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幻想にて踊れ  作者: ロマンスの馬
12/19

1章 11

朝から酷い目にあった。

でも、夢の国から帰ってきた絹姉さんが、根気強く説明してくれたおかげで、根も葉もない熱愛報道が街中に駆け巡るところだった。

それでも、僕と絹姉さんの、見た目は仲睦まじく抱き合っている写真を母さんに押さえられたしまった。

無傷とは言いづらいけど、最悪の結果にならなかっただけでも良しとしておこう。

けど、まさか絹姉さんがあんなに寝相が悪いだなんて知らなかった。

聞けば、目が覚めた時、全ての衣服をキャストオフしているなんて事は日常茶飯事のようで、無意識にベッドから這い出て廊下で目が覚める事もよくある事らしい。

本人いわく、朝起きて一番驚いたのは、トイレの個室で体育座りのように膝を抱えて寝ていた事があった、という話だから、その寝相の悪さには驚き通り越して、いつかとんでもない間違いを犯すのではないかと心配になってくる。

少なくとも、次絹姉さんと同じ屋根の下で寝る時は、なんらかの対策案を取ると、硬く心に誓った。 


朝から心身共に疲弊した僕は、登校して教室に着くや否や、自分の机に突っ伏した。

まだ一限目の授業すら始まっていないのに、今日一日頑張れるかな?


「どうしたんですか、佐倉君。

朝から随分と疲れているようですけど、何かあったんですか?」

「あ、おはよう葉山さん。」

「はい、おはようございます、佐倉君。」


聞こえてきた声に顔を上げると、由緒正しい委員長スタイルの葉山さんが心配そうな顔をして、僕の顔を覗き込んでいた。

葉山さんの優しさが身に染みるなぁ。

朝の騒動のせいで、葉山さんの優しさは一服の清涼剤になってくれている。

まだ知り合って三日しか立ってないクラスメイトに心を砕いてくれるなんて、なんていい人なんだろう。

まるで天使、いや女神様だ、後光が差して見えるのは気のせいではないと思う。


「朝から、ちょっとした騒動があってね。」

「なんというか、ちょっとしたというわりには凄く疲れているように見えるんですけど。」

「えーと、誇りと体裁と貞操と心の平穏を賭けた戦いを、ね。」

「朝からそんな争いをしないといけないなんて、大変な家庭なんだね。」

「普段はそんな事ないんだけど、今朝はイレギュラーだっただけ。」


葉山さんは頬を掻きながら、乾いた笑いを出して哀憐の眼差しを向けてきた。

あぁ、そんな目で僕を見ないでおくれよ、その視線は胸に刺さる。

純粋な心遣いは悪気がない分、時に悪意よりも人にダメージを与えるものだと、また一つ勉強になった。


「茜が疲れている原因か……俺も興味あるな、なぁ?信。」

「昨日夜に別れた時は上機嫌で元気だったから、尚更にな。」

「言いたくない、ノーコメントで。」


登校して来た清尊と信が話に入ってきた。

昨日絹姉さんが家に泊まっていたなんて、ゲロったらどれ程弄り倒されるに決まっている。

しかも朝起きたら、裸の絹姉さんに抱きつき抱きつかれていたなんて知られたらと、考えただけで嫌な寒気が背筋から足まで電撃のように走り、貧乏ゆすりをしそうになるのを必死に堪える。

『ノーコメントじゃしょうがないか。』と言いながら、僕が答えなかった事に気にした様子は見せずに、二人は席に荷物を置きに行った。

二人共付き合いが長いから怪しまれると思ったけど、僕の態度に疑問を覚えた様子がなくて良かった。


「伊藤君と木下君、でしたよね?おはようございます。」

「えーと、どなた?」

「葉山です、私は葉山愛莉といいます。」

「そうか、俺は伊藤清尊だ。

こっちの太っちょは木下信春だ。俺達は信って呼んでいる。

それとクラスメイトなんだし、敬語じゃなくていいぜ。」

「太っちょ言うな清尊、葉山さんよろしく。

もし美味しい店を知りたかったら、いつでも聞いてくれな。」

「はい、よろしくね。」


お互いの自己紹介が終わったようで、三人は僕の席の周りに集まった。


「それで一晩たって会長の事を何か思い出したか?」

「会長って生徒会長の事?

佐倉君は生徒会長と知り合いなの?」

「どうも、話を聞くに茜の古い幼なじみらしくて。」

「思い出したか?って聞いていたけど、佐倉君は会長の事を覚えていないみたいね。」

「10年前の事みたいだから、覚えてないのも仕方ないじゃねぇ?」

「それでも、乙女心としては覚えてて欲しいと思うのが、一般的ではないかしら?」

「乙女心は難しい、男の身では一生理解出来る自信はないな。」


僕抜きで何話してるの?

まぁ、絹姉さんの事を追及されないのは、有難いけど、仲間外れはそれはそれで寂しいよ。

うさぎは寂しいと死んじゃうんだぞ!

実際は寂しくて、死んじゃううさぎはいないらしいけど。


「で?実際どうなんだ、茜く~ん?」

「い、い~や、どうだろう?

思い出したような、思い出していないような?」

「一体何を隠しているんだ、茜?」

「な、なんの事だが、さ、さっぱりだなぁ~。」


蛇に追い詰められたネズミのように僕は、動揺しているせいで、上手く対応出来ずに不自然な笑みをして誤魔化した。

いや、こんな状態では誤魔化しきれない事は誰が見ても明らかだけど、それでも強引に押し通してみせる!


「佐倉君、あまり君の事を知らない私でも何か隠そうとしているのはバレバレよ。」

「ホントウニナニモカクシテナイヨ。」

「これ以上叩いても、何も出す気がないか。」

「しゃーねぇや、あきらめるか。」


よし、切り抜けた!

絹姉さんの事はいつか分かるとはいえ、今朝のような騒動があったばかりだから、今はマズい。

なるべく引き伸ばして、平和的な状態になってから話したい。


「もしかして昨日、夜遅くまで、出歩いていたの?」

「ゲーセンに行っていてな、なんか駄目だったか?」

「うーん、校則的に考えたら褒められる事じゃないけど、それについては私達の歳なら自己責任だから悪いとは言い辛いし、

でも、あんな噂が流れているから危ないと思うの。」

「あんな噂?どんな噂だ?」


噂?もしかたら絹姉さんが知りたがっている情報かもしれない。

葉山さんは自分の席に腰掛けて、話を続けた。


「実は夜になると、特に真夜中に近付くと真っ黒い怪物が現れて、夜な夜な人を襲っている噂なの。」

「は?何それ?」


噂の主は確実に邪なるものだ、既に僕以外にも目撃していた一般人がいたのか!

もしかして、もう霊魂だけじゃなくて、生きている人間に被害とか出ているなんて事はないよね?

心落ち着かないで、表情も体も固まってしまった僕に置き去りにして三人は会話を続ける。  


「酔っ払いや薬中(ヤクちゅう)の見た幻覚とかじゃないか。」

「もしくはどこかの法螺吹きの妄想とか。」

「そうとも言い切れないの。

まだ街中の噂にはなっていないけど、怪物の目撃情報を全員が幻覚を見たというには、無理のある数が寄せられているのよ。」

「そんな事良く知っているね。」

「お父さんが警察官で、最近急に怪物の通報が増えていて、あまりの多さに調査しない訳にはいかなくて、でも調べても何もないし分からない状態で困っているって家で愚痴っていてね。」 

「マジっぽいな、葉山さんの親父さんも大変だな。」

「警察が介入してくる程、大事になっているとは知らなかった。

なんで一般に広まってないん?」

「お父さんいわく、怪物騒ぎが広まったら、大パニックになるからっていう理由で上層部から箝口令が敷かれているみたいなの。

警察官の人達だけなく、目撃者達にもね。」


絹姉さんから情報を集めて欲しいと、言われて黙って聞いていたけど、想像以上に怪物騒ぎが広まっているとは思わなかった。

絹姉さんに聞いていたけど、ここまで手が足りてないんだなんて。

早く原因となっている童師を見つけないと!


「葉山さん、あのさ、他にも何か噂ないの?」 

「え?あぁ、佐倉君、他の噂、か………そうだ!」


葉山さんは人差し指をこめかみ辺りに当てて、少し考えて後、何か思いついた顔をするとパンと両手を叩いた。


「ひとつだけあったわ、黒い怪物の他に白い服を着た女の人を見かけたって話が極少数件あったと聞いたわね。

さらに驚く事に、その女の人は怪物から襲われていないどころか、怪物を率いていたように見えたみたいなの。」

「怪物を率いる女性か、完全にファンタジーだな。」

「それが本当の話で、その女性が人に危害を加えようとしているなら、笑い話にもならない。」


信の言った話が笑い話にならない可能性があると知っている僕は、その光景を思い浮かべるだけで本当に笑えない。

その邪なるものを率いていた女の人が童師なのかもしれない。

絹姉さんに教えたら、きっと役に立ててくれるはすだ。


「嫌な噂ばかりで気分が落ちそうだ。」

「そうね、楽しい噂なら大歓迎なんだけど。」

「そういや、噂といえば、つい数分前に面白い噂を聞いたなぁ、

茜、お前今朝は会長と一緒に登校したんだって?」

「うん、実は絹姉さんと……ハッ!!」


あまりにナチュラルに聞かれ過ぎて、何も考えずに素で答えたところで、自分の発言を思い出して、しまったと思ったけど、もう遅い。

だらだら冷や汗を流しながら、横を向くとニヤニヤと嫌らしい笑顔を浮かべた清尊がいた。

信も興味深そうな顔をして僕を見ていた。


「絹姉さん、ねぇ~、

確か会長さんの下の名前は絹恵だったよなぁ?あ、か、ね、ちゃん?」

「いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?

タイミングは俺達と別れた後しかなかったはずだけど、どうなんだ、茜?」

「へぇー、佐倉君は生徒会長をお姉さんと呼ぶ関係だったんだ。

私も少し気になるかな?」


予想通り清尊と信が極上のネタに食らいついてきたけど、まさか葉山さんまで興味津々だなんて。

思わず『ブルータス、お前もか!』と言いそうになった。

でも、女の子が他人の恋愛事情に興味津々なのは、古今東西同じなのだから、これも当然の結果なのかな。

一応言っておくけど、僕と絹姉さんはそういう関係じゃないよ。


「俺達と別れた後、会長に会ったとして、ゆっくり話す時間が必要ただよな。」

「茜の事だ、夜も遅いから家に連れていく。」

「昔の知り合いって事は、おばさんは確実に憶えているよな?」

「確実にな、その後のおばさんの行動はご飯を食べていって、からの今日は泊まっていきなさいのコンボに違いないな。」


誰か助けてください、僕の親友達の推理の精度が高くて怖いです。

まるで見てきたみたいに正確過ぎる。

それはそうだろうな、10年の付き合いだから、色々と知られているし、知っている。

こういう時はいつも思う、幼なじみって良し悪しだよな。


キーンコーンカーンコーン!


どう逃げようと考えていると、タイミング良く朝礼のチャイムが鳴り響いた。

これは千載一遇のチャンスだと思い、すぐさまそのチャンスに飛び付いた。


「ほら、もう先生が来るから話はそれでおしまい、解散解散!」


渋々、自分の席に帰って行く三人を見て、安心など出来る訳がない。

だって絶対に聞き出してやるっていう、野次馬根性全開のオーラを真横と後ろからビンビンに感じる。


(何がなんでも逃げきってやる!神よ、我に全てを振り切る圧倒的なスピードを与えたまえ!)


普段は特に信仰もしてないどこかの神に祈る。

これで今日の僕は韋駄天すら凌駕する存在だ! 

そんな祈りと妙な精神的高揚感は僅か数時間後に木っ端微塵に打ち砕かれてしまった。

昼休み開始直後に脱兎の如く逃走しようしたところを、清尊、信、葉山さんの三人の連携プレーで敢えなく御用となり、捕獲された宇宙人のように連行されてしまったのだった。

その後滅茶苦茶ゲロった。


今日の反省、これからは普段から神様にお祈りをちゃんとしよう。

今日の教訓、神頼みは普段から神様を信仰している者にしか有効ではない。

今日の愚痴、神様はどうやら面白いお約束が大好きらしい。地獄に堕ちたまえ。

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