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由良じいの本当の名前は「由良光流」。
俺は由良じいの息子だけど、遺伝上は親子ではない。
俺は…由良じいの最愛の人、葛城燿平のクローンとして生まれた。
…ずっと昔、男と女が「お父さん」と「お母さん」で、ふたりの間から子供が生まれ、その子を育て、家族が出来、幸せな家庭を築くのが一般的な常識だったんだって。
家族の形態も変わって、同性同士がパートナーになるのは珍しくないけれど、出生率減少を食い止める為に、必然的に体外受精が増えた。
そして司法は、同性同士の婚姻を認める代わりに、作られた子供たちを養子にすることを条件にした。
養育院で育った多くの子供たちが、同性同士や子供が出来ないパートナー達に引き取られていくけれど、皆が皆、幸せがどうかはわからない。
俺は…ラッキーな子供だったと、今も思っている。
さて、由良じいとそのパートナー「葛城燿平」の恋話をしよう。
これは由良じいと燿平の養女、つまり俺の姉さんの「葛城月華」から聞いた話と、幼い頃、アスラと一緒に由良じいを急いて、無理矢理に聞かせてもらった純愛物話だ。
※
由良光流が葛城燿平と出会ったのは、港の見える丘だった。
名門の航空学専門校に入学した日、ふたりは一目でお互いに惹かれあった。
全寮制の学校だった為か、ふたりは極めて平凡な、それでも純粋な愛を育てて行く。
休日になるとよくふたりで色々な山を登った。
山の頂で一つの毛布にくるまって、落ちそうなぐらい瞬く星空を朝方まで抱き合いながら観るのは最高の喜びだった。
三年後、ふたりは宇宙飛行士と天文物理学の道を選ぶ。
山間の天文観測所で研究に打ち込む由良の元に、燿平は足しげく通った。
やがて燿平が二十歳の時、月へ初飛行。
月面基地で宇宙開発技術者として仕事に従事する。
一年後、天文物理学者として政府の命を受け、由良が宇宙に飛び立ち、燿平と共に暮らす。
公私共のパートナーとして、またプランニングシステムに詳しい由良のサポートは燿平にとっても欠かせないものになっていた。
ふたりが二十二歳の夏、地上で世界戦争が起きる。
一週間後、ふたりは月から地上を望遠鏡で覗いた。
人類の利己主義によって行われた凄惨な傷跡だけが映る地球の姿がふたりの眼に映る。
ふたりの故郷も無残な荒れ果てた大地と化し、ふたりは言葉を失った。
生き残った人々は我先にと天上へ昇りたがるが、なによりもまず、親を失った孤児の救済が望まれた。
由良と燿平の親たちも多くの人々と同じように命を落とした。
嘆く間もなくふたりは戦争で親を失い、天上の養育院に引き取られた多くの孤児のひとり「月華」を引き取った。
三歳の幼い少女は、毎晩親を想って泣いたが、由良も燿平も辛抱強く彼女の悲しみを受け止め、寄り添った。
ふたりは月華に両親の思い出をいつまでも忘れずにいて欲しいと願い、自分たちは育ての親だからと、名前で呼ばせることにした。
月華は燿平を「ようへー」と呼び、由良を「由良じい」と呼んだ。
理由は「由良おじさん」が難しかった為だと言う。
「なんで由良がおじさん付きで、俺が呼び捨てなんだ?」と、しばらく燿平は納得しかねるとむくれていた。
「いいじゃないか。呼び捨ての方が親しみやすい。俺なんかまるでじじいだよ。まだ二十三なのにさ」
「由良は歳の割に落ち着いているからじじいでいいよ。そうだ。おれも由良じいって呼んでやるよ」
「やめてくれ。マジで…」
そうやって笑いあいながら、愛おしそうに互いを見つめあうふたりが、月華には何よりも心やすらぐ空間だったと言う。
宇宙開発技術者として優秀な燿平を待ち望む機関は多く、燿平は未踏地の探査を請け負う事が多かった為、遠出の出張も多かった。長い時はひと月、二月もかかる。
そんな時は由良も月華も燿平に付いて行くことが多かった。
三人は傍目から見ても、仲の良い幸福な家族に映ったことだろう。
2116年冬、燿平、由良は共に三十八歳を迎えた矢先、事故が起きた。
火星植民地計画の為、地形を探査中のクルーの探査車が深いクレバスに墜落し、燿平を含む五人の探査チームは行方不明。うち一人は奇跡的に重症ながら助かり、保護された。
しかし、残りの四人については絶望視された。
燿平の事故通知を受け取った由良は、燿平の死を信じなかった。
遺体が発見されなかった事が一番の理由だが、由良には燿平の死の予感が感じられなかったのだ。
燿平の仕事が危険と隣合わせであることは、充分認識していたが、不思議と燿平は「死」に遠い存在だと思っていた。誰もが希望しないどんな危険な区域も、燿平は先に立って偵察を試みた。そして必ず無傷で帰ってくるのだ。
そんな燿平を「不死身の傭兵」と、名付ける程だった。
遭難者の捜索も行われたが、彼らの遺体は発見されず、打ち切りとなった。
宇宙開発従事者が事故で亡くなる場合、特別な措置として、彼らのクローン再生が許可される。残った遺族への配慮だが、望む者もそうでない者も「クローン」という選択には悩まされた。
遺伝子を継ぐ者であっても、決して本人ではありえない。
それにクローンと言っても、差し出されるのは生まれたばかりの赤子なのだ。
パートナーである由良にも、政府からの燿平のクローンの申し入れは当然ながら受け取ったが、燿平は承諾できなかった。
もし、クローンを受け入れたなら、愛する燿平の死を認めた事になるから…と、由良は慰める月華に告げた。
由良は月華を連れ、火星を離れ、月のコロニーで暮らし始めた。
傍に燿平が居なくても、この宇宙のどこかで燿平が生きて、いつか帰ってくる…そう信じることで、日々を生きのびることができる気がしたのだ。
月華が進学の為に由良の元を離れることになり、由良はひとりで暮らし始めた。寂しげな由良を見かねた月華は、燿平のクローン再生を由良に勧めた。
「ようへーが死んだって私も信じてないよ。でも、一人ぼっちじゃ寂しいじゃん。由良じい、ようへーが死んでから一度だって心から笑ったことないじゃん。ねえ、新しいようへーを由良じいが受け入れても、ようへーは怒らないよ。由良じいが笑って暮らしてくれる方が、ずっと…ずっと嬉しいはずだよ」
「…月華…」
「ね、私も手伝うよ。新しいようへーの赤ちゃん、一緒に育てようよ、由良じい」
「…わかったよ。そうしよう」
決して心から納得したわけではなかったが、これ以上、自分の事で月華を心配させる気にはならなかった。
十か月後、燿平のクローンである赤子を抱いた時、由良は涙した。
新しい命への感動と共に、もう二度と、生きた燿平には会えないだろう…と、絶望の涙でもあった。
燿平のクローンは「葛城ヒロ」と名付けられた。
首が座るまでは月華も由良と共に、育児に勤しんだが、思ったよりも子煩悩な由良の様子を見て、月華は少しばかり手を離して様子を見ようと学校へ戻った。
ヒロとふたりきりになったばかりの頃、由良は時折ヒロを「燿平」と小さな声で呼んだりした。
勿論、赤子の頃の燿平の様子など知るわけもないけれど、由良はヒロの何気ない仕草に恋人の名残りを探すことが日課となった。
ヒロはよく泣いたし、よく笑った。
腕白で我儘で負けず嫌い。
帰宅する度に、月華は由良の育て方を叱った。
「あんな暴れん坊、見た事ないわ。由良じい、ヒロを不良にする気?」と、怒りだす。
「でも、燿平も小さい頃悪かったけど、段々おとなしくなったって言ってたし、そんなに気にする事ないよ」と、悪童を抱きながら能天気に返す由良に、さすがの月華もあきれ返ったと言う。




