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条件


授業が終わって教室を出ようとした時、川南に呼び止められた。

 一緒に帰ろうとかそういう雰囲気ではなく、怒っているようだった。


 「えーっと……どうしたの?川南……」

 片之坂はおそるおそる尋ねてみる。

 「いや、どうしたじゃないっしょ!自分の胸に聞いてみろ!昼休みのことだけど!」

 川南は自分の胸に聞いてみろと言い、すぐ後に理由をしゃべったが、片之坂には思い当たる節がない。

 昼休みなら、異世界に行くとか行かないとかで騒いでいたが、何か気に食わないことでもあったのだろうか。

 それにしても今更感はあるが。

 「はぁ、昼休み……」

 繰り返してみる。

 「だーかーらー!カタノが便所メシするって言うから、俺学校中の便所探し回ったのに!いなかったし!そしたら何?屋上でメシ食ってやんの、何で嘘吐いたんだよ!?」

 「……あ――」

 彼が何に腹を立ているのか判明し、苦笑いで上を見上げる。

 面倒くさい。

 「ごめんごめん、悪いけど何か俺疲れ……お腹痛いから帰るね。じゃあ」

 「あっ、カタノ――……」

 適当に謝り適当な嘘でその場を後にする片之坂を、川南は引き止めようとしてやめた。

 何か考え込んでいるようだったが、そのまま教室を出る。

 弁解は明日にしよう。


 ちなみに片之坂本人は、トイレに行くとはひとことも言っていない。

 こそこそと教室を抜け出す片之坂を見て、川南が勝手に便所メシだと思い込んでいるだけだった。


 ***

 

 「おーい」

 いつも通る川の側を歩いていると、声が聞こえてきた。

 振り向くと、誰かが河川敷の階段を登ってくるのが見えた。

 同じ制服を着ているが鞄も持たず、随分と身軽な動きだ。

 「片之坂ー……で、合ってるよな?」

 登りきったところで、山本はへらへら笑いながら呼びかけた。

 「あ、うん……」

 片之坂は返事をするが、なぜ山本が自分に声をかけてきたのか疑問だった。

 普段は別段親しいわけでもなく、あんなに話したのは多分今日が初めてだ。

 「片之坂がここ通ってるのたまに見るからさー。来るかなって思って」

 山本は偶然通りかかったわけではなく、待ち伏せしていたらしい。

 「……何で?」

 片之坂の問いにすぐには答えず、いくらかの間が空き、

 

 「――ちょっと、いいかな?」

 山本は普段より少しだけ真面目な表情で言った。

 「……」

 

 ***

 

 いくつか嫌な考えが浮んだものの、どれも決定的ではなかったので、片之坂は山本の後を着いて行った。

 「山本君……どこに行くの?」

 まだ大した距離は歩いていないが、何度かこの質問を繰り返した。

 その度に山本は『そのへん』とか、『どっか近く』といい加減に答えたので、行き先は不明だった。

 しかし今度は、

 「んー?まぁ、このへんでいいかな」

 と、公園の前で足を止めた。

 公園、といっても、周囲に人影はない。

 伸び切った木々に囲まれ、まだ日が高いのにそこだけが異様に暗い。

 近くでカラスがギャア、と鳴いた。

 「……」


 片之坂は帰りたくなったが、山本は公園に足を踏み入れる。

 「えぇー?」

 小さく不満を言いながら、仕方なく片之坂も後に続いた。

 公園内は、心なしか空気が重く感じる。

 ブランコやすべり台といった本来楽しいはずの遊具が、逆に不気味に見えた。

 

 山本は何の躊躇もなくベンチに腰掛ける。

 ベンチにもたれてリラックスした様子だったが、片之坂は座る気になれず、隣にたたずんでいた。

 「なんかこの公園出そうだなぁー」

 「ちょっ……そういうこと言うのやめて……!」

 「あはは」

 山本は笑っているが、片之坂は本気で寒気がした。

 「異世界好きなのに幽霊はだめなんだ?」

 「だから幽霊とかそういう……」 

 

 異世界、と言われて昼休みの出来事が頭をよぎる。

 忘れそうになっていたが、この人が自分に用があるとすればその事だろうと考えていた。


 「そうそう、忘れるところだった。異世界に行ってみたいんだって?」

 口を開こうとしたところで、山本からその話題を切り出される。

 「……」

 いつもなら二つ返事だが、意図が読めず言葉に詰まる。

 山本は構わず続ける。

 「連れて行ってもいいけど」

 「えっ!?」

 思ってもみないことだった。

 口止めのために埋められてしまう心配までしていたのに。

 

 「いや、でも、郡君が『遊びじゃない』って……」

 異世界を行き来する姿を見られた時、郡は随分神経質になっていた。

 おそらく絶対に知られてはいけないことだったのだろう。

 昼間山本が一時的に味方してくれたのも、冗談だと思っていた。

 

 「あいつはなぁー。でもまぁ俺らは遊びでいいじゃん?」

 山本は軽い調子で言った。

 片之坂はともかく、山本も遊びのつもりなのだろうか。

 「俺らはって……山本君は使命とかそういうのがあって呼ばれてるんじゃ……」

 「はは。俺そういうの向いてない気がするんだよなー」

 何が面白いのか笑っている。

 もしこの人が勇者だとしたら、救われる向こうの世界の人たちは大丈夫なんだろうか。


 「でさ、連れてく代わりに一個条件があるんだけど」

 「条件?」

 片之坂が聞き返す。

 埋められることはないようだが、やはり何かあるらしい。

 山本はしばらく黙り込んだ後、

 

 「……俺が異世界に行っていることは誰にも言わないでほしいんだ」

 条件を言った。

 

 「あ、うん、もちろん。それくらいなら……」

 めずらしく真剣な様子の山本が何を言い出すのかと身構えていたのだが、案外普通のことでほっとした。

 しかし山本は、

 「特に風花(ふうか)には絶対言わないでくれ」

 さらに重みのある口調で付け足した。

 「……は?」

 

 「ほら、同じクラスの川村。川村風花」

 名前にピンとこなかったらしい片之坂に、山本はクラスメイトの女子のフルネームを持ち出す。

 川村風花といえば、色素が薄くてふわっとした感じの美少女だ。

 異世界に夢中になりがちな片之坂でも知っていたが、なぜここでその子が出てくるのか。

 「え、ああ、川村さん……でも何で」

 川村さんってかわいいな、などと関係ないことを考えながら、ぼんやりと尋ねる。

 

 「何でって……俺あっちの世界にも彼女いるからさ……バレたらまずいっていうか」

 「ええ!?」

 歯切れの悪い山本の言葉に、片之坂は驚愕した。

 「えっ、あっちにも、って、まさか川村さんと付きあっ……」

 川村に彼氏がいることと、それが山本であることに軽いショックを受ける。

 片之坂は川村のことがとても好きという程ではなかったが、こっそりと憧れていた。

 「あれ?知らなかった?まあ付き合ってるって言っても、風花があんま人前でいちゃいちゃするの好きじゃないって言うし、そんなに目立たないか」

 

 「……で、向こうには何人彼女が」

 片之坂は念のために聞いてみた。

 「いや、ちゃんと付き合ってるのは一人ずつだから!大丈夫だってー」

 「……」

 不誠実極まりない。

 なぜこんなやつが勇者なんだろう。

 川村さんがかわいそうだと思ったが、目的のためにいったん忘れることにする。

 

 「わかりました。彼女がたくさんいることは黙ってるから、異世界に連れて行ってください」

 山本との距離感から思わず敬語になる。

 「ん?まあ、わかってくれたんならいいや」

 片之坂の腹に一物あるような雰囲気を感じとったが、深く考えることはしない。


 「じゃあ、――誰もいないよな、っと」

 山本は立ち上がり、辺りを見回し他に人がいないことを確かめ、ポケットから何か取り出した。

 細い鎖がしゃら、っという音を立てる。

 「それ……」

 片之坂が山本の手の中を覗き込むと、鎖を通した鍵のようなものがあった。

 金色の竜が赤い石をくわえている。

 「片之坂が言うところの『異世界』、の鍵」

 「鍵?」

 「そう」

 山本が鍵を持つ手を前方に向かって伸ばし、切るような動作をする。

 「これであっちの世界の扉が開く」

 鍵でなぞったところから、青い空間が現れる。

 昼休みに屋上で見たものと同じだ。

 「……!」

 一度目にしているとはいえ、異常な光景に目を留める片之坂。

 「さぁどうぞどうぞ」

 「あ、はい」

 異空間に入るよう山本に促され、ゆっくりと歩み寄る。


 異世界に行くために試行錯誤を重ねてきたが、何一つとして功をなさなかった。

 その努力が今、報われようとしている。

 自分の胸が高鳴るのを聞きながら、異世界への扉に踏み入れようとした――


 バチッ!

 「痛っ!」

 青い空間に体が触れた瞬間、電気のような衝撃が走り、反射的に飛び退く。

 火花が散るのが見えた。

 異空間は急速に収束していき、やがて消えてなくなった。


 「消えた……?」

 「……ありゃ?」

 片之坂だけでなく、山本も狐につままれたような顔で異空間があった方を見つめる。

 

 そこには、来た時と同じ公園の風景が広がっていた。

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