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頑張れの言葉が嫌いな貴女へ

作者: 一条人間

なんかむしゃくしゃしてた時に書いた作品です、終始てんやわんやですが楽しんでいってくれたら幸いです。

『あんたってさ!いつも頑張れとか言って根本的な解決してくれないよね?私そういうところ大っ嫌い!無責任だよね!』

「それで解決策とか言ったとしてもお前は全部突っぱねて、私のこと分かってくれなかった!って言うんだろ?それじゃあ何様だよ」


 彼女との電話による口喧嘩。僕と彼女は遠距離恋愛なのだが関係は言って非常に最悪だった。

 進学した彼女は学校の人間関係がストレスとなり僕に悪辣な言葉をぶつけ、他人をこれまでかと言う程に悪く言った。それでも限界なのに彼女はさらに拍車をかけるように理不尽なことを言った。


 自身の人間関係の解決を僕に頼ったのだ。毎日電話をさせられて愚痴を聞かされて、学校での人間関係も全てを理解している体で会話される。そのうえ人間関係の事で質問すると「は?それ話したじゃん」と言われてまともに情報共有もしてくれない。

 極めつけには超が付くほどのメンヘラ。僕に対しては死ねだの、キモイ、嫌いとまで言う、そのくせこちらが少しからかいで言った言葉は非常にナイーブに捉え時には泣く始末。おまけに暴力的ときたもんだからこちらの不満の方が大きいはずなのに、また理不尽にキレられた。


『はぁ、もう私の事を分かってくれないならいいよ。わかれよ?』

 しばらく話していたのだが、携帯越しにも聞こえる大きなため息をついて彼女は別れ話を切り出した。「私の事を分かってくれない」その言葉に募る不満が怒りとして心の中でふつふつと煮えだした。


「こっちだって僕の事わかってくれないならいいよ!自分の事優先で一回も僕の話聞いてくれなかったくせによく言うな!」


 感情のままに、返事が返ってくる前に僕は電話を切った。後悔してないかと言ったら嘘になるが、それでも今までを見たらそうならざるを得ない。

 だが、不思議と涙は出ず、少し晴れやかな気分になったのは彼女に一言言えたのが大きかったのだろう。


「あー、でもあいつ元気やってけるかな……まぁ、大丈夫だろう」

 嫌な別れ方をしてしまい胸のつかえが残る中、ツイッターを開き彼女のツイートを見たらこれまでかと言う程の僕に対する罵詈雑言が綴ってあり、しばらくしてブロックされているところを見てやはりあいつはろくでもない奴だと再認識した。




 そんなこともあって僕はこのやりきれない気持ちを抑えるために近くの公園に来た。深夜帯と言う事もあって誰もおらず、少し不気味さは残るが気分を落ち着かせるには丁度よかった。


「……頑張るって言葉はそんな無責任かなー?そもそも女の人間関係の事を男のに聞くかなよ……はぁぁ!!」


 ぶつぶつと愚痴を垂らしながら萎む風船みたいに無気力になっていた。

 他人の気持ちは理解ができない。だからこそお互いが理解し合う事が必要だったのにそれができなかった。僕も彼女の事を思って不満や愚痴を言わなかったのも原因だと思うが、逆にそれを言ったら彼女はそれに対してまた激高し泣くだろう。そう思うと本音の関りを持てるという事がどれだけ大切だったのか身に染みてわかる。


「ねぇおにーさん!今暇かな?それならお願いがあるんだ!」

「うおっ!びっくりした!」


 もう今の事は忘れて次に気持ちを移そうと決心した時不意に声をかけられ、心臓が飛び出るほど驚いた。しかも振り向くと高校生くらいの少女がいたのだから二重で驚いた。


「あっはっはっは!びっくりしすぎだよ!」

「いや、いきなり後ろから話しかけんなよ……」

「まぁそれは置いといて、私の悩み聞いてくれる?」

「悩み?なんで僕に話す必要があるんだよ?てか近いって!」


 その少女は綺麗な黒髪をなびかせなが僕の顔に急接近してくるのだからなおのこと僕の心臓は落ち着かない。


「ごめんごめんって、でさ私悩んでるんだよねー、で話し相手を探してるわけ」


 にひっと笑いながら僕が腰かけているベンチの隣に座った。

 改めて見ると少女は結構容姿がとても整っていて可愛く、なぜこんな時間のこの場所で彼女が僕に声をかけ来たのか理解できない。


「その悩みは友達じゃダメなのか?」

「友達に相談したよ、でも自分が納得できる答えはなかったし、みんな曖昧過ぎ」

「自分が納得できる答えじゃなかったから納得できなかったんじゃないのか?それにこんな深夜に男に声をかけることは褒められたことじゃないともうよ?」

「なのかもしれない。だからってちゃんとした理由付けができていれば理解はできたでしょ?でも友達はみんなそういう理由はなかった。だからたまたま出会ったおにーさんに声をかけたの」


 それでも彼女がなぜ僕に声をかけたのか、さっぱり理解できなかった。見知らぬ男性に悩みの解決ができるとは思わないし、そんなことを頼むのはバカとしか言いようがなかった。

 しかし、僕は彼女から感じた同じ匂いがこのまま見過ごしてはいけないと心の奥にそう告げているような気がした。


「話は聞くけど……君の悩みを解決できる答はないよ?頑張れって言葉しかかけられない人間だから」

「頑張れ……か。その言葉、嫌いなんだよね」


 皮肉めいた返答に彼女は明らかな嫌悪感を込めて明言した。


「やっぱり無責任?その言葉は?」

「無責任じゃないけど、その言葉が時には人を傷つけることがあるんだよ」

「プレッシャーに感じるのか」

「そそ、そんな感じ。頑張ってるのに別の人からしたら努力してないように見えて責められたり……、いつしか応援の言葉が凶器になって心を搔き乱すの」


 彼女の悩み、それは周りからの過度な期待によるプレッシャーなのだろうか。言葉は震え、瞳が少しずつ潤んで行くのを見ていると先の自身の状況と少し重なって見えた。

 もっと他の言葉で寄り添ってあげられたのではないのだろうかと。彼女もそんな言葉を言えなくてつらい思いをしていたのではないのかと。今までの無責任な言動が傷つけていたのでないのだろうかと、そう思った。


「ちゃんと話を聞かせてくれ、力になるかわからないけど、君の気持ちを少しでも分かりたい」

「おにーさんどうしたの?さっきまで乗り気じゃなかったのに……あ!もしかして私に惚れた?ギャップ萌えってやつ!!」

「違うわ、いろいろ思うところがあったんだよ」

「そうなんだ!もしかして浪人生?」


 表情を和らげてクスクスと笑う彼女はさっきの暗い表情よりも断然らしい顔をしており、軽口を飛ばしてきた。


「なわけ、ちゃんとした社会人です」

「そうなんだ、大卒?」

「高卒、今年から仕事し始めた新社会人」


 その一言から会話に色が付いた気がした。黒い色からパステルカラーでまばらに塗っていくようなそんな感じ、キャッチボールでお互いがどんな球が良いのか探り合うそんな感じだ。


「へぇー、平日の深夜によくこんなところいるね、明日は休日なの?」

「それはお互い様でしょ?君だって高校生じゃないの?」

「残念私はこう見えても大学生です!君よりも年上なんだよ」

「え、マジすか……高校生感丸出しなのに……」


 衝撃的な真実だった。自分よりも年下と思っていた少女は実は年上だったことに、ワイシャツにスカート、黒髪だったのでてっきり高校生なのかと思ってしまっていた。改まって年上だと分かる少し接し方に戸惑いを感じる。


「別に気にしなくていいよ、年とか気にしないしおにーさんの方が年上な感じもしたからね」

「それなのに浪人生とか聞いてさりげなく歳の探りいれてたんですね」

「正解!なかなか鋭いね、てか敬語じゃなくていいんだよ?」

「は、はぁ、善処します」


 彼女は饒舌になって砕けた感じがするのだが、年上なのが尾を引いて僕はぎこちない会話になってしまった。こういう場合の距離感の掴み方は難しい。


「まぁそれは置いておいて、察しがついてると思うけど私が悩んでいる事はね……」


 さっきとは違う舌の回りで自分の状況を語っていった。今の気持ちを理解してほしいその想いがひしひしと感じられ、僕ものめり込むように彼女の話に耳を傾けた。




 彼女は大学で研究チームのリーダーをしていて、今度の研究発表会に向けて新たな研究を進めている優秀な人らしい。前回も彼女の研究は教授達や研究内容などの面で大きく注目されており、今回も大きく注目が集まっていたそうだ。


 そんな中、完成した研究結果をまとめた資料を教授に目を通してもらった際にこんな事を告げられた。「君は前回あんなに凄い研究をしたのに今回のはなんだ?もっと頑張れ」と。

 彼女は「研究とは本来疑問に思った事象を分析する事であり、その成果に大きいも小さいもなく、私はやりたいことをしただけです。内容は十分だと思います」と答え、その研究結果を提出した。


 結果、研究はそれなりの評価がされたものの前回の研究の評価の高さが原因で批判を買ったそうだ。なぜもっと努力をしなかったのか、頑張れば前回よりも良い評価が得られただろうに、もっと頑張れば、頑張れ頑張れ頑張れ頑張れ。繰り返し言われ続けた。


 そんな事ばかり言われ彼女は「頑張れ」という言葉が辛く感じていまい、今までのように研究ができなくなってしまった。友人に相談しても「頑張っていないからそう思うんでしょ?」などと努力することは当たり前でそれをしないお前はもっと頑張るべきと言われてしまうのがほとんどだったらしい。


 決して悪気があったわけではないのに、彼女にとってその言葉は何よりも心に響き、しばらくふさぎ込んでしまったそうだ。



「それで私はこうやって気分転換しにこんなところにいるわけ」

「君は……すごい人だよ、多分」

「何言ってんの?私の話聞いてた?うけるわマジ」


 一通りの話を聞いて彼女は僕の言葉にケタケタ笑っていた。私の事を何も理解していない、やっぱりお前も今までの人たちと同じなんだな。と笑い声が代弁している。


「聞いてた。だからだよ、また走り出そうとしている君はとってもすごいと僕は思う」

「……へぇ、面白い事言うね。じゃあおにーさんはどういう考えを持ってるのかな?」


 蠱惑的な瞳を向けながら声色は侮蔑的に、視線を詰めながら彼女は僕に密着する。

 先程とは違う何かを感じさせる彼女は僕に対してどんな価値観(答え)を求めているのだろうか。


「再び前を向いて頑張ることは早々できることじゃないと思うんだ。だからまた頑張ろうとしている君は何物にも代えがたい心の強さをもっているんだよ」

「はぁ……上っ面の軽い台詞、本当はそんなこと思ってないんでしょ?困ってる人が、悲しんでいる人が望んだ答えを与えて何が楽しいの、本当に思ってることを話してよ」


 彼女は嘲笑しながら、僕を刺し殺す視線で睨みつけた。本当のお前はそうじゃないだろう、もっと黒い心の本音を見せてみろ。言葉の裏が伝わってきた。


「それは自分の……何の情に左右されていない純粋な価値観?」

「どうだろうね、君への同情が入っているかもしれないし、本当の価値観を伝えて傷つけてしまうのが怖いのかもしれないよ?」

「今の言葉は私の為の上っ面の言葉。ねぇなんで嘘をついて隠すの?」


 彼女の視線が僕の眼球を舐めまわすように、声は脳の奥を這いずるように今まで抑えていた何かを決壊させていくようだった。誰も相容れない孤独な価値観を、周りに合わせていた僕の心の抑制を砕く。

 もう誰かの事を考えなくていい。言葉のナイフが誰かを刺してしまう不安は彼女の言葉によって消えた。


「どんな言葉でもいいんだよね?辛辣で悪辣で誰かの事を考える必要のない純粋な自分の言葉」

「くだらない優しさなんていらないよ、欲しいのは残酷な真実。君の思う本当の価値観を教えてよ」

「じゃあさっきの言葉は本当なの?君みたいな人間はきっとそんな事じゃ心は折れない」

「ふふっ、半分正解で半分不正解。君は私と価値観が似ているのかな?本当はこの話は違う誰かの体験談、その相談をされて返答に困っているの」


「……だって頑張れない人の気持ちなんて理解できないし、理解しようとも思わないから」

 

 冷徹に言い放ったその言葉を聞いて僕は安堵した。この人は他人に頼りきりの人間ではなく一人で全てを決定できるのだと。

 遠慮がちに物事を強く言えず、傷つけてしまったらどうしようなんて不安を感じることはない。正直に価値観を話せばいい。


「頑張れない人の気持ちは理解できない。できることをするのに何で悩む?それは逃避だ現実と向かい合えなくて、自分の弱さが嫌いで向き合いたくないだけ」

「逃げ……ね。じゃあ逃げることはいけない事?目の前の問題に向き合わなきゃ絶対にいけない?」

「追求するね」


 見透かしたように、達観したように意見をぶつけて。純粋無垢な子供のように誰かの考えを裏の裏まで知ろうとする。彼女はある意味孤独なのかもしてない、他人の考えに共感できない僕と同じ匂いを持つ人間。


 そう感じた瞬間なぜか少し笑みがこぼれてしまった。


「……知らない。それは問題に直面した人が決めることだ、向かい合うのも逃げるのも個人の選択。誰の選択の手助けをして僕は文句を言われたくはない」

「自分は他人には絶対に分かり合えない。何かを相談するのは共感をしてもらって正しい感性を共有したいだけ。望んでいない回答は排除してしまう。自己中心的だよね」


 彼女も同じく共感の意を込めた笑みを作った。僕とは違い瞳まで曲がる歪な笑顔。


「だから他人に対してどうすれば頑張れるかなんて的確な回答はできない。それは自分が決めるんだ、他人にそんな事聞くなんて無責任だと思う。甘えとは言わないけどそれに近い」


 誰かに聞いて望んだ言葉が返ってこなかったら元も子もない。結局みんな他人に助けを求めるのは甘えだ。頑張っている自分にすごい、偉いと褒めてほしくて、言ってもらえなけらば私の事を分かってくれないと逆上する。あまりにも理不尽極まりないことが多すぎる。


 欲しいのは頑張っている自分を誉めてほしい自尊心の肯定。あるいは共感による自身への同情。何にしても矛盾を抱えた自己中心的なものであり、頑張るは曖昧な言葉なのだ。

 考えても考えても僕の中では頑張るとは個人の為にあるものであって、決して他人に依存してまでも(すが)るものではない。だからこそなぜ助けを求めるのかが理解できない。


「甘えね……でも助けを求めてる人も中にはいるよ?」

「でも辛辣な言葉を聞いたら心を壊してしまう。だから上っ面でも望んだ答えをいう偽善ってやつ?」

忖度(そんたく)ってやつね。じゃあ……」


 手を顎に添えながら少し考えて彼女は次の質問に言葉を移そうとする。

 先ほどまでの溌剌(はつらつ)とした印象などとうに消えてしまい、冷静で大人びた雰囲気を漂わせながら僕の心を覗いてゆく。

 しかし同時に彼女の狂気に少しづつ僕の本心がほだされているような気がした。


「自分の事じゃないのに何で親身になって考えるの?その人は君の中の大切な人だから?」


 ずっと疑問だったこと。ここまで他人の事に興味を持たない彼女がなぜそこまでになって悩むのか。友達だから、恋人だから、一線を越す関係だからこそ悩みを解決してあげたいという気持ちになっている。

 僕はそんな疑問の本質よりも根本の因果関係の方が気になって仕方がなくなった。彼女をそこまで悩ませる存在について。


「それは私の好きだった人の事だったからかな?」

「失恋の理由がさっきの話だったり?」

「あ、いやそういうわけじゃ……まぁいっか」


 いきなりの質問に素っ頓狂にも答えて「しまった」と言わんとばかりの表情でこちらを見た。

 あんなにも情のない価値観を持つばかりに、悩みの種は失恋から来ていたなんて意外だった。もっと酷い裏切りなどにあったからそんな孤独のような考えを持つようになったのかと思っていたのに。


「そうですよ、お察しの通りです。彼氏から別れ話をされて理由はさっきの大学でのいざこざ。私が無責任に頑張れって言ったのが重荷だったそうですー」

「ついさっきも同じことをされて傷心中の人がいたな」

「深夜の公園で色々と嘆いていた人?」

「そうそう、君と同じで他人を理解しきれない薄情な人」



「「……はははっ」」


 お互いが事情を察したようで軽快に会話が錯綜する。偶然とは皮肉なものだ、同じ悩みを持つものが事情を知らずに論争をしていたのだから。そう思うと図らずとも会話の種は芽を咲かせすぐに花になる。


「君みたいな考えだと本当に見合う人はいないね」

「同じ言葉を返してあげるよ、君がそんな考えだから彼氏さんは愛想を尽かしたんじゃない?」

「それを彼女に変えるとあら不思議君の事に早変わり!」

「ヤマアラシのジレンマだね、傷を抉りあっても痛いだけよ」

「それは少し違うかな?私たちは人間だから精神的に痛くなるね」


 まるで今までの鬱憤うっぷんを晴らすように皮肉を込めた会話は加速する。互いの許容を探るように、似た価値観だからそこ通ずる何かを共感させているような歩幅の合わせ合い。



「なら君はの精神はきっと全身が鋭利な刃物でできてるね」

「容姿はグロテスクなエイリアンだね、なぜなら私の刃物はとっても鋭利やん(エイリアン)!なんつって」

「さしずめ僕はプレデター?君を食べる捕食者プレデター、ゲテモノは美味しいって相場だけどど味の方は期待していい?」

「会社で勉強しなかった?性的嫌悪感を感じさせる発言はみんなセクハラです!」


 ふくれっ面をして抗議する彼女。自分をエイリアンだと言っているくせによくわからない基準で文句を言ってくる。


「横暴だなー冗談が通じないとこの先苦労するよ?」

「もう散々苦労してますーだ、君もあんまりプライバシーに感化すると嫌われちゃうよ?」

「でも逆に思う事何も言わないでいると自分の本音を吐き出せる場所さえなくなるよ?」

「……そうだね、私も言葉そんな配慮できないし……」

「いや、ごめん……」


「「………………」」


 沈黙


 間髪入れない言葉のラリーは二人の心根を露わにしたところで止まった。言葉の応酬はは互いの本質に刃を突き立てた状態で停滞した。


「……その、君は素敵な人だね、とても話していて楽しいよ」

「え、急にどうしたの場の空気に酔った?うーん採点は、洒落を聞かせた告白なら20点、それ以外なら70点ってところかな」

「微妙な点数、まぁ僕としては月が綺麗と返してくれれば満足だったのに」

「……そうだね確かに今日は月が綺麗だよ。……星がかすむくらいに明るい……」

「え、最後なんて言った?」


 再開した会話は先よりも穏やかで満ち満ちとした朗らかな印象が漂っていた。


「……ん?秘密、私も楽しかったよ!悩みなんて気にならなくなるくらいには」


 蠱惑的に微笑んで指を口に当てて彼女は言葉を濁してしまった。

 しかしその時の一挙一動にどうしようもなく心が引き寄せられていたのをはっきり感じた。


「なら良かった」

「んじゃ、私そろそろ帰ろうかな!」

「あ、最後に一つ元カレさんにはもう何も思う事はない?」

「さぁ?忘れちゃった!過ぎた事より今を楽しもうよ」


 急に立ち上がり彼女は背伸びをする。伸ばした手で月を掴み開いた指で月を囲う輪を作る。


「……運命って君は信じる?」


 指の輪と月の縮尺を合わせながら輪を覗きながらふとそんな事を言った。つられるように僕も同じように指で輪を作り月を覗き込む。

 満月に僅かに足りないがその月光は煌々と夜の街を照らしている。特別な日でもない今夜の月はごく一般的な月、それでも今夜は少し特別に感じられた。



「信じない、偶然も必然も何かの導きで生まれるとしたらそれは運命じゃなくて自分自身の選択。無数の選択肢から望んで選択したり選択されたり……そんな感じ」

「案外リアリズムだね、私もさっきまでは信じなかったけど今は信じてもいいかなって思うの、だって……」


 彼女は僕に詰め寄って嬉々とした表情で手を握る。


「だって、君に逢えたから!」

「……そっか」


 その一言にどんな思いが込められていたのかわからない。でも彼女にとって価値のあるものだったのは確かだ。

 『運命の出会い』が現実で起こり得るのなら彼女との出会いがそうなのだろうか、そうだとしたら僕は確かめたい。運命の赤い糸はどこまで彼女を手繰り寄せるのか。


「だから連絡先を教えてほしいの!私と付き合う事を前提に友達になってください!」

「いきなり展開が飛んでないかな、そもそも僕にそこまでの魅力はないよ?」

「私はね、これが運命だって確信したんだから!早計だったとしても浅い理由だったとしても、他の誰よりも君は魅力的だしそんな君に憧れたの」


 ビッシ!と指をさして堂々と恥ずかしげもなくそんな事を言う彼女に少し自分の姿が重なって見えた。僕も好きな人にはそんな感じに堂々と恥ずかしい事をいったりしていた。

 好きに理由の深いも浅いもない。ただその人が好きなことが好きの証明である。理屈では表せない感情に恋とは存在する。そんな格言もあったような気がする。


「じゃあ君が運命を信じるのならまた会えるはずだよね?」

「会えるよ、そうじゃなくても私が探し出す!」

「凄い自信、なら僕の電話番号だけ教える。それで一週間に再会できたなら僕も君は運命の人だって認めて付き合う。こういうのはどう?」

「面白いねそれ、もし一週間経っても再会できなかったら?」

「その時は君から電話をしてただの友達から始める」

「おっけー」


 僕の電話番号を登録し、彼女は感情が滲んだように口角を上げる。武者震いなのか、焦燥が漏れてしまっているのか真意は分からない。


「じゃあ僕は帰るよ、夜も遅いしね」

「最後に一つ!」

「んっ!?」


 公園を去る僕を強引に振り向かせて彼女は柔い唇を僕の唇に押し付けた。接吻キッスだ、それを理解するまで真っ白な頭で数秒かかった。


「このっ!何でいきなり……!」

「私なりの今夜のお礼、じゃあね!次会うときは恋人だよ!」


 恥ずかしい台詞を言いながら走り去ってしまった彼女。大胆不敵、天真爛漫、なんというか嵐のような人だった。

 でもそんな彼女の事が僕も好きなのだう。でなければあんな条件を出さなかったはず。


「なんか今夜は情熱的だったな……」


 気分転換のはずがとんでもない状況のせいで別れた事なんて頭の隅に追いやられてしまった。

 彼女曰く、”僕が変わりたいと願ったから私たちは巡り合った。”なんて言いそうだな。


 そう思いつつ次の朝を迎えた。いつもと変わらない日常が始まると信じて。



 社会人の日常はほぼパターン化されている。5日会社で働き、その中で自主的にどこかに出かけようと思わなければ完全に会社と自宅の往復だ。そこに彼女との再会のきっかけがあるとは思わないし、僕もこの一週間は遊ぶ予定もなかったので会えることはないと思っていた。

 そう思っていた昼休みに人事課の人からこんな頼みをされた。


「〇〇君ちょっといいかな?」

「はい?」

「うちの会社にインターンに来てる子と一緒にお昼食べてくれないかな?」

「あ、分かりました」

「場所は中会議室ね」


 うちの会社ではインターンや職場体験を多く受け入れていて、昼に僕たちのような新入社員が一緒になることが多いのだ。確か今月辺りから大学生のインターンを受け入れているというメールを読んだ。

 あまり会話は得意ではないがこれも何かの経験だと思っているので快く受けている。


「失礼しまーす」

「あー、来た来たこの人が昼食が一緒の社員さんだよ」


 会議室に入るとインターンの子が一人座っていた。普段なら2、3人なのだが他の人は休みなのだろうか。


「今回って一人なんですか?」

「そうそう、二人だったんだけど一人は体調崩しちゃって休みなんだよね」

「そうなんですね、じゃあ二人で仲良く話してます」

「じゃあよろしくねー」


「「…………」」


 人事課の人が退出して僕は少し気まずい中でインターンの子と昼食をとることになった。気まずい理由はお察しの通りだ、運命の悪戯のせいで半日経たずして再会した彼女が目の前にいるからだ。


「……自己紹介しておく?」

「しようよ、私達見知った仲だけどお互いに名前知らないし」

「確かにね、にしても再会が早いんじゃないかな」

「お互い思いが強いほど惹かれ合うって言うじゃない?運命の赤い糸はもう引き寄せ合ってしまう定めななんだよ」

「ほんと少女漫画みたいな展開だよこれ」


 もし昨夜に出会っていなければこの状況はあったのだろうか、そんな事を考えても過ぎている事を元に戻すことはできない。

 あるのは運命に引き合わせられた僕たち。本当に荒唐無稽な現実だ。


「じゃあ、これからよろしくお願いします先輩~」

「言っとくけどインターン来たからってこの企業に受かったわけじゃないからな」

「知ってる、だから卒業したらここに来て君の隣に立つ」

「なら受かるよう頑張れ、あっ」

「私は頑張れって言葉は嫌いだよ、でも」


 その言葉に嫌悪感を示していたはずなのに、今は少し違った表情で受け止めていた。


「君がいるなら頑張れるよ、どんなこともね」

「そっか……」


 運命は全てを巻き込んで回り続ける。人の心も価値観も引き合う運命は一つの歯車となって。

読んでいただきありがとうございます。恋愛したいですよね~、次の作品も恋愛ものを書いてみようかなと思います!

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