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幻想にて踊れ  作者: ロマンスの馬
10/19

1章 9

「ここまでが、童師の話。

そして、ここから本題だよ、茜君の一番知りたがっていた事について話してあげるわね。」

 

ようやくか、と思い緊張で背筋が伸びる。

でも、あり得ない事のオンパレードだった童師の話を先に聞いていたおかげで、どんなとんでも事実を教えられても、大丈夫のように心構えは出来ている。

でも、とんでも事実に驚くんだろうな。

心構えが出来ていても、驚かないとは言ってない。


「まず、あれの名前は邪狼。

簡単に説明すると、大地の穢れや歪みが形を得た悪霊のような物よ。」

「邪狼…それがあれの名前ですか。」

「得た形が狼だったから邪狼と呼ばれているだけで、得た形によって名前が変わる。

人の形を得れば邪人、鬼の形を得れば邪鬼、という風に変わってくる。」


絹姉さんは、手で狼、人、鬼、と影絵を作りながら、僕に説明してくれた。

まるで個人の捉え方で、見える姿が違う月の見えかたみたいだ。


「どうして、そんな物が産まれてきたの?」

「なんだってそうでしょう?

与える影響が強ければ強い程、発生する歪みは大きくなる。

誰かが富を得れば、誰かが貧困に喘ぐ、誰かが成功を収めれば、誰かが失敗に苦しむ。

光あるところに影があり、て事だね。」


なんとなく分かってきた。

ゲームや漫画でも似たような設定が溢れかえっているから、理解は難しくなかった。


「でも、大地に吸収された穢れや歪みは、大地の循環システムで、その大半は浄化されてなくなるんだけど、100%の完全浄化は出来ないわ。

科学技術の進んだこの時代の下水道の浄化槽でも完璧ではない。

そうして少しずつ溜まり続けた老廃物が邪狼であり、邪鬼であり、邪邪人であるの。」

「老廃物って扱い酷くない?」

「そうかしら?そう間違った例えでもないと思うのだけど。

で、話を戻すけど、ほんの微量ずつしか溜まり続けない穢れや歪みで産まれ出る邪なるものは決して多くない。

さっきのように一度にあれほどの数の邪狼が出現する事態は普通はあり得ない。」

「あり得ないなら、絹姉さんは大量の邪狼を現れるのを分かっていたよね、どうして?」


邪狼の出現比率はそう高くないって言っていたけど、あの時の絹姉さんは、明らかに現れるのを分かっていた。


「それはここ数ヶ月の間で、邪なるものの出現頻度と出現量が極端に増加しているのよ。」

「それって、やっぱり異常事態なの?」

「異常事態も異常事態よ。

しかも、これほどの数の邪なるものが出現している状況になっていたら、先に水が汚れ、草花が枯れ、人々に疫病が流行っているはず。

でも、そんな事は起きずに邪なるものだけが大量発生している。」 


確かにおかしい、詳しくない僕ですら、気持ち悪さと異様な不気味さを感じる。

それが人を襲うものなら尚更。


「過程がなくて結果のみが先行している。」

「その通りね、理屈に合わない。

だから、私は今回の件は十中八九、私以外の童師の仕業と睨んでいるのよ。」

「じゃあ、どこの誰だか分からない人が、意図的にあれを作ります出しているって事!?」


ふざけるな!あんな化け物が存在するなんて分かったら、大パニックになるし、どれだけの犠牲が出るか分からないんだぞ!


「落ち着いて、茜君。」

「でも、絹姉さん!」

「大丈夫だから、幸いにまだこれといった被害は出ていないから」

「被害が出ていない?そんなのあり得ない!だって、あの時!」


邪狼が人を貪り喰っていた。

生気が感じられない虚ろな眼に、無残に喰い漁られた胴体からチラリと覗く骨、周りに飛び散った大量の肉片と血痕、今も瞳に焼き付いている。

あの光景が嘘とか、夢とかでは流す事は、とてもじゃないけど出来ない。


「あぁ、あれね。

心配しなくても、あれは人間じゃないわよ、あれはかつて人間だったもの残骸、世間一般で幽霊と呼ばれている存在よ。」

「幽、霊?」

「死んで魂だけの存在になってなお、現世に留まり続けている元人間で、死んでも死にきれない未練を抱えて、成仏出来ていない駄々っ子達よ。私達は霊魂って呼んでいるんだけど。

稀に生きている人間にちょっかいを掛けるのもいるけど、基本的にはこちらから下手に刺激しなければ何もしない無害の存在よ。」 

「幽霊の事は分かったけどさ。」

「邪なるものは元々はだだの穢れや歪みの塊よ。

しっかりとした形を持っている訳じゃないの、その形を維持するために霊的エネルギーを外部から摂取する必要性があるの。」


人間も生きるために、必要な栄養やカロリーを摂取しないと生きられないけど、穢れや歪みはそもそも生き物じゃない。

つまり、死という概念は存在しない。

栄養を取らなくても死なないのなら無理して、退治されるリスクを払って捕食をする必要性は感じない。


「例えるなら、常に水蒸気の存在がいたと仮定しましょう。

でも水蒸気だから、見えず、聞こえず、喋られず、触れられず、そんなの存在していないも同じ。

自身を冷やして事よって、その存在は形を得る事が出来る。

すると、その存在は世界で自由に動く事が許される。

でも、それは時間制限つきの自由で、その自由を享受し続けるには、常に自身を冷やし続けるエネルギーが必要。

しかもそれは他人から奪わなければ、絶対に手に入らない。

そんな生き物が存在したら、どういう行動をとるなんて少し考えれば分かるわよね?」

「理屈は分かるけど、奪われる方はたまったものじゃないよ!」


もし、母さんや清尊や信達のように僕の大切な人が襲われたら、と考えただけで不安と恐怖で居ても立ってもいられなくなる。


「それは関しては同意ね。

でも、安心して大丈夫、今すぐ生きた人間には危険はないと、保証してあげるわ。」

「どうして、そう、言い切れるの?」

「霊魂は肉体に縛れていない分、生きた人間と比べて霊的加護がとんでもなく低いのよ。

だから、先に霊魂の方をエネルギー源に選ぶわ。

三匹の子豚でもあったでしょう?

藁の家とレンガの家壊すのはどっちが楽かなんて子供でも知っている。」

「つまり、餌にしやすい方を狙うから、大丈夫って事?

でも、それって!」

「そう、霊魂が尽きれば、次に狙われるのは生きた人間。

しかも霊魂と比べて、リスクは高くなるけど、得られるエネルギー量は霊魂の比じゃない。

そうなれば、謎の行方不明者続発のニュースや噂が世間を駆け巡るでしょうね。

本当はそうな事になる前に、私達童師が狩り尽くすのだけど、私一人では正直手が足りていないのが現状よ。」

「じゃあ。救援を頼んだら、」


そうだ、こんな大きな事を絹姉さん一人でやっているはずがない。

仲間なり、同士なり、組織があるはずだ。

でも、絹姉さんは申し訳なさそうな顔をして、無言で首を横に振った。


「どうして!?どう聞いたって緊急事態なんだよ。」

「私の所属している組織は常に人手不足なのよ、特に童師はね。

そして、邪なるものは世界各地で出現しているの。

なるべく広くカバーするために、どうしても一人の童師が担当する区域が大きくなってしまうの。

ほとんどの童師が自分の担当区域で精一杯なのよ。

童師じゃない組織のメンバーも邪なるものを倒す事が出来る人もいるけど、童師と比べると殲滅力が圧倒的に落ちるから、戦力補給としては期待出来ない。」

「ちなみに絹姉さんの担当区域は?」

「浜波地区を含めた、旧関東地方全域よ。」


これはさすがに驚いた。

今日本の居住区域は旧関東地方、旧中部地方、旧近畿地方に集中していて、

旧東北地方、旧中国地方になると農業、酪農、漁業といった第一次産業を仕事にしている人達が多く住んでいて、

旧北海道、旧九州地方、旧四国地方はほとんど人は住んでいなくて、発電施設や軍事施設、機械による全自動の生産施設になっている。

その中の人口の集中している一帯、全てをカバーしないといけないなんて、無理がある。

他の童師の人も、絹姉さんとそんなに変わらない状況だと予想出来るから、確かに救援は期待出来ない。


「だから、この迷惑な騒動を起こしている童師(ばか)をどうにかしないと、一向に状況は解決しないどころか、悪化していくわ。

どんな目的があるのか知らないけど、面倒な仕事を増やしくれたお礼はたっぷりとしてあげないと。」

「僕に何か手伝える事はない?」


自分と自分の大切な人達に関わる事だから、何かしないと落ち着かない、勝手に行動したら、絹姉さんに迷惑をかけてしまうから、ちゃんと聞いておかないと。

そんな僕の思いに気がついたのか、絹姉さんは


「流石に私のように切った張った出来ないし、どうしましょう?

ん~、なら、茜君には情報収集をお願いしましょうか。」

「情報収集?一体何をすればいいの?」

「別に難しい事はしてもらうつもりはないわよ。

クラスや街の怪しい噂や面白い噂を集めて欲しいのよ。

なんて事のない馬鹿馬鹿しい話の中に、意外と真実のヒントが隠されているものよ。」


それくらいなら、僕も手伝えるかな?

清尊と信にも手伝って貰えば、色々な情報を集められるかな。


「うん、頑張って情報を集めるよ。」

「張り切ってくれるのは嬉しいけど、藪をつついて蛇を出すような事だけにならないようにね。

あなたに何かあったら、麗さんに申し訳が立たないから。

約束してくれる?危険な事はしないと。」


絹姉さんは真剣な顔をして、僕から一切目をそらさずに、手を握って問いかけてきた。

本気で僕を心配してくれている事が分かったから、絹姉さんが差し出してきた小指に、僕も小指を絡めた。


「約束するよ、危ない事はしないよ、絹姉さん。」

「ありがとう、なら明日から頑張ろうね、茜君。」




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