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当初、天上へ向かう種子島の宇宙港までの旅路を、ヒロはそう難しいとは考えていなかった。
由良から渡された行程表どおりの道のりで、神戸港へ向かうまでは、順調だったのだ。
それまでの地上の鄙びた山村での暮らしが、見慣れない巷の復興具合を見て、戸惑わせたのは間違いないが、生活すべてが機械で補われている天上の暮らしを知っているふたりには、まだ発展途上である街並が、どこか愛おしくさえもあった。
ヒロとアスラは、神戸の港から乗るはずの船を何度見送ったかわからない。
当初の予定通りに旅がいかなくなったわけは、由良から持たされた旅費が無くなったからだ。
失くしたわけでもない。
ただ街の片隅に佇む自分たちを同じような歳の子供たちが、ボロボロの服を纏い、生き延びる為に店で食べ物を盗み、警察に捕縛される場面に出会った時、それを無視できなかっただけだ。
ヒロとアスラは彼らに同情し、持っていたお金で、食べ物や服を買い、彼らに与えたのだった。
タカトはふたりの行動を知り、自分たちの仲間にならないかと誘った。
ヒロとアスラはタカトの志を知り、一時的にでも彼らの助けになろうと決めたのだ。
由良の言いつけを忘れたわけでもない。アスラの身体の事もヒロの頭から一時さえも消えた事はない。けれども、必要とされる力を懇願されたら、拒む強さも無かった。
昔見た、映画のヒーローになりたかったのかもしれない。
予定よりも大幅な遅れはあったが、タカトのおかげでヒロとアスラはなんとか鹿児島の志布志港まで辿りつける手筈が整った。
ヒロ達が乗船するコンテナ船は中型のセミコンだった。
はしけに繋がれた船を確かめたアスラは、案外に気に入ったらしくはしゃいでいる。
「あれの乗るの?結構面白い形してるね」
確かにその船はデッキにクレーンも装備され、ランプウェイの付いたロロ船に近い形をしている。船体には大きく「鬼切丸」と示され、ヒロはその雄々しさに思わず笑ってしまった。
「見かけは古い割に面白そうだけど、船員たちの動きを見ていると隙が無い気がするな。アスラ、おまえを荷袋に入れて荷物と紛らわせるから、船内に入り込んだら俺が来るまでじっとしているんだよ」
「じっとしてるの、苦手だけど仕方ないね。その代り早く迎えに来てね」
信頼の笑みを見せるアスラに、ヒロは力強く頷いた。
コンテナには多くの密航者が忍び込むため、船員たちは用心深くコンテナをひとつひとつ調べながら積み込んでいる。だからヒロは作業員のフリをして、アスラを忍び込ませ、ヒロ自身は船がパージを離れた隙に、岸壁から船のハッチへ飛び移ったのだ。
辺りは陽も暮れ、暗闇に紛れたヒロの姿に気がつく者は居なかった。
思うよりも鼻腔を突く潮の匂いが、ヒロの神経を逆なでたが、「どうせすぐに慣れる」と、自分に言い聞かせた。
ヒロの順応性は、特異能力のひとつかもしれない。
どんな環境でもヒロの身体の機能は乱れることが少なかった。
ヒロはそれが嬉しいも悲しいとも思わない。彼は望まれて生まれてきたには違いないが、奇跡のシロモノではないと、自覚していたので。
ヒロはアスラを隠したデッキの隅の棚に近づき、アスラを荷袋から出した。
ヒロの顔を見たアスラは、緊張した顔を弛ませ、両腕をヒロの首に巻きつけた。
「怖かった?」
「少しだけ…」
ぐっしょりと汗を掻いたアスラを抱きしめ、「もう大丈夫だから」と、両頬を撫でた。
ふたりが忍び込んだコンテナ船は鹿児島の志布志港を目指し、定刻通りにゆるやかに神戸港を出航した。
予定通りの航行なら、二日後には鹿児島へ着くはずだ。それから種子島までは月に居る月華に連絡した後、定期船に乗り込めばいい。
きっと月華は怒るだろう。このひと月の間、何も連絡をしていないのだから。
由良じいはどうしているだろう。具合が悪くなっていなければよいのだけれど…
天上に居る燿平はまだ眠ったままなのだろうか、それとも目を覚まして由良じいの事や俺達の状況を知ってしまっただろうか…。
早く天上へ行かなきゃならないのに、燿平の事を考えると、心が重くなる。
一刻も早くアスラを天上の医療施設へ連れて行かなきゃならないのに…。
積まれたコンテナの片隅で持たれるアスラの体重を愛おしく思いながらウトウトとしていたヒロだったが、ふと抱きしめたアスラの身体が熱い事に気がついた。
アスラの呼吸が乱れて、ぐったりとしている。
水筒の水を飲ませてやるが、アスラは「大丈夫だよ」と、力なく呟くばかりでどう見ても重症だ。
どこかで休ませてやらなければならない。出来るなら安全に休める温かい部屋のベッドに寝かせてやりたい。
二日分の水と食料は持っていても、デッキの上では身体も冷えるばかりだ。
ヒロはアスラを背負い、船内への階段を探し、空き部屋を探した。
『ヒロ、誰か来るよ…』
アスラのテレパシーがヒロの頭に聞こえてくる。
人の気配ぐらいわかってはいるが、この場合どうみても非常事態だろう。
この船の船員の誰かに少しでも良心があれば、子供ふたりの密航ぐらい許してくれないだろうか。そんな甘い世界ではないことぐらい、わかってはいるのだけれど…
くそっ、PSI能力があれば、もっと楽に片づけられるのに…。中途半端な特殊能力なんて、役にも立たない。
ヒロは堂々と人影のある方に歩いた。
船員はふたりの子供の存在に驚き、すぐに捕獲した。
デッキに連れ戻されたヒロとアスラは五人ほどの船員に囲まれたが、どれも一目ありそうな面構えでとにかく人相が悪い。
しかも各々の腰に拳銃やナイフが見える。
「どうした。海に出たばかりだぞ。なんか起きたか?」
一番奥から体格の良い髭面で強面の男が歩いてきた。
「親分!子犬?いや、鼠が二匹忍び込んでいたんでさあ。潰してやろうと思ったんですが、あんまり小せえので、どうしたもんかと」
「こっちのガキは見慣れねえ髪と肌の色してますぜ。人買いに高く売れるかも」
「ばかやろ~。今更人の道に外れるようなしちめんどくせえことはするなって親分からさんざ言われているだろうがよお~。海に投げ込んでしまうのが一番てっとりばえぇ」
「でもこっちチビ、具合が悪そうだぜ?」
「知るか!密航した奴らに同情はいらねえって親分が口が酸っぱくなるぐれえ、言ってるじゃんかよ」
「うるせ~、親分親分言うな!俺たちゃ、もう海賊じゃねえんだ。お上にも認められたいっぱしにコンテナ船のオーナーさまで、おまえらは船乗りなんだからよお。俺の事は船長って呼べって言ってるだろうが!」
「「「はいっ。船長!」」」
どうみても船長というガラではないのだが、ヒロは親分と呼ばれた男の顔をじっと見つめ、取り敢えず自分たちの敵ではないと理解した。
恐ろしい程の悪人面だが、滲み出るオーラは澄んでいる。
昔、由良じいはヒロとアスラに「身の危険を感じた時、相手の人柄を見極めることは、大切な事だ。その際、見かけは大した問題じゃない。法に従う者でも、自分にとって敵となる者もいれば、悪行に生きる人間でも心底悪い奴かどうかわからないからね。幸運なことにヒロもアスラも感応力がある。自分にとって味方か敵か、決して見た目で惑わされてはいけないよ」と、教えてくれた。その時のヒロは、見かけが綺麗なら心も綺麗なはずじゃないのかな…と、思ったものだが、郷を出て、タカトたちと暮らしたひと月で、随分と物の見極め方を学んだものだ。
「知らないものを知る意義は自らの活力を高める事にある」と、由良じいは言ったが、この危険極まりない事態の最中、そういう悠長な気分にはなれそうもない。
そう思ったら、なんだか可笑しくなった。
「なに笑ってやがる、チビども」
「いや、なんか、ガラが悪い割に、みんなイイヒトそうだから、少し安心したんだ」
「いいひと?俺達が?…だとよ」
全員が品の無い声で笑った。
「そう、見た目で判断しちゃいけないって、養い親から教えられてるんだ。それに俺達はチビどもじゃないよ。俺は葛城ヒロ、十七歳。こっちは由良アスラ、もうすぐ十五歳。俺たちは天上に行く為に種子島の宇宙港まで行きたいだ。タダ乗りで黙って乗船してたのは悪いけれど、持ち合わせのお金がなかったんだ。今はお金が無いけれど、天上の月のコロニーには家族がいるから、必ず船賃は払います。この子が、アスラが…病気なんだ。どうか、彼だけでも休ませて下さい。頼みます」
ヒロは親分と呼ばれている男に両手をついて頼み込んだ。
「…おめえら、天上から来たのか?」
「十年ほど前に…天上から降りて、北陸の山の里で暮らしていた。でも、アスラが…この子には天上のラボでメンテナンスが必要だって…。そうしなきゃ…」
この先、アスラの身体がどうなるのかさえ、俺にはわからない。ただ、こいつの笑顔だけは、守りたいって…ずっと俺の隣で笑っていて欲しいって願うから。
その為なら俺は…
親分は腕組みをしたまま考え込み(多分フリだけだろう)他の船員たちに「おい、このチビは病気だとよ。こんな可哀想なガキを海に投げ出せる奴はいるか?まあ、三倍分の船賃は当然頂くものとして、港まで載せてやれねえわけもねえ。なあ、、皆」
親分の言葉に船員たちはしぶしぶと「しょうがねえな~」と、言いつつ、各自背を向けてデッキから消えて行く。
「ほんとに?本当に載せてもらえるんですか?親分」
「船長と呼べ。まあ、仕方ねえさ。天上に行きたいなんて、変わり者、ほっとくわけにもいかねしな。それに…おまえら、能力者だよな。それもそれでようよう生きにく世の中だよなあ~」
「船長…」
「うちの船には船医が居るから、そのガキ、見てもらえ。まあ、五日間の船の旅だが、楽しむといいさ」
「五日?」
「そうさ、この船は一旦志布志の港に貨物を卸すんだが、そこから種子島まで別の荷物を輸送する予定だ。おまえらはついでの荷物って事にしてやるよ」
「あ、ありがとうございます!」
「運賃ははずんでもらうぜ」
そう言ってブリッジに帰っていく船長、冨樫十蔵の大きな背中にヒロは深く頭を下げた。
由良じい、やっぱり世の中棄てたもんじゃないね。こんなに良い大人だっているよ。
きっと、あの人は俺とアスラを導くひとりになるよ。
そして、俺はきっとあの人を救うことになるよ。
そんな気がするんだ。




