3話「減って増える」
異世界で華々しく転生を果たしてから三日。
リックの街で異世界生活を満喫するはずだった俺は、どこでどう間違ったか国のために戦う兵士となることを義務付けられた。一度は強盗に奪われたこの安い命に、国の命運という重たすぎる価値が付加されたわけだが、俺に戦いのスキルなどまったく無いのだった。
しかし、異世界というまったく新しい環境において、金も寝床もない俺にとって兵舎という場所はあまりに都合のいい場所だった。最低限の衣食住は約束されたわけだし、むしろ異世界生活は順調な滑り出しと言える。
「おい、寛平とか言うのはお前か?」
兵舎は大部屋で、勝手にリーダーを気取っている奴が偉そうに俺に向かってきた。
「そうですけど」
「お前宛に手紙が来ている。シャルという女からだ」
俺は手紙を開いた。シャルというのは、俺が店で会ったバニーガールの名前だ。あの一度だけの交流だと言うのに手紙を寄越してくるとは、さては俺に惚れたに違いない。しかし残念な事にに、俺には手紙に書かれている事がなに一つ理解できない。文字が読めないんだ。
誰かに読んでもらおうとも考えたが、ここの連中はどうもギスギスしている。考えてみれば当然だ。みんないきなり兵士になる事を義務付けられたんだからな。
おまけに、俺らの訓練を担当する教官は史上まれに見る最低な野郎だった。自己紹介の場だというのに、その自己を尽くぶちのめして来やがったのだ。俺の隣に立っていたチビは、そのチビっぷりを嫌と言うほど再認識させられ、名を「短小野郎」と改名させられた。同情を禁じ得ない。その短小野郎が次の日の朝、トイレの個室で首を吊っていたのを見て誰もが自明の理だと納得した。本当に同情する。チビに生まれてしまった事を。
これが俺の住んでいた世界ならば訴えて教官を煮るなり焼くなり出来たかもしれないが、異世界とはそう言うもんだと妥協しなくてはならないのだろう。
他の奴らは強いメンタルを持ち合わせていたのか、教官からありとあらゆる罵詈雑言を受けても平然としていた。ムカついて反論をしたやつもいたが、教官の鉄槌を食らって前歯を折っていた。こう言う場では媚び諂う事なく、なおかつ堂々するのが良い。俺はそうして教官の叱咤を切り抜け、めでたく「クソスカし野郎」と名を改めさせられた。スカした態度が気に入らなかったらしい。キレられこそしなかったが心底バカにされた。
そうした苦難を乗り越えて、俺は訓練…というか授業が始まるまでの時間をベッドで過ごす事にしている。他にすることはないし、本はあるが読めないし、ボードゲームも置いてあったがルールは訳がわからない。
そして壮絶に無為な時間を過ごすと、ようやくチャイムが鳴る。俺たちは講義室へ行き、授業を受けるのだ。
「今日は貴様らに魔法についた教えてやろう!」
という言葉とともに授業は始まった。
「魔法は今や日常の一部と化しているほどに一般的だ。特に火を扱う魔法は多岐に渡り、数々の魔導師が特許を申請している!」
なんやかんや、異世界の文化について学べるのは嬉しいし楽しかった。それも魔法と来たもんだ。楽しくないわけがない。
「魔力は誰にでもあるものだ!先ずはお前!お前みたいな蛆虫野郎でも火の魔法くらいは扱えるだろう!」
指されたのは俺だった。帰りたくなって来たが、そうは問屋がおろさない。俺は前に出て、火を出す事を余儀なくされた。
「えーと…」
「早くやれ!貴様のために使ってやる時間などない!」
じゃあやめればいいじゃん、とは口に出せない。俺はいつだって誰かの下にいる人間さ。
「あー、どうやるんだったかな…」
知ってるんだけど忘れた体で行く事にした。しかし、俺がもたもたしてると教官の顔がみるみる赤く染まっていく。初恋を暴露された時のようだ。
「貴様、舐めているのか?」
「いや、その…」
「火も扱えぬ人間にこの世を生きる資格などない!」
「あっ!ほら!」
「なに?」
「教官の怒りの炎が…その…燃えてる…はは」
何人かがクスリと笑ってくれただけで十分だった。敵を燃やすより人を笑顔にする方がどれだけいいだろう?
少なくとも、殴り飛ばされて頭を縫う事になるよりマシなはずだった。
※
「いやしかし驚いたな、シャルがいるなんて」
「そうね。私もいきなりあなたが頭から血を流して運ばれて来るなんて思わなかったわ」
シャルは俺の頭から摘出された木片をジャムみたいに瓶詰めして棚に置いた。
「なにに使うんだ?」
「人の血は儀式とかに使われるって、どこかの信者が買いに来るらしいの」
「へえー」
「でもなんでいきなりそんな大怪我したのよ」
「魔法が使えなくてさ。そんな奴はこの世にいる価値無いって」
「あー、確かにね」
「マジで無いの?」
「魔法くらい簡単なものだったら誰でも使えるわよ。ほら」
シャルは掌に炎を浮かべて俺に近づけた。思わず跳ね除けると彼女は悪戯に微笑んだ。
「ニホンってところじゃ魔法は発達してないのね」
「まあね。日本に魔法使いなんてネットの世界にしかいないさ」
「よく分かんないけど…私が得意なのはどちらかと言うと治癒魔法なのよ」
どんなものか見たかったが、シャルは見せ方に困っているようだった。
「まあ、とにかく使えるのよ。だからここに来たわけだしね」
「そうなのか?」
「うん。お父さんの帰りを待つだけじゃなくて、私にも何か出来ることがあるんじゃ無いかって。…っていうか、このこと手紙で書いたはずだけど」
「俺字も読めないんだわ」
「日本て識字率も低いのかしら」
俺のせいで日本がどんどん下げられていく。
「まあ、そんな訳でこれからはここに住み込みにったから、よろしくね」
俺はシャロと握手を交わした。知人が一人いるだけだこの心強さだ。
考えてみれば、俺には知り合いと呼べる人間一人いなかった。誰かと関わることを避けていたんだ。それがどうだ。今の俺には兵舎の奴らもいるし教官もいる。今までの人生に比べたら大躍進だ。
なんやかんや俺は人生を満喫しているのかもしれん。
※
部屋に戻ると、ルームメイトたちはニヤニヤしながら俺の方を見て来た。
「よう原始人。火も扱えないのに今日までよく生きて来れたな」
そのリーダー格っぽい奴はウザかった。こういうだる絡みが俺は嫌いだ。俺に火が使えたから真っ先にぶち殺してやるのにな。
「あの教官の顔面の歪む瞬間が見られて最高だったぜ。頭の傷は災難だったな」
いい奴かもしれない。
「いい根性してるぜ、原始人。俺の名はジンだ。よろしくな」
リーダー格ことジンは拳を突き出して来たので、俺はパーを出してやった。すると奴は不思議そうな顔をして、俺のパーを眺めた。
「なんだ、そりゃ」
「じゃんけんだ。知らないのか?じゃんけんも知らないでよく今まで生きて来れたな」
ドッと場が湧き上がった。俺もつられて笑った。
「教えてくれよ、そのじゃんけんっての。俺も火の使い方を教えてやるぜ」
「対価安すぎだろ」
だが助かった。また頭を傷つける羽目にならずに済みそうだ。俺はさっそくルールを教えてやった。グーはチョキに勝ち、チョキはパーに勝ち、パーはグーに勝つのだということをジェスチャーを交えて。そんな簡単なことに奴らは新しいおもちゃを得た赤ん坊みたいにほうほうと唸っていた。
「このじゃんけんってのはいつ使うんだ?」
ジンは仲間とじゃんけんをしながら、その存在に疑問を抱いていた。
「ここぞという時の勝負時だ。お前に欲しいものがあって、それが最後の一つで、他にも欲しがってる奴がいる時とかにな」
「勝負か。そうだな。これも勝負、か…」
「どうした」
ジンは突然目に涙を浮かべて、それを落とさないように天井に顔を向けた。
「いやさ。俺らテメリー王国は魔王軍と殺し合いなんかしてるがよ、こんな簡単に勝負が決する戦い方があるんだ。じゃんけんで戦えばいいのにと思ってな」
「…」
「俺の村は魔王軍に焼かれちまってよ。母ちゃんも父ちゃんも、俺を逃がすために…」
じゃんけんなら、じゃんけんならば…ジンはそう呟きながら静かに泣きだした。仲間たちもどこか落ち込んでる様子だった。
火の魔法を教えてくれ、なんて言い出せる雰囲気じゃなかった。やはり俺は気の利いた言葉も出せず、気まずい空気が蔓延していく。
「あー…俺のいた故郷もさ、昔だけど、焼かれた事があるんだ。俺が経験したわげじゃないけど、今でもずっと語り継がれるくらい酷いものだったらしい」
「お前の故郷も?」
「ああ。でもな、そうして人は学んだんだ。争いなんか良くないって。それでもそういう事は起きてるんだが…誰も戦いなんか望んでない。俺もだ」
「魔王軍もそうだってのか?」
「知らないけどよ」俺はベッドに横になった。「今の俺たちがどうにかすりゃ、これからの事が少しはマシになるんじゃねえかな」
知らないけど、俺は付け足して布団を被った。強盗に殺されて異世界を満喫しているなんて考えていたことを、誰かに見透かされているわけでもないのに恥ずかしくなったのだ。
「おい」そんな俺を御構い無しにジンは呼んだ。「魔法はいいのか?」
「今度でいいよ」
「明日、テストがあるって言ってたぜ」
「頼む」
「よし、じゃあ外に行こう」
俺とジンは部屋を出た。出る直前に部屋の奴らがいってらなどと言ってくれたのが、少しだけ嬉しかった。
※
「魔法の基礎も知らないんだな」
「全くわからん」
ジンはさっそく本題に入った。魔法には式が必要だと。
ジンは指で銃の形を作った。親指と人差し指だけ立てるあれだ。
「これが式だ。この状態で魔力を練り込むと」ジンの人差し指の先から火がポッと現れる。「こうなる」
「魔力って誰にでもあるのか?」
「ああ。厳密に言えば魔力は空中に漂ってる。人はそれを吸収する事が出来るんだ。…っていうか、そんなことも知らないのか?」
「悪かったな…ふんっ」
俺はジンと同じようにやってみた。魔力を練り込むというのが良くわからなかったが、気合いでどうにかなった。
「出たぞ!火だ!」
「そのくらいで喜ぶなよ。基礎中の基礎だぜ」
「ちょっと待てよ、式ってこれだけじゃないよな?他にもあるのか」
「ああ。未発見の式もあるだろう。しかし無意味にやらない方がいいぞ。とんでもない魔法が出るかも知れないからな」
「なるほどな」
「とりあえず一通り覚えやすい式を教えてやるよ」
ジンと俺の魔法トレーニングが始まった。自分の体から魔法が生じるというのは想像以上に楽しいもので、これが現世にもあったらなあとは思わずにはいられなかった。
そうだ。俺は死んだんだ。もうあの場所には戻れない。そう考えると、何故か、少しだけ寂しくなった。
※
「これよりテストを開始する!まずは短小!お前からだ!」
教官の使命で前に出た短小ことケニーは、火を出す魔法をやってのけてみせた。
「あいつ生きてたのか?」
「蘇生魔法だとよ。教官があいつ如きにそんな高等魔法使うなんて!って嘆いてたぜ」
「それで死者蘇生なんかは出来ないのか?」
「肉体が綺麗に残ってたらなあ」
ケニーは運が良かったらしい。
「おいそこのクソ!次は貴様だ!」
誰のことだろうと周りを見回す俺を教官はしばきに来た。クソって俺のことかよ…。
「貴様、今日こそ火を出さなければこの場で焼き殺してくれる!」
魔王みたいな事を言うので、俺は萎縮して昨日教わった式を忘れてしまった。ええと、確か指がこうであれがこうで…
「ふんっ!」
魔力を吹き込むと、教官の背後にあって兵舎が物凄い勢いで爆発四散し、その破片が教官の脳天に突き刺さった。教官は「ヴッ」と声を漏らしてゼンマイで歩くロボットが壁に激突したみたいに背中から思い切り倒れた。
何故か俺たちは無事で、ただただ目の前で起きた出来事に関心を奪われていた。
「あ、あんた!」と、瓦礫の中から出てきたのはシャルだった。「あの式は大爆発魔法よ。知らなかったの!?」
「その…」
「窓からあなたが式を構築するのが見えたから、急いで魔法でバリアを生成したから助かったものの…」
助かってない人が近くにいるんだけど、シャル的にはセーフらしいので俺もそう思うことにした。
「おいカンペー!やったな!」
ジンが俺の肩を叩いた。
「やった?」
「教官を見ろよ!あの無様な格好!こりゃ一生のお笑いだぜ!」
そりゃ嫌われて然るべき存在だとは思うけどよ、ここまで言うか普通。
ふと教官の方を見ると、シャルの手当てによって一命を取り留めたらしかった。それを見て仲間たちは残念そうにしていた。
「しかし兵舎も壊れちまってよ、どうするんだこれから」
「俺に聞くな」
「おまえ、教官にメチャ叱られるぜ」
「それで済みゃ万々歳だよ」
俺は命を張って魔法の危険性を教えてくれた教官に無意識に敬礼をしていた。今はただ、生きて良かったと胸をなでおろす他無い。本当にそれだけだった──
※
結果としてあの“事故”は教官の教育不届きという事で片付けられた。俺が魔法に関しては完全にシロだというのもあったが。
「まったく、しかし、魔法を知らずに生きて来たなんて人間がいるとはね」
何度も聞いたセリフを吐く目の前の女の名はプレード。教官よりも偉い教官という立ち位置らしい。
「ちゃんと身辺調査はやれと言っておいたはずだがな…」
「俺に愚痴を言われても困りますよ」
「すまん。一気に軍で管理する人員が増えたからついな…」
プレードは椅子に腰掛けてため息をついた。取調室みたいな狭い空間で二人きりの男女というシチュエーションは、フィクションなら如何様にもできるいかがわしさがある。俺にそんな甲斐性は無いが。
「だが、おかげで逸材を埋もれさせずに済んだと考えることにしよう。君の身体を先程調べさせてもらったが、圧巻だった」
俺はここに来る前に薄皮を一枚剥ぎ取られていた。そこら辺はなんだか現世と大差がない気がする。
「見たまえ。これが君の皮膚に吸収されていた“魔素”だ」
俺は写真──かどうは分からないが、俺の皮膚の表面を写したらしい何かに目を通す。キモいブツブツがたくさんあるなあという感想しか抱かなかった。
「それは全部、魔素だ。魔力の元になる成分だな。人間は産まれた瞬間から魔素に触れられながら過ごす事になる。すると大人になる度に免疫が付いて、身体が魔素を嫌がるようになる。まあ、いろんな方法で免疫を無くすことも出来るんだが危険でな。君ほど魔素を身体に取り込んでる人間は初めてだ」
たぶん、俺が最近異世界に来たからだ。現世には魔素なんてなかったんだろう。
「って、取り込みすぎると危険なんすか?」
「ああ。通常、これほどの魔素が身体に吸収されたら肉体の変貌が起こるはずだが…」
聞き流せない恐ろしい事を言うプレード。アソコが大きくなるとかでも無いんだったら、早急にどうにかして欲しいところだ。
「君は我が軍でも最高の戦力になり得る。これからはあんなボロい兵舎なんぞで無く、もっといい所に──」
「じゃあ、あの兵舎にいた奴らも連れてきていいすか?」
「構わん。君が望むのならばな」
なんだか上手く行き過ぎている気がするが、きっと異世界だしこんなもんなんだよな?
※
車内にはラジオのニュース番組の音声だけが満ちていた。曰く、世界中で多発している犯罪・テロ行為に対して政府は迅速な対応を求められているだとか、自殺者が増え続けているだとか。
もともと自殺の多い日本だけに、そういったニュースはもはや慣例のように聞き流されていったが、今やそう言うわけにもいかなかった。あまりにも原因不明の自殺が多すぎる。無茶苦茶な陰謀論が脚光を浴びてきた程だ。
車を運転する誠也は、それらの原因が異世界にあると確信していた。現に自分は異世界から帰ってきた男と話そうとして、それを阻止しようとする連中に襲われている。さらに言えばドッキリでも無いのなら、自分はその連中を殺害しているのだ。
ラジオがこんな時代だからこそ明るい曲を聴こう、という企画に入ったところで、準がラジオを切った。
「なあ、これからどうするつもりだ?」準の声は怒りとも不安とも取れないような色が混ざっていた。「あのわけわからん連中と鬼ごっこか?」
「それは連中次第だ。俺らから戦う事は出来ない。何より、銃も無いしな。海に流れてしまった」
「そう言う事を聞いてんじゃねえんだよ!」準は地団駄を踏んだ。「俺をこんな目に遭わせやがって、どうしてくれるんだって聞いてるんだ!」
「そりゃあ…」誠也は申し訳なさそうにしながらも、テキパキとハンドルを切ってサービスエリアに入った。「俺もこんな目に遭うとは思ってなかったし…」
「だろうな!」
思い切り床を蹴りつけて、準はシートにもたれかかった。目を瞑れば思い浮かぶ、血まみれの病室と、不気味な連中…何処へ行っても安全な場所など見つからない気がした。
サービスエリアの食堂は閑散としていて、これからの話をするのにはうってつけだった。誠也は準に何か食いたいものはないかと尋ねたが、無視されたので自分の分だけ買って席に戻った。
カレーライスならばどんな時でも食欲は湧く。海から這い上がって、自分が人を殺したという罪の意識から吐きまくって空っぽになった胃袋を満たすには適切だった。
「なあ」意外なことに準から口を開いた。「俺はさっきお前を責めたけど、俺だって心配なんだぞ」
返事を聞くのにカレーライスを飲み込むまで待たなくてはならなかった。
「分かってるよ。こんな事について来てくれるのはお前くらいだ」
「俺だって、お前の家族が死んだ理由が知りたい。でもよ、異世界ってのはあまりに突拍子が無さすぎる…」
「…お前は信じないかも知れないけど」
誠也はスプーンを皿の上に置いて、黒い表紙の本をテーブルの上に置いた。
「あの男の病室にあったものだ。中を読んでみろ」
またこのパターンかよ、とブーたれながらも準はページをめくる。
中身は日記だった。
そこに綴られていたのは、自分が異世界でいかなる経験をしたかという一点のみだった。
異世界には二つの国があって、その二つは戦争をしているらしい。彼の行った街には二足歩行の人語を喋るウサギがいて、そこら中で糞をして兵士に怒られていただとか。そこら中でキャッチや酒場や大人の遊びが楽しめる場所があったとか。魔法が日常的に扱われているだとか。
準は日記を閉じて、ため息をつく他感想が浮かばなかった。
「この日記を書いたあいつが夢見がちなロマンチストか、頭がイカれたからあそこに入れられたとかじゃないのか?」
「最後のページを見てみろ」
「あん?」
準は面倒臭そうにしながらも言われた通りにした。
──大変だ。この世界の秘密に気付いてしまった。ここは確かに異世界で実在するが、私やここに来ているであろう多くの連中は…
そこから先は黒いシミで読めなくなっていた。
「なんだこれ、インクか?」
「血じゃないかと思う」
「殺されたってのか?じゃあなんで生きてるんだよ」
「そこはわからんが…重要なのはそこじゃない。奴は異世界の重要ななにかを知ってしまった。その結果、おそらくあの連中が現れて襲われたんだ」
「…」
「まだ信じられないか?まあ、俺も信じられんよ。だが俺たちは異世界について調べようとしてあの連中に命を狙われた。それが何より異世界の存在を証明してるんじゃないか?」
「かも知れないと思えてきた自分が嫌だ」
準はおもむろに立ち上がって食券を買いに行くと、カレーライスと一緒に戻ってきた。
「腹が減っては戦はできぬってな」
準は誰が見ても笑顔とは思えない笑顔を見せた。その表情に「お前に付き合ってやるよ」という意思があるのを誠也は言うまでもなく理解していた。




