エア ネアレシス
雑踏に紛れ、少女が歩く。
パンのつまった籠を持ち、にこやかな笑顔をふりまく。
元気な町娘といった印象だ。
「ふんふ~んふんふ~ん」
鼻唄は少し音痴だが、元気なことは伝わる。
ルンルンと歩いていた彼女に、向こう側から来た誰かがぶつかる。
「あ痛」
「あ、すいません」
ぶつかったのは、黒髪の少年だった。
高そうな服を着ている。
美形ではなるが、他人を見下すその表情が、印象を悪くする。
少年は口角をあげ、少女に迫る。
「ねえ、痛いんだけど?僕は貴族だぞ?平民の分際でなにしてくれてんの?」
「すみませんすみません」
「そこのパン、寄越せよ。貴族様にぶつかっといてそれだけだなんて、僕は優しいよね?アリア」
「はい。お優しいですエア様」
少年の後ろに控えている淡い紫色の髪の少女が静かに答える。
「さっさと寄越せよ、パン」
「は、はい……」
少女はおずおずとパンを差し出す。
少年はそれを乱暴にかっさらい、かじる。
「ちっ、なんだよこのまずいパン」
少年は口から少し噛んで原形を失っているパンの欠片をぺっと吐き出す。
その様子を見ていた少女の目に涙が滲む。
「鼠の餌にでもしとくか。僕、優しいな」
「はい。お優しいです、エア様」
少年は手に持っている残りのパンを投げ捨てる。
「あ?なに泣いてんの?」
「い、いえ、すみません」
少女は静かに泣いていた。
少女が丹誠こめて作ったパンに、この仕打ちだ。
けれど、相手が貴族とあっては、無礼な振る舞いはできない。
「美味しくないパンを食べさせてしまい、申し訳ありませんでした……」
「美味しくないんじゃないよ、まずいの。分かる?」
「……ぐずっ……すみませんでした……」
「もういい。行こう、アリア」
「はい。エア様」
少年は去っていく。
その足取りは軽く、少女のことなど既に気にしていないようだ。
少女は泣きながらその場に崩れ落ちた。
「ふーん」
背中を丸めて泣いている少女の肩を優しくさする者がいた。
赤毛の美女だった。
少女は思わず彼女の美貌に魅入ってしまう。
美女は優しい手つきで少女の頭を撫で、立ち去った。