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挿絵(By みてみん)

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 ヒロと意識レベルでの会話が可能になった燿平が、己の瞼を開け、声を出したのはそれから一週間後だった。

 初めてヒロの顔を見た時、燿平は鏡を見ているのだと思った。

 ヒロは燿平の手を取って、「初めまして燿平。俺があんたのクローンだ」と、笑った。

 もう片方の手を握りしめ、喜びの涙を流していたのは、勿論、燿平と由良の最愛の娘、月華だった。

 

 長い間、眠っていた身体の感覚を取り戻す為のリハビリが始まった。

 思考の低下は無かったが、思うように動かない身体に、燿平は閉口した。

「早く動ける様になって、由良に会いに行かなきゃならない」と、燿平は何度も口にした。

 ヒロと月華は燿平の想いを地上の由良に伝えた。

 テレビ電話で燿平と話してくれるように頼んだが、由良はガンとして受け付けない。


「頑固も過ぎるとかわいくねえよ、由良じい」と、ヒロは呆れたように言う。

「可愛い老人など目指してない。燿平が私の目の前に来るまで、話もしないし、顔も見たくない」

 由良の言葉を恐る恐る燿平に伝えると、予想に反して燿平は声を上げて笑った。


「相変わらず可愛すぎて、たまらねえなあ、光流は。そんなに俺に会いたいんだ」

「…そうなの?」

 ヒロには些かふたりの会話が高難度過ぎて、意思疎通の意味さえ理解できない。

「歳をとってもいじっぱりは変わらないなら、こっちも変わらずにすげえ愛してるって言い続けるしかないんだよなあ~」

「…」

「あ~、早く地上に行って由良を抱きしめてやりてえよ。今度こそずっとあいつの傍にいてやるんだ」


 嬉しそうに微笑む燿平に、ヒロは由良の状態を話すべきか躊躇した。

 もし、由良には限られた時間しかないと告白したら、燿平は生きる気力を失ったりはしないだろうか。

 しかし、話さないわけにはいかない。

 由良はいつまでも待つと言っていたが、確実に彼の命の灯火は失われつつあるのだ。


 ヒロは月華に相談し、そしてふたり揃って燿平に話しを切りだした。


「あのね、燿平…。由良じいの事だけど、ずっと身体の具合が良くないの。すぐにどうこうなるわけじゃないけど、ドクターはもって二年ほどだと言うの。由良じいも覚悟を決めて、燿平に会うまでは頑張るつもりでいるのよ。だから…」

 月華はこれ以上言葉を続けられなかった。

 何も言っても、つまるところ、由良は遠からず死ぬ。


 月華の言葉を聞いた燿平はしばらく沈黙した後、大きく息を吐いた。

「そっか…。光流は死ぬのか…。じゃあ、俺もリハビリ頑張って、あいつが生きてるうちに会いに行かなきゃな」

 燿平は明るく笑いながら、ふたりにそう言った。


 ヒロにはわからない。

 恋人が死んでしまうのに、明るく笑っていられる燿平の気持ちが理解できない。

 愛していないはずはない。

 燿平と由良は誰よりも強く愛し合っている。

 こんなに長く離れても、少しも絆は緩んではいない。

 失うことが怖くないのか?

 ヒロは怖い。

 アスラを失うことが、恐ろしい。


 アスラは、この先もヒロと生きる為に選んだ脊髄遺伝子治療を続けている。


 人一人が入れるカプセルに一日六時間横たわり、治療を行う。

 酸素マスクを付けたアスラは裸のまま、長方形のカプセルに横たわる。

 そして外からも中からも一切光が通らぬ暗闇の中に、液状の治療剤が流し込まれ、海の底に漂う如く、静かに時間が過ぎるのを待つのだ。

 勿論アスラの意識はあるが、麻酔を掛けられる為、寝ていることが多いと言う。

 ヒロはその治療に赴くアスラを見送る度に、何とも言えない不安を感じる。

 真っ暗なカプセルに横たわるアスラは、まるで棺桶の中で眠りにつく死者のようだ。

 治療が終わり、アスラを待ち受ける時も、ヒロの心臓は不安の鼓動を打つ。

 波に呑まれ、海辺に流れ着いた溺死者のように、濡れそぼったアスラは儚い。

「アスラ」と名を呼ぶと、アスラはゆっくりと目を開け、ヒロの方を見て、なんとか笑顔を見せようと口元を歪ませる。

「大丈夫だよ、ヒロ。…オレ、頑張るからね」

 健気なアスラの言葉に、濡れた身体をしっかりと抱きしめるしかヒロにはできないのだ。


 それでも状態は思うように快方には向いてはくれない。

 いつ終わるかわからぬ治療に月華もヒロも焦り、不安が募る。

 一番辛いであろうアスラは、決して弱音を吐かない。それがふたりには余計に辛いのだ。


 不安な日々を過ごすアスラとは違い、燿平は持ち前の根性でリハビリを続行中だ。周りが思うよりも早く改善しつつあり、自分で上半身を起し、なんとか車椅子に乗れるまでになった。

 その様子を見る度にヒロには日毎悪くなるアスラと反比例している気がして、胸が痛い。


 何故死んだ者が生きかえり、こんなに元気になるのに、アスラの病気は良くなってくれないんだよ。いっそ燿平が…アスラの代わりに…


 ヒロは自分の浅ましい想いを憎く思う。


 燿平がアスラの代わりに苦しんだとして、何が良くなるわけでもない。

 由良じいが悲しむだけだ。

 誰だって大切な人が苦しむのを見たくはないし、早く救ってやりたいと思うのは当然だ。それを妬んでどうなるものでもないじゃないか…。

 

「ヒロ、聞いてくれよ。今日から歩くトレーニングを始めたんだぜ。自分の思い通りに足が動かなくて滅入るけど、まあ、光流の為だと思えばこれくらいなんともねえさ。あいつを簡単にお姫様抱っこできるくらいにはならねえとな」

 由良と生きる未来しか見ていない燿平の言葉に、ヒロはとうとう泣いてしまった。

「ど、どうした?ヒロ」

「アスラが…アスラが死んだら、俺…、どうしたらいいかわからねえよ…」

「死ぬって…。アスラが死ぬっていうのか?ちゃんと治療してるんだろ?」

「…経過が良くない。ちっとも元気になってくれない。アスラは…もう助からないかもしれない…」

 ヒロの涙がポロポロと車椅子に座る燿平の膝に滴る。

 燿平は一呼吸を置き、声も出さずに泣き続けるヒロの頭を撫でた。


「なあ、ヒロ。俺は預言者じゃないが、アスラは助かると思うんだ。何故なら、アスラには生きる理由がある。これがある奴はなかなか死神が近寄れねえんだぜ」

「…」

「信じられないってツラだな。よし、明日にでもアスラに会いに行ってやるよ。俺もかわいい息子の顔を見たいからな」

 自分と同じ顔がニコニコとヒロに笑うから、ヒロも釣られて笑いながら思った。

 アスラがヒロにそっくりな燿平を見て、困らなければいいが…



 翌日、治療を終え、カプセルから出てきたアスラを病室休ませている所へ、車椅子に乗った燿平が月華と連れ立ってやってきた。

「おまえさんがアスラかい?…めっちゃ可愛いな」

「燿平?…うわ…マジでホントに…ヒロにそっくりだ…」

 アスラは並んだ燿平とヒロを代わる代わる眺めながら、澄んだ薄緑目をパチクリとさせている。

 燿平は驚いた顔で見つめるアスラに満足気に笑い、アスラの頭を何度も撫でた。


「ヒロよりも良い男だろ?」

「ん?…そうだなあ~。燿平の方が大分おじさんだね」

「そりゃ、三十…いくつだっけ?月華」

「見かけは三十八、中身は五十八よ。アスラにとってはお父さんっていうより、お爺さんね」

「だとさ。寝てる間に歳はとるもんじゃねえな。損した気分になるよ」

「…燿平は面白いね」

 無邪気な顔でアスラは笑った。

 ベッドに座るアスラの隣に、車椅子から移動した燿平は、ズボンのポケットを探りつつ、世間話をするようにアスラに話しかける。


「まあ、死ぬ運命は神様が決めているとは言え、親より子供が先に死んだら、神様よりもこっちが許さない!…ってねえ。そういう事だから、アスラは生き延びるんだぞ」

「…うん」

「そんな顔しなさんな。大丈夫。ほら、幸運の指輪を持ってきてやった」

「指輪?」

「ああ、光流と誓った時のマリッジリングだよ。遭難した時、もう助からないって悟ったけれど、同時に絶対に生き延びてもう一度光流を抱きしめるんだって願ったのさ。どうやら俺の願いは叶いそうだから、今度はアスラの番だ。生き延びてヒロの元へ戻ってくるんだ。運命がおまえを呼んでも、おまえが一番欲しいものを望む事だ。わかったね」

「…うん。燿平、お父さん、って呼んでいい?」

「勿論さ。…しかし…光流が由良じいで俺がお父さんだと、また光流が僻まねえか?」

「あり得るわ」

「間違いなくね」

 四人は同時に笑った。

 久しぶりにアスラの病室に明るい声が響いた。


 燿平がくれたプラチナのリングは、アスラの指には大きすぎて余った。アスラは指輪をチェーンに通し、首からかけた。

 苦しい時や不安な時も指輪を握りしめ、一刻も早くヒロと一緒に居られるように祈った。


 早く良くなってヒロを安心させたい。ヒロと一緒に生きて行きたい。それから、由良じいや燿平と一緒に笑って暮らしたい。

 もう一度、ヒロとふたりだけの冒険を試したい。

 今度はもっとヒロの役に立てるようになるんだ。

 

「運命は受け入れるんじゃなく、常に自分が選んでいくことなのさ。生きることが辛いと思ったら、それまでだ。辛くても生き続けたいと思わなきゃ、受け入れるしかないんだ。だが与えられたものを黙って受け取るなんて、癪だろ?本当に欲しい運命ものは自分で奪い取るしかないんだよ」

 アスラに贈られた燿平の言葉を、アスラは何度も胸に繰り返した。


 そうだ。負けられない時は今までだって何度もあった。

 いつだってヒロのおかげで生き延びてきたオレだけど、今度はオレの為だけじゃなく、ヒロの為に絶対負けたりしないんだから。



 指輪の効果か、アスラの意志の強さが勝ったのか、それから少し経ってアスラの病状は好転し始めていく。

 月華も燿平も大いに喜んだが、ヒロは少しだけ気に入らない。


 なんで俺の存在よりも燿平の指輪の方がアスラを元気づけるんだ?

 全くもって気に入らない。鳶に油揚げだ。


 しかし、アスラが今回の治療を克服しても、ネオチルドレンである限り、短命である事は変わらない宿命だ。

 乗り越えなければならない険しい道が待ち受けている。

 運任せといわれる選択がある限り、どんなに望んでも、祈っても、叶わない未来はあるだろう。

 それでもアスラは負けない未来を望む。

 アスラの傍にヒロが居る限り、それを信じることができる。




 医療コロニーの宇宙港から地上へ一隻の船が出港する。

 ヒロとアスラは展望室から、その船を見送った。


 燿平が目覚めてから半年、歩けるまでに回復した燿平は地上で待つ由良光流と再会を果たす為に旅立つのだ。

 まだ杖を付きながらの歩行だ。

「お姫様抱っこはちょっと無理だが、セックスはできる」と、燿平は笑った。

「由良じいに拒否されない事を祈るよ」と、呆れながらヒロが言う。

「オレも早くヒロとセックスしたいんだけど、まだ無理させたくないからって、焦らすんだよ。ひどくねえ?」と、真顔で責めるアスラは、ヒロを慌てさせる。

「そりゃ、つれないよなあ。ヒロ、アスラをちゃんと満足させる男になれよ」

「いいから…俺達の事は構わないでくれ。あんたこそ由良じいに嫌われないようにな。二度と由良じいの傍を離れるな」

「わかってるさ。残りの人生、光流の為に尽くすさ。まあ、あいつがそれを望んでいるかどうかは…天邪鬼加減によるけどね」

 そういってウィンクして手を振る燿平を見送り、ヒロは思った。


 由良はきっと残された自分の命よりも、燿平の未来を思うだろう。

 そして、燿平は由良に何も言わせない。

 きっと、償うことより、愛しさが募るから。


「行っちゃったね」

「うん」

「もうここには帰って来ないのかな」

「戻る理由がないからね。でも、俺達には地上に帰る理由があるよ、アスラ」

「え?何?」

「冒険の続きがあるだろ?山も海もまだまだ俺達が知らない場所ばかりだ」

「ヒロと冒険?また行けるの?冨樫船長にも会える?」

「ああ、勿論だ。いつだってアスラをおぶって、どこにだって連れて行ってやるよ」

「え~、おんぶはちょっと恥ずかしいけどさあ…。でもヒロの背中あったかいからな」

「アスラをおぶってやる為に、俺の両腕はあるって思えばいい」

「じゃあ、お願いがあるの」

「なに?」

「ヒロの背中で、瞬く星空を見たい。いつかの夜みたいに走りながらさ。ふたりだけで夜の世界を駆けるみたいに」

「…」


 アスラの願いをヒロはいとも簡単に叶える気でいる。

 ヒロは黙ってアスラの身体を抱き上げ、その口唇にキスをした。

 何も言わなくても、ふたりには通じ合うテレパス。


 ずっと傍にいるよ。いつの日か、死がふたりを分かつまで。



         終



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