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 その夜、ヒロは月華が用意したマンションの部屋へ帰り、地上の由良にテレビ電話を掛けた。

 ひと月半ぶりに見る由良の姿は、ヒロが想像するよりも衰弱しているようには見えなかったから、安心したのは確かだ。

 由良はひと月以上も音信不通のままだったヒロを酷く叱った。

 今まで由良はヒロ達を躾ける時も、大声で叱りつけたりしなかったけれど、さすがに滅多に見ない険しい顔で怒る由良じいを見て、今まで以上に深く反省した。


 息巻いた所為か、由良は眉間に皺をよせ、続けざまに咳をした。

 ヒロは少し慌てたけれど、無駄な心配を事さら嫌がる由良を思い、息が整うまでじっと待った。


『それでアスラの様子は?』

「今、医療センターで精密検査を受けてる。結果が出たらまた知らせるよ。それより…由良じい、具合どう?」

『私の事など構うな。どうせ老い先短いじじいだ。おまえが心配することでもない。すきにするさ』

 投げやりな由良の言葉に、ヒロはどうしたものかと悩む。心配している気持ちを伝えたくても、どうせ由良は取り合わない。


「あのさ…。俺、今日、葛城燿平に会ったよ」

『…そうか』

「あんまり俺に似てたから、びっくりしたよ」

 言うべきか迷いながらも、ヒロは口にした。

 いや、由良に電話を掛けようと考えた時点で、当然燿平の事を伝えようと思っていたのだ。

 ヒロの言葉を聞き、由良は少しだけ黙り、そして少しだけ笑った。


『似てて当たり前だ。おまえはアレのクローンなんだから』

「うん、でもね…俺が声を掛けても、目を覚ましてはくれなかったんだ。…由良じいだったら…由良じいが燿平に会ってくれたら、目を覚ましてくれるかもしれないよ。だって、燿平が一番会いたいのは由良じいだろ?」

『…』

「ねえ、由良じい、身体キツイだろうけど、こっちに来ない?月華もいるし、皆で一緒に暮らそうよ」

『…』

「その方が燿平も…」

『五月蠅い!』

「…由良じ…」


『五月蠅い、五月蠅い!今更…今頃になって生きかえるなんて…自分勝手も過ぎる話だ。あいつは、私が止めるのも聞かず、危険な開発地域を殊更に志願して…。地球の為だ、人々が安心して暮らせる土地を早く作りたいから、などと理想だけを掲げて、勝手三昧だった。私がどんなに心配したか、どんなに心細かったかなんて、一寸も考えてはいない。…ずっと一緒に生きて行こうって…誓い合ったのに、自分だけ先に死んでしまいやがって…。終いまで私の気持ちなんぞ、知らぬふりだ…。やっと、居ないことに慣れた頃に、生き返っただと?…そんな事知るか…。好き勝手に死にやがったんだ。好き勝手に生きかえればいい。…私はあいつに会いになど絶対に行かない』

「…由良じい…」

『もし、アレの眼が覚めて、私の事を覚えているのなら、「おまえが会いに来い」と、伝えろ。当然だ。今まで散々待たされたきたんだ。これくらいの報いを与えても罰は当たらんよ。それで、来る気がないならそれまでだ。私の命はもう残り少ないのだから、今度は残される辛さをあいつが味わえばいい。…?…なんだ?何が可笑しい?ヒロ』

「…いや、なんかさ…由良じいがそんなに他人を罵倒するのって初めて見たから、すげ~びっくりして、そしたら、それ突き抜けて可笑しくなった」

『…あいつへの恨みなら一晩中でも話せる。ただ言う相手が居ないから、言わなかっただけだ』

 少し頬を赤らませ不機嫌そうに横を向く由良じいが、ヒロには可愛くて微笑ましくて、いじらしかった。出来る事ならすぐにでも燿平を目覚めさせ、地上に居る由良の元へ連れて行きたい。


「由良じいの気持ちはわかったよ。俺、一日も早く燿平を起こして、そっちに連れて行くからね。約束するよ。だから、絶対に死なないで。約束だよ」

『それが余計な御世話というのだ。子供のおまえが、じじいの戯言に付き合う事はないよ。そんな事よりもおまえはアスラを守らなきゃならない役目がある。いいかい、ヒロ。何があってもアスラの傍から離れたりしては駄目だ。私の事は、気にするな。たまにこうして愚痴を吐くこともあるけれど、当て所の無い相手を待つ事ぐらいはなんとかなる。大丈夫、今までどうにか生きて来たんだ。あいつが会いに来るって言うのなら、気長に待っててやるさ』

 そうやっていつもの穏やかな笑顔でヒロに応える由良は、自ら電話を切った。


 ヒロは由良の燿平への真っ正直な想いを聞き、愛の深さを知った。

 幾歳月過ぎようとも、愛する者への想いは消えない事実を知った。


 俺はアスラを由良じいみたいに思い続けることができるんだろうか…


 答えはすぐに見つかった。


 何があっても俺はアスラを守る。死ぬまでふたり寄り添って生きて行くんだ。



 翌朝、ヒロは燿平の居る病室へ急いだ。

 燿平の手を握りしめ、昨晩の由良の話を聞かせた。


「ねえ、由良じいってかわいいよね。こんなにあんたの事を想っているんだよ。由良じいの事が好きだっただろ?大事にしたいって思ってたんだろ?ずっとあんただけを想って生きてきたんだ。その由良じいの想いが報われなきゃ男じゃないよね。葛城燿平、今度はあんたが由良じいを追っかける番だ!早く…ねえ、早く起きてよ!」


 燿平の瞼は動かない。

 だがヒロの頭に微かに聞こえる声がした。

 燿平の思念だ。

 普通の人間には理解できないテレパスを、ヒロは感じ取ることができる。

 今、ヒロは燿平の声を受け取った。


『…由良じい…由良…ひか…る…光流?…光流が居るのか?』

「燿平、聞こえてる?由良じい…由良光流はここには居ないよ。地上であんたを待ってるんだ」

『…地上…?日本?…どうして?』

「あんたは火星の探査事故でクレバスに落ちて行方不明になってしまったんだよ。捜索しても見つからず、皆あんたが死んだと思った。開発者の死亡事故者の遺族にはクローンを生み出す権利があるのは知ってるだろ?由良じいは…あんたのクローンを育てたんだ。それが俺だよ」

『俺の…クローン?』

「そう、俺は葛城ヒロって言うんだ。マジでホントそっくりなんだぜ。目を開けて確かめてみろよ」

『……』

「どうした?」

『…身体が動かない…。目も開けれない。指も動かない…』

「じゃあ、俺があんたの右手を握りしめているのはわかる?」

『僅かだが…温もりを感じる』

「じゃあ、大丈夫だよ。長い間、身体を動かしていないから、神経伝達が滞ってるだけじゃないかな。クマが冬眠から覚めるみたいに、少しずつ慣れていけばいい」

『まるで大人のような事を言う。おまえ…ヒロは幾つだ?』

「十七。由良じいは五十八。でもあんたは見た目は死んだ時の三十七歳の姿のままさ。コールドスリープって凄いね。細胞も成長を止めてしまうんだね」

『光流が五十…。信じられない』

「由良じい、年取った自分を見て、幻滅しないでくれって言ってた」

『するもんか』

「うん、そう、伝えるよ。だから早く目を開けてね」


 燿平の意識が目覚めた事を伝えると治療スタッフは、驚愕し、そして喜んだ。

 今後の治療の協力をヒロに求め、出来るだけ燿平の傍に居てくれるように頼んだ。

 ヒロは勿論そうするつもりでいると答えた。

 何よりも一刻も早く、由良に、そして月華やアスラに伝えなくてはならない。

 事情を説明し、ヒロはアスラのいる病院へ向かった。


 アスラの部屋のドアを開けると、ベッドに脇に立つアスラが月華に抱きしめられながら、泣いている姿が見えた。


「…アスラ、どうした?」

「ヒロ…別に…どうもしないよ」

 ヒロを見たアスラは慌てて両目を拭って、ぎこちなく笑う。

「どうもないわけねえし。…泣いてるじゃん」

「…月華、オレちょっと顔洗ってくるね」

「…うん、ひとりで大丈夫?」

「大丈夫だよ」

 そう言ってヒロと眼を合わさないように急いで部屋を出ていく。

 

 ヒロは月華に近寄って事情を聞こうとしたが、月華もまた濡れた目を指で拭いていたから、出掛った言葉を飲みこんでしまった。


「月華…」

「アスラのね、診断結果が出たの」

「…良くなかったの?」

「うん…。早々に脊髄遺伝子治療が必要なんだけど、アスラは元々ネオチルドレンだから、私達と同じような治療は、身体が耐えきれるかどうかわからないって…。それに…ネオチルドレンの寿命は短いわ…」

「……」


 優性遺伝子で作られた試験管ベイビーを、子供の無い夫婦が養子にすることが流行った時期があった。

 その中には、普通の人間にはない異能力を持つ子供たちが生まれてきた。

 彼らは「ネオ・チルドレン」と呼ばれた。

 人々は得体のしれない彼らの能力を怖れたが、その力と相まって多くのネオ・チルドレンが成人の年に届くことも無く、原因不明の高熱で死んでいった。

 彼らが生き残る確率は三割だと言われたが、今は五割程度だと言う。

 先天性の治療であるのなら生存率は高くなるが、後天性の治療は未だに無く、生き残る可能性は、運に任せるしかないと言われる。


「じゃあ、アスラは…アスラは大人になる前に死んじゃうって事?」

「そんな事、私にわかるわけないじゃない。何故ネオチルドレンが短命かなんて、今の科学でも解明できないんだから。それよりも問題は治療の方なのよ。辛い治療に三か月も耐えなきゃならないし、だからって成功する保証はないの。免疫治療が適合しないと、その時点ではアスラは…」

「何…?まさか、死ぬって言うの?…そんな簡単にアスラが死んじゃうの?そんな治療方法しかねえの?」

「…」

「…ねえ、月華は医者だろ?なんとかならねえの?」

「ヒロ…」

「だって…俺、さっき燿平を話したんだよ?身体はまた動かないけど、意識はあるんだ。ちゃんと話せたんだよ。俺の事も由良じいの事もわかるって、言ってたんだよ。一度死んだ人間が生きかえる時代だぜ?なんでアスラの病気が治せないんだよ!」

「ヒロ!」

 アスラの声がヒロの背中に聞こえた。

 ヒロは振り返った。そして、走り寄るアスラの身体を抱きしめた。


「アスラ…」

 いつのまにか泣いていたヒロの涙を指で梳い、アスラは笑った。

「ヒロ、大丈夫だよ。オレ、治療にも負けないし、大人になれる勝負にも勝つよ。オレね、自信あるの。だって、ヒロがいるからね。ず~っと一緒に生きて行くって約束したからね」

「アスラ…」

「大丈夫だから、泣くなよ。オレ、ヒロが泣くの嫌だ」

「うん、わかったよ。もう、泣かない」

 涙を拭ってヒロはアスラに笑い返した。

 アスラの苦しみに比べれば、ヒロが無理にでも笑うぐらいはどうってことはない。


「燿平、目覚めたんだね」

「うん、まだ瞼も開けれないけど、たぶん燿平なら大丈夫だよ。由良じいに会いに行くっていう目的があるから、きっと頑張ってくれる」

「じゃあ、オレも燿平に負けないくらい頑張る。燿平に伝えて。オレも早く会いに行くからって。ヒロのお父さんなら、オレのお父さんでもあるんだからね」

「わかったよ、アスラ。伝えておく。だから…ぜってえ良くなるって信じて頑張れよ。俺が付いてるからな」


 アスラは何度も力強く頷いた。

 この小さい身体はきっとすぐそこに近づいている不安や恐怖を知っているだろう。

 それを乗り越える気力と希望は、ヒロが導いてやれるはずだ。


 ヒロは強くアスラを抱きしめた。


 どうか、俺の神様。

 俺のアスラの命を奪わないでくれ。

 俺の生命力をアスラにわけてやるから。

 人はいつか死ぬ。

 そんなことは当たり前だ。

 だけど、どちらかが欠けるなんて、俺達にはまだ早すぎるだろ?

 なあ、神様。



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