地下迷宮での演習
入試が近いので、暫く更新は控えさせていただきます。
入り組んだ地下迷宮には、所々に転移陣が置いてあり、それに乗って校章に彫りこんである文字列をなぞると、学園の校庭にある転移陣に転移される仕様になっている。
転移陣は人為的に作られるものではない。
自然発生する天然物であり、転移陣のあるところに学園がたったのだ。
地下迷宮への入り口は世界各地にあり、一説ではその全てが繋がっているという。
地下迷宮は一つの大きな生物であるという説や、古代文明の遺跡であるという説などがあり、その実態は謎に包まれている。
また、地下迷宮は深く潜れば潜るほど出現するモンスターが強くなり、第七階層から下は人類未到達とされている。
迷宮内の空気循環は問題なく、健康への害は一切ないが、そのメカニズムは解明されていない。
演習として許可されているのは第二階層までであり、そこから先へ進むと罰則がある。
この演習には賞金があり、一位のパーティーには一人100万テル。二位のパーティーには50万テル。三位のパーティーには10万テルが与えられる。
この順位は倒したモンスターの数や強さを総合して決められる。
どのモンスターを倒したのかは、そのモンスターのコアを提出することで知らせることが出来る。
俄然やる気か出るのは、あまりお金に余裕のない、平民達である。
貴族達はどこか余裕を残したまま地下迷宮を探索している。
平民であるユキは、昔からの不良仲間と共に、ランクCであるゴーレムと戦っていた。
これは100万テルを得られる大きなチャンスだ。
「サイ、早くそこの傷をもっと深く抉って!塞がらないうちに!」
「【超越】!」
サイは飛躍的に向上した身体能力を活かし、ゴーレムへ一気に跳躍し、胸元の傷を切りつける。
ゴーレムは低い機械音をあげ、石の剛腕を振るう。
サイはゴーレムの上半身を蹴ってそこから離れ、スキル【超越】の効果がきれたことを確認する。
「浅い!」
「うっせーよ!」
「ユキ!ポーションくれ!」
「はいよ!……ちゃんと受けとれよボル!」
「わりー!」
そうこうしているうちに、ゴーレムの傷は塞がっていく。
サイは舌打ちし、再び駆ける。
「危ない!」
「ちっ」
目の前を石の剛腕が通りすぎたので一旦止まる。
ゴーレムの傷が完全に塞がり、再び最初からとなった。
「ああ、もう!」
◇◇◇
「アリア、やってしまえ!」
「はい」
目の前には小さなスライム。
エアはアリアの後ろで、偉そうに指示をだす。
アリアは桃色の唇を小さく動かして肯定の意を伝え、スライムを切断する。
提出のためにコアは傷つけず、拾って袋にしまう。
後方で胸を反らしていたエアは、バランスを崩して尻餅をつきそうになったが、踏ん張った。
だが、踏ん張りすぎて逆に前に倒れてしまった。
そして運悪く尖った場所に膝をついてしまい、少し膝を擦りむいた。
「ああああ!血があああ!!血が出てるぅぅ!!もう終わりだああ!!」
「エエエエエア様お怪我を!どうしましょうどうしましょう!はわわわわ」
この世の終わりの様に慌てる二人をよそに、エアの傷は早送りのように塞がっていく。
「………え?」
「これは、一体……」
常軌を逸した治癒能力に、戸惑う二人。
二人とも全く理由が分からない。
〓〓
エア・ネアレシス
■称号
なし
■スキル
なし
〓〓
特にそういう類いのスキルも持っていない。
「あ……」
アリアがはっと声をあげ、エアは期待をこめてアリアを見る。
(なにか分かったのか?)
アリアの目はこの上ないほど泳いでいる。
なにか深刻なことでもあるのかとエアは不安になる。
アリアは押し黙っている。
(顔が、近いです……)
エアとアリアの顔は、かつてないほど近づいていた。
もう少しで唇が触れてしまいそうだ。
(こ、怖いじゃないかアリア!なにが分かったのか言えよ!)
(エア様の、唇……)
アリアの瞳が段々と熱を帯びて潤みはじめ、口が半開きになる。
アリアの表情から理性が消えていくのを間近で見ているエアは、何が起こっているのか分からず戸惑う。
(顔が真っ赤だぞアリア!なにがあった!)
(誰も来ません、よね?)
アリアは撫でるようにエアの首に手を回し、胸を押し付けながら押し倒す。
「え、ちょ、アリア?!」
エアは慌てるが、今までアリアがエアの害になることをしたことはないので、自分の為になにかしてくれているのかと思い、力を抜いてされるがままになる。
(エア様もその気になってくれた)
アリアは、エアの胸に添えた手をゆっくりと滑らせ、エアの下半身に近づけていく。
「はぁ、はぁ……」
熱い吐息をもらしながら、普通でない目をして顔を近づけてくるアリア。
(やっぱり、なにか尋常でないことがあったのか)
エアは、やはり緊急事態なのだと思い、懸命になにかをしてくれているアリアに全幅の信頼をよせ、そっと目を閉じる。
「な、何をしておるのだ貴様ら!」
突然響いた声に、アリアがびくんと震える。
「こ、このような場所で、昼間から!」
喚き散らしているのは、ポニーテールの少女だった。
その凛々しい立ち姿は、アリアにはゴキブリに見えた。
「………」
アリアはゆらりと立ち上がり、少女に近づいていく。
「一体、何をしていた!何をしようとしていた!」
「……もちろん、セッ……」
能面のようだった顔に、朱がさす。
アリアは顔を俯けて動かなくなってしまう。
これ以上は言えないようだ。
少ししてアリアは再び顔をあげる。
「ひっ、や、やめろ!近づくな!」
アリアの顔は、また能面のようになっていた。
アリアが残像を残して消える。
「ああああああ!!!」
少女の腕が逆向きに曲がっていた。
少女は地面に倒れる。
アリアはその右脚を蹴る。
左足を関節の左奥におき、右足で関節の右側を思いっきり蹴りあげたので、少女の右脚はポキッと折れた。
「ああああああ!!!」
耳をつんざく少女の悲鳴。
アリアは能面のような表情のまま手を少女の顔面へ伸ばし、三本の指でその眼球を抉りとろうと――
「ア、アリア?!やめろアリア!!」
エアが止めに入る。
「エア、様?」
アリアは、どうして?とエアが止める理由が分からない様子で不思議そうに首を傾げる。
淡い紫色の髪がさらりと揺れる。
「止めるんだ!これは命令だ!」
アリアは不思議そうにエアの顔を見ている。
「分かったな!」
「………はい」
アリアは目を伏せて小さく答えた。
「いや……死にたくない……いやだ……」
右脚と右腕が逆向き曲がっている少女は、なんとか左足と左腕で逃げようともがいている。
その乱れた髪を、アリアが掴んだ。
「もし誰かに話したら、殺しますよ」
淡々としていた。
だから、目の前の紫色の悪魔が本当に自分を殺すと、少女は理解してしまう。
「わ、分かった!分かったがら、命だけは助げでぇぇ!!」
少女は乙女にあるまじき酷い顔で泣きじゃくっていた。
「ええ、分かりました」
アリアは笑顔で答えた。
少女の折れた右腕を掴んでどこかへ走っていき、エアの視界から消えた。
すぐに戻ってきたが、少女の姿はない。
どこかへ置いてきたようだ。
「ちょっ、あの子どこにやった?!」
「転移陣に放り込んでおきました」
アリアは笑顔で答えた。
「さあ、行きましょう」
二人は再び迷宮探索を始める。




