1章 13
家に帰った後、僕は着替えもせずにベッドに体を投げ出した。
さっきの生徒会のやり取りを思い出して、気分が急激に下がり、ただでさえ疲れているのに、よりやる気が起きない。
はっきり言って、物凄くもやもやする。
もやもやしている理由は分かっている、絹姉さんが僕を頼ってくれなかったのが原因だって事は。
「分かっているよ、今の僕じゃあ、役立たずって事くらい。」
邪なるものに襲われた時の、牙が迫り殺気を感じ恐怖に支配される、死が隣まで近付く感覚は思い出しただけでも、呼吸が激しくなって、息が苦しくなる。
控えめに言っても、トラウマものだ
絹姉さんのように闘う事は出来ないし、トラウマで動けなくなって闘うどころじゃなくなるかもしれない可能性が高い。
でも、やっぱり何か手伝いたいという気持ちは燻っている。
絹姉さんは僕の事を家族のように思っていると言ってくれたけど、僕だって絹姉さんの事を家族だと思っているって分かって欲しい。
まぁ、絹姉さんの事を昨日思い出したばかりなのに、調子のいいと言うか、都合のいい事を言っている自覚はあるけど。
「茜ちゃん、ママだけど、入ってもいい?」
ベッドの上で、うんうん唸っているとノックの音が聞こえた後に、母さんの入室を確認する声が扉の向こうから聞こえてきた。
普段は確認なんて一切取らずに、突撃するが如く部屋に侵入して来るはずなのに、珍しい事も……ないか。
いつもは大好きな子供である僕とのコミュニケーションをとる方を優先している母さんだけど、今は基本的に主婦をしているけど、元々は保育士、教育者をしていた人だ。
子供を気持ちを察する事に関しては、プロフェッショナル、そこら辺の一般人にくらべて、何よりも得意としている分野だ。
自分がお腹を痛めて産んだ愛する息子なら尚更だ。
特に返事はしなかったけど、返事をしなかった事を肯定と受け取って母さんは部屋に入ってきた。
何も言わずとも僕を理解してくれる事に恥ずかしくも嬉しい気持ちになって、にやけてしまいそうになるのを堪えて、表情が変になって不貞腐れたような顔になる。
少し不貞腐れた顔を見られなくて、僕は母さんに背を向けたけど、母さんはベッドに腰掛けて、愛情を籠った手つきで僕の頭を撫でた。
「茜ちゃん、今日何かあったの?」
「別に、何もないよ……。」
「隠しても無~駄、ママに見破れない茜ちゃんの嘘は絶っっっ対ないのよ。
力になれないかもしれないけど、ママに話すだけでもいいからしてくれる?
話すだけでも楽になるかもしれないし。」
確かに、このモヤモヤした気持ちも誰かに話せば、少しくらいは気が晴れるかもしれない。
母さんは身内だから、話す事には躊躇いも恥ずかしさもないし、本当の悩みなら変に広める事もないだろう。
話す決心の着いた僕はポツリポツリと、僕は話し始めた。
「母さん、僕ね、力が無い事って、嫌だと思った。」
「力か、うん、そうね~。
そうだよね、無力って凄く不安だもんね。
茜ちゃん、世の中はどれだけ綺麗事を言っても、力のない人は何も出来ないし、大きな声を上げても誰にも見向きされないし、信用もしてくれない、そもそも力が無いと生きる事も許されない、それが世の中の仕組みなの。」
なんというか、いつもおっとりした母さんから出てくる言葉とは思えない厳しめなものだったから、内心凄く驚いている。
まさか母さんが能力至上主義みたいな事を言うなんて。
「茜ちゃん、もしかすると力っていう言葉に悪いイメージを持っているんじゃな~い?
そして、茜ちゃんは自分に何の力もないと思っていない?」
「っ!どういう事?母さん。
だって僕は実際に体格に恵まれていないし、喧嘩とか嫌いだし。」
「ママはね、力の本質は前に進むための意志、だと思うの。
力と言えば、暴力っていう乱暴な印象を持つ人が多いけど、あくまで一つの側面にすぎないの。
対応力、表現力、想像力、包容力、集中力、決断力、目には見えないけど、確かにある何かを手に入れて、前に進むための意志の形。
それにただ生きるだけでも、生きよう思わないと、生きる努力をしないと駄目なのよ。」
「それが力なんだ。」
「力そのものには、本来善も悪もないのよ。
善になるも悪になるも、力を振るう人次第で、善に使えば自分も他人もお互いに進歩して、悪に使えば他人を傷付けて最後は自分に跳ね返ってくる。
だから、一番大切な事は力そのものを手に入れる事じゃなくて、手に入れた力をどう使うか、どうしたいか、常に自分自身で考え問い続ける事こそが大事だと、ママは思うんだけど、茜ちゃんはどう?」
正しいかどうか常に問い続ける事が大事か、そうなのかもしれない。
力だけあっても目的や意味がなければ、ただ危ないだけの不良が振り回す刃物と何が違うんだろう?
車だって凄く優秀な移動力を持った便利な乗り物だ。
ただしく使えば、充電さえ切れなければ、複数人を乗せて、雨が降ろうと、風が吹こうと、疲れずに快適に遠い目的地に人を運ぶ事が出来る正に文明の利器だ。
でも、一度使い方を間違えたら、容易に人の生命を奪う事は出来る。
だからこそ、車に乗る時は注意深く周りを確認して安全運転を心掛ける、子供でも知っている事だ。
事故を犯さないようにするのを善とするなら、自分勝手な適当な運転をするのを悪という事になる。
善に転ぶか、悪に転ぶか、その人の心と行動にかかっている。
だから、間違わないように頑張らないといけないんだ。
「茜ちゃんはどうしたい?どうして力が欲しいと思ったの?」
「それは………絹姉さんのため。」
「なら、その気持ちを大切をしなさい、それさえ見失わなければ、きっと間違える事はない。
だって、茜ちゃんはママの自慢の息子だもの。」
と言うと、再び僕の頭を撫でると、母さんはベッドから立ち上がって、投げキスを僕にすると部屋から出ていった。
モヤモヤした気持ちは晴れて、やりたい事がなんなく見えてきた事には感謝しているけど、最後の投げキスは余計じゃない?
せっかく母さんの事を尊敬したのに、色々と台無しだよ。
「よし、やりたい事は決まった!後は何をするかを決めるだけ。」
何をするか、いや、何が出来るかが正しいか。
方法はまだ何も思い付かないけど、もういっそうの事絹姉さんに僕に何が出来るか、もう一度相談してみよう。
SMESから絹姉さんのSMESの番号を呼び出して、通話状態にする。
一度目の呼び出し音が鳴り終わる前に、電話が繋がった。
「夜遅くに電話してごめん、絹姉さん。」
「別に構わないわよ、それでどうしたの?」
「今日の夕方の件についてなんだけど。」
「それについては、もう話はついたでしょう?
貴方は安全なところで、じっとしておく、茜君もそれで納得したはずでしょう?」
絹姉さんは少し呆れたような声で、僕を突き放すように強い口調で言った。
電話越しだというのに、余計な事を言わせないと言わんばかりの圧 を感じて、決心が若干鈍って口が重くなりそうな自分に喝を入れた。
「絹姉さんの言っている事は分かっているよ。」
「本当に分かっているのなら、こんな駄々をこねないわよね?」
「危険なのは分かっている、邪狼に襲われた時に感じた死ぬかもしれない恐怖を思い出してだけで、足が震えて動けなくなる。」
「なら、尚更関わるべきじゃないわ。
戦いの場で動けない味方ほど、厄介なお荷物はないのよ。
相手は正体不明の童師で、もしかしたら私の苦手なタイプの童話の可能性だって十分あるのよ。
そうだった場合、戦闘に集中せざるおえなくなって、余計な事に気を割く事なんて出来ない。
その時、自分の身を守る術すら知らない貴方はどうするつもりなの!
私の納得出来る答えを言ってみなさい、茜君!!」
電話越しから、凄い剣幕で絹姉さんが僕を責め立てる。
絹姉さんが言っているのは完全無欠の完璧な理論武装を展開しているから、子供のように気持ちをぶつけるだけじゃあ、この人は梃子でも動かない。
だから、僕は考えて、絹姉さんの納得出来る答えを導かないと。
「ねぇ、真希先輩達、従者はこれからどう動くの?」
「直接的には戦闘に参加しないで、組織との連絡、戦闘区域候補の予想と下見、戦闘開始後の公的機関との連携しての避難誘導などのバッ
クアップをして貰うつもりだけど。」
「なら、僕も真希先輩達と一緒にバックアップとして手伝えないかな。
バックアップなら絹姉さんの言う通り戦闘には参加しない、それなら僕でも出来るよね?」
耳元に絹姉さんの息を呑む声が聞こえてくる。
まさか、僕に切り返されるとは思ってみたいだ、そう気付くと一泡食わせたようでちょっとだけ嬉しい。
良く聞こえないけど、何かぶつぶつ言いながら、考えているみたいで、僕が声をかけても完全にこっちを無視している。
「………………はぁー。」
しばらく待っていると、諦めたような、それはそれは深いため息が鼓膜に響く。
もしかして、何か的外れな事を言ってしまった!?
どうしよう、どうしよう、選択を間違った?
何が正解だった?これで絹姉さんと関われなくなったら駄目だ。
「茜君、私の負けよ。
頑固のところは麗さん譲りね、さすが親子って事かしら。」
「え、参加して…いいの?」
粘り勝ちって事でいいのかな?
なんだかんだ言って結局自分の意見を押し通す、なるほど、確かに母さんみたいだ。
親子揃って強引な性格とか、そういや爺ちゃんも我が道を行く人だから、血は争えないと強く感じるなぁ。
「茜君が言い出した事でしょう?
少し気持ちが先行気味なのが気になるけど、ちゃんと考えて決めた事なんでしょう?」
「うん、ちゃんと考えたよ。いや、まだ考え続けているよ。
母さんが言っていたんだ、何が正しいのか、常に考え問い続けることが大事だって言っていたんだ。」
「至言ね、麗さんも良い事言うわね。
それじゃあ、真希には話を通しておくから、明日からは基本は真希の指示で動いてちょうだい。」
「了解、明日は真希先輩にところに行けばいいの?」
「いいえ、真希には茜君のSMESの番号を教えているから、明日連絡してくるはずだから、待っていればいいから。」
「分かった。」
「じゃあ、もう遅いから切るわよ。」
「おやすみなさい、絹姉さん。」
「おやすみ、茜君。」
絹姉さんから電話を切った。
明日から忙しくなると早く寝ないと!
明日は何をするのか、気になって気になって仕方がない。
あぁ、駄目だ、心と体はやる気に満ちて、目が冴えてしまって、そう簡単に寝れそうになれない。
でも早く寝ないと、でも興奮して寝れない、このジレンマに苛まれている事すらちょっと楽しい。
よし、母さんにホットミルクでも貰ってこようかな。
その後、母さん特製超安眠促進ホットミルクを飲んだ僕は、魔法にかけられたように夢の国へと旅立った。