1章 18
(はぁ~、随分と厄介な状況に追い込まれたわね。)
ふ
私は復活した邪なるものと対峙しながら、今の自分の状況を鑑みて、心の中で大きなため息をついた。
私がこの手の敵と戦う時に能力値を活かしきるには、広いフィールドを用意する事が最適だ。
何故なら、あれのように大きな体躯した敵は総じて耐久力が高い。
赤ずきんは筋力が低いため、下手な攻撃では決定力に欠ける。
その代わりに機動力がズバ抜けている。
その機動力を最大限に利用して、破壊力を底上げして戦う事が基本戦闘術である。
だが戦域を限定されてしまうと、速度を稼ぐ助走距離を確保する事が出来なくなってしまう。
更に言えば、赤ずきんは耐久力が低い。
あのレベルの破壊力なら擦っただけでも、致命的なダメージを負ってしまう。
「ハァ、ハァ、ハァ、少しフラフラしてきたわね。」
小学生でも知っている、炎は酸素を消費して燃焼している。
そして人間は酸素を取り込んで、生命活動を行っている。
周りを炎で隙間なく囲まれて、新しい酸素を取り込む事が出来ない。
でも、今この瞬間に対峙している邪なるものは、生物の形を取っているものの、その正体はあくまで歪みや穢れであって、生物ではない。
こちらが酸素不足で少しずつ動きが鈍っていくのに対して、向こうは一切弱体化をせずに襲いかかってくる。
つまり、時間を掛ければ掛けるほど、私が圧倒的に不利になってくる。
(時間は掛けられない、最速で最大で一撃必殺の攻撃で一発で仕留める。)
私は助走を必要としない突進をするために、膝をついて体をバネを引くように屈めて、鋏の切っ先を銃の照準を合わせるように邪なるものに向けた。
(失敗すれば、私の敗北は濃厚になる。
実際にさっきから、息も苦しいし、手が痺れて、意識が朦朧してきたわ。
予想以上に燃焼されている酸素量が多いみたいね。)
私の行動に警戒して、こちらに近付いて来ずに、大狼が威嚇代わりに牙を剥いて咆哮を響かせた後に体勢を低くして、標的の私に向けて殺気をぶつけてきた。
こちらと同様に突進の一撃で私を仕留めるつもりなのだろうと理解出来た。
「わ、かりやす、くて、いいわね。
必殺の、一撃を、決めたほ、うが勝ち、って訳ね。」
ジリジリとした緊張にお互い牽制を掛け合い、私も敵も先制攻撃を仕掛ける事が出来ずに睨み合う
朦朧としてきた意識の中、私の意識はどれだけ速く、どれだけ鋭く核を刺し貫くか、ただそれだけ。
それ以外は思考の中から追い出して、集中していく
狙いは一点、イメージはパイルバンカー、力を分散させずに岩盤を粉砕するが如く、核を破壊力する。
『均衡しているこの状況はすぐに崩れる、その一瞬の瞬間を見逃すな!』とそう自分に呪文のように言い聞かせて、その瞬間を呼吸をなるべくせずに、無駄に酸素を消費しないようにしながら、その瞬間を待つ。
「グオオウォォォオオ!!」
とうとう焦れた邪なるものが先に口火を切って、苛ついたように雄叫びを上げて、標的を噛み砕かんと大口を開けて、涎を振り撒きながら、ぐんぐんと距離を縮めて来る。
(まだ、まだ、まだ、まだだ!もっと引き付けろ!)
迫り来る牙と爪に対して、絶対に回避される事のないように敵の懐に入り込むまで、迎撃するのを我慢する。
(今!!『時動干渉・加速』)
孕斬鋏の切っ先が邪なるものの鼻先に当たるか当たらないかのギリギリのラインで、私は発動待機していた自己加速の魔法を掛けて、踏み込み勢いとスピードと縮められていたバネが跳ねるように伸びた身体の弾力の二つの力が二乗されて疾駆した。
私を引き裂こうと振り下ろそうした爪と牙をすり抜けて、孕斬鋏の切っ先が敵の眼に吸い込まれるように抉った後、そのままの勢いで高速で駆け抜けて、炎の壁に向かって突進して酸欠と炎熱地獄から脱出した。
「絹姉さん!無事で良かった。」
脱出してきた私に茜君が駆け寄って来た。
失った空気を取り戻すために、咳込みながらも何度も深呼吸をした。
茜君が背中を擦ってくれておかげで、やっと冗談が言えるくらいには呼吸が整ってきた。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、こういう時って、空気が旨いって、言った方がいいのかしらね。」
「一言目がそれって、心配して損したよ。」
「だって最初から心配の必要はなかったもの。」
ふらつきながらも、鋏を杖代わりにして立ち上がって、視線の先にいる女に向かって、私はドヤ顔を浮かべた。
苦虫を噛み潰したような顔をして、私の顔を睨んでいるのを見て、少しだけ胸がスッとした。
「それで、次は何?
でもモンスターショーはもう飽き飽きだから、別な出し物がいいわね。
肝心の出し物がまだ残っていたらの話だけど。」
「随分と減らない口ね、生意気な小娘は嫌いよ。」
「小娘って、多分そんなに歳は変わらないでしょうに。」
「業腹だけど、もう今夜は戦うためのカードは一枚も残っていない。
だから、ここで帰らせて貰うわ。」
「そんなに急いで帰る事もないじゃない。
まさかこんな夜更けからデートの予定のあるとか、言わないわよね?」
「付き合う相手は結婚相手と来ているから、慎重に選ぶ事にしているよ。」
「つまり、彼氏いない=年齢?
わぁーお!悪い事聞いたわね。でも凄い奇遇、私も彼氏いない=年齢なの。
仲良くなるには共通の話題があった方がいいわね。」
「これ以上貴女のどうでもいい戯れ言に付き合うつもりは毛頭ないのよ。
それに使うつもりは絶対にないけど、禁じ手の切り札を一枚は用意してあるのよ、貴女を潰せるくらいにはね。」
「それで?どうせ苦し紛れのハッタリでしょう?」
「本当にハッタリだと思う?」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべて、私を挑発してるつもりかしら?
この状況で挑発してくるなんて、ブラフにしては大胆過ぎし、かと言って捕獲する絶好の機会を逃したくはない。
「逃げようとするのは勝手だけど、どうしたって攻撃手段がないしか揃わない状況でどうするつもり?神頼みでもしてみる?」
「確かに戦う手段は使い切って、なくなりはしたけど」
後退りして距離を取りながら、懐に手を入れた。
まさか!ハッタリじゃなかった!?
「あの人!まだ何かするつもりだよ!」
「逃げる手段はまだ残っているのよ!!」
そのまま二本の小瓶を取り出して、一つは上空に、もう一つは地面へと投げた。
私は茜君の元に駆け寄って、抱きしめて、マントを翻した。
マントを翻してと同時に、辺り一帯に強烈な光と濃い煙幕に支配された。
光と煙が晴れて眼を開けると、そこにはあの女の既に姿も影も消えてなくなっていた。
「グレネードと思ったけど、フラッシュバンとスモークだったか。
完全にやられたわ、油断した。
はぁ~ッ、とりあえず、この場を切り抜けただけでも、今回はよしとしましょうか。」
とりあえずは1点リード。
あの小瓶の液体が敵の武器と考えるなら、今回の戦いは充分に意味があった。
明らかに相手は、弾薬を出し渋っていた。
つまり、そんなに数が揃っていなくて、補充も簡単に出来ないと予想出来る。
弾薬を無駄に使わせた事で、作戦を練る時間を捻出出来たわ。
「あのさ、絹姉さんはさっき、その、あの、物凄く聞き逃す事が出来ない事を言っていた気がするんだけど。」
「ん?」
なんで茜君はこんなに顔を赤らめて、言い辛そうにもじもじして。
私、何か可笑しな事を言ったかしら?
あっ♪もしかして私が冗談でパンツ履いてないって言った事が、ずっと気になっていたのかしら。
「茜君は~、これが気になるかな~♪」
「ちょっ!!絹姉さん!何しているの!?早く隠してよ!!」
私はスカートを股下が見えそうなくらい高さにつまみ上げて、ひらひらと揺らして見せてやる。
すると、茜君は手のひらで目を覆い隠して大声を出した。
でも、僅かに開いた指の間から、私のチラチラとひらひら揺れるスカートに視線を送ってきている。
男の子がエッチな目を向けている事は、女の子は大抵気付いているものよ。
そういう視線にはレーダーよりも敏感だから
それなのにバレてないと思っている茜君は可愛いわね。
可愛い顔して、ちゃんと立派に男の子しているし、茜君からそういう対象として見られているのは悪い気はしない。
そんな態度を取られたら、キュンキュンして、もっとからかいたくなるわね。
「ご期待に応えて」
「だから、駄目だってーー!!」
残念ながら事の真相は、スカートの中にはブルマを履いている、という在り来たりでつまらない答えなのだけど。
スカートの中から現れたブルマを見た瞬間、茜君は安心したような、がっかりしたような複雑そうな顔した。
「下着を履いていないっていうのはこういう事。
理解した?ふふふっ、私の下着姿はそんなに安くないわよ。」
「思春期の男の子の純情な心を弄ぶなんて、絹姉さんはとんでもない悪女だよ。そこそこ傷付いたよ。」
「それについてはごめんなさい。
ついでに言っておくけど、私にはパンチラはない!尚、激し過ぎるアクロバティックには対応出来るとは限りません。」
「パンチラはないって言い切ったんだから、どんな時もちゃんと隠す努力をしてよ!!」
敵の撃退と茜君での遊びで充分満足したし、帰りましょうか。
敵の有益な情報が入手する事が出来たし、真希とこれからの戦術を話し合わないといけないわね。
それと真希には、あの眼鏡女の個人情報を行政から引き出して貰わないと。
あれ?そういえば何か忘れている気がする。
まぁ、思い出せない事なら大した内容じゃないんだろう。
あ~あ、あの車は組織から支給されたばかりのほぼほぼ新車だったのに、あんなにベコベコにへこんで、パーツは所々なくなっているし、
更には真っ二つ、まぁ、真っ二つにしたのは私だけど。
あの車の未来は完全に廃車いう道しか選択肢がないわね。
『癇癪持ちの5歳児の方が、まだおもちゃを上品に壊すぞ。ママの母乳を吸うところから、やり直したらどうかね?いいベビーシッターを紹介してあげよう。』と嫌味を言われるだろうか。
・・・・・あ!度し難いロリコン変態が車の下敷きになっていたんだった。
無事かどうかを確かめようと、車の裏に回ってみると、命に別状は無し、大怪我もしてない、その代わりに車から与えられる程よい痛みと重みで、それはそれは幸せそうな顔をして気絶していた。
本気で引く、今すぐ縁を切りたい、帰ったら直ぐに度し難いロリコン変態の配置換え願の書類でも書こうか本気で考えたくなる。
気色の悪い笑みを浮かべているシャルロに直接触るのは、普通に嫌だから真希に救出するように連絡しておきましょうか。
・・・・・あんなのでも一応私の部下だし。