1章 17
拍手のした方向を見ると、そこにはピンクベージュに軽いウェーブのかかった長い髪に、ふちの太い眼鏡を掛けて、赤銅色のキャスケットを被った如何にもお姉さん系の女性が感心したような視線を絹姉さんに向けて立っていた。
「凄い凄い、本当に驚いた、流石近接型童話の中でも最強の一角に数えられる赤頭巾。
聞きしに勝る戦いぶりだったわね。
ちょっと夢中になって観戦しちゃった。」
「誉め言葉どうも。
それでご用件は?まさか料理が美味で感動してシェフを呼ぶみたいな事だけで出てきた訳じゃないわよね?」
「ええ、本当は陰からこそこそ見ているつもりだったけど、こちらが用意した手持ちのカードが一つ残らず切られてしまったから、仕方がなく出て来ざるおえなかっただけ。」
用意した手持ちのカード、じゃあ、この人が絹姉さん達が探していた童師で、僕達に邪なるものを差し向けた犯人。
その答えに絹姉さんは
「へぇ、貴女が?
そう、この数ヶ月ずっと探していて、ずっと逢いたかった。
まるで初恋を知ったばかりの生娘みたいに貴女に恋憧れて、貴女の事で頭が一杯だったの。
年頃の女の子をここまで悶々とさせた事をどう責任取ってくれるのかしら?」
「随分熱烈な告白だ事。それで何をすれば心が晴れるの?」
絹姉さんはいつの間に取り出した鋏を敵に向けて、笑顔を浮かべて威圧的な殺気を叩きつけた。
「デートに付き合って貰いましょうか。
楽しい楽しいデートプランは私が考えるから任せて、その代わり重く冷たい手錠付きだけどね。」
「昔から身持ちが硬い事で近所では有名だったの。
いきなりのお誘いは断固拒否させて貰うわ。」
「断るのはそっちの勝手だけど、断るなら少々手荒に行くわよ。
骨折の一つや二つは覚悟しなさい。」
「嫌になるくらい過激ね。
いつの時代だって暴力的な女は男に嫌われるわよ。
君も同性としてそう思わない?」
蚊帳の外状態の僕に突然正体不明のお姉さんが同意を求めてきた。
いや、確かに暴力的な人より優しい人の方がいいけど、今この場で暴力的な人が嫌いと言ったら、絹姉さんが嫌いって言っている事と同じ事になってしまうから、とてつもなく答え辛いよ。
それとあのお姉さん、なんか勘違いしているみたいだから、僕の小さな男の誇りのために一応訂正しておかない。
「あの、僕、男の子ですけど。」
「え!?……そうなの?
世の男の子がこんなに可愛いわけがない、と言えばいいのかしら。
僕、お姉さんと一緒に来る?」
「人の大事な弟にちょっかいかけないでくれる!」
そう言うと絹姉さんは孕斬鋏を左に構えて、弾丸のようなスピードで敵に疾走していく。
敵のお姉さんは自分を害そうする凶器を持った絹姉さんが迫ってくるのを見ても、慌てたようすを見せずに余裕の笑みを浮かべてカーディガンの懐から小瓶を取り出して投げつけた。
このままのスピードで突進していけば直撃ラインだった小瓶を、絹姉さんは投げつけれた小瓶が直撃する前に、鋏で斬り払った。
「言い忘れていたけど、瓶の中身は可燃性なの。少し強めの花火にご注意を。」
小瓶が真っ二つに別れた瞬間、内容物が爆発を起こした。
酸素を燃焼させて大量の黒煙が辺り一帯に広がって、爆風の余韻が離れた場所にいた僕の髪が乱れた。
黒煙の塊の中から煙をかき分けて、絹姉さんがバックステップをしながら飛び出してきた。
服の至るところが焼き焦げて、肌は煤で黒くなり、軽い火傷をしているところもあった。
土煙をあげながら、地面をブーツで削り滑って、僕の近くまで後退してきた。
「絹姉さん!大丈夫!?」
「なんとか、あ~あ、髪の先っぽが少し焦げた、本当に酷い事するわ。
今の髪の長さが気に入っているのに。」
絹姉さんは髪の先っぽをつまみ上げて、髪のコンディションを確かめていた。
心配している僕の頭を心配しなくても大丈夫と言うように撫でた後に、トントンと右足の爪先で地面を鳴らした。
「見たところ、あの瓶の中には空気中の酸素や窒素に触れた瞬間、爆発を起こす液体が入っていたみたいね。」
「それって避けるしか対処法がないよね、大丈夫なの?」
「少し油断したけど、手品のタネさえ分かれば対処は出来る。
幸い赤頭巾はスピード特化型だから、攻撃を躱しながらの接近なんて正に赤頭巾の独壇場なのよ。」
再び絹姉さんはターゲットに向かって、狙いを定められないように常に飛び回りながら撹乱していく。
敵が完全に絹姉さんを見失ったほんの一瞬の瞬間を見逃さずに、死角から襲いかかった。
やっと死角から襲撃されている事に気がついたお姉さんが懐から別の小瓶を取り出して、それをそのまま地面に叩きつけた。
氷が地面から彼女を覆うように突き出てきて、外敵から自分を守る盾のようにそびえ立ったが、一切スピードを落とさずに絹姉さんは壁に体当たりする勢いで疾走していく。
絹姉さんは分厚い氷の壁にぶつかる直前に、鋏を棒高跳びのポールの代わりにして、綺麗な放物線を描いて氷の壁を飛び越える。
「随分手持ちのネタが多いわね、そんなに出番でも欲しいの?」
「ええ、楽しませてあげられるネタはまだまだあるのよ、これくらいじゃあ終わらないわよ。」
「貴女のワンマンマジックショーのネタが全て披露し終わる前に、幕を下ろしてあげる。」
「そうつれない事言わずに最後まで付き合っていきなさい。」
次はロングスカートのポケットから新たな小瓶を取り出して、コルク栓を引き抜いて、中の液体を近くのある植物に流しかけた。
液体のかけらた植物は触手のようにウネウネしてうごめき、そして丸太のように太く、触手の先っぽが食虫植物みたいにガバッと開き、牙を剥いて、絹姉さんに襲いかかった。
絹姉さんは針を飛ばして、迫り来る触手の牙から逃れてために体をひねりながら、数本の触手の間をすり抜けて着地した後、正面から迫っていた触手をスライディングして頭上を通りすぎた触手に鋏の刃を向けて真っ二つにした。
真っ二つにした触手を、まだ活動している触手に投げつけて怯んだところに一気に距離を詰めて縦横無尽に鋏を振り回して、触手をバラバラに斬り刻んだ。
斬り刻まれた触手は元のサイズに戻って、枯れて後に時間が経って腐り落ちたみたい残骸が泥が滴るようにボトボト落ちた。
「激しいダンスが得意のかしら?さぁ、エキストラの追加よ!」
複数の小瓶を取り出しコルク栓を抜いて、液体を周りに振り撒いた。
撒かれた液体が黒いモヤに変化して、地面から這い出てくるように邪なるものの群れが出現した。
更に出現した邪なるものに新たに懐から取り出した、小瓶の中身の液体を振りかけた。
液体を振りかけられた邪なるものは、もがき苦しむように蹲って、鋭い爪で頭を掻き毟って呻き声を響かせてのたうち回る。
その姿を見て、恐怖より気持ちの悪さを感じて後退りしてしまう。
もがき苦しむ姿が収まるに連れて、邪なるものの姿がだんだんと禍々しく、巨大化して、あっという間に3~4メートルの大きさの怪物が群れ成した。
「ウルトラマンの怪獣大集合みたい。」
「対抗するために、私も巨大化した方がいいのかしら?」
「その服装で大きくなったら、パンツ覗かれ放題になるけど、それについては大丈夫?」
「見られて恥ずかしい下着を普段から選んでいないし、まぁ、けど今日は履いてないから見られる心配もないわね。」
「え゛!?!?」
いや、ちょっと、待ってよ!今明らかに聞き捨てならない言葉が耳に入ってきたんだけど!?
ある意味戦闘よりも重要性の高い案件を確認する暇も与えて貰えず、絹姉さんは強烈な助走と踏み込みで、高く跳躍して舞い上がる。
絹姉さんの発言のせいで、風と重力で激しくたなびくスカートに自然と目がいってしまう。
「頭空っぽで大きいだけの木偶が、人形サイズに掘り直してあげるっ!!」
絹姉さんは空中で針を投擲して、大鬼に右肩に突き刺さして、ロケットのように落下して、落下の速度とエネルギーを利用して、脳天から鋏の刃を侵入させて、そのまま右眼から顎まで一刀両断にした後に、大鬼の鎖骨をジャンプ台代わりにして、別の目標に標的を移した。
そして針が突き刺さった大鬼の隣にいた、大狼に横を通り過ぎて、巨人に向かっていく。
巨人は絹姉さんを迎撃しようと、腕を振り上げたが、振り下ろす前に絹姉さんが通り抜けた大狼が体当たりするかのように、巨人に衝突して、攻撃が妨害された。
大鬼に刺さった針から弓の弦のようにピンと延びた糸が、大狼の首に巻きついて、巨人に突進した事で大狼が首を締めつけられながら、引っ張られて攻撃を妨害された。
つまり、絹姉さんは狙ってこの状況をつくったのか。
巨人が尻餅をついた瞬間に、巨人の喉元に着地しながら大鋏を突き刺して、鋏を逆手に持ち変えて、顎に向けて斬り抜いた。
雄叫びを上げて、跳躍していた別個体の大鬼が絹姉さんを押し潰そうと、落下してきた。
いくら絹姉さんが速くても、今からじゃあ、回避が間に合わない。
あんな巨体と速度で落ちてきたら、ひとたまりもない。
「絹姉さん!!、速く避けて!!」
『前へ、前へ、ただひたすら前へ、私は円環から逃れ出る『時動干渉・加速』』
呟くように詠唱すると、絹姉さんは体が大きくブレて、一瞬でそのばから姿を消した。
目標を見失った大鬼は、今更その巨体を方向転換出来ずに、フライングボディプレスの体勢で三体の邪なるものに放った。
ただでさえ破壊力の高い攻撃に、地面に向かって剣山のように延びた大量の棘で蜂の巣状態になって、串刺しになって三体の邪なるものが霧と化して消えた。
「オウンゴールでハットトリックって、ワールドカップでやったら、ブーイングの嵐は避けられないわね。」
フライングボディプレスを決めた大鬼のうなじの辺りに、回転しながら絹姉さんが出現して、回転で得た遠心力を利用して頚を叩き落とした。
鳥型の邪なるものが上空から、岩をも引き裂いてしまいそうな爪をギラつかせて、奇襲を仕掛けてた。
絹姉さんは真横にサイドステップをして回避した後に、再び空中に旋回しようした鳥型の邪なるものの足に針を投擲して、糸が足を絡めとって一緒に夜空に舞い上がった。
鳥型の邪なるものは絹姉さんを振り落とそうと、動き回るが下手に抵抗せずに狙いを定めて、鋏を開いて垂直に投擲した。
鋏が邪鳥の真上まで上がったところで、鋏の刃が下を向いて落下して、邪鳥と鋏が交差する瞬間で鋏の刃がジャキンと閉じて、邪鳥を真っ二つにした。
最後に落下して来る鋏を空中で回収して、ちょうど落下地点にいた大狼を縦にシンメトリーになるように裁断した。
「まだ何かあるなら全部出しなさい。
一つ残らず潰していって、抵抗出来なくするから。」
「まだ使いたくなったけど、命あっての物種って言うし、忌々しいけど仕方がないわね。」
コルク栓を引き抜いた小瓶を、真っ二つになった邪なるものに投擲した。
放物線を描いて小瓶は、邪なるものにぶつかって、ドロッとした液体が零れて断面を濡らし、ビデオが巻き戻されたみたいにグニャリと歪んで後に、二つの塊が一つの怪物に復活した。
続いて、取り出した小瓶の液体を地面に注ぎ落とした。
液体が染みた地面から、赤い光の筋が伸びて、絹姉さんと復活した邪なるものが円形に囲むと、炎の壁が燃え上がり、一人と一体を閉じ込めた。