エア リネス
最強のスキルはなにか。
この質問への最も一般的な答えは、『武装系スキル』だ。
武装系スキルには多くの種類があるが、どれもランクB以上の化け物を倒さなければ手に入らず、そのスキルをもつものは世界に数えるほどだ。
そのうちの一人、ノア・アインツロードは、ランクA、バジリスクに対峙していた。
「【霊核武装】コード:サイコネスト」
ノアの周りで光の粒子が渦巻き、光が晴れると、ノアの全身を、半透明の美しいベールが包んでいた。
これこそが、ノアがランクB、サイコネストを倒したことで得た武装系スキルだ。
透き通るような銀髪と相まって、その姿は女神の如く美しい。
バジリスクはその紅く輝く瞳から、真紅の光線を出す。
「効きませんよ」
だが、光線はノアの体をすり抜けた。
光線の当たったノアの後ろの壁は、灰色に変色した。
「キュイィィィ」
バジリスクが奇声を発する。
その全身を紅い光が被い、紅い軌跡を残してノアに迫る。
「くっ!速いっ」
紅い光の集まった嘴を、剣でいなす。
だが、そのいなした嘴が、先程紅い光線の当たり変色した壁に突き刺さり、そこからダンジョンが崩れ始める。
「そんな!」
その場を離れようとしたノアも巻き込まれ、バジリスクとノアは下の層へ落ちた。
そこは、人類未到達とされる第八階層。
「は……はは……どう、しましょう」
◇◇◇
(シルヴィアに変な男が群がってないか不安だ)
「アリア。シルヴィアの様子を見てきてくれ」
「だ、駄目です。その間、エア様が無防備に」
「大丈夫だ。ここ何時間か、スライムは出てきてないじゃないか」
「…………分かりました」
アリアは名残惜しそうにエアを見つめながら、奥へ消えていった。
◇◇◇
バジリスクの光線や嘴と、ダンジョン内の構造上の様々な偶然が重なった結果起こった部分的崩壊は、上へ上へと続いていく。
◇◇◇
バキッ
エアの足下に、罅が入った。
「……え」
即座にその場を離れるべきであったが、エアは、その判断をくだすのが遅かった。
バキバキッ
エアの足下は崩れ、エアは落ちていく。
「うわあああああ!!アリアあああああ!!!」
どこまでもどこまでも落ちていく。
穴は第八階層まで続いている。
このまま下に激突すれば、普通の人間なら命はない。
ドガアアアアアン!!!
だが、下に激突したエアは無事だった。
「いったああああああああ!!!死ぬぅぅぅ!!!アリアああああ!!!」
エアの声が、第八階層に響く。
「グルルルル」
白銀の毛並みをもつ、巨大な狼が現れた。
圧倒的な存在感。
「シュゥゥゥゥ」
横から漆黒の騎士も現れた。
「ガアアアァァァ!!」
「シュゥゥゥゥ」
狼と騎士は戦い始めた。
その衝撃でエアはふき飛ばされる。
「くっ、アリアさえいればっ」
エアは這いつくばりながら、2体を凝視する。
――ランクA、フェンリル
――ランクA、ブラックソードマスター
ステータスと同じく、念じることで見ているモンスターのランクと名前が視界に表示される。
(ランクAだと!!ふざけるな!!)
エアは這いつくばりながら、2体から離れていく。
「ガアアアァァァ!!!」
後ろから、フェンリルの断末魔が聞こえてくる。
「……っ!」
ほぼ同時に、エアは漆黒の剣に貫かれた。
◇◇◇
ノアは、バジリスクが黒い蛇のような化け物に飲み込まれていくのを見ていた。
―――ランクS、ヒュドラ
ランクS……。彼らは天災であり、人類ではどうすることも出来ないとされる。
既にノアの存在はばれている。
逃げることは出来ない。
「【ブラックソード】」
ノアの【ブラックソード】のレベルは39。大抵のものは容易く切り裂けるし、並大抵のことでは折れない。
だが、相手がランクSとなると、心許ない。
【霊核武装】は展開してあるが、これですり抜けさせられるのは、一定以上のダメージを与えられないものか、状態異常を引き起こすもののみ。
ランクSの攻撃が一定以下の訳がないし、バジリスクと違い、ヒュドラは状態異常系の攻撃に頼るかどうかは分からない。
「【白の魔眼】!」
ノアの固有スキル。
ノアの青い瞳が白く光り、ヒュドラの周りの空間に、謎の白い文字列が浮かび上がる。
この文字列が浮かび上がっている間は、相手の能力は極端に制限される。
「ジャアァァァ」
だが、ヒュドラが吼えると、文字列はパリンと砕けて消え去った。
「くっ」
絶体絶命だった。
◇◇
俯せのエアの背中に、漆黒の剣が刺さっている。
そこから、翡翠色の光が浮かび上がる。
光は勾玉の形に集まり、パリンと砕け散った。
『やれやれ。やっとこの忌々しい呪縛が解けたか』
剣の刺さっているところから血が噴き出し、仮面の男を形作る。
『大罪化もすぐ収まる。記憶はどうしようもないが、日常は取り戻せたようだぞ。良かったな、エア』
仮面の男はエアに刺さった剣を抜くと、霧状になり、エアの中に戻っていく。
エアの傷は一瞬で消え去った。破れた服も再生していく。
意識を取り戻したエアは、ふらりと立ち上がる。
「僕は……」
エアはしばらく自分の手を見ていたが、不意に右手を頭の横に上げた。
そして後ろから切りかかってくるブラックソードマスターの剣を、振り返らずに人差し指と中指だけで挟みこんだ。
エアは人差し指と中指でその剣を奪い、ブラックソードマスターの胸を突き刺した。
ブラックソードマスターは光になって消える。
「うん?誰かいるようだね」
エアは歩きだした。