美香の拳が愛をつかむ?!
「なんで、いっつもいっつもアタシが待たされてなきゃいけないのよ!」
一人の女性が、目の前の男にローキックを放つ。しかも腰の入った重い蹴りを、商店街のド真ん中でだ。
「イテェ! てめぇ何すんだよ!」
女性の放ったローキックは、見事に男の弁慶の泣き所を捕らえていた。
「何って、見ての通りのキックよ! キック! それ以外に何に見えまして、おほほほほ」
「なるほど、それが彼氏に対する態度って奴か、イイ度胸じゃねぇかよ」
男は蹴られた足を押さえながら、握りこぶしを固めて指をポキポキと鳴らしてみせる。
「アンタこそ、彼女に手を上げようって言うの! 見上げた根性ね!」
目から火花を散らし、にらみ合う二人。
まさに一触即発、導火線に火の付いたダイナマイト。
何故このような事態に陥っているのか、説明しなければなるまい。
男の名前は『高田敦』
大学3年生ではあるが、実のところ一度の留年を経験している。
座右の銘は『そのうちなんとなるだろう』
日がな一日お気楽に生きる事に全てをかける男である。
女の名前は『島本美香』
大学2年生。
座右の銘は『いつか私もプリティーウーマン』
いつの日にか優雅でセレブな生活を送りたい! そんな事を夢見る女性である。
どう考えても、趣味が合うわけではない二人ではあるが、二人はれっきとした恋人同士なのだ。
磁石はNとSが引き合うように出来ている訳だが、人間はそう単純にはいかない。
波長の合わない同士であろうが、引き合う時には引き合ってしまうのだ。
「アツシ! アンタにこの前言っておいたわよね。今度デートに遅刻したら命がないものと思えって!」
「どこの世界にデートに遅刻しただけで、殺される彼氏が居るって言うんだよ!」
「ここに居るのよ! さて、遺言を書く時間くらいは与えてあげるから、書くなら早くしなさいよね」
美香は腰を落とし、ハァーと呼吸を整え正拳突きの構えを見せる。
言い忘れていたが、美香は空手二段。
先日、痴漢に襲われた時、痴漢相手の肋骨を3本折ってやったほどの腕前である。
「ちょっ、ちょっと待て! は、話せばわかる!」
アツシは逃げ腰で後ずさりながら、両手を上にあげ降参の姿勢を見せた。
「知ってるアツシ? 言葉で何回言ってもわかんないから、アタシはいま拳を振るおうとしてるんだけど」
「やめろ! この空手バカ一代!」
アツシの言葉に、美香の額にうっすらと血管が浮かび上がる。
「死ねっ!」
ゴフッ、鈍い音がアツシの下腹部に響き渡った。
華奢な女性の身体から放たれたとは思えないほどの、重い一突き。
アツシは団子虫の様に身体を丸め込ませ、ゴホゴホと数度咳き込んだ。
「ふっ、アタシはやると言ったらやる女なのよ! これにこりて今度から絶対に遅刻しないようにね! 今日はこの程度で済ませておいてあげるけど、今度はこんなもんじゃないからね!」
「こ、この程度だと・・・・・・。俺の意識がさっきの一発で身体から抜けかかったってのに、それでいてこの程度とか言いやがるのかよ・・・・・・この空手バカ地獄編め・・・・・・」
息も絶え絶えな状態で、痛々しく弱々しい口調でアツシは呟いた。
「あら、今何かおっしゃったかしら? 出来れば大きな声でもう一回言ってくださるかしら?」
「今度から絶対に遅刻はいたしません! わたくし神に誓って約束させていただきます!」
「はい、よろしい。じゃどっかでご飯でも食べましょ。もちろん、アツシのおごりでね」
「わ、わかった・・・・・・。マックか吉野家好きなほうを選んでくれ・・・・・・」
「しょうがないわねぇ、とりあえずファミレスにでも入りましょうか」
「いや、待て・・・・・・マックか吉野家のどっちかだって・・・・・・」
「この通りの反対側にファミレスあったわよねぇ。そこにしましょ」
「おい・・・・・・俺の話を聞けよ、この暴力女」
「なあに? アツシはファミレスより病院にいきたいのかなぁ? それも長期入院がお望みかしら?」
「さぁファミレスに行こう、すぐさま行こう、ファミレスが俺達を待っている」
こうしてアツシの財布はきれいさっぱりカラッカラッになるのであった。
果たして、この二人の間には愛はあるのか?
そして、アツシの身体はいつまで持つのか?
それは神のみぞ知る事なのである。
授業が休講になり、美香は大学の食堂で一人コーヒーを飲んでいた。
『はぁ、何でアタシあんなのと付き合っちゃったんだろう』
これは一週間に数度は考えてしまう命題だ。
二人の出会い、それはちょうど一年前、大学のキャンパスでギターを弾きながら歌っているアツシを、美香が見つけたところから始まった。
気分良さそうにギターを掻き鳴らし、意味があるのか無いのか良くわからないような暑苦しい歌詞をシャウトするアツシを、美香は5分ほど眺めてみた。
そして、口を開いてこう言った
「ヘタクソ。あなたギター向いてないわよ。それ以前に音楽性のセンスって物が微塵も感じられないわ」
初対面であるにもかかわらず、唐突に罵倒されたアツシは、肩にかけていたギターを外すと美香の目の前に詰め寄りこう言った
「俺もそうだと思っていたところだ。よし、ちょっと付いて来い」
アツシはいきなり美香の手をとると、ズンズンと引っ張っていく。
「えっ? 何よ、一体なんなのよ」
「飯おごってやるから付いて来い」
偶然その時の美香はとてもお腹がすいていた、そして強引に自分の手を引くこの男が少し男らしくも見えたのだ。
アツシが向かった先はリサイクルショップ。
そこでギターを買い取ってもらうと、そのお金で美香に飯をご馳走した。
もちろん、吉野家で牛丼である。
「待て! 並に卵までだ! それ以上は許さん! 大盛りが食べたければその分は自分で出せ!」
男らしいどころか、アツシは洒落にならないくらいみみっちい男だった。
でもまぁ、お腹はすいていたので、美香は牛丼の並に卵をかけて食べた。
「あれだ、食べ切れなかったら、残してもいいんだぜ。俺が全部食べてやるからな」
「は、はい」
このとき美香は、何気に面倒見のいい人なのかなぁ? などと思ったが、勿論これは大間違いである。
ただ単に、残った牛丼を食べたいという、意地汚さ以外のなにものでもなかったのだから。
「確かに俺には音楽の才能が無い、しかしだ、まだまだ隠された才能が埋もれていると思うわけよ! 俺は才能のダイヤモンド鉱山なわけよ! いつの日かビックになってみせるわけよ!」
アツシはそう言いながら、牛丼をかっこんだ。それはもう嬉しそうにかっこんだ。
「へぇ、夢が大きい人なんだ」
「あたぼうよ! 夢と牛丼は特盛がいいってね!」
アツシは頬っぺたにご飯粒を山のように引っ付けながら、ニッコリ笑う。
美香はこのとき、思考がどうかしていたのかもしれない。
このアツシを、なんだかかわいい人だと思い込んでしまったのだから。
こうして二人は付き合う事となった。
「失敗だわ。120パーセント失敗だわ」
美香は頭を抑えながら、暗い声で呟いた。
アツシは確かに新しい才能を開拓しようと頑張った。
しかし、その頑張りは全て三日でおわるのだった。
「あれ、アンタ美術家目指すって画材道具買い込んでたんじゃなかったっけ?」
「ん? バカッ! 美術家なんてはやらねぇせ! いまはな、写真家がかっこいいんだぜ! 見ろよこのデジカメ。中古屋で格安で買ってきたんだぜ。ちょっと被写体探しに行ってくらぁ」
そのデジカメも三日後にはまた中古屋に戻される事になる。
「んで、次はなんなのよ?」
「俺さぁ、やっぱ芸術とかより、身体使うほうが向いてると思うんだ。だから、俺格闘家になるわ。K−1とかプライドとか流行ってるじゃん!」
この数時間後、冗談で美香にスパーリングを挑んだアツシは、美香の見事なまでのハイキックでノックアウトされる事になる。
「俺ってやっぱデリケートだから、格闘とか無理! だってラブ&ピースだもん。そうだ、詩集を出そう。ランボーやリルケのような詩人になろう」
そう言って三日間部屋に閉じこもって、ひっきりなしに詩を書き始めた。
「出来た! 俺の最高傑作が出来た! いいか、良く聞けよ。感動で涙とおしっこ流すんじゃねぇぞ! トイレに行っておくなら今のうちだ!」
「いや、感動しても漏らしたりしないから・・・・・・」
美香は詩を聞く前に結果がわかったような気がした。
そして、勿論その予想はピタリと当たっていた。
そして、いつのある日、アツシは遠い空を見上げながら、こう言った
「やっぱりさ。才能とかさ、そういうの違うと思うんだよな。人間に大事なのって優しさとかだろ!」
自分で一番カッコイイと思う顔とポーズで、アツシは決めてみた
美香はアツシの頬っぺたにキツイビンタを決めてみた。
「やほー! 美香。どしたの一人で暗い顔してー」
「あ、恵美。ううん、なんでもないよ」
後ろから声をかけてきた女性の名前は『一之瀬恵美』
美香の同級生であり、友達である。
「なんでも無い事ないでしょー。また彼氏のことで悩んでるんじゃないのー?」
「あはは、バレバレってやつかな・・・・・・」
恵美は美香のテーブルの前の椅子に座ると、鞄の中から携帯電話を取り出した。
「ふふふふっ、実はね、私も彼氏できちゃったのよー。イェーイ!」
恵美は携帯電話の待ち受け画面を美香に見せた。
そこには、ヴィジュアル風のお洒落な服装に身をつつんだ、ジャニーズ風の顔立ちの男が、これまたどこの雑誌の表紙だよと言わんばかりのポーズで写っていた。
「カッコイイでしょー」
「う、うん。カッコイイね」
「カッコイイし、超優しいのー。それに車はBMWのオープンカー持ってるのよ。さらに、親がお金持ちで、お医者様なんですってー」
「アンタ、それって絵に描いたような玉の輿パターンじゃないのさ」
「見えたわよ、セレブの道が! もう私このチャンス絶対に逃さないんだから!」
少女漫画のように瞳を輝かせる恵美。
「恵美がんばっ。はぁ、アタシもなんとかしないとなぁ」
「うんうん、美香の夢はセレブなお嫁さんだものね」
「そうだったはずなんだけどねぇ。どうなっちゃんたんだか・・・・・・」
「うぎゃああああああ」
アツシは砂煙を上げて吹き飛び、もんどりうってアスファルトに腰をしたたか打ちつけた。
「アーツーシー。人間が発明した時計ってものを知ってるかしら? そしてその時計が今何時を指しているか言って御覧なさい」
打ちつけた腰を摩りながら、涙目のアツシが答える
「えー。14時30分・・・・・・」
「アタシとの待ち合わせ時間は何時でしたっけ?」
「い、イボ時・・・・・・」
「デイヤアアアアアア」
まるでボロ雑巾のように、アツシの身体が宙を舞った。
宙を舞うアツシの姿は美しかった。
いつの間にか、二人のケンカに集まってきていた野次馬達も、感嘆の息を飛ばすほどだ。
「次の返答したいでは、アタシの拳で宇宙の彼方まで吹き飛ばしてあげる事になるわよ!」
「12時でございました・・・・・・」
「じゃ、アツシが待ち合わせ場所に来た時間は何時かしら?」
「14時30分でございます・・・・・・」
「2時間30分の遅刻よね。これはもう自分で死刑執行書にサインしたも同然よねぇ」
美香は不敵に笑うと、拳にオーラを集中しだした。
「ちょっと待て! 俺にも送れた理由があったかもしれないだろ! そ、それを聞いてからにしないか!」
「ほぉ、なら言いなさいよ」
「えっと、車に惹かれそうなおばあさんを助けて、さらに産気ついて苦しんでいた妊婦さんを産婦人科に運んで行き、あ、しかもおんぶでだぞ! さらに、地球がピンチだったので、助けてきた」
「そう、それは大変だったわねぇ。それなら時間に遅れるのもしょうがないわねぇ」
「だろ! そうだろ! だって地球のピンチだったんだもんな! そりゃしょうがないよな!」
「ねぇ、気が付いてる?」
「えっ?」
「今は、地球なんかより、アンタの命の方がピンチだって事に・・・・・・」
「ええええええええ!」
美香の必殺後ろ回し蹴りが炸裂、さらに吹き飛んだところに向けて、追い討ちの正中三連突き。
あまりの見事な連携技に、二人のケンカを見守っていた周りの野次馬達から拍手が巻き起こる。
「さすがに、もう愛想が尽きたわ! 別れましょ! さようなら!」
「おい、本気か? 本気なのか?」
アツシの言葉に振り返ることも無く、美香はその場から去っていった。
「なんだよ・・・・・・。遅刻がなんだってんだよ。遅刻すると相手に対する気持ちが消えるのかよ。俺はそんなこと関係ねぇぞ・・・・・・。バッキャロオオオ!」
アツシの叫び声は美香には届きはしなかった。
いつの間にか、さっきまで盛り上がっていた野次馬達も、バツが悪そうに散り散りになっていった。
アツシはボロボロの身体で、自分のこれまたボロいアパートにたどり着くと、万年床の固い布団の上に寝転がった。
身体のあちこちがヒリヒリと痛む。
しかし、そんな所よりも、心の節々が強く痛みを訴えていた。
「へん、一人の方が気楽でいいってもんだ。あいつが居なくなってせいせいしたわ」
虚空を見上げながら、アツシは吐き捨てるように言った。
「それに、なんだかんだ言ってても、三日もすりゃ向こうの方から連絡が来るに決まってる。そうそう、そうに決まってんだよ!」
アツシは立ち上がり、冷凍庫から氷を取り出して、腰の部分に当てた。
ヒャッとした感触が、痛みで熱を持った身体を癒してくれる。
「そうに決まってる・・・・・・よなぁ」
一週間の時間が流れた。
「ねぇねぇ、美香いいの? アツシ君のこと本当にいいの?」
恵美は美香の顔色をうかがう。
「しつこいわねぇ。もう別れたって言ってるでしょ。だからいいの」
「それなら、いいんだけどさぁ・・・・・・」
「さぁさぁ、そんなことより、アンタの彼氏のお金持ち友達が集まるパーティーに連れてってくれる約束でしょ」
「うん、それは別にいいんだけどさぁ」
「さぁさぁレッツゴー!」
「くそっ、どうなってんだよ! もう一週間じゃねぇかよ!」
美香から別れを告げられて一週間。
アツシは美香から何の連絡もないまま、不貞腐れすさんだ生活をしていた。
とは言え、もとからアツシの生活はこんもんではあったのだけれど。
「おかしい、絶対におかしい。アイツもしかして、本当に別れるつもりだったのか?」
今更ながらに、自分が振られたと言う事を実感する。
なんだか、目の前が少し滲んで見えた。
「へっ、なんだか今日は夕焼けが目に染みやがるぜ!」
アツシは空に向かって、独り言にしてはあまりにも大きな声で言った。
勿論返事をしてくれる人など居る訳は無かった。
そんな時、携帯のメール着信音が鳴り響く。
アツシは反射的に飛び跳ねて携帯を手に取る。
メールの送信者を見ると、そこには美香の名前が書かれていた。
「なぁんだ、やっぱりアイツのほうから連絡してきたじゃねぇかよ。けっ、俺と合えなくて寂しいわってメールに違いねぇ」
アツシははやる気持ちままに、メールを開く。
『アタシこれからお金持ちのお坊ちゃんの集まるパーティーに行って来るから。そこでアンタなんかと比べ物にならないほど素敵な男をゲットしてくるわよ。アンタも良かったらパーティに来て見る? 自分がどれだけ惨めな男かってことが良くわかるわよ! パーティーは19時からだから。地図は写メにのせといてあげるわよ。バーカッ!』
アツシは携帯を布団の上に投げ捨てた。
「な、なにがお金持ちのお坊ちゃんだよ! 何が素敵な男をゲットだよ! お前みたいな空手殺人マシーンがそんな男とつりあう訳ないだろうってぇの。もうしらねぇ、アイツのことなんてもうしらねぇからな!」
アツシはブツブツと言いながら部屋の中を腕を組みながらぐるぐると回る。
まわるスピードはだんだんと加速されていく。
そのうち、部屋の中でかけっこをしているレベルまでに到達するほどになる。
マックススピードに達したアツシは、その勢いのまま部屋を飛び出した。
「ちっくしょうめえええええええええ」
その時のアツシの走る速度はマッハに到達しようとしていたと言う。
「うわぁ、凄い素敵なところね」
美香は目の前に広がるパーティ会場に、感嘆の息を漏らした。
そこには高級そうなスーツで着飾った端正な顔立ちの男達が、数人グラスを片手にご歓談を繰り広げていた。
「まだ時間に早いけど、行きましょうか?」
恵美がパーティ会場に足を踏み入れようとした時、美香は恵美のドレスの裾を掴んで足を止めさせた。
「やっぱりこういうのは時間に正確に行かなきゃダメよ。アタシこういうのに細かい人だから」
「ふ〜ん。遅れるのもダメなら、早く着きすぎるのもダメってことかぁ。美香はほんとそう言うの細かいよねぇ」
「へへっ、性分ですから」
二人は、会場の入り口に設置されたテラスに腰掛けた。
二人で他愛ない会話を交わしている最中、美香は何度も何度も時計の針を眺めていた。
パーティーが始まるまで、あと10分。
「ねぇ、さすがにあんまりギリギリすぎるのもあれだから、そろそろ入りましょうよ」
「う、うん」
恵美の言葉にせかされ、二人は席を立った。
「うおおおおおお、美香あああああああ」
そこに現れた一陣の風。
いや、それこそがアツシその人であった。
「へっへっへ、間に合ったぜコンチクショウ!」
アツシは口の中から肺が飛び出しそうになるほど息を荒くしていた。
「アツシ!」
美香の口元に笑みがこぼれる。
「お、お前に言いたいことがあってきたんだ!」
「初めて時間に間に合ったね・・・・・・」
「おうよ。俺様はやれば出来る子なんだぜ」
「だったら、最初からやりなさいよ! で、でももう遅いんだからね! アタシはこれからかっこいい男の子をゲットするんだから!」
「だぁかぁらぁ、俺はお前に言いたい事があるって言ってるだろう! 黙って耳かっぽじって聞きやがれ!」
「わ、わかったわよ! 聞いてあげるから言って御覧なさいよ」
美香は、少しモジモジしながら口をつぐみ、アツシの言葉を待った。
アツシは、呼吸を整え、息を大きく吸うと口を開く。
「えええい! この空手バカ一代め! お前なんか金持ちのボンボンと付きあうより、山篭りの修行して、熊とでも戦ってるのがお似合いなんだよ。ばーか、ばーか!」
一瞬その場の空気が凍り付く。
美香の表情から笑みが一瞬にして消えうせ、そこには阿修羅のごとき面持ちの表情が顔を出す。
「ば、ばかあ、ホントに死んじゃええええええ!」
コークスクリュー気味の右アッパーがアツシの顎にクリーンヒットする。
アッパーで浮き上がったところに、さらに光の速さで無数の拳が叩き込まれる。
そう、このとき美香の拳は光速をも超えたのだ!
アツシの身体は原子分解され、宇宙の塵に成り果てたかに見えたが、すんでの所で再生を果たし、何とか一命を取り留める。
「き、効いたぜ・・・・・・。やっぱお前は空手バーサーカーだ・・・・・・。そんな凶悪な奴と付き合って命を保てる奴なんてのは俺くらいなもんなんだぜ。俺以外の奴と付き合ったら、お前絶対に殺人者になっちまう・・・・・・。だからだ! だから、お前を殺人者にしないためにもだ。俺がお前と一生付き合ってやる! わかったかこんちくしょう!」
その言葉を言い終えると、アツシは意識を失った。
「アホ! 言うなら最後の言葉だけでいいのよ! このアホ、バカ、マヌケ。こんなアホの相手が出来るのなんて、アタシくらいしか居ないんだからねっ」
美香はアツシの身体を抱きあげると、頬に優しくキスをした。
「あんたら、一体どういうカップルなのよ・・・・・・・」
恵美があっけにとられた表情で、二人を見守る。
パーティー会場に居たセレブ連中も、驚きのあまり目を丸くしていた。
のちに伝説のアッパーと称されるこのパンチは、セレブたちの間に長く語り継がれることとなる。
「今回は・・・・・・本当に死ぬかと思ったぜ」
アツシは帰りのタクシーの中で目を覚ました。
「だってホントに殺すつもりで殴ったんだもん」
美香はかわいく笑って見せた。
「お前って恐ろしい女だよな」
アツシは美香の笑みの奥にある修羅を感じ取り、ひきつった声で言った。
「ふっ、こんなアタシのことが好きなくせにっ」
「はぁ? 何馬鹿なこと言ってるんだよ! 俺はな、お前が誰にも相手にされないのがかわいそうだから、付き合ってやってるだけなんだよ!」
「何言ってるのよ! アンタのほうこそ、アタシが相手しなきゃそのうちそこらでのたれ死んでるわよ!」
「なわけねえだろ! こちとらお前に相手してもらわなくてもモテモテなんだよ! この空手バカボンが!」
「ふぅ〜ん、のたれ死ぬ前に、今ここで地獄に落としてほしいのかしら・・・・・・」
美香の拳が光ってうなり出す。
「すみません。俺は美香が大好きです」
「わかればよろしい」
二人はタクシーの中でキスを交わした。
タクシーの運転手はバックミラーの角度を変え、二人の姿を見ないようにしたとさ。
おしまい☆