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 コンテナ船の医務室には、荒くれ共の船には似つかわしくない美人の女医が居て、具合の悪いアスラを診てすぐに処置を施してくれた。

 ぐったりと動けなくなっていたアスラも点滴と解熱剤のおかげで顔色も次第に良くなり、傍に居るヒロを確認した後、安心した様に眠りについている。

 女医、天草カナリは一息吐こうと白衣のポケットから出した煙草に火を点け、ヒロの眼前で美味そうに味わった。

 カナリの年齢を想定する事は、女性に疎いヒロには難しかったが、多分自分が人間の腹から生まれたのなら、ちょうど母親ぐらいではないだろうか…と、思った。


 彼女は点滴の具合を確かめ「この子が選ばれた遺伝子で生まれたネオ・チルドレンなのね。…ったく、天上の管理機関も酷な事をするものだね。…で、あんたも同じクチ?」と、ヒロに聞く。

「いえ、俺は…クローンです。火星探査の技術者が事故で死んで、俺が再生されたんです。けど…なんかその人が生きかえったとかで…。意識が戻ってないんですけど…。わけわかんないけど、養い親が俺に行けって。…天上へ行かなきゃならないんです」

「そのニュース聞いたことあるわ。クローン再生は珍しくないけど、遭難死した人間が見つかって生き返るのは滅多にないから、こっち(地上)でもちょっと話題になったのよね。確か…葛城なんとかってイケメンの男だった気が…。そういや、君、その男に似てるわね」

「はあ…」

「クローンだから似てて当たり前か!はは」

「簡単に言ってくれるんだなあ…。俺としては結構滅入る話なんだけどな」

「そうなの?なんで?だって、自分の親みたいな人に会えるわけじゃない。今のところクローンは死んだ人間しか再生しないって法律でしょ?だから、もうけもんじゃない」

「そんな風には…簡単に割り切れないよ。つうか先生、医者なのにデリカシーに欠けてます」

「そう?でも嘘つきな医者より、正直な医者の方が安心でしょ?」

「…」

 会ったばかりの他人にこんな事を聞いてもらっている自分が不思議だった。それに、上辺だけの優しさよりも、この女医の言葉はヒロの心に沁みてくる気がした。


「この子、アスラちゃんって言ったわね。早めにラボに連れて行かなきゃ駄目よ」

「え?」

「血液細胞の異常が認められるわ。ほおっておくと命に関わるかもしれない。出来るだけ早く天上の医療機関で診てもらいなさい」

「そんなに?」

「船長にも伝えとくわね。一見恐ろしそうなおっさんだけど、とってもイイヒトよ」

「はい…」

「元気出しなさい。地上と違って、天上の医療技術の進歩は計り知れないのよ。死んだ…じゃなかった凍結してた君のお父さんだって生き返らせるぐらいなんだから」

「死んでくれても凍結でもいいけど…俺のお父さんじゃない」

「お父さんよ。彼の遺伝子をそのままもらったんだから、お父さんとお母さんじゃない。この世の中には、親も知らないまま生きてきた子供が大勢いるの。アスラちゃんだってそう。私も両親がどんな顔か知らないまま、今まで生きて来たのよ」

「…」

「養い親までいるんじゃ、君が何と反論しようとも恵まれた者には違いないわ。正直、君が羨ましい…と言うより妬ましいぐらいね」

「そう…なんですかね…」

「船長もね…。冨樫の親分ってみんな呼んでるけど、可愛がっていた一人息子さんを天上の事故で亡くしているの。それまでは明日を怖れぬ海賊稼業だったけれど、息子さんが亡くなってからは足を洗って地道に貨物運送業よ。普通なら密航者なんて有無を言わさず海に投げ込まれて終わりだけど、君たちを見てきっと息子さんの事を思いだしたのかもしれないわね」

「お礼…言わなきゃならないですね」

「そうね。親分ボス、今ならデッキに居ると思うわ。夜空を見上げるのが好きだから。あの顔でロマンチストなのよ」

 そう言って微笑むカナリさんは、「アスラちゃんは私が見てるから、行ってらっしゃいな」と、手を振る。

 一礼して部屋を出たヒロは、まっすぐデッキへと向かった。


 デッキに上がると船体の所々にあるライトだけがほのかに紅く、辺りは暗闇に包まれていた。

 船のエンジン音と、飛沫を上げる波の音が聞こえる中、ヒロは暗闇の中を迷うことなく歩いていく。

 デッキからは気がつくはずもないコンテナの上に寝そべっている人影に気がついたヒロは、軽くジャンプしてその積み荷の上に飛び乗った。

 寝ていた冨樫は一瞬驚きの声を上げたが、すぐにヒロと判り、こっちに来るように手を招く。


「あのちびっこは大丈夫そうかい?」

「はい、ドクターの治療のおかげで熱も下がりました」

「そうかい、そりゃ良かった」

「あの…どうして俺達を助けてくれたんですか?」

「おまえらにも超能力があるように、俺さまにも特別な能力があるのさ」

「へ?」

「顔を見りゃ、そいつかどういう人間か大体わかる。いわゆる生きた年月から得た能力って奴さ」

「そりゃ…敵いませんね」

 破顔する冨樫を見て、ヒロも笑った。久しぶりの安堵の笑みだったかもしれない。


 ヒロはにわかに冨樫の真正面に正座をすると、深く頭を下げ、助けてくれた礼を述べた。それから天上へ行く理由と大好きな由良じいやスリープ状態の燿平に会いに行く事を冨樫に話し聞かせた。

 冨樫はただ黙って、ヒロの話を聞いてくれた。


「俺、薄情なんでしょうか。俺を生んでくれた人…クローンの原体の父が生きかえったっていうのに、少しも嬉しくないし、会いたいなんて思えない。カナリさんに、育ての親と生みの親が居る事がどんなに幸運な事かわかってないって言われ、そりゃそうだなあって思っては見るけれど、だからってこちらもそれを有難く思えって言われたら、反抗したくなる。けれど、彼が居なきゃ俺の存在も無かったことになるし…」

「思春期の精神ってのは、大人には理解できない…ってな」

「え?」

 冨樫に意外な言葉にヒロは思わず、冨樫の顔を見つめ直した。

 冨樫は少し笑って、また仰向けになって星空に目をやる。


「俺の息子…眞人まことって言うんだけどな。母親が早くに死んだから、小さい頃から船に乗せてやってたんだ。小さい頃は一端の海賊の真似事でみんなを笑わしてくれてたりなあ~。すっかり俺の跡を継ぐものとばかり思っていたんだが、ある時…そうだな、ちょうどおまえの年頃だな。いきなり『海賊なんて、ただ偉ぶってるだけで誰も認めてくれないじゃないか。俺は天上に登って、人様の役に立つ事をしたい』って、そのまま宇宙船に乗って行ってしまった。なんつうか…あっと言う間だった。世の中、思い通りに行くもんじゃねえってわかっていたけど、てめえのガキに裏切られたみてえで、何とも言えない惨めな気分でなあ。まあ、仕方ねえ、一度や二度失敗して、戻ってくりゃいいさ、なんて思っていたら、やっこさん、しこたま懸命に頑張りやがって、宇宙技術屋スペシャリストになっちまったんだ」

「すごいじゃん」

「結婚相手も見つけて、子供も出来て…かわいい男の子なんだ。その時、初めて嫁と孫と一緒の写真を送ってくれてな。『世の中の為に一生懸命働くことが楽しいんだ』って、胸を張っていやがった。そうか、そんならそれでいいじゃねえか、ってこちらも認めてやったのに、あっさりと事故で死んじまいやがった。…スペースデブリの回収の作業員…スペシャリストなんて言われても、結局のところゴミ掃除屋だ。それでも眞人にとっては、誰にでも誇れる仕事だった。で、天上の法律で十分な貢献をした奴にはクローン再生の権利があったのさ」

「…」

「嫁はそれを断った。眞人の血を受け継いだ子供がいるから、眞人のクローンはいらないってな。道理だろうけれど…俺はクローンでもいいから、眞人に生きかえって欲しかった…欲しかったんだよなあ~」

「でも…クローンが生まれてもそれは息子さんと同じじゃない」

「わかってるさ。もし俺が育てても同じように俺を置いて出て行っちまうだろうよ。でもなあ…もうこの世の何処にもいないって事と、どこか遠くにでも生きていてくれると思う事はえらい違いがあるものさ。きっと、おまえの養い親だって、おまえの父親が生きていたことを知って、どれだけ嬉しかったことだろうよ」

「由良じいも?」

「そうさ。愛する者が蘇ったんだ。これ以上の喜びはなかっただろうなあ」


 そうだろうか…。

 ヒロは由良じいの顔を思い出した。

 生きかえった燿平の事を、由良は心から喜んだだろうか。

 よしんば喜んだとしても、意識の戻らない燿平を彼は望んだだろうか。

 歳を取った自分の心と身体に問答し、由良じいは燿平と会わない選択をしたではないか。

 本当に愛しているなら、本当に必要なら、由良じいはどんな身体であろうと自分で会いにいくだろう。


「由良じいはもう、燿平を愛して無いのかもしれない…」

「?」

「ねえ、親分。愛するってずっと続くものなの?ずっとずっと変わらずにいられるものなの?」

「さあ…。俺にはわからねえな。歳を取っちまうと恋人も家族もみ~んな、大事な人ってひとくくりになっちまうもんだからな」

「そうなんだ」

「おまえはどうなんだ?ヒロはあのちっちぇえ子を守りたいんだろ?」

「うん。俺の命を賭けて守りたい。アスラは俺の宝だ。だから…早く天上に行ってアスラを治してならなきゃならない。アスラが死んだら俺は…」

 

 俺は明日を生きていく勇気が無くなるような気がする。



「孫の名前な、冨樫眞蔵とがししんぞうって言うんだぜ。眞人と俺の名前を一字ずつ取ったらしい。十七になったら俺に会いに地上へ降りてくるそうだ。そん時、胸張って、おまえのじいさまは人様に役立つ仕事を懸命にやってるぜって、そう言ってやりてえんだ」

「かっこいいよ、親分」

「バカヤロー、船長って言えよ」

「了解、船長」

「ヒロ、明日も晴れるぜ。ほら、見ろ。幾千もの星が瞬いてやがる」

「…そうだね」


 きっと、良い日になるだろう。

 明日も明後日もずっとずっと、そうでありたい。

 誰だって願っているんだ。


 ねえ、アスラ、由良じい、月華…そして…お父さん。




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