おい魔王、俺の語彙力と性別を返しなさい!!
ドカーンッ!!
遠くで爆発して、凄いあれだったけど何とか生きている。
やばかった、本当に。
どうして生き残ったのかも分からない、でも、生きてた。
てか、右肩から血がちょっと垂れてるけど、かすり傷程度で済んだのはデカい。
しかし、どうしてこんなことになったんだろうか。
ど う し て こ ん な 語 彙 力 に な っ た ん だ ろ う か。
* * *
眼前に聳えるは、この世界に突如現れた魔王の城。
聖峰スァルガール山の岩壁を切り崩して建てられたその城は、禍々しい紫色のオーラを帯びて、誰として寄せ付けまいとしているのを、この肌にひしひしと感じる。
それでもやらなければならない。
それが勇者の責務であり、俺が勇者だからだ──。
左の腰に差してある聖剣が、俺を鼓舞するかのように白く、薄らと光を放っている。
五大聖霊の力を借りて作られたこの聖剣を一振りすれば、忽ち闇を切り裂き、跡形もなく悪を消し去る。
かつてはエクスカリバーという名で通ったこの剣だが、今は『フォース・エクスカリバー』として新たな境地にある。
時空をも切り裂くこの剣に天敵となる者無し。
勝てる……この聖剣があれば……ッ。
鞘からその刀身を引き抜き天に掲げた。
「聖剣よ、魔王城への道を切り拓けッ!!」
俺の呼び掛けに応えるかの如く、薄ら発光していた白い光がより一層輝きを増して俺を包み込む。
とても温かい光だ。
それに、今まで受けて傷も癒されてゆく。
所有者の傷を完全に治癒してくれるのが、この聖剣の最大こ強みと言っても過言ではないだろう……おかげで、つい先程リザードマンから受けた傷も完全に閉じて、今はその傷痕すら残っていない。
輝きが先程よりも増して、刹那、転移魔法が展開され、俺の身体は一度魔空間へと飛ばされた後、聖剣が指し示す方向へと身体を預ける。
「……っ」
目を開くと、そこは既に魔王城の中。
髑髏が掘ってある柱が、そこかしろに見受けられる。
なんともまあ、魔王というのは悪趣味だろうか。
飛ばされた部屋は、どうやら舞踏会場のようなホールで、その悪趣味な柱が円を描くようにして設置され、一点に収束されるように天井を支えている。
いくら舞踏会がここで開催されても、とてもではないが踊る気にはなれないな。
そんな皮肉めいた笑みが自然に出てくるくらいには、気持ちの余裕もあるらしい。
「さて、魔王を探すか……」
どうして魔王城に単騎で乗り込んだのか。
きっと、仲間は今頃、心底驚き、慌てふためいているに違いない。
それは申し訳ないと思うが、こればかりは致し方がない事で、聖剣の力と同等、或いはそれ以上の力を所持していなければ魔王に傷のひとつも付けられないのが現状。
俺は聖剣を所有しているが、仲間達にそれ同等の装備、又は、魔法や体技があるかと言えば、残念ながら首を横に振らざるを得ない。
彼ら彼女らはここまでよく俺を支えてきてくれたと思う。
だから、大切な仲間だからこそ、この場で死なせたくない。
そう思い、俺は単騎でこの魔王城へと足を踏み入れたわけだが、やはり、今まで四人で活動していただけに、口煩いアイツや、妙に小賢しいアイツや、お人好し過ぎるアイツがいないのは少しばかり寂しい。
「これが終わったら土下座もんだな……」
魔王を倒して世界を救う勇者が、仲間に土下座する様子は、さも滑稽に見えるだろう。
それくらいの恥なら喜んで受け入れる、それで許して貰えるのなら、だが……。
突如、背後から地鳴りのような、穏やかではない音がこのホールに響く。
何度も打ち鳴らすその音が、ホールの壁に嵌め込まれた窓ガラスをガタガタと揺らし、蝋燭の何本かはその火を消した。
どうやらこのホールには鍵が掛けてあるらしく、外側からこのホールに侵入しようと、扉に巨大な丸太のような何かをぶつけているのだろう。
このままここで奴らが来た所を一網打尽にしてやってもいいが、なるべく戦闘は避けたい。
そんな時、壁に嵌め込まれていた窓ガラスが数枚割れて、外の生温い風がホールに入ってきた。
これを利用する手はないだろう。
戦闘を避けるには、どこかに隠れてやり過ごすか、その場をそそくさと立ち去る方が効率的だ。
俺は破れた窓ガラスのひとつを選び、背中から窓ガラスに体当たりして外へと出た。
それとほぼ同時、いや、数十秒後に扉は破られて、スケルトンナイトやリザードマンといった二足歩行型のモンスター達が、その手に剣を構えて投入してきたのを、俺は横目で見てから、足軽に壁を蹴りながら更に上へと進む。
頭上に星はなく、淀んだ空気と分厚い雲が空を覆い、その影から紅の月が俺を監視するかのうように顔を覗かせている。
魔王がいるのは、恐らく最上階の部屋だろう。
そこまでこのまま外から進むのが手っ取り早いのだろうと当たりをつけて、俺は足早に最上階を目指した。
そのまま壁を蹴って登って行くと、やたら瘴気の濃い一角を見つける……あそこだ、あそこに魔王がいる。
「手始めにご挨拶しておくか、な……ッ!!」
聖剣を引き抜き、壁を蹴った反動を利用してそのまま瘴気の濃い一角、魔王の間だと思われる場所へ斬撃を飛ばすと、その壁は粉微塵に吹き飛び、丁度ひとが通れるくらいの穴が出来た。
俺は降り注ぐ瓦礫を足場にしながら、その開いた穴から魔王の間へ足を踏み入れる。
「……来たか」
「よう……久しぶりだな、魔王。決着をつけに来たぜ」
二本の角が付いた黒い兜に、胸部と肩を守る鎧。
その肩部分から垂れるように紫色のマントが風に揺れている。
胸部と下半身以外は緑色の素肌を見せて、腹筋は六つに割れて、えぐい程の窪みを湛えている。
右手には自分の身長と同じ位の長さの大剣を持ち、それを軽々と持ち上げて肩に背負った。
あの大剣こそ、魔王が魔王である象徴であり、光を飲み込む魔剣ディアログス。
暗黒の刀身が黒光りする様は、ある種の美しさすら見違える。
絶対の王にして、最凶の魔剣。
対するは、聖剣の勇者である、俺。
はっきり言って、勝てる確率は五分もあればいい所だ。
奴は数百年は生き続けている魔王で、俺はまだ齢二十一。
その圧倒的な経験差を、この一振りの聖剣に賭ける。
「始めようか、勇者よ」
「嗚呼……行くぞッ!!」
地を蹴る衝撃で地面に亀裂が入る。
奴はそれ程の力を込めて最初の一振りを放った。
だが、俺とて勇者だ。
奴の一撃を聖剣の腹で受け止める。
紫色の光と、白い光がバチバチと交差しながら、お互いに譲らないという気迫で鬩ぎ合いになっていた。
「少々腕を上げたか……しかし、その程度ッ!!」
「しまっ──」
力任せに薙ぎ払われて、背中から柱に叩きつけられた。
もし、聖剣の加護がなければ、今の一撃で背骨が砕けていただろう。
つまり、敗北も辞さない程に圧倒された。
「所詮は人間。魔の頂に辿り着いた我に勝てるはずもない」
「何が“魔と頂ち辿り着いた”、だ……単なる力比べだろうが。そんな筋肉してて人間に負けてるようじゃ、魔王としてどうなんだ? って、思う、けど、な……くっ」
「ほう、その身体で我を挑発するか。いいだろう、その挑発に乗って、我が深淵なる力を見せてくれるッ!!」
奴は腰をぐぐっと落とし、左手を俺に向けて、魔剣を左手の顔辺り一直線構えた。
その構えから察するに、突きを繰り出しつもりだろう──しかも、俺が知っている突きの威力を遥かに凌駕する力を秘めた突きだ。
だが、そうとわかれば対処は可能。
奴が突きを放った隙を狙って腹部に一撃を加えてやる……その技は、ワノ国と呼ばれている東大陸で習った剣技、居合い斬りだ。
奴が刀身に力を込めている間に、俺は姿勢を整えて、聖剣を一度鞘に納める。
この一撃は抜刀からの瞬発力を利用して、常人では決して見ることが出来ない斬撃を与える、ワノ国の奥義だ。
習得するのに三日は掛かったが、そのおかげでこの技は幾度となく俺を救ってくれた。
「老師には感謝しかねぇな……」
眼を閉じて、気配を辿る。
そして──
「貫け、ディアログスッッッ!!」
「今だ──って、おい嘘だろッ!?」
奴が繰り出した突きは、奴奴が突き出した剣から、高濃度の魔力を放つ、所謂、飛ぶ突き。
遠距離攻撃とか卑怯だぞッ!? ──と、恨み節を言っても仕方がない。
俺はその『飛ぶ突き』を『居合い斬り』で真っ二つに切り裂き事なきを得たが、一撃必殺の奥義を見られてしまった為に、もう奴にこの技は通用しない。
「今のを防ぐか……」
「突きをするならてめぇが来いよっての……遠距離に頼って恥ずかしくねぇのか?」
「恥? ふん……人間程度を相手に恥を感じる事など微塵も無いわ。羽虫は殺す、その程度のことよ」
「そうかよ」
だが、奴の懇親の一撃を防いだのは心的余裕に繋がる。
大丈夫だ、この剣さえあれば奴に遅れを撮る事はない。
──しかし、油断は出来ない。
力比べでは負けているんだ、注意すべきは奴の圧倒的な力。
そして、深淵を覗くかのうような魔力……こればかりは未知数、俺がどうこう出来る問題ではない──でも、そこに勝機は見い出せる。
「魔王、敗れたりッ!!」
「……なんだと?」
「今のが貴様の懇親の一撃なら、俺は何度でもそれを無効化出来る」
「クククッ……ハハハッ!! 今のが我の全力だと思ったか? 笑わせるな、人間ッ!! 見せてやろう、我が闇の恐ろしさをッ!!」
奴は中段に両手で剣を構えると、内に秘めていた魔力をどんどん解放していく。
空気が痺れ、緊張で俺の肌が粟立っている。
まさかここまで力の差があるとは……想定外だ、挑発なんてするんじゃなかった、と、後悔してももう遅い。
力を解放している所為か、魔王の身体が一回りも二回りも大きくなって見えるのは、その甚大なる魔力がそう見せているのか、それとも、本来がその大きさなのかまではわからないしろ、あれが直撃したら塵一つ残らないだろうことだけは理解出来る。
「さらばだ、愚かな勇者よ。己の傲慢さを呪うがいい……魔王技、斬ッッッ!!」
掛け声と共に地面を両足で蹴ると、その衝撃波が俺の身体に伝わり仰け反りそうになったが、それを何とか両足で踏ん張り、奴の魔王技に備える。
「朽ち果てろ、勇者ッッッ!!」
「朽ち果てるのは貴様だ、魔王ッッッ!!」
聖剣の真価、それは闇を消し去る事に非ず。
そして、その身を癒す術でも非ず。
それは──
「魔王、貴様を屠ることだ──
《ライジング・カウンター》ッッッ!!」
頭上から放たれた魔剣の一閃を聖剣で弾き飛ばし、袈裟斬り、逆袈裟斬り、横薙ぎ払い、そして、奴の兜を砕く縦一閃を神速で繰り出す。
ライジング・カウンターは、聖属性であるこの剣でしか発動出来ないカウンター奥義。
相反する闇属性の力が大きければ大きい程にその威力は増してゆく。
底知れぬ魔力を所持している魔王に対抗出来る唯一の技であり、これで倒れてくれなければ打つ手は無いが、俺のカウンターを直撃した魔王は、その巨体が捻れるように上空へと吹き飛び、そのまま地面に叩きつけられた。
「ば、ばか……な……人間、勇者程度に……」
「おい、まだ喋る余力は残ってんのかよ……クソッ」
「口惜しいが……我の負けだ……だが、ただでは死なぬ……貴様に呪いをかけて滅びようぞ……ッ」
「な、に……ッ!?」
奴が放った紫色の閃光が俺の眉間を貫いた。
「グアアアッ!! て、てめぇ……なにを……ッ」
「我が呪いに震えて眠れ……勇者よッ!!」
「ま、まさか……自爆かッ!?」
奴の身体から幾千の光が放出されると同時に、俺は最後の力を聖剣に託し、転移魔法を展開した。
「……ッ!!」
爆発の衝撃で魔王の間が瓦解し始めて、その破片が俺の肩を掠めた。
「うおおおおおおおああああッッッ!!」
俺の叫び声に応えるように、聖剣は光を放ち、そして、ついに俺は魔王城から脱出した──。
ここまでは覚えてる──。
だけど、どうしてもわからない。
なんで、こんなに語彙力がなくなった?
めちゃくちゃ考えてみたけど、思い当たる節が……
「いや、ある……」
魔王が死ぬ直前に撃った呪い。
デュクシと眉間を貫いたあれが、こんなくだらない呪いだったのか!? ふざけてるにも程があるだろ!? 死ねよ!! いや、殺したよ!!
それに、なんだか身体が異様に軽い気がする。
それどころか、なんだろう……。
やけに胸の辺りの鎧がキツい気がする……。
「ま、待って。ちょっと待って……」
急いで鎧を外して、襟をグイグイ引っ張り、違和感のある胸に眼を向けると、そこには立派なメロンがふたつ実っていた。
「いやいや……ま、まさかな……む、息子……!? マイ・サンッッッ!!」
あんなに逞しく育っていた俺の息子が家出してしまった。
そんな、嘘だろ……嘘だって言ってくれ……。
「魔王……お前、かける呪いを間違えてんじゃねぇよッッッ!? あの状況で性別逆転させる呪いとかかけてんじゃねぇッッッ!!」
あと、俺の語彙力、マジで返してくれ……。
しかし、魔王はもうこの世界にはいない。
勇者が魔王を討滅したからである。
こちらの作品は、現在執筆中である【女装男子のインビジブルな恋愛事情。】の合間に書いた、暇潰し程度の作品です……ですが、書いている内に楽しくなって、ついつい5000文字オーバーに。(苦笑)
面白いと思って頂けて好評だったら連載も考えております。
読んで頂いて、ありがとうございました!
by 瀬野 或