燃えつきる
*今回から鬱展開です。苦手な方はご注意ください。
終わるまでに明るくなるといいな……
色々なことが起きたせいで、一週間がやけに長く感じ、やっと休日になったような感覚だった。
新たな発見もいくつかあったが、それは片之坂にとって嬉しいものではなく、疲労感だけが募った。
土曜日は昼過ぎまで寝ていた。
目を覚ますと、雨の音が聞こえる。
しばらく布団の中でごろごろしていたが、いくらでも眠れるわけもなく。
仕方なく起き上がって自室を出て、階段を降りる。
リビングを見渡すが、誰もいないようだった。
両親は仕事に行っているのだろうが、柚星の姿も見当たらない。
柚星の部屋からは気配がしなかったので、友達と遊びに行っているのか、冒険の旅に出ているのだろう。
とりあえず何か食べようとキッチンに向かい冷蔵庫を開けるが、すぐに食べられそうなものは生卵くらいしか見つからない。
炊飯器に米だけはあったので、卵かけご飯を作って食べる。
だらだら食べながら、これまでの事を思い返す。
――自分には、誰かが異世界に行き来する瞬間に高確率で居合わせる能力がある
……のかもしれない。
外に出て検証すべきだと思ったが、どうにもやる気が出なかった。
雨だということもあるが、異世界に行けない可能性が余計に高まっただけのような気がして、方向性を見失っていた。
「……ゲームでもしようかな」
そのまま自堕落に一日を過ごし、翌日もそうだった。
土日の間、あのノートを開くことはなかった。
***
月曜の朝になっても柚星は帰ってこなかった。
「友達の家から直接学校に行くんだって。まったく不良娘なんだから」
母親は苛立っているようだったが、他のことで忙しいのだろう、いつもあまり深く追求しない。
朝食もとらずに、慌しく家を出て行った。
柚星は異世界には日帰りで行くことが多いようだったが、時々何日も帰ってこないことがあった。
一週間以上帰ってこないこともあったので、3日くらいならまだ良い方だろう。
心配ではあるが、不思議と以前のようにうらやましくはない。
玄関の鍵をかけたところで、自分の部屋にノートを忘れてきたことに気付く。
しばらく立ち止まるが、取りに戻ることはせず、そのまま学校に向かった。
***
朝のホームルームで、担任はいつものように教室を見渡し、生徒の出席を確認する。
「いないのは郡君だけですね」
片之坂はぼんやりと俯いていたが、担任の言葉に顔を上げる。
そっと教室を見渡してみると、郡だけでなく山本の姿もない。
担任は静かに出席簿に書き込んでいるが、うっかり見逃しているのだろうか。
片之坂が言うべきか悩んでいると、川南が手を挙げた。
「先生ー、山本もいませんけどー」
「山本……? このクラスに山本さんはいないはずですが……?」
担任は出席簿の名前欄をさっと見なおし、いぶかしげな目で川南を見た。
「えっ……」
担任の言葉に、片之坂は驚く。
小さな声だったが、静かな教室では目立ち、担任と目が合う。
教室のあちこちからひそひそと話す声が聞こえ、やがて笑い声が交じり出す。
「また川南が」という、面白がるような馬鹿にするような空気だ。
川南は今にも誰かに噛み付きそうな顔をしている。
片之坂は初め、白髪の目立つ担任がとうとうボケたのかと思ったが、どうも様子がおかしい。
自分たち以外のクラスメイトからは、川南の勘違いか、新しい遊びか何かだと思われているようだった。
***
「どういうことだー?みんな山本のこと忘れてやがる」
休み時間、川南がイライラした様子で話かけてきた。
急にクラス中から山本の存在が忘れ去られるという謎の事態。
その上、ウケを狙ったわけでもなく、何の落ち度もないのに笑われたのが気に食わないのだろう。
「さぁ……」
片之坂はあいまいに返事をする。
一限目はそのことばかり考えていたのだが、悪い考えしか浮ばなかった。
「とりあえず席はあるよな」
川南が教室の後ろの方の、山本の席を見て言う。
「あー……うん」
「見に行こうぜ」
川南が山本の席の方に向かったので、片之坂も着いて行く。
あまり気は進まないが、放っておくわけにもいかない。
二人は山本の机の前に立ち、観察してみる。
「……別に普通だけど」
「いや」
川南が机の中を除きこむ。
「空っぽだ」
机の中には、何もなかった。
「でも、山本君あんまり学校来てなかったから」
片之坂は元から何も入っていないのではないかと思った。
しかし川南は、
「だから教科書全部置いてたのよあの人は」
そう言って腕を組み、机を眺める。
「……川南、何でそんなこと知ってるの」
片之坂は当然の疑問を抱く。
川南の席と山本の席は離れていたし、この二人が教室で一緒にいるのをあまり見たことがなかった。
「そりゃーまぁ、俺が自主的に持ち物検査してやってるからさー。このクラスにヤバイもん持ってきてる奴がいたら困るだろ?」
「えっ。まさかクラス中の……」
川南は片之坂のノートだけではなく、クラス全員の机をあさっているらしかった。
「ありがたく思え~」
片之坂はドン引きして批判の言葉すら出なかったが、川南はさっさと自分の席に戻っていく。
川南は今度は自分の机から教科書やプリント、よく分からないゴミを次々に取り出し、バサバサと床に投げ捨てていった。
となりの席のあたりにまで容赦なくゴミが積もる。
そんな様子を、周りのクラスメイトたちは遠巻きに見ている。
片之坂も少し離れて見ている。
「おーあったあった」
川南は机の奥からグシャグシャになった紙を取り出し、適当に伸ばす。
紙を見た川南の表情が一瞬固まり、
「ほら、これ」
その紙をすぐに片之坂の方に見せる。
4月に撮ったクラス写真だった。
もうこいつと友達だと思われたくない――そう思い周りを気にしてみるが、みんな片之坂から目をそらし、各々の会話や作業に戻って行った。
川南の持つ写真が遠目ではよく見えなかったので、しぶしぶ目を近付ける。
「それがどうかした――……」
写真の中に、山本の姿が見当たらない。
写真を手に取り、何度も見直すが、やはり写っていない。
「いない……」
確か写真を撮った日は、全員揃っていた。
記憶違いでなければ、身長の関係で山本は一番後ろの方に郡と並んでいたはずだった。
しかし、郡のとなりには一人分、不自然な空きがあるだけだった。
写真を見つめ続ける片之坂に、川南が言う。
「異世界に行っているはずの勇者様が、突然元の世界で存在すらしなかったことになった……どういうことだと思う、カタノ」
「どう、って……」
おそらく川南も同じことを考えているのだろうが、あえて片之坂に言わせようとしているようだった。
何も言いたくはない。
しばらく沈黙が続いた後、川南が小さな声で言った。
「山本サカキは死んだ――」