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 鹿児島の志布志港へ着いた後、冨樫は積み下ろしの時間が勿体ないからと、コンテナ船から小型の高速船にヒロとアスラを乗せ、種子島の港まで走らせた。

 二時間ほどで、ふたりは目的の種子島の港へ着いた。

 ヒロとアスラは何度も冨樫にお礼を述べ、何か自分たちにできる事はないものだろうかと、尋ねた。

「別にねえよ。気にするな。子供を世話してやるのは、大人の義務ってもんだ」

「こっちだって世話になった子供として、どうしても船長の役に立ちたいんだよ」

「まいったなあ」

 すがるように頼み込むふたりに冨樫は困った顔をする。

「なにか…そうだ!天上に居るお孫さんに伝える事ない?渡すものとかさ。俺、責任もって届けるよ」

「ありがとな。しかしなあ…まあ、いいんだよ、孫の事は。別に意地張ってるわけじゃねえんだ。血の繋がった者同士でも、いつでも互いを確かめ合いたいわけじゃない。必要な時に、頼る頼られる…そんな関係でいいんだよ」

「でもさ、そんなの寂しくない?オレだったら、いつでも大好きな家族と一緒に居たいなあ~って思うけどなあ」

 真正直なアスラの言葉に冨樫は苦笑いながら、アスラの頭を撫でる。

「そうだな。皆が皆、アスラみたいに真っ正直になれたら、諍いなんて少なくて済むかもしれねえな…。まあ、おまえらに免じて、今度、眞蔵に手紙でも書いてみるよ」

「うん、そうしなよ。船長たちの船や働いてる映像も一緒に送ってあげて」

「ああ、そうしよう。…ほら、お迎えがきたぞ。おまえらの姉さんだろ?」

 車から降りてきた見覚えのある姿に、ヒロとアスラは走り寄った。


「「月華っ!」」

「ヒロっ!アスラっ!あ、あなたたちったら…もう、どれだけ心配かける気なのっ!」

「ごめんなさい」

「このひと月の間、由良じいと種子島を行ったり来たりして、あなたたちを探して…。一昨日、冨樫さんに連絡貰って、本当に…。バカバカ…私も由良じいも死ぬほど心配したんだからねっ!」

 顔をぐちゃぐちゃにして泣き出す月華を見て、ヒロとアスラは自分たちの軽はずみの行動を深く反省した。

 アスラは月華の胸で泣きじゃくりながら、何度も「ごめんなさい」と、繰り返した。

 ヒロはアスラ以上に、自分の無責任さを後悔し、真っ青になりながら俯いていた。

 

「まあまあ、月華さん。ふたりもこんなに反省しているんだ。許してやりな。まだ怖いものなしのガキってだけさ。その上、こいつらには常人と違って才と能力がある。それを使ってなんでもやれる、お山の大将気分でのぼせてしまう。危険な未知の領域ってのがすげえ魅力的でなあ~。ま、子供っていうのはそういう時期を経験して、大人になるものさ」

「だけど…」

「ヒロ、アスラ。いいか、おまえらにはこんなに心配して泣いてくれる家族がいる。自分の思い通りに生きるのは素晴らしい事だ。だけど、まず家族に認められる男になれ。家族に頼られる男になれ。いいな」

「わかりました、船長。もう、月華を泣かせたりしない。由良じいを心配させたりしないよ」

「ああ、ふたりとも良い男になれよ。それから、ヒロ。天上にいるおまえの親父は、きっとおまえに会いたがっているだろうよ」

「そうかな…。まだ目覚めてないんでしょ?月華」

「うん…」

「人間ってのは意識が無くても、何も見えなくても、大事なものはちゃんとわかっているんだよ。おまえの親父さんは早く起こしてくれって言っているのさ」

「俺が…起こせるのかな…」

「さあ、そいつはおまえの頑張り次第だろうなあ」

「…」

 

 見送る冨樫にいつまでも手を振り続けながら、ヒロとアスラは月華に連れられ、宇宙港へ向かった。

 天上への宇宙船の中で、月華に凭れて眠るアスラを眺めながら、ヒロは今までの自分勝手な行動に落ち込んでいた。

 見かねた月華は「さっきは言い過ぎた。ごめんね、ヒロ」と、ヒロの頭を空いた片手で撫でた。

 ヒロは始めて涙ぐみ「ごめんなさい」と、呟いた。そして、カナリ女医の診たてたアスラの身体の状態を月華に説明した。

 月華はヒロの話を驚くことも無く黙って聞き、アスラを受け入れる施設の用意は出来ていると答えた。


「アスラの身体の事を思えば、少しでも早い方が良いに越したことはないけれど、アスラにとってはヒロとふたりで冒険した日々の方がずっと有意義に違いないから、もうヒロを責めないわ。だからこれからはアスラの身体の為に、ヒロも頑張ってちょうだい」

「わかったよ。何でも命じて。俺、アスラの為ならなんでもやるから」

「うん。それから…燿平の事だけど…。ヒロ、大丈夫?」

「ん?」

 月華に聞かれる前から、別れ際に冨樫が言った言葉が、ヒロの頭から消えなかった。


 本当に俺の力で葛城燿平を目覚めさせることができるんだろうか…。


「ああ、もう、燿平…父への拘りは捨てたんだ。俺が生まれたのは燿平のおかげだからね。まだ、眠っているの?」

「うん…。燿平の容態はさほど変わってないわ。脳神経に異常は見られないから、意識回復は可能なのに…どうしても目覚めてはくれないのよ。出来るなら、早く目覚めて欲しいの。由良じいの為に」

「由良じいの病気、酷いの?」

「今すぐにどうって事は無いと思う。本人は手術も治療も断って、痛み止めだけで凌げるからって…。燿平に会ってくれって頼んだんだけど、天上へ行く気は無いって…」

「由良じい、年取った姿を見せたくないんだって言ってたよ」

「ばかね、それだけじゃないわよ。由良じいは…怖いのよ。もし燿平が目覚めなかったら…もし目覚めて自分を覚えてなかったら…もし、自分の姿に燿平が失望したら…。愛するってね、愛されるってね、怖いのよ。お互いの気持ちを繋ぎ続けるエネルギーの重さに…疲れるものなの」

「月華もそう?」

「え?私?」

「そう、月華の恋人は、月華の病院とは別の研究所に居るんでしょ?」

「うん…。時々寂しくなるけど、私達はあまりお互いに依存し合わないようにしてるの。私も由良じいと燿平を見てるからね…。もしどちらかが、独りになった時、あんな風に悲しむのは嫌だから…」

「…」

「でも、ふたりを羨ましいとも思うのよ。…全く矛盾しちゃうわね。愛するって、難しいのよ。沢山欲しがってしまえば、手に入れた分、傷ついちゃうし、だからって、程よい愛情なんてそれなりの価値しか見いだせなくなるんだから…」

「…難しいね」

「うん、難しいわ」


 ヒロは窓の向こうに映る暗闇の宇宙を眺めた。

 その窓際に青く輝く地球が見える。

 息を呑むほどに美しい景色。

 十二年間を過ごしてきた地上。

 これからは見飽きる程に眺めるであろう姿。

 傍らに眠るアスラが起きたら、この宇宙を一緒に眺めようと思った。

 ふたりの未来を語りながら。

 


     ※

 

 月に一番近い医療コロニーに到着した三人は、アスラの容態を診てもらうために、ネオチルドレンの病院へ行った。

 アスラの精密検査は三日ほどかかる為、アスラはヒロと離れて入院する事になった。

「アスラ、ひとりで大丈夫か?俺が付いててやろうか?」

「大丈夫だよ。オレ、十四になったんだよ。もう子供じゃないやい。それよりヒロは燿平父さんを見舞わなくちゃならないんだろ?早く会いに行ってやれよ」

 ヒロにはアスラの強がりが愛おしく思え、益々傍に居てやりたい気持ちになったが、確かにアスラの言う通り、燿平の事も気になる。


「じゃあ、明日また来るからね」

「いいよ。検査が終わる三日後で…。ひとりで大丈夫だもん」

 目を逸らし、口を尖らせ、少しだけ寂し気に俯くアスラをヒロは抱きしめた。

「絶対明日来るよ。アスラが大丈夫でも俺がアスラの顔を見なきゃ、不安になるからね」

「うん…わかった」

看護師に連れられて病室に向かうアスラは、一瞬心細げにヒロを振り返り、すぐに笑顔を見せ、「ばいばい」と手を振った。


「安心した」と、手を振るヒロの隣で同じようにアスラに手を振る月華は言う。

「何が?」

「アスラもヒロもちゃんと育ってくれて」

「由良じいの育て方が良かったんじゃね?」

「そうかしら?…ううん、きっとね、あなたもアスラもお互いを必要としているからだと思うわ。今のあなたたち、なんだか昔の燿平と由良じいを見てるみたいだったもの」

「そうなの?」

「そうよ。子供の私の前でもあのふたりはあんたたち以上にイチャついてたわよ」

 あの由良じいが恋人とイチャついてた姿を想像すると、笑いが込み上げてきた。


「さあ、行きましょうか。由良じいの大切な恋人の元に」

「そうだね」

 ヒロは覚悟を決めて、クローンである自分を作った葛城燿平の眠る病棟へ月華と向かった。


 アスラの小児専門病院とは別の区域にある高度治療センターまで、車で一時間ほどだ。

 初めて会う自分の産みの親に、ヒロは過大な期待はしていない。だが緊張が緩むことはなかった。

 セキュリティの厳しい集中治療室に眠る燿平の姿をガラス越しに見た時、ヒロは不思議な気持ちになった。

 確かにそこに横たわる男は、ヒロの姿に酷似していた。


「月華…。燿平に会ってもいい?」

「ええ、大丈夫よ」

 


 エアシャワーを浴び、入室したヒロは燿平の傍らに立ち、その顔をじっと見つめた。

 医療機器に囲まれ、何本ものカテーテルが繋がれている身体が痛々しくも哀れに見えた。

 昔、由良じいに見せてもらった写真よりはずっと痩せていて、顔色も悪く、生気も感じないけれど、まさしくヒロの遺伝子は、この人から貰ったものだ。

 二十年後の自分はこんな顔になるのか…と、ヒロは少しだけ変な気分になる。

 

 何も繋がれていない右手をそっと握りしめ、ヒロは「お…とうさん…。俺、葛城ヒロです。あなたのクローンです」と、小さく呟いてみた。勿論、返事は無い。


「燿平が生きてるってことは、奇跡なのよ」と、ヒロの傍らに立つ月華が言う。


 そうだ。

 この人が事故で死んだから、俺はこの人のクローンとして産まれおちたのだ。

 事故が無ければ、この人が死んだことにならなければ、俺は生まれてこなかった。

 由良じいや月華や、アスラと出会うこともなかったのだ。

 この人が一度死んで、それからこうして生き還って、クローンの俺と出会う事は、「奇跡」以外の何ものでもない。


「燿平、あんたのおかげで俺は今、ここに立っている。だから、あんたに言いたいんだ。俺を産んでくれてありがとうって…。ねえ、起きてよ。起きて俺を見てくれよ。あんたの大好きな由良じいが育ててくれた俺を…」


 取り付けられたモニターに変化はなかった。

 だが、ヒロにはわかっていた。

 ヒロの言葉が燿平に届いていることが。



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