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俺が生まれるずっと前に、地球上で大戦争が起きたんだ。キラー衛星から始まった戦いは、たった一週間で終わった。だけど、地上の大部分が汚染され、世界の半数以上の生物の命は消え、残った人々は生き延びる為に、地下と天上へ移り住んだ。
すでに人類は、科学の進歩のおかげで、移住と食料安保の為のスペースコロニー開発が進んでいた。
だから、多くの人々は天上へ移り住むことを望んだが、居住スペースも食料も全ての人々を賄うほどのキャパシティはなく、その為、移住に際しては順番が決められてしまった。
即ち、地位と名誉と能力を持つ者、それから財産家等の特権階級者が、先立って選ばれ、天上へ昇って行った。
結局、地上に残されたおよそ八割の者が薄暗い地下の施設で、天上への切符を待つことになった。
勿論、天上に移住した者たちは、一刻も早い救済にと、スペースコロニーの増設、そして火星への移住計画などを進めて行った。けれど、天上を仰ぎ見ることすら不可能な人々の失望は計り知れなかった。
最初に絶望したのは年老いた者たち、それから明日を見失った大人たちが消えていった。
結局、生き残ったのは絶望も未来も知らない少年たちだったと言う。
大地は人間が予想するよりも遥かに短期間の自浄機能を行い、大戦からおよそ二十年で、人類が再び地上で生活可能なほどの大気に戻った。
すでに生きる気力を失った大人たちを他所に、子供たちは暗い地下から這い出し、荒れ果てた地上で自由奔放に駆け回り、生き延びる智慧を養っていく。
一方、天上に生きる者たちの火星の開拓は遅々としながらも、確実に進み、研究と技術により、火星の大地は少しずつ緑を増やしつつあった。
地上の浄化を知ったメランコリックな人々は、懐かしい大地を求め、帰郷を願い出る者も少なからずあったけれど、軽い重力に慣れた天上の者たちは、重さを懐かしがるよりも、生きやすさを選ぶ者が多く、また荒廃した地上を復興する努力さえ億劫になり、再び地上に帰る者は一割にも満たなかった。
だけど、年月が経ち、大戦を知らない世代が生まれ育つと、不思議な事が起きり始めた。
天上で生まれた子供たちは何故か脆弱で、半数以上が十才も届かぬうちに死んでいく。
薬も遺伝子治療も効かない短命の子供たちが増える天上。
そして出生率も次第に減っていった。
それとは逆に地上の子供たちの生命力は、輝くばかりだ。
子供を持つ大人たちは、生まれた子供を一旦地上へと下ろし、丈夫に育ったら天上に戻すことを思いついた。
つまり、自分たちが捨てた地上に子供を任せ、よく育ったらその実を刈り取るという、能率の良い子育て法だ。
又、丈夫な子供が生まれるように遺伝子改造した体外受精が流行りだしたりもした。
親たちは自分たちの子供が、誰よりも優良な人間になる事を願い、優性遺伝子の受精を願った。
遺伝子改造された赤子の中で、極僅かだが普通ではありえない異能力を持った突然変異が生まれてくる。
彼らは「ネオ・チルドレン」と、呼ばれたが、赤子の親たちは得体のしれない子を育てる事を忌み嫌い、養育院へ預けた。
アスラもそのうちのひとりだ。
アスラと出会ったのは、俺が五歳、アスラが三歳の頃だ。
俺と由良じいが地球へ帰る途中、月を回る第ニコロニーに立ち寄った時だ。
由良じいは初めての地球で過ごす俺が寂しくないようにと、弟代わりにアスラを引き取ったと言うのだが、本当は由良じいが養育院の中でとびきり弱いアスラに同情したからだと思う。
出会ったばかりの頃のアスラは、言葉もうまく話せず、眩しさに目も開けられず、シクシクと泣いてばかりの子供だった。
五歳の俺も、どうやってコミュニケーションを取っていいのかもわからず、由良じいにまかせっきりで、地球に降りるまではアスラにはあまり近づかなかった。
俺達は宇宙港のある種子島に降り立ち、船で九州に渡り、それから途切れ途切れのディーゼル機関車とバスに揺られて、白川という山奥に着いた。
ここは由良じいが、天上へ行くまで過ごして場所で、当時は最新式の天体観測所だった。
由良じいは大好きな人とここでずっと一緒に、宇宙へ行くための勉強を続けながら、暮らしていたんだって。
その人はもう居ないんだけど…さ。
大戦後は観測所の仕事は必要なくなったから、由良じいは取り敢えず近くの水力発電所で、不足している電力供給の為に技術者として働くことになった。
それだけじゃなく、大人の少ない郷で、奔放な子供たちとそれに手を焼く僅かな養育親たちに道徳や生活の為の学習を教えたりしていた。
俺も最初は天上とは違った不便な生活に戸惑ったりしたものだけど、十日も過ぎれば、不便さが面白さに面変わりした。
俺とアスラは天上では味わえない自然との共存の冒険を楽しんでいた。
勿論、仕事で夜遅くまで頑張る由良じいを助ける為に、家事全般を引き受けた。
掃除、洗濯などは難なく覚えたが、料理に関しては俺もアスラもよく判らず、味付けの失敗も多かった。
だけど、由良じいはどんなにまずいおかずでも、「よくできたね。美味しいよ」と、褒めてくれた。
だから、俺とアスラはもっと一所懸命に由良じいを助けようと誓い合ったんだ。
アスラは地上の空気が肌に合ったようで、地上に降りてきてからというもの、見違えるように元気になった。
言葉も自然に出るようになり、よく食べ、よく遊ぶ。
由良じいがアスラ用にと、日光を通さない遮蔽ゴーグルを作ってあげたのも大きい。昼間でもアスラは目を閉じることなく、俺と一緒に走り回れるようになった。
アスラは一時でも俺から離れないでくっ付いて回る。
一度、郷の子供たちに追いかけられた事があり、よほど怖かったのだろうか、どこへ行くにも俺の後を追ってくる。
俺が意地悪でアスラから姿を隠しても、必死で探し、必ず俺の居所を探し当てる。
「アスラはどうして俺の居場所がわかるの?」と、聞くと、
「ヒロの声が聞こえるから、すぐにわかるよ」と、言う。
アスラは声を出さない俺の心の声を聞くことが出来るようだ。
そ れに昼間は眩しくて目が開けられないアスラの瞳は、夜になると灯りが無くても、すべてを見通すことができる。
由良じいはアスラのような特異体質を持った子供は珍しくないと、言う。
そして、俺もまたその能力者らしい。
俺自身は別にこれといって特質すべき能力は見当たらないと思うけれど、由良じいは「ヒロは特別な子供だ。おまえのような完全な身体と優れた運動力は、遺伝子研究の中でも誰もが願ってやまないものなんだよ。まあ、おまえはあいつの子供の様なものだから、特別なのかも知れないね」
そう言って俺の頭を撫で、愛おしそうに俺を見る由良じいが、俺は大好きだった。




