1章 14
昼休みに清尊、信、葉山さんの四人で昼食をとっていると、胸元のポケットにはいっているSMESが震えて、着信を受け取った事を僕に知らせる。
画面を確認すると、非通知が表示されていて、誰からだろうと思いながも通話状態にする。
「もしもし、佐倉茜君のSMESの番号で合っていますか?
生徒会副会長の三条真希です。
今、お時間はよろしいでしょうか?」
電話の相手は真希先輩だった。
そういえば、絹姉さんが今日中に連絡させると言っていたけど、真面目な先輩の事だから授業の終わった放課後にかかってくると思っていたから、少しびっくりした。
三人にハンドサインのように手で『ごめん、ちょっと外す。』と言うと、教室から出てSMESを耳に当てる。
「すみません、お待たせしました。
それでどうしたんですか?」
「はい、佐倉君が私達の手伝いをしてくださると言う事で、会長から私が佐倉君に指示を出すように言われましたので、連絡させていただきました。」
「電話して貰って、わざわざありがとうございます。
それで、僕は何をすればいいんですか?」
「本来でしたら、私が直接佐倉君にやるべき事を教えなければいけないのですが、誠に申し訳ありませんが、今日は別の仕事がありまして、ご一緒出来ません。」
やっぱり真希先輩は、生徒会副会長や従者筆頭と仕事が多そうな役職をしているし、元々忙しいと思うし、突然別の仕事も入るだろうし、仕方がないのかな?
「え、じゃあ誰に教えて貰えば?」
「別の者を派遣しますので、その者の指示に従ってください。」
「僕の知っている人ですか?」
「佐倉君はまだ面識はないと思いますが、一応は実力的にも社会性にも信頼はある人なのですが、少々性格に問題ある人で。」
「どんな人を派遣するつもりですか!?」
「まぁ、その、えーと、会えばわかりますよ。」
真希先輩があんなに言い淀むなんて、どれだけ性格に問題のある人が来るんだ!?
この明らかに後ろめたい声は少々って言っているけど、絶対少々じゃないよね!?
「おほん、取り敢えず、本人に確認した後に、待ち合わせ場所をメールで送りますので、それでは失礼しました。」
「ちょ、ちょっと、真希先輩、待ってください!!」
僕の救いを求める声を無視して、ツーツーと無情な音が通話の切られたSMESから鳴り響く。
僕は一体誰に助けを求めればいいんだよ?
絹姉さんに救いを求める?いや、それは出来ない、今さらそんなの格好がつかないし、頼りないと思われたくない。
どうしよう、今日の放課後不安しかないよ。
放課後になったとほぼ同時に、真希先輩からメールが送られてきた。
メールを開くと、短く音楽準備室とだけ書いてあった。
なんで待ち合わせが音楽準備室?
というか、準備室って確か各教科の担当教師しか入れなかったはずだから、学校関係者って事になるよね。
ない話ではないか、実際に従者筆頭は生徒だし。
なーんて考えているうちに、待ち合わせの場所の音楽準備室の扉の前まで到着した。
ほんの僅かだけど部屋の中から物音が聞こえてくるから、部屋の主は確実にいるのは確かなんだけど、いるからこそ部屋の扉をノックしたくないなぁ。
だってこの扉の向こうにいる人物は、少なくとも真希先輩が太鼓判を押すレベルの変人もしくは変態の類いがいるのは間違いない。
けど、この扉を開けないと何も始まらないし、そろそろ覚悟を決めて、この扉をノックして中の人物にコンタクトを取ろう。
コンコンと、扉を叩くと『少し待ってください。』と声の後に、パタパタというスリッパの音が近付いてきて、ガチャッと扉が開かれた。
「こんにちは、お客様は誰かな?」
「どうも、佐倉茜です。
真希先輩からここに行けって言われたんですけど。」
扉の向こうから現れた部屋の主は、見た目からまさに奇人変人と分かる奇抜な格好をしていると予想していたけど、予想と反してワイシャツに丈の長いすみれ色のガーディアンを羽織っている、淡い金髪を後ろに縛って、ふちの細い眼鏡をかけている長身の大多数の人がイケメンと認める人物がそこにいた。
見た目は完全にハーフっぽい好青年にしか見えない。
「あぁ、筆頭から聞いていた私達のお手伝いをしてくれるのは君か、今日はよろしくね。」
「よろしくお願いします。」
握手を求められるために、手を差し出されたので、僕は握手をしてそれに応える。
本当に少し羨ましくなるくらい綺麗な顔しているなこの人。
それよりこの人だろう?
何か気付いた様子のハーフイケメンさんは笑顔のまま困った顔をした。
「まだ自己紹介をしていなかったね。
私はこの学校で選択授業の一つにある音楽の授業を担当している、大林シャルロといいます。」
「よろしくお願いします。大林先生。ところで大林先生は見た目と名前から想像するにハーフさんなんですか?」
「ええ、父がフランス人で、母がフランスに大学時代に留学した時に、迷子になった母を父が助けた縁で、そのまま恋愛に発展した末に出来た子供が私でして。
それと、呼び方はシャルロでいいよ。」
先生の両親の馴れ初めまで聞いてないです。
フランス人とのハーフか、フランス出身だから音楽の先生をしているのかな?
あれ?音楽の都ウィーンってフランスだったけ?
まぁいいや、たとえ場所間違っていたとしても、そんなに距離も離れてないし、ちょっとした誤差でしょ。
「それで佐倉君は、三条筆頭からする事は聞いているかな?
私は今日佐倉君と一緒に行動するようにしか言われてなくて。」
「いえ、僕の方はシャルロ先生に指示を貰うように言われてて。」
「そうか、これは私の好きにしてもいいという、お墨付きと考えていいのかな。」
シャルロ先生はフフフッとニヤリと笑うと、ペロリと舌舐めずりした。
うわぁ!今、背中がゾワッとした。
間違いなくこの人、本物のヤバい人だ。
好きにしてもいいとか言っていたし、冗談なく身の危険を感じる!
このままじゃあ僕は綺麗な体で、この部屋から無事脱出出来る可能性が低そうだから、今すぐここから逃げ出した方が正しい答えかもしれない。
シャルロ先生は一歩ずつ近付いてきたのを見て、後退りしたのは決して失礼でも間違ってもいなくて、誰にも責められないだろう。
まずこの部屋から逃げなかった僕の胆力は褒められて然るべきものだと思う。
「そうだ佐倉くん、仕事を始める前に聞いておきたい事があるけどいいかな?」
「き、聞きたい事?……なんですか?」
何聞かれるの!?めっちゃ怖いよ。
僕は完全にノーマルで、何も特殊性癖なんて一つも持っていないよ!
「人を罵倒したり、辱しめたり、殴ったり、縛ったり、放置したりする事には興味は無いかな?
私はそういう事をされるのが何よりも大好きでね!!
もし良かったら、私を豚扱いしながら、椅子として使わないかい?
佐倉君の見た目は幼児体型の女の子に見えるから、私のストライクゾーンど真ん中だからよりご褒美だ。」
興奮した息遣いと恍惚した表情をして四つん這いになっているシャルロ先生を見て、酷い頭痛に襲われて頭を抑える。
全て、何もかも完全に理解した。
真希先輩がなんで言い淀んでいたのか、なんで何も話してくれなかったのか。
理由はたった一つだ、そう、たった一つのシンプルな答えだ。
シャルロ先生が度しがたいレベルのマゾヒストの変態だという事実と、その事実を口する事すら嫌がったという事実だったという事だ。
しかもロリコンという付属付き。
もう、全てを投げたして、お家に帰りたくなった。
シャルロ先生のマゾっ気が治まったところで、やっと行動を開始する事になった。
シャルロ先生に説明された今日やる事は、予想される戦闘地域の下見と逃走経路の確認という外回りの仕事だ。
どちらも重要な仕事だと説明されて、僕もそれを理解した。
なぜなら、戦闘において必要なものは本人の力と戦いの流れを掴む事と時の運と、地形を上手く利用する事だ。
戦闘区域の地形を理解する事は戦闘を有利に働く。
地形を知っていると知らないとでは、戦闘の状況が大きく変わってくる
建物は盾代わりや高所からの奇襲や落下による物理ダメージ増加などが出来るし、砂地なら砂をまきあげる事で目眩ましに使える。
前日に雨が降っていれば、抜かりみで相手の動きを鈍らせる事も出来る。
更に童師の戦闘スタイルによって得意な地形があって、敵をどれだけ自分達の童師の得意なフィールドを誘き出せるかも大切な事だ。
そのためにも戦闘区域の調査は必要だし、狙ったフィールドに確実に誘き出せるとは限らない。
だからこそ、候補地をあらかじめ複数選定しておかなければならないという事らしい。
しかも、絹先輩がこの辺りの担当についてから、始めての童師同士のぶつかり合いになるかもしれないために、新たに選定し直さないといけないから、廻る場所はそこそこ多いという事だ。
もちろん逃走経路の確認も必須だ。
戦いには常勝無敗の理なんて事は絶対にありえないのだから。
絹姉さんが言っていたように、赤頭巾の童話にも苦手なタイプの童話は確実に存在している。
それに当たる可能性は無いとは絶対いえない。
いつでも速やかな撤退が出来る準備をしておかないといけない。
さらには、逃走経路はそのまま避難経路としても使う事が出来る。
無関係の一般人を戦いに巻き込まないように注意は払うけど、万が一にも一般人が巻き込まれた場合に使用される。
時と場所を選ばない相手だった時は尚更だ。
いくら政府が率先して情報操作をしていても、被害者が出てしまったら言い訳も出来なくなって、邪なるものや童師の事が白日の下に晒され、大パニックになる。
だからこそ、ある意味では逃走経路の確認と確保は一番優先すべき案件だと説明された。
そして、今三件目の候補地を廻り終わって、シャルロ先生の車で最後の候補地に移動していた。
シャルロ先生の性癖を知ってしまった今、隣の助手席に座るのは本気で怖い。
最初に車に乗る時に、シャルロ先生に『では佐倉君、助手席の方へどうぞ』と勧められたけど、全力で本気で必死に拒否した。
興奮されて横でハァハァされたうえに、ハンドル操作をミスして、事故を起こされても困る。
「遅い時間まで連れ回して悪かったね。
こんなに遅くなって親御さんはしないのかい?」
「僕の母は過保護なので、凄く心配しますよ。
でも、今日は帰りが遅くなると連絡しますし、大丈夫でしょう。」
まぁ、今日の朝、家を出る時に遅くなる旨を母さんに伝えると『遅くなるなんて言わずに、早く帰ってきてよ~』と玄関先で相当ごねられたけど。
「ならいいんだけどね。
そうだ!もう夕飯時も過ぎたみたいだし、ごはんでも奢ってあげよう、何が食べたい?」
「なんでもいいんですか?」
「なんでもいいよ。
うちの学校は給料がいいし、本部からも別に給料は出ているからね。
一般的な同年代と比べたら、相当懐が暖かいと思うよ。」
二重で給料を貰っているなんて、一体どれだけ稼いでいるんだろう。
なら少しくらい高い物をおねだりしても問題ないな。
むしろたくさん使ってやった方が社会のためだし、シャルロ先生の気色の悪い趣味に使うより、僕のために使った方が有意義な使い方だと思うし。
「焼き肉が食べたいです。」
「オーケー、美味しいところ知っているから紹介してあげるよ。」
「期待してもいいですか、こう見えて僕の舌は肥えてますよ。」
「存分に期待してもいいよ。」
やったー!超楽しみ。
「一つ気になったんですけど、真希先輩って、従者筆頭ですよね。」
「そうだよ、それがどうしたの?」
「筆頭って事は一番偉いんですよね。
という事は真希先輩はシャルロ先生の上司って事になりますよね。
どうして年下の真希先輩の方が上司なんですか?」
「あぁ、それね。それには理由があるんだよ。
従者の選考基準は派遣される童師の立場に近しいものが選ばれるんだよ、今の童師赤頭巾は学生だったから、その場にいておかしくない人選、同じ学生や私みたいな教師免許を持っているもの、といった感じでね。
で、本部が決めた人選の中で筆頭は童師本人が選ぶものなんだよ。」
絹姉さん達の所属している組織は、かなり独特的だな。
普通は年齢や経験を積んでいる人の方が、プロジェクトチームのリーダーをやるのが当たり前だ。
任命権限を完全に童師に任せるのは、筆頭は童師の補佐役みたいだから、童師本人に選らばせるなんて非常に合理的だ。
「それで絹姉さんが選んだのが、真希先輩って事ですか。」
「童師霧切と三条筆頭はどうやら昔から顔馴染みだったらしくて、お互い気心が知れている仲だったからって理由で選ばれたんだよ。
それに、正直筆頭に選ばれなくて、有り難かったよ。
筆頭になったら、授業の準備と趣味の時間が減るし、基本的に本部に報告するのは筆頭の仕事だからね、大体のお偉いさんはお小言が大好きだからね、僕はお偉いさんにお叱りを受けるのはごめん被るね。
少女や幼女の罵倒なら大歓迎なんだけど。
最近欲求不満で……佐倉君!私を罵」
「罵りません!!気持ち悪いです!いい加減にしないとはっ倒しますよ!!」
「是非!!さぁ、僕の頬をぶってくれ。
あぁ、予想以上に胸を揺さぶる素敵な罵倒だ。
まだまだ言葉責めの語彙力もクオリティは低いけど、真に蔑みのこもった罵倒だった。
これらかの成長に存分に期待しよう!!」
「…………ハァ。」
ダメりゃ、こりゃ。何言っても変態を滾らせる結果にしかならない。
車のバックミラーに映るシャルロ先生の顔は、恍惚の表情を浮かべて口から一筋のヨダレを垂らして、幸せそうにニヤニヤと笑っている。
控えめに言って、ドン引きだ。
時速60キロ以上で走っている車のドアを蹴り開けて、外に逃げ出したくなる衝動に襲われる。
男女限らず見惚れるような甘いマスクをしているのに、こんな生理的に受けつけない気色の悪い欲望まみれの顔するのは、元の顔がいい分より一層残念さが際立ってしまっている。
百年の恋も冷めるとは正にこの事だ。
どこかいないのかな、シャルロ先生を引き取ってくれる幼児体型のサディスティックな女王様は。
あの変態がとんでもない過ちを犯す前に、早くお願いします。