ご意見
「もっかいやってみるか」
山本が再び異空間を出現させ、今度は自ら入っていく。
山本は青い空間の中に消えていき、腕だけ出してこちらに振ってみせる。
片之坂も空間に入ろうとしたが、先ほどと同じようにはじかれ、異空間は消えてなくなった。
「何で……」
呆然と立ち尽くしていると、再び異空間が現れ、山本が出てきた。
「おっかしーなー。何で片之坂だけ通れないんだ?」
山本は頭をかいて首を傾げる。
片之坂には、思い当たることがあった。
「もしかして、選ばれた人しか通れないんじゃ……」
異世界が必要としているのは、山本たちだけであり、呼ばれてもいない自分は通れないのかもしれない。
そう考えたが、山本の意見は違うようだった。
「いや、多分関係ないと思う。だって前に川南連れてった時には普通に通れたから」
「は? 川南!?」
またもや思ってもみないところで思ってもみない人物の名前を聞き、困惑する。
親友とはいかないまでも、川南とは一緒にいることが多い。
しかしそんな話は一切聞いたことがない。
「へー、仲良さそうなのに聞いてないんだ?あいつ案外口堅いんだな~」
「……」
山本は関心した様子だったが、片之坂は納得がいかない。
心の中で『あの裏切り者め』とつぶやく。
どおりであの時異空間を見ても、妙に落ち着いていた訳だ。
「じゃあ、どうして俺だけ……」
「さーあ、どうしてだろ?」
片之坂の疑問に、山本が答えられるはずもない。
山本は早々に諦めたらしく、いつものようにへらへら笑っている。
***
「これは頭金ってことで。いつか俺が出世したら高い酒おごってやるからさ」
来た道を戻る途中、寂れた商店の前にある自販機でジュースを買いながら山本は言った。
「あー、やっぱまあまあ高いやつ」
高い酒を買う自信がなくなったのかケチったのか、言い直す。
「割と高いやつ」
「……」
値段がだんだん安くなっていく。
そんな先の話、あてにもならいし別にかまわないのだが。
そもそも世話になったのはこちらの方で、もらう筋合いもないと思っていた。
そう思いながら、受け取ったジュースの缶を見つめる。
「片之坂だけあっちに行けないっていうのはさ」
山本が自分の分の缶を開け、炭酸のはじける音がする。
「もしかしたらそういう宿命っつうか使命? 与えられた役割みたいなのがあるのかもしれないな」
「役割って……異世界に行けないことが?」
それは役割でも何でもない気がする。
「俺はあったらいいなって思う。何でもいいから、ここでこうしてる意味みたいなのがさ」
公園で片之坂が山本に似たようなことを言ったとき、『向いていない』と言っていた。
矛盾しているようにも思えるが、その本心はどこにあるのだろう。
***
片之坂は家に帰るなり部屋にこもると、ノートに今日の出来事を書き込んだ。
いつものように事のいきさつを淡々とつづった後、余白に考察を書き足していく。
書いたものをシャーペンでなぞりながら読み返し、最後の方で手が止まる。
「異世界に行けない意味……」
本当にそんなものがあるのだろうか。
仮にあるとして、例えばどんな――
考えてみるが、何も思い浮ばない。
「いや、まだそうと決まったわけじゃないし!」
すでに異世界に行けない前提で考えていたことに気づき、大きな独り言で否定する。
たまたま山本たちの世界には行けないだけかもしれない。
もし全ての異世界に行けないとしても、原因さえ分かれば何とかなるかもしれない。
「そう、何か原因があるはずだ――」
ノートをめくり、今まで召喚された人たちの共通点を探す作業を始めた。
***
昨晩の作業では、異世界に行っている人たちの共通点は分からずじまいだった。
疲れていたこともあり、さっさとノートを閉じて寝ようとしたのだが、頭の中でいろいろな考えがループしてなかなか寝付けなかった。
教室で昼食をとった後、少し寝ようと思ったのだが。
川南が大声で語る武勇伝が、寝不足の頭に響く。
「無実の罪で捕らえられた俺は、そいつら全員サパーっとやっつけてやったわけよ! まさに秒殺!!」
何とかというゲームの話だと言っていたが、片之坂はやったこともないゲームの話を延々と聞かされてうんざりしていた。
「まぁ最終的には俺の力に恐れをなした愚民どもによって島流しにされたわけだけど……」
そのゲームが実在していればまだいいが、どうにも大げさな口振りだったので、最悪川南の妄想かもしれないと思った。
「――川南、何で黙ってたんだよ」
川南の妄想が一段落したところで、片之坂が口を挟む。
「何が?」
「山本君に異世界に連れて行ってもらったこと」
人に聞かれないようボリュームは落としながらも、苛立った口調で言ったが、
「何でって、口止めされてるのに言うわけないだろ?」
川南は平然とそう言い放った。
正論である。
「……川南ってそんなに真面目だったっけ?」
正論を言われて何だか気恥ずかしくなり、さらに食ってかかるようなことを言う。
「失敬な! 俺はいつだって真面目よ!?」
川南がこのまま激しく怒り出すのではないかと思い、片之坂は少し後悔した。
しかし、川南は次の瞬間には、にやりと笑っていた。
「まあまあ。自分だけ異世界に行けないからってそんな不機嫌になりなさんな」
妙な余裕を見せ、片手を口に添えて横目でこちらを見ている。
その態度がとても不快だったが、言っていることはあながち間違っていない気がして、何も言えなくなる。
「でー?研究はどのくらい進んでいるのかなっと」
「うわっ、ちょっ、勝手に……!」
川南は片之坂の机を探り、一番上にあったノートを取り出した。
例の異世界ノートだ。
「おお、これこれ。ふむ……」
「うわあああ!? 返せ!」
動転して必死で取り返そうとするが、川南はあっさりとそれをかわしながら、器用にもページをめくっていく。
「へぇ~、昨日そんなことがねぇ~。まさかの急展開ですな」
「読……読むな……」
片之坂はかろうじてノートの方に手を伸ばしたまま、下を向いていた。
普通の日記を見られる方が百倍マシだ。
「安心しろよカタノ。俺は元々このノートの熱心な愛読者だから」
川南がいつになく優しく微笑みかけながら、衝撃の事実を告げる。
「は?……はああああ!? えっ、な、まさかいつも勝手に見」
川南は優しく微笑んでいる。
「…………」
片之坂は失意から床にくずおれた。
「さて、そんな真面目な俺から真面目な話。人の意見も大事だと思わんかね? カタノ君」
相変わらずふざけた調子で川南が言った。
片之坂はどうにか起き上がる。
「人の意見て……勝手に人のノート見るやつの意見なんか――」
力なく反抗するが川南は無視して話を続ける。
「俺が思うにー、この最後の原因がどうとかって書いてるの」
何を言っても無駄なようだ。
ページをめくってこちらに向ける。
「見たところこいつらに何の共通点もないしー、まぁハートとか魔力とか目に見えないステータスがある可能性も微粒子レベルで存在するけどー」
意外にも、彼なりに分析してはいるらしい。
何か気付いたことでもあるのだろうかと、期待が生まれる。
「考えてもわかんなくね?」
その一言に、片之坂は再びがっくりと肩を落とした。
「いや、そうだけど……だから考えてるんであって……」
「そこで視点を変えてみる」
さっきから川南の表情は真面目そのものだ。
もう何も言うまい。
「そもそもの話な。大事なのは『お前の周りの人間が異世界に召喚されまくっている』ってことだと思うわけよ」
片之坂は期待はせずに、黙って聞いている。
「よく考えてみろ。異世界に召喚されるやつがそんなにいるか? 仮にいたとして、そこにたまたま出くわす確率ってどんなもんよ?」
「…………」
言われてみればそうだ。
想像の域を出ないが、異世界への行き来は、通常秘密裏に行われるもののようだ。
たまたま第三者が居合わせることなど、そうはないのだろう。
「それってどういう――」
「つまりは――……」
川南はもったいつけた挙句、
「自分で考えろ」
そう言って、ノートを片之坂の方に放り投げた。
「わっ……ちょっ!」
片之坂は慌ててノートをキャッチする。
「何だよ、そこまで言うんなら教えてくれたって」
つまりはの後が気になったが、川南は片之坂の方は振り向かず、鼻歌をうたい踊りながら教室の外に出て行ってしまった。
「……変なやつ」
今に始まったことではないのだが。
***
残りの昼休み、片之坂は一人で考え込んでいた。
「――俺が『異世界に行けない』っていうよりも、『誰かかが異世界に行く現場に毎回居合わせている』……?」
当然といえば当然のことだったが、今までどうやって異世界に行くかばかり考えていた片之坂にとっては、新しい見方だった。
実際に川南が何を考えていたのかは分からないが。
「そういう能力、とか……?」
だからと言って、それが何の役に立つのかは分からないし、異世界に行けないことに変わりはない。
午後の授業が始まっても川南は帰ってこなかった。
その上5限目は自習だったので、よく眠れた。