1章 12
「なるほど、正直なところあまり期待はしていなかったのだけど、予想に反して、有益な情報を集めてくれたみたいね。
ありがとう茜君、助かったわ。」
「僕も絹姉さんの力になれたようで良かったよ。」
昼休みに情報が入ったと連絡したら、放課後に生徒会室に来て欲しいとメールが送られてきた。
ホームルーム終了後に、また捕まらないように全力で気配を消して、教室から脱出して生徒会室に向かった。
中学生の時は生徒会とは基本的には無関係だったから、中高通して生徒会室に行くのは初めてだから少し緊張する。
少し迷いながらも、約束の場所の生徒会になんとか着いた。
ふぅーと、ため息をついて緊張を解いた後、生徒会室の扉をノックすると、『少々お待ちください。』と部屋の中から聞いた事のない女性の声が聞こえてきた。
扉の向こうから声をかけられて数秒後、扉が開いた。
僕を迎えてくれた人は、短めのポニーテールに眼鏡を掛けた、制服をパンフレットの見本のようにビシッと着た、THE・秘書というべき性格の固そうな女性だった。
「お待たせ致しました、それでは生徒会にどのようなご用件でしょうか?」
「えーと、その、絹姉、いや、霧切会長と約束しているんですけど、聞いてますか?」
「はい、貴方が佐倉茜君ですね?会長が中でお待ちです。
こちらへどうぞ。」
「では、失礼します。」
そう言うと、秘書先輩は淡々と僕を部屋の中に案内した。
仕事に使う物しか置いていない、もっと殺風景な内装を予想していたけど、現実は物に溢れて、かなり私物化された部屋だった。
高級感溢れる部光沢を放つ机に、部屋に置いてある椅子は全てリクライニングチェアで、空きスペースには大きな絨毯が敷いていて、さらにこたつ机が鎮座している。
なるほど、冬の時期はあれで暖まっていたか。
部屋の奥には本格的なコーヒーメーカーに、小型の電気コンロ、オーブンレンジ、全自動洗浄機にその他調理器具が置いてある。
極み付けは、マッサージチェアに大型液晶テレビにVRデバイスとVRの無線LANが複数設置してある。
他のは100歩譲っても、学生が使うにはいささか高級過ぎる家具や調理器具はまだ分かるけど。
長い時間書類仕事をするのに疲れづらくしたり、気分転換にお茶やお菓子を口にする事はあるだろう。
そうする事で、仕事効率を上げる事が出来る。
でも、明らかにVR機器は遊ぶ目的で置いてあるだろう。
一緒に置いてあるパッケージには『エターナルワールド・オンライン』と書いている。
世界で一番売れているオンラインVRMMOで、無限とも思えるマップと膨大なスキル、技や魔法を自作出来る事、本当に異世界に迷いこんだようなリアリティーに魅力されたプレイヤーが世界中にいるゲームだ。
一応清尊に誘われて、アカウントを持っているけど、リアルと見間違えるほどの臨場感に圧倒されて、これなら多く人が魅力されるのは仕方がないと思ったのを憶えている。
そういえば、ここ最近はログイン出来ていないなぁ。
何も説明されていない状態で、ここに案内されたら、絶対にここが生徒会室とは思わない。
昔あった漫画喫茶だと言われた方がまだ信じられる。
それほどに、自由過ぎる空間になっている。
これ程の家具や電子機器をどうやって揃えたんだか。
「いらっしゃい、茜君。
ようこそ、我が城、浜波第一高校生徒会室へ。
とりあえず、空いている席に座ってちょうだい、それと真希コーヒーを二人分お願い、ひとつは砂糖とミルクを多めでね。」
部屋に入ると、ソファー型のリクライニングチェアにゆったりと、座っている絹姉さんが僕に椅子に座るようにすすめると、秘書先輩に声をかけると、秘書先輩は台所ゾーンに消えていった。
「絹姉さん、何この部屋は?」
「何って、何が?」
「私の城とは良く言ったものだよね。
どう見てもプライベートルームにしか見えないよ、ここは。」
「仕事するにも、休憩するにもいい環境は必要でしょう?。」
「限度ってものがあるよね?
物が揃い過ぎ!今日からここに住むって言い出しても、普通にここに住めるよ。」
「ここにある者全部私一人で揃えたのじゃないのよ。」
「そういう事を言ってるんじゃなくて、学校の一部屋をここまで私物化しても大丈夫なのかを心配しているの!」
「それなら心配いらないわよ、ねぇ?真希。」
絹姉さんは丁度コーヒーを淹れてきた秘書先輩に同意を求めた。
「はい、この事でしたら心配はありません。
我が校は生徒の自主性を重んじるという校風のため、学校運営のその多くを生徒会に一任しています。
イベントや行事の企画運営、校則の改善と制作の決定権、学園運営の予算管理、各企業や教育機関との折衝、などなどこなさなければならない仕事は多くなります。」
「他の学校では先生方がやっている仕事を受け持っている分、先生方は授業の準備に集中出来るから、質の高い授業を出来るおかげで、他校と比べて我が校は成績がいいのだけど。」
「その分の皺寄せは生徒会に来るって訳か。」
秘書先輩は僕にコーヒーを手渡してくれたのを受け取って、口をつけると、確かなコーヒーの風味に甘く柔らかい味が口に広がる。
絹姉さんが頼んだ砂糖とミルク多めのコーヒーは僕の方に渡されたみたいだけど、ブラックコーヒーは苦くて飲めないから、間違ってはいないチョイスけど、子供みたいに見られている事にしっくり来ない。
「多くの仕事をこなしているご褒美という事で、代々生徒会は相当な自由と特権が許されています。
例えば、学食の無料利用、学校運営には関係のない自由に使っていい予算の受領、遠足や修学旅行の視察旅行などの特典があります。」
「そう、真希の言う通りこの部屋の光景は許された範疇内の事だから、誰からも見咎めれる事はないわ。
個人の私物もあるけど、ここには合法的に認められた帳簿に載せなくていいお金で買った物が多く置いているのよ。
それに文句があるのなら、生徒会に入って仕事をしてみなさい、大きな権利はそれに見会った義務を果たして初めて享受出来ると、嫌という程見に染みるでしょうけど。」
「そうですね。
会長に連れられて生徒会に入りましたが、正直目が回るほどの忙しさです、悲しいかな馴れましたけど。」
優秀そうな二人がここまで言うなんて、生徒会はどれだけ忙しいんだろうか?
考えないようにしよう、気が滅入りそうになる。
「さてと、早速だけど茜君、貴方の手に入れた噂を聞かさてくれるかしら?」
「え?でも、絹姉さん」
僕は秘書先輩居るけど大丈夫なの?と絹姉さんに目で問いかけると、絹姉さんは問題無いと言うかのようにウィンクをした。
「心配しなくても、真希はこっち側の人間よ。
あ!そういえば真希、茜君にちゃんと自己紹介してなかったわよね。」
「そうでした、私とした事が
生徒会副会長及び童師霧切絹恵の従者筆頭、三条真希です。
佐倉茜君会長共々よろしくお願い致します。」
そして、最初の話に戻る。
葉山さんから聞いた話を絹姉さんと真希先輩に話した。
二人共、僕の話を質問を交えながら、興味深そうに話を聞いてくれた。
「話を聞いた感じ、事態はこちらの予想以上に悪化してみたいね。」
「はい、邪なるものが一般の方に多く目撃されている情報は我々も入手していましたが、警察が対応に追われる程とは、
早く対応をしませんと政府より、また苦情が来るかもしれません。」
「それは避けたいわね
情報と世論の操作を協力してくれている事は助かっているけど、どこの業界もお偉いさんは嫌みと揚げ足取りは達者なのよね
ネチネチとうざいったらありゃしない。」
「大変そうだね。」
「ええ、大変よ。
手伝ってやっているのだから、結果を出せって上から目線で………元々組織に邪なるものの討伐して欲しいと泣き付いたのは日本政府の方でしょうに、相手が小娘だと思って、黙って聞いてれば好き勝手言って、思い出しただけでも腸煮えくり返る!!」
うわぁ、絹姉さんから憤怒のオーラが燃え盛る炎のように見える。
絹姉さんの怒りにびびっていると、三条先輩がスッと僕の横に移動すると、顔を近付けて、口元に手を隠しながら耳元で囁くように小声で話し始めた。
「実はつい最近、会長は日本政府から苦情という名前の嫌みを言われたばかりでして。」
「え?日本政府から直接?」
「ええ、会長に聞いていると思いますが、会長の担当区域の中には、日本の首都である日都も入っています。
なので会長の要望や苦情などの交渉の窓口は日本政府になります。」
「僕なら日本政府から直接交渉するなんて考えただけで、胃に穴が開く程お腹が痛くなりそうですよ。」
「邪なるものの対応が遅すぎると呼び出されて、ここぞとばかりに嫌みを会長に浴びせかけていました。
私達の活動には政府の協力がどうしても必要で下手な態度が出来ない事をいい事に好き勝手に言いたい放題です。
正直、政治の中枢を担っているお歴々が子供じみた憂さ晴らしをしているようで、呆れを通り越して落胆の色を隠せません。」
「あぁ、だから絹姉さんは、あんなにご立腹なんだ。」
いつもの凛とした立ち振舞いのせいで、あまり怒るイメージがない分、ぐらぐら煮えたぎる溶岩のような憤怒を表している絹姉さんは僕がその怒りを向けられた訳じゃないのに肝が冷える思いになる。
よっぽど、日本政府のお偉いさんに腹に据えかねているらしい。
今も後ろで青筋をたてて、恨み節をブツブツと言っているし、
僕は間違っても絹姉さんを怒らせるのは絶対にやめよう。
「会長、そろそろ怒りを収めてください。
佐倉君が会長の怒気に怯えていますし、話が進みません。
時間には限りがあります、今回の件についての対策を立てていませんし、まだ生徒会の仕事も残っています。
やるべき事は早く終わらせましょう。」
三条先輩の言葉にハッとした絹姉さんは、さっきまでの態度が嘘のように怒りを収めて、こちらに戻ってきた。
「そうね、まだ決めないといけない事もやらないといけない事も、まだまだあるものね。
さて、真希、茜君の話を聞いて、他に意見を聞かせてくれる?」
「会長、やはり佐倉君の言っていた白い服を着た女性が私達の探している童師でしょうか?」
「直接本人に会っていないから何とも言えないけど、高確率で当たりでしょうね。
うーん……敵の童話はなんなんだろう?」
「邪なるものを率いる事の出来る可能性をある異能を保有している童話はいくつか候補がありますが……。」
「特定するには、まだ情報が足りないわね。
でも、童師が邪なるものの大量発生時に関わっているという、ほぼ確定情報を得られてただけでも、取り敢えずは良しとする事にしましょうか。」
「ですね、これまでと同じように対処療法として、邪なるものが現れた端から討伐していき、それと同時に敵性童師の特定と捜索、出現場所の予測をしていくというのはどうでしょうか?」
「異論は無いわ、邪なるものの対処は普段通りに私が、敵性童師の特定と捜索は真希、貴方が主導でやってくれる?」
「畏まりました。こちらの方はお任せください。なので、」
「分かっている、下らない事で呼び出されるのは、もう勘弁だから、しっかりやるわよ。
これ以上ぐちぐち言われたら、あの苛立つ狸親父と女狐にとんでもない失言をしそうで恐いしね。」
絹姉さんがそう言うと、三条先輩は少し困った顔をして、空になった僕と絹姉さんのコップにコーヒーのおかわりを注いでくれた。
「でしたら、早く解決しないといけませんね。
もし、会長が本当にとんでもない失言をポロッと漏らしでもしたら、管理不足で組織本部に呼び出されますね。
そうなったら、胃薬を持ち歩かないといけなくなります。」
「二人の精神衛生上のためにも、早期解決が望まれるわね。
さて、茜君、これからの方針は大体決まったから、今日のところは解散という事で。」
やる事が決まったのはいいけど、僕にとって一番肝心の事を聞いてないなぁ。
「それで絹姉さん、僕は何をすればいいの?まだ何か出来る事はある?」
「分かっている通り、状況は悪化していく一方よ。
これからは被害を出さないように早期解決が急がれるし、敵がこれ以上黙って何もしないとは思えない、だから確実に戦闘が中心の状況に移行していくわ。
だから茜君には、危なくないように後ろに下がっていて欲しいの。」
「僕は、役に立てないのかな、」
「冷たい事を言うようだけど、これからの戦場には闘う力強いのない貴方がいても邪魔にしかならないわ。」
「ッ!!」
絹姉さんが僕の事を思っていて、そして自分でも戦力不足だと理解していて、そう返事を返されると分かっていても、直接言われるとショックを受けて、頭の中が真っ白になって何も言えなかった。
「心配しないでください、佐倉君。
貴方のは私達従者が守りますので、安心してください。」
「ごめんね、茜君。
でも、あなたは私にとって大切で、家族のように想っているの。
だから安全なところに居て。
そしたら私は余計な心配をしないで、思いっきり戦えるから。」
まるで聞き分けの悪い子供に言い聞かせるみたいに、絹姉さんは優しい声と顔で僕を説き伏せようとして、僕の頭を慈しむように撫でる。
「分かったよ、絹姉さん、言う通りに安全なところにいるよ。」
「ありがとう、なるべく早目に終わらせるから。」
絹姉さんの邪魔にならないように余計な事はしない方が正しいって、頭で理解出来ても、心では納得出来るほど、僕はまだ大人になりきれていない。
そんな僕を、僕自身の事を子供だと心底思い知らされて、悔しくて、頼りなくて、とても無力な存在だ。
無力な事ってこんなにも嫌だ、なんて、今日初めて知った。