1章 16
邪なるものは自らを奮い立たせるように、地獄から響いてくるみたいな不気味な雄叫び声を一斉に上げて、牙を剥き眼を血走らせて、距離を詰めてくる。
「見渡すかぎり選り取りみどり、目移りしちゃうわね。
ど、れ、に、し、よ、う、か、な?」
堰を切ったように、邪なるもの達が絹姉さんに襲いかかってきた。
膝を曲げて地面を強く踏み込み、バネの要領で上空に飛び上がって、邪なるものの突進を回避すると、滞空した状態で糸の通った死咒針をを下に向かって投擲して目標を見失った邪狼に突き刺した。
そして邪狼に刺さった同時に空中に引き寄せて後、孕斬鋏で横薙ぎにして霧に還すと、再び死咒針をアンカーのように投擲して、死咒針が突き刺さった邪人に向かって、孕斬鋏を上段に構えながら、高速で自身を引き寄せて接敵すると同時に振り下ろし数体同時に霧に変える。
着地すると、すぐに丸太のように太い腕を絹姉さんに振り下ろそうと、背後から迫っていた邪鬼に死咒針を後ろを振り返らずに鋭く投擲した。
針は吸い込まれるように邪鬼の右目に突き刺さって、両手で顔を押さえて痛みに苦しんでいる邪鬼の背中に糸を引き寄せた反動で他の邪なるものの攻撃を回避しながら飛び乗り、そのまま頸を落とした。
頭の亡くなり崩れ落ちた邪鬼をジャンプ台代わりにして、再び空に舞い上がると、孕斬鋏と死咒針をそれぞれ別方向に向かって投擲した。
鋏は縦に高速回転して、進行方向にいる真っ二つしながら飛んでいって、複数の障害物を斬り進んだとは思えないくらい勢いよく壁に突き刺さって止まった。
針は邪人の首に刺さる。
「鰹か鮪の方が好きなんだけど、ッ!!」
絹姉さんは糸を両手で握って、空中で体を大きく捻った。
針の刺さった邪人が一本釣りされた魚のように中に舞い、他の邪なるものを巻き込んで地面に叩きつけられて、本物の人間だったら、曲がってはいけない方向に首がへし折れてた。
絹姉さんは着地すると針を敵のいない方に投擲する。
なんでそっちに投げたのかと見ると、壁に突き刺さっている鋏の持ち手に糸が巻き付いて後に引き抜かれた。
「ちょっと数が多いから、一気に掃除しないとね。」
引き抜かれた鋏を縦横無尽に振り回して、斬り刻んでいく。
鋏の斬れ味と重量と回転のよる遠心力を利用した破壊力は小型の竜巻のように、邪なるものを空中に巻き上げて粉微塵にされていく。
絹姉さんは周りにいる邪なるものを斬り捨てた後、手元に戻ってきた鋏をパシッと掴んで、フィギュアスケートのスピンからのポーズを取るようにしながら止まった。
「やっぱり掃除にはサイクロン掃除機が一番よね。
吸引力の変わらないただ一つの掃除機っていうキャッチコピーは伊達じゃないわね。」
いや、絹姉さん、貴女本当にサイクロン起こしてましたよ。
掃除機じゃなくて、吸引型超高性能ミキサーみたいでした。
似ても似つかないこの二つの共通点は、ゴミの殲滅力と強い吸引力という事だ。
まぁ、後者の方が明らかに圧倒的だけど。
「絹姉さん、あれ……何?」
「ん?…ある程度片付いたと思ったら、こっちは共喰いとかカニバリズムの趣味はないのに。
あまり茜君にはこういうのは見せたくないから勘弁して欲しいわ。」
僕が見たものは邪なるものが、すぐ近くにいる同族に無差別に喰い付き合っているシーンだった。
腕が、足が、頸が、身体中の至るところを無残に喰い千切られて、尽きない飢餓感に襲われたように無我夢中になって、ボリボリ噛き砕く音が響かせながら、お互いを喰い貪りながら、少しずつ大きくなっていく。
そして共喰いして残った最後の一体は、鬼の頭と腕、狼の頭と足、人間の頭と手を身体中に大量に生えている六メートルを超えるキメラが姿を現した。
「ピンチなった悪役は、どうして昔から大きくなるのが好きなのかしら。
仕方ないか、日曜朝の戦隊ヒーローものでもお約束だもんね。」
「そんな事言っている場合じゃないでしょう!!
大きいは強いんだよ!簡単にプチッと潰されて終わりだよ!」
「大丈夫大丈夫、あんなのに私が負ける訳がないでしょう。
むしろ楽になったわ、的が大きくなったおかげで攻撃が当てやすくなった上に、経験上力が上がった代わりに鈍重になっている、そしてアレさえ倒してしまえば、くだらない乱痴気騒ぎはおしまい。
個人的に一々掃いて廻るのも面…飽き…効率悪かったし。」
面倒臭いとか、飽きたとか、言いそうになったのが誤魔化しきれてないよ、絹姉さん。
それが本音なのね、なんか力抜けるよ。
「グヲオォォォオオァァララァァァ!!」
巨大化したキメラ型の邪なるものが、両耳を塞いでも脳を直接揺らしてくる底冷えする爆音を響かせたのち、クラウチングスタートのように体勢を低くして、ロケットの勢いで突進してきた。
「見た目と違って、随分とせっかちさん、ねッ!!」
絹姉さんは孕斬鋏を思いっ切り地面を叩きつけた衝撃で、空高く飛び上がって、頭上を通り過ぎる事で巨大キメラの突進を回避した。
通り過ぎたところで絹姉さんは、死咒針を後方に射出して、邪なるものの背中に刺さったところで、空中を蹴ってクルッと方向転換と加速して、さらに宙返りしながら前方に飛び込んで、縦回転して肩を斬り裂いた。
邪なるものは鬱陶しそうに、肩を斬られた方の腕を無造作に振り回して、絹姉さんは糸を操作して薙払いを躱すと、再び糸を操作して、足のところまで伸びていた糸で片足を絡め取ってバランスを崩して、倒れた来たところで斬り付けて、迎撃される前に飛び退いた。
体勢を戻した邪なるものは身体中に生えている複数の顔が絹姉さんを睨み付けるように捉えて眼がギラリと光ると、大量の光線を雨あられのように発射して、道路や壁に跳弾して絹姉さんに襲い掛かる。
迫りくる光線を踊るように優雅に回避して、回避しきれない光線は鋏を盾にしながら、一撃も掠りもせずに少しずつ接近していく。
「弾幕ゲーってリアルだと、こんな感じなんだ。」
「『下手な鉄砲も数打ちゃ当たる』ということわざがあるけど、それはある程度マシな腕と装備が揃っていて初めて成立するのよ。
こんな無造作に撃って当たると思われている時点で、巫山戯ている、舐め過ぎ。」
邪なるものが両腕を地面についてバランスを取った後に頭を突き出すと、大口を開けて光が収束し始める。
絹姉さんはコンクリートが抉れ砕ける程の踏み込みをして、邪なるものの懐に一瞬で距離を詰めると、サマーソルトキックをがら空きの顎に叩き込んだ。
無理やり口を閉じられて、溜めていた光線が口内で大爆発を起こして、眼や口から煙を上げて邪なるものは頭から崩れ落ちるように倒れ込んだ。
「顎をちゃんと守らないと駄目でしょう?
脳が揺れるどころか、脳がカスタードプリンみたいに蕩けたんじゃないかしら?」
邪なるものは体をガクガクと震わせながら立ち上がると、両手両足で飛び上がってダブルスレッジハンマーを振り下ろしながら落ちて来る。
絹姉さんはそれを針を投擲して建物の突き刺した後に、ジャンプしてアクロバティックに空中に逃れて、身体を捻りながら邪なるものの頭の上に着地すると同時に孕斬鋏の切っ先を剥き出しにしている後頭部に狙いを定めて、無慈悲に突き下ろして串刺しにした。
「グギャャァァ!!!!」
「汚い音。無駄に声を上げないでちょうだい、もう夜も遅いのだから近所迷惑よ。」
邪なるものは痛みに呻き暴れ苦しみながら、苦し紛れに体から大量に生えている手や腕や足が絹姉さんを捉えようと、グニャグニャと絡み付くように伸びて殺到する。
絹姉さんは鋏を頭に突き刺したまま、背後に飛び退く。
だが伸びた手は逃げた絹姉さんを執拗に追尾して、死咒針を投擲し続けて、縦横無尽に飛び回りながらアクロバティックに逃げ続けていく。
とうとう逃げ場がなくなって、四方八方360度から迫り来る手に囲まれて、逃げ回っている羽虫を捕まえられると、邪なるものが歓喜の雄叫びを上げるのを見て、計画通りと言わんばかりの表情してほくそ笑んだ。
「それはどうかしら?」
糸をクイッと引っ張ると、絹姉さんの周りにある腕が空中で縛りつけられて、完全に動きが止められた。
よく見ると、伸びた腕だけじゃなくて、本体の邪なるものに地面に深く刺さった死咒針から伸びた糸が絡み付いて、雁字搦めになって拘束から逃れようと抵抗をしていた。
ただ逃げるためだけじゃなくて、ここまで計算して針を投げていたなんて、豊富な実践経験から展開された戦術は本当に凄い。
動けない邪なるものを尻目に、舞い落ちる花弁のように頭の上に飛び降りて、鋏を手に取って、ゆっくりと引き抜いて血を払うように鋏を振るった。
「知っている?
当たり前だけど、鋏って挟み斬る事に最も適した道具なの。
だから、」
両手で持ち手を掴んで重なり合った刃を、重く冷たい開かずの扉が開くように、不気味に二つに別れて、月光に照らされて怪しく反射して閃く。
絹姉さんは飛び上がって、開いた鋏の刃を目標を向けて落下していく。
「こっちの方が斬れ味がいいのよ。
どぉう?昇天するくらい美味しいかしら?
そして噛みしめなさい、お前が味わう最後の痛みと地獄で永遠に続く余韻を」
刃と刃が擦れる音が響いたと同時に、拘束から逃れようと藻掻いていた邪なるものがピタリと動きを完全に止まった。
再び重なった状態の鋏を地面に刺して、糸を引き寄せて戻ってきた針を回収すると、ズルリと腰と頸が綺麗に滑り落ちて断末魔も上げる事も出来ずに、完全沈黙して崩れ落ちた。
地面に横たわった巨体が霧に変わっていくのを背にして、絹姉さんは孕斬鋏と死咒針を解除しながら、僕の方に近付いて来る。
「ね!何も心配なかったでしょう?茜君。」
「びっくりしたよ、あんな怪物を倒してしまうなんて。
アメリカンコミックヒーローの闘いを見ているみたいだったよ。」
「それは重畳、良かったわね、映画一回分のお金が浮いたじゃない、それでちょっと豪華なランチが食べられるし、得したね。」
「いや、こんなリアルな映画は出来るだけご遠慮願いたいよ。」
「あら、残念、こんな桁外れな臨場感は他では味わえないのに。」
「臨場感たっぷりなのは、当たり前だよ。
実際に体験しているんだからさぁ。」
「ふふっ、それはそうね。」
冗談混じりの軽口を言い合う事が出来る事にやっと事が終わったと、安心感に満たされてきた。
にこやかに会話を続けている時、絹姉さんの目付きが突然鋭くなった。
全身から殺気を放ち、手元に再出現させた孕斬鋏を暗闇に向けて、前方を睨み付けた。
「誰だか知らないけど、隠れているのは分かっている。
今すぐ姿を見せないなら、私の鋏の錆びになって貰うわよ。
ああ、一応言っておくけど、これは脅しでも、警告でもない。」
絹姉さんがここまで強硬な姿勢を取っているのを見て、もしかして敵の童師がすぐ近くまで来ているを察して、緊張で体が強張った。
そして、建物の影から拍手の音を響かせながら、一人の女性が姿を現した。