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異世界ノート

挿絵(By みてみん)

 

 コンビニの自動ドアまであと数歩という距離だった。

 突然コンビニがまばゆい光を放ち、足を止めた。


 「……」


 すぐに光は収まり、一瞬呆然としたものの、あわてて店内へ駆け込む。

 まだ初夏だというのに、冷やしすぎなくらい冷たい空気が肌に触れる。

 明かりはついたまま、商品もレジも通常通り何も変わらない。

 ただ、いくら見渡してみても、客はおろか店員の姿すらなかった。

 

 コンビニは無用心極まりない状態だったが、今一人でその場に立っている彼にとっては、そんなことはどうでもよかった。


 「また置いていかれた……!」

 

 悔しさのあまり、その場で頭を抱えこんだ。

 

 ***


 あの後、もともと買うつもりだった週間少年誌を持って店を後にした。

 代金分の260円はカウンターの上に置いてきたが、正直どうしたらいいか分からないので無人のコンビニは多分今もそのままだ。

 誰かが盗みに入るかもしれないが、自分のせいではないし、だいたいこういう場合放っておいてもなんとかなる。

 こういう場合。

 「あれは絶対に異世界に召喚されたやつだ……しかも店ごと」

 持っていた鞄を適当に床に置き、制服を着替えるのも忘れて、リビングのソファーに座り込んで雑誌を広げる。

 「こんなレアケースめったにないのに」

 しかし、先ほどのことが気になり全然ページをめくる気にならない。

 「あと一分……!あと一分早かったら俺も異世界に行けたのに!クソッ……!」

 

 悪態をつきながら雑誌を殴っていると、背後でドスン、という物音がした。

 「あいたっ」

 

 声がした方、ソファーの後ろを覗き込むと、見慣れた顔がこちらを見上げていた。

 「お……お帰りお兄ちゃん……」

 妹の柚星ゆずせだ。

 しかし、いつもと雰囲気というか服装が違っていた。

 妙にふわふわしたミニスカートに白い皮の胸当て、腰には長剣を提げるという、露出したいのか守りたいのか釈然としない格好だ。

 髪に飾っている大粒の宝石を眺めていると、『ああ、これ売ったらいくらになるんだろう』という疑問がわいてくる。

 

 柚星は焦っている様子で、ちょっとばつの悪そうな表情をしている。

 大方『やばい、異世界に行っていたことがばれる』、とでも思っているのだろう。

 

 大丈夫、ばればれだ。

 そんな格好で部屋に瞬間移動してきて、一体どんな言い訳ができるというのだ。

 中学生が異世界で戦うなんて10年早い、と喉まで出かかったが、どうにか飲み込む。

 裏切り者に説教をしてやりたい気分をおさえ、全力で笑顔を作った。

 「ただいま、柚星。先に帰ってたんだ」

 「あっ、うん、あのこれはその……!」

 何も聞いていないのに言い訳を始める妹。

 「それ、何かのコスプレ?よく出来てるね。自分で作ったの?」

 「いや、あの!そう、コスプレなの!自分で生成……作ったやつもあるけど、授けられたやつとか、あっ」

 誰に授けられたのだろうか。

 王か?神か?

 

 それにしてもこの子は嘘を吐くのが下手すぎる。

 気付かないふりをするのが大変だ。

 「へぇー。そんなの作れる友達がいるなんてすごいね」

 もはや話が噛み合っていない気すらするが、

 「そ、そうなの!すごいでしょ!」

 言いながら柚瀬は心底明るい表情になった。

 どうにかごまかせたと信じているらしい。

 足取りも軽く、部屋のドアに向かう。

 「私着替えてくるね。これこっちの世界じゃちょっと重くな――、あっ」

 しまった、という顔をしているに違いないと思ったが、彼は雑誌に目をやったまま離さないことにした。

 時々気まぐれに買うだけの雑誌だったので、前回の話すらわからなかったが、熱中しているふりをする。

 

 しばらくして、ドアが閉まる音がした。

 大きくため息を吐く。

 ばれていないふりをしていることがばれているのではないかと不安に思うが、そうだとしても仕方がない。

 前にも何度か同じようなことがあったが、ある時彼女が壁にもたれかかって

 「ごめん、今は言えない……!」

 などと大きな独り言を言ってるのを目撃してしまったので、以降追及しないことにしている。

 

 「大丈夫かな……あの子」

 あの愚鈍な――良く言えば純粋な心があるからこそ、異世界へ招かれたのだろう。

 おそらくは戦っているのだろうが、よく無事でいられるものだと思った。

 あの子のミスで仲間が死んだりしていないだろうか……

 しかしあれでもたった一人の妹なので、もし守ってくれたのであればありがたく思う。

 ありがとう、見知らぬ勇者たち。

 心の中で勇者に祈りを捧げて、雑誌を流し読みはじめた。


 ***


 隅のほうに雑誌や本を一山積んでいる以外は、割と片付いている部屋で。

 もう少しで日付けが変わるという時間だったが、まだ部屋の明かりは消さず、机に向かっていた。

 机の上に置いたノートをパラパラとめくり、また閉じてみる。

 何の変哲もない大学ノートの表紙には、ネームペンで大きくタイトルが書き込まれていた。

 ――異世界ノート

 このノートに名前を書かれた者は、もれなく異世界に送られる仕組みになっている……

 「なんて便利な機能があったらいいのに」

 時々起こる異世界転移は全て自分の手によるもの、というところまで考えたが、実際にはただのノートである。

 ノートの裏表紙の裏の真っ白いところには、幾分控えめな大きさで”片之坂藤晴”と書いてある。

 念のため自分の名前を書いてみたのだが、やはり何も起こらなかった。

 目立たない場所に名前を書いたのは、万が一ノートを落としてしまった時に自分のものだと知られたくないという気持ちと、持ち主に届けて欲しいという気持ちが拮抗しているせいか。

 

 すでに何度も見返しているのだが、再びページをめくり始める。

 ノートの内容は、彼がこれまで目にしてきた、人が突然消えて異世界に行ってしまう現象についてまとめたものだった。

 ノート自体は最近になってまとめはじめたもので、おそらく昔のものは抜けていた。

 しかし、不思議とそのような場面に遭遇する機会が多いせいで、ページの半分以上は埋まっている。

 

 おそらく一番最初は、彼が小学校に上がる前に近所の女の子が神隠しに合ったこと。今考えるとただの誘拐事件だったのかもしれないが、異世界に行っていた可能性は否定できないので書き留めてある。

 この事件がきっかけとなったのかどうかは分からないが、それ以降周りで人が異世界に転移していると見られる現象がちょくちょく起こるようになった。小中高のクラスメイトや先生、近所のおじいさん、偶然通りかかった人――最近では妹まで異世界に行っている。

 

 この現象に昔は恐怖を感じていたが、だんだん好奇心がわいてきて、最近ではそれすらも通り越しただただ羨ましい。

 特に現実に不満があるわけでもなかったが、正直異世界に行きたくて仕方がない。

 周りの人間がこんなに異世界に呼ばれているのに、自分だけ異世界に行けないわけがない。

 何か呼ばれない原因があるはずだと思い、考察を重ねるのが日課だった。

 

 「よし、今日は枕の下に呪いの紙を入れて寝ると異世界に行く方法を試してみよう」

 メモ用紙に赤いペンで呪いの文字を書くと、枕の下に敷きこんで明かりを消した。

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