいから、せめて身長160は超えたい。」
「それはそうね、ママも秋紘さんも背は高いから、茜ちゃんも同じように身長が高くなると思っていたけど、遺伝も100%じゃないし。」
突然母さんが顎に手を添えて、考えるポーズをとった。
長年のカンで分かる、どうでもいい事を考えているに違いない。
「背の高い茜ちゃんか、……全然ありね。
きっと美人さんになるに違いないわ。ああ、どうしましょう。」
ぼそっ、と呟かれた母さんの独り言が、予想通りどうでもいい事だった事に心の中でため息をついて、僕は茶碗に残ったご飯を無心でかきこんだ。